真・恋姫無双 矛盾の真実 最強の矛と無敵の盾
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
黄巾の章
第22話 「……ご主人様って言うな」
前書き
今回、少し長いです。
―― 関羽 side 宛 ――
ん……
目が覚めた私は、布団から這い出して窓を見る。
今日もいい天気だ。
右手で眼に庇を作ろうとして、動かした右肩に激痛が走る。
「つっ……痛っぅ……」
先日の戦闘で矢が掠めた場所。
それは右肩の筋肉を裂き、思いのほか重症だった。
あれからすでに七日が経つが、まだ完全に回復とまではいかない。
私は溜息をひとつ吐き、喉の渇きを潤すために寝巻きを着替え、部屋を出る。
私が厨房に行こうと、城の中庭に差し掛かったときだった。
「……ん?」
「ヤッ! ハッ! たりゃあああああああっ!」
そこには鈴々が、蛇矛を持って一人鍛錬している姿があった。
(元気になったようだな……)
その姿に眼を細めて微笑む。
「精が出るじゃないか、鈴々!」
「ハッ! ……あ、愛紗。おはよう、なのだ!」
鈴々は、突き出した蛇矛をブンと一振りして、こちらに向き直る。
「もう大丈夫なのか?」
「鈴々は怪我してないのだ! ここ何日かは、ご飯も一杯食べて、ぐっすり寝たのだ! だから鈴々は、元気一杯なのだ!」
フン、と鼻息も荒く、腕に力瘤を作る。
細い腕に、ぽこっと小さい瘤が作られた。
「プッ……」
「あー! 笑うななのだー!」
「すまんすまん……悪かった」
私は笑いつつ、その姿を見る。
どうやら完全に復活したようだ。
七日前の頃の鈴々とは、生気が違う。
「愛紗こそ、まだ怪我が治りきっていないんじゃないのかー?」
「舐めるなよ。鍛え方が違うさ」
そう言って右腕をぐるんと……
……
「も、問題ない、ぞ?」
「……涙目で言われても、説得力ないのだ」
うう……
「愛紗。完全に治ったら、鈴々の修行の手伝いをしてくれるか?」
肩を押さえて涙目になっていると、ふいに鈴々がそう言ってくる。
「それはかまわんが……どうしたんだ? 急に改まって」
「…………」
私の問いに答えず、鈴々が蛇矛をぶんっ、と振るう。
「……鈴々は、思い違いをしていたのだ」
「思い違い?」
「そうなのだ……この前のことで、ようやくわかったのだ。鈴々はお姉ちゃんにはなれないって」
?
どういう、ことだ?
「鈴々は武将なのだ。武将は、いつ何時起こるかもしれない乱に備えて、常にその身を鍛えて、その力を蓄えておかねばならないのだ……でないと、この間みたいに、いざというときになにもできