SAO-銀ノ月-
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第五十二話
――《回廊結晶》特有の感覚を抜けると、視界が回復する前に、風が俺の肌を触るように吹いたのを感じた。
徐々に視界が回復していき、まずは周囲の確認とばかりに周りを見渡すが……周りには何もない。
二年ぶりに見て感じることとなる、無限に広がっていく蒼穹しかそこにはなかった。
立っているはずの場所に大地すらなかったが、代わりとは言っては少し違うものの、すぐ直下にとある建造物が見える。
いつだったか見た覚えのある、天空に浮遊する城のような建造物……そう、俺がこの世界に来ることになる前、現実世界であの浮遊城の姿を見た。
「アインクラッド……!?」
そこにあった浮遊城は確かに、このソード・アート・オンラインというゲーム、そのパッケージに描かれていた舞台である《浮遊城 アインクラッド》そのもの。
つまり今、俺がいるのは……
「なかなかに絶景だろう?」
俺が今どこにいるか一つの可能性にたどり着いた時、前方から良く透き通る声が俺の耳へと届いた。
ここがどこか俺の予想が正しいならば、俺の他にこの空間にいるのは一人しかいない。
「ヒースクリフ……」
先程から何ら変わらず、真紅の鎧を着込んだヒースクリフが俺と同じように何もない空間へと立っていて、あたかも空中浮遊をしているようだった。
「ようこそ、ショウキくん。百層を超えた場所――言うならばそうだな、《アインクラッド上空》へ」
ここまで判断材料が揃っていれば誰でも解る、自分の予想が当たっていたことは大して驚きもせず、俺たちは二年間あの城で暮らしていたのだと考えると……奇妙な感覚に襲われた。
「アインクラッド上空、か……」
「落下したりはしないから安心したまえ。……しかし意外だな、てっきりキリトくんが来るとばかり思っていた」
確かにここに立ってヒースクリフと向かい合うのは、自分より《二刀流》を使った勇者様の方が相応しいだろう。
だが、この世界で唯一無二のものを持っている者がこの場所に相応しいならば、俺とてキリト……勇者の真似事ぐらい出来る筈だ。
「キリトはこの先に必要な人間だからな……いや、必要ないか。ここでこのゲームは終わるんだからな」
無論ヒースクリフに負ける気はなく、ゲームを『この先』まで続けさせる気はまるで無いが。
「良い気迫だな。では始めようか?」
「いや、その前に聞きたいことがある」
これから殺し合いが始まるというのに、まるで散歩にでも行くようなヒースクリフの余裕そうな態度は、改めて彼がこのゲームの支配者だということを実感させる。
「聞きたいことは一つ。『どうしてこんなことを』……多分、プレイヤー全員が思ってることだ」
この《浮遊城 アインクラッド》というゲームの世界に、人間を一万人閉じ込めてゲームを攻略させるという、ヒースクリフの……いや、茅場晶彦の目的。
大多数の凡人にとっては意味も理由も想像がつかぬ……この世界を作り出した、天才の考え。
「意味、か。ここはやはりRPGのラスボスとしては、『その剣で聞いてみろ』と返すところかね」
ヒースクリフのユニークスキル《神聖剣》の象徴たる盾、その背面に内蔵された鞘から十字剣を抜き、幾多のボスモンスターの攻撃を防いできた構えをとる。
茅場晶彦の目的を知りたければ、彼を倒して自分の世界を滅ぼしてみろと……ヒースクリフは言っている。
そしてヒースクリフの近くに、不死属性解除を示すアイコンが表示されるのと同時に――
――ヒースクリフの視界から俺という存在が消え失せ、世界を救う一戦が幕を開けた。
「……なるほど、これが……!?」
「《縮地》だよっ!」
一瞬の高速移動により相手の視界から自らを外して、あたかも瞬間移動をしたかのように見せる移動術《縮地》。
そしてヒースクリフに放つのは、俺の対人戦において刺突術《矢張月》とともに、高確率で初手になる《縮地》による斜め後ろからの一撃。
相手が《縮地》の存在を知らず反応速度が悪ければこれで終わりだが、ヒースクリフはキリトと同じく見事にその二つの逆を満たしている。
ヒースクリフが放った十字剣と、俺の放った日本刀《銀ノ月》が鍔迫り合いを起こし、どちらも攻めきれずに一歩引く。
