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八条学園怪異譚

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第三十一話 マウンドのピッチャーその十三

「その上に旧制高校があり大学があった」
「高校と大学が戦後一緒になったんですよね」
「一高が東大になった」
 尚芥川龍之介はこの一高に試験なしで入学している。あまりにも成績がいい為試験を受ける必要がないと判断されてだ。
「八条高校も八条大学になった」
「それで八条中学が八条高校にですね」
「そうなった、彼等は八条中学野球部の面々だ」
 戦前のその部活のだというのだ。
「今もこうして野球をしているのだ。死んでからもな」
「あの人達は皆もう身体はないんですね」
 聖花は日下部の言葉からこう言った。
「そうなんですね」
「彼等はまだ中学生だった、戦争中はな」
 あの第二次世界大戦、日下部が青春時代を生きたその頃はというのだ。
「誰も幸い戦争には行っていない」
「予科練とかにもですか」
「志願して入った者はいた」
 そうした者はいたというのだ、予科練の七つボタンを着た者が。 
 だがその前にだったのだ。
「しかし特攻隊なりで戦場に行く前にだ」
「戦争が終わったんですね」
「その前に」
「そうだ、いいか悪いかは別にしてだ」
「あの人達は戦争には行っていないんですか」
「あの戦争には」
「しかし同時に甲子園にも行っていない」
 それにもだというのだ、当時から球児達の目指したあの場所に。
「行きたかっただろうがな」
「そういえば戦争中甲子園球場って工場になってましたね」
 聖花が日下部にこのことを話す。
「そうでしたね」
「もう野球どころではなくなっていたからな」
「そうでしたよね、それで戦後また球場に戻ったんでしたね」
「戦争中は爆撃も受けて爆弾が墓石の様に無数に突き刺さった」
 そうなったことも話すのだ。
「無残な有様だったという」
「あれは酷かったよ」
 ここで輪入道が言った、彼も酒を飲んでいる。
「本当にね」
「輪入道さんはその爆撃見てたのね」
「その後も」
「うん、見ていたよ」
 その甲子園球場への爆撃をだというのだ。
「胸が痛くなったよ、野球場が無残にね」
「戦争で甲子園も酷いことになったのね」
 愛実も輪入道からその話を聞いていたたまれない顔になった、そのうえで球場で練習から整列に移る双方のナインを見て言った。
「それでその時甲子園に行けなかったから」
「あのグラウンドでせめてとな」
 そう思ってというのだ。彼等が。
「試合をしたのだ、彼等だけでずっとな」
「戦争の間ですか」
「甲子園への想いを胸にだ」
「悲しい話ですね」
「戦争が終わった時彼等はもう甲子園には行けなかった」
 年齢の問題だ、高校野球故に。
「目指すことも出来なかった」
「目指せるだけで幸せなんですね」
 愛実は日下部の言葉からこのことを理解した。
「まだ」
「そうだ、まだな」
「今の野球をしてる人達は目指せても」
 その頃はどうかというと。
「あの人達の若い頃はそうじゃなかったんですね」
「その想いが残ってだ」
「それで死んでからもですか」
「ここで野球をしている、ここには彼等の青春がある」
 若き日のそれがというのだ。
「悲しいがそれでも野球を出来たことは嬉しかったのだろうな」
「複雑ですね」
 聖花もその話を聞いて言った。
「無念だったけれど野球を出来たことはですか」
「まだよかったと思う、野球のことを想いながらも死んでいった者も多い」
 これは歴史にある。職業野球、即ちプロ野球の選手の中でも戦死した選手は多い。沢村栄治だけではないのだ。 
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