そこを追撃してくるのがヒースクリフの大盾であり、かの盾は盾でありながら剣のようだったとキリトは言っていた。
空中に飛んで押し出された大盾を避けると共に、くるりと空中で一回転した後に真下にいるヒースクリフの顔を見る。
「斬撃術《弓張月》!」
本来ならば天井などを蹴って勢いを増す斬撃であるが、この蒼穹に天井などない為一回転の勢いで代えさせてもらう。
狙いすまして日本刀《銀ノ月》がヒースクリフの顔面に殺到するが、ヒースクリフは横にステップすることで上方からの斬撃を避け、空中にいて身動きが取れない俺へと突きを繰り出した。
「……そこっ!」
いる場所が空中で避けることは出来ないが、突きに対して足を突きだすことぐらいは出来る。
……すなわち足に仕込んだ防御用仕込み刀、足刀《半月》によって防御することも可能。
思いっきり十字剣を蹴りつけると鋭い金属音が響き、無事に着地してそのまま後退して一旦距離をとる。
「まるで曲芸だな、君の戦い方は……」
「それはどうも」
ヒースクリフの皮肉めいた台詞にこちらも皮肉気に返すと、日本刀の代わりにクナイを取り出した。
試しに五発ほど頭と両手両足に投げてみるが、全て事も無げに大盾で防がれてしまい、ただ無駄になっただけに終わる。
やはりヒースクリフの戦い方は基本的に『待ち』に徹し、その絶対的な防御力による防御と、十字剣と大盾の疑似二刀流での攻撃で相手を攻撃する。
そして隙あらば、《神聖剣》のソードスキルが相手を切り刻む……という、単純明快かつ効果的な戦術。
ヒースクリフ本人の速さはキリトやアスナ程ではないが、大盾と十字剣を自らの腕のように操る『腕の振りの速さ』は彼ら以上であり、それがあの『絶対防御』の中核を成している。
さて、まずはあの絶対防御を突破するか……全てはそこからか。
「どうした、来ないのかね?」
「あいにく作戦会議中でね。だったら、お前から来たらどうだ?」
ヒースクリフはあまり攻めては来ないが、狙いはあちらが攻めてきた際のカウンター。
先程の攻防で解ったことだが、一番にその防御が薄くなるときはヒースクリフが攻撃を仕掛けて来る時。
「ふむ……ではそうさせてもらうかな」
しかしそのことがヒースクリフが解っていない訳もないだろうに、その真紅の鎧を響かせながら歩きだした。
「……むん!」
十字剣に真紅のライトエフェクトが灯り――《神聖剣》のソードスキル発動の証――その十字剣が俺の顔のすぐ前に突き出されていた。
――速い……が見切れなくはない!
首を横に振ってソードスキルによる突きを回避し、前方に一歩踏み出すと鞘にしまっていた日本刀《銀ノ月》を振り抜いた。
「抜刀術《十六夜》!」
高速の抜刀術によるカウンターがヒースクリフに一直線に向かっていき、十字剣を持っている方の腕を切り刻まんと飛来する。
「甘いよ、ショウキくん!」
俺の視界に映ったのは、千切れ飛んだヒースクリフの腕と十字剣ではなく、大盾が俺の視界を全て覆い隠したために真紅の十字架しか見えない。
十字剣の突きと数秒後に放たれた大盾による突きは、絶妙のタイミングで抜刀術《十六夜》を防ぎながら俺を押し潰さんとしてきた。
「カウンターは百も承知か……!」
このまま、足刀《半月》と質量が違いすぎる大盾を受け止めるのは下策でしかなく、俺にやれることは少しのダメージは覚悟で後退する他ない。
「くっ!」
「そこだ!」
ヒースクリフのカウンターのカウンターを受け、後退したおかげでダメージは最小限に抑えたものの、大盾に押されて吹っ飛ばされてしまう。
なんとか受け身はとれたので問題はないが、それよりも遥かに問題なのは……俺の手元に日本刀《銀ノ月》がないことだった。
「ふっ……良い剣だな」
大盾の一撃で取り落としてしまった俺の愛剣は、今はヒースクリフの手に預けられていた。
最強のプレイヤーに作った剣を褒められるとは、リズも聞いたら鼻が高いことだろう。
ヒースクリフは日本刀《銀ノ月》を大地――地上ではないが――に刺すと、ニヤリと笑ってこちらを見てきた。
「これで君の愛剣はこちらの手中の訳だが……取りに来るかね?」
ヒースクリフの絶対防御の前に、日本刀《銀ノ月》を取りに行くのは自殺行為……だが、愛剣無しで攻撃しに行くにもまた自殺行為。
今から考えれば、ヒースクリフの狙いは最初から、この状況を作り出すことだったのか……!
「……《縮地》……!」
一戦闘に使える《縮地》の連続使用回数は五回……よって残り三回の縮地を使い、ヒースクリフの直上へと高速移動を行う。
「上か! ……愛剣も無しにどうする気かね、ショウキくん!」
大盾を上に構えるヒースクリフに対し、俺は愛剣を持っていない腕を振り下ろす。
「最強の剣と最強の盾……果たしてどっちが勝つんだろうな、ヒースクリフ!」
腕を手まで包み込むコートの中から、絶対に使うまいと思っていた隠し武器――一本の『包丁』を取り出して、腕に握り締めて振り抜いた。
突き出されたヒースクリフの十字剣と、俺が振り下ろした包丁は激しく火花を散らし、大盾による追撃が来るより前に地上へと降り立つ。
いつもならばここで一度後退し、状況の把握とどう攻め込むか思案するところだが、今回は片手にその『包丁』と片手にクナイを持ち、更にヒースクリフへと連撃を叩き込むべく攻撃する。
「その剣は……!」
ヒースクリフの表情が始めて驚愕の色を見せ、俺の片手に持っている『包丁』へと視線が注がれる。
――直接戦うことは無かったが、ヒースクリフと並んで、このアインクラッドにおける最強のプレイヤーと称されたレッドプレイヤー《PoH》。
あの憎き最強のレッドプレイヤーが持っていた、『魔剣』と呼ばれる武器――《友切包丁》が今、俺の手に握られていた。
「うおおおおおっ!」
ヒースクリフの『絶対防御』を破った実績のあるキリトが行った方法は、ヒースクリフの反応を上回るほどの連続攻撃を繰り返し、いつかはヒースクリフの絶対防御を超えた。
鋭さに重きを置く長い日本刀では、キリトほどの高速連撃はたたき込めはしないが、この《友切包丁》とクナイぐらいの軽さならばあの真似事は出来る。
そしてキリトは二刀流であったが、俺は足刀《半月》も併せて四刀流だ……足刀《半月》は一度に一つしか放てないが。
右手に持った友切包丁をメインに据え、短剣は専門ではないものの、大盾を破らんと連撃を加えていく。
時折放たれる十字剣は足刀《半月》で防ぎ、大盾に防がれてしまってはいるが、クナイの一撃がヒースクリフへと投げられる。
「ぬうっ……!」
ヒースクリフの表情が少し歪み、十字剣と大盾の防御に『穴』が空いたように見えた。
その『穴』に、どんな鎧をも切り裂く魔剣《友切包丁》を突き刺した。
「そこっ……だぁ!」
――しかし、短い……!
《友切包丁》の攻撃はヒースクリフのバックステップにより届かず、ここで普段使い慣れていない武器の差が出てしまって、ヒースクリフに攻撃は当てられないで終わる。
「ふん!」
その隙をついた、ヒースクリフの十字剣が友切包丁を弾き飛ばし、友切包丁は流石に折れなかったものの空中へと飛んでいってしまう。
「ヒヤリとしたよ……使ったのがかのプレイヤーであれば、もしかしたら突破されていたかもしれないね」
「ええい!」
左手に持っていたクナイを悪あがきのように投げつけるが、投げた態勢が悪くヒースクリフは防御するまでもない、というように少し位置をズラしただけで避けられてしまう。
いくら武器は魔剣だろうと所詮は真似事……PoHのように上手くはいかず、両手を大地につけてしゃがみ込んだ。
「クナイを外すとは君らしくもない。それとももう限界なのかね?」
日本刀《銀ノ月》も手元になく、奇策として用意した《友切包丁》も空中へと飛ばされてしまい、立ちはだかるヒースクリフのところにしゃがみ込むしか出来なかった。
……どうやら俺には真似事も出来ないらしい。
「……ならば、さらばだショウキくん」
十字剣へと真紅のライトエフェクトが灯り、《神聖剣》のソードスキルがしゃがみ込んだ俺へと振り下ろされた。
――ならば俺にしか出来ないことを……!
「なっ……!?」
ヒースクリフの《神聖剣》に対して俺が行った行動は、不退転の覚悟で敵の刀剣を素手で受け止めて防御する技法――《真剣白刃取り》。
両の手の間に十字剣は挟まれ、俺へと届くことはない。
本来ならば、この後に受け止めた剣を叩き折るか弾き飛ばすのが真剣白刃取りなのだが、《神聖剣》のソードスキルの威力の前にそれは出来そうもない。
「……油断したな、ヒースクリフ……! ……それにさっきのクナイ、外した訳じゃない……」
先程上方に投げたクナイは、ヒースクリフではなく狙い通りに当たっている。
「なに……?」
先程投げたクナイが狙ったのはヒースクリフではなく、上空に吹き飛ばされた友切包丁であり、友切包丁とクナイは上空できりもみ回転をしながら落下して来ている。
この天空の場所より遥かに上空にある二つの刃、それが死角からヒースクリフへと落下していく……!
「なにっ……!?」
予想外の場所から襲撃する二本の刃だったが、ヒースクリフの絶対防御を破ることは出来ず、ただ上方に大盾を構えただけで二本の刃は防がれた。
『だがそれで良い』
真剣白刃取りを止めて両手を開けて十字剣を避けると、ヒースクリフに向けて全力で接近する――刺さっていた日本刀《銀ノ月》を持って。
天空からの友切包丁はただの囮であり、俺の狙いは最初から全て愛剣を奪い返して絶対防御を突破するのみ。
そして遂に辿り着いたヒースクリフの零距離に、俺は日本刀《銀ノ月》を構えた。
「この距離なら……この距離なら防御は出来ないな!」
ヒースクリフの大盾は友切包丁とクナイの防御のせいで上を向いており、十字剣は真剣白刃取りの影響で俺の背後にある。
日本刀《銀ノ月》の一撃を防げやしない……!
「……むん!」
しかし最強のプレイヤーの名は伊達ではなく、十字剣が俺の背後から、ヒースクリフ自身もろとも切りかからんとする勢いで迫り来る。
ヒースクリフには鎧があるから少しは耐えきれるだろうが、所詮コート程度の自分では、間違いなく絶命するだろう威力。
俺が切り裂かれるかヒースクリフにトドメを刺すか……
「ナイスな展開じゃないか……って言いたいところだがな!」
その戦いをすれば十中八九負けるのは俺で、良くても引き分けにしかならないだろう。
それじゃダメだ……絶対に俺は生き残らなければいけないのだから。
捨て身の攻撃をするのは最期の手段で、PoHに一度やって敗北して俺は死んでいるのだから。
そうだろう、リズ……!
「これしか……ない!」
左手で背後から迫る十字剣を素手で掴み取り、手を傷だらけにする代わりにその動きを止める。
「ぐああぁぁっ……! だが……くらぇぇぇぇ!」
右手の日本刀《銀ノ月》の一閃――その剣戟がヒースクリフの大盾を持った腕を切り裂き、ヒースクリフはその手ごと自慢の大盾を取り落とした。
「くっ……!」
「てええい!」
距離を離さんとヒースクリフと同時に蹴りを放ち、その衝撃で双方とも思惑通りに吹っ飛んでいく。
ヒースクリフにはもう大盾はなく、あるのは俺の鮮血に濡れた十字剣。
対する俺も……十字剣を握って無理やり受け止めた左手は、もう何かを握れるような状態ではなかったが。
……本番はそう、ここからだ……!
後書き
ショウキvsヒースクリフ、前半戦。
後半戦を盛り上げる為にも、感想・アドバイスを頂ければ幸いです。
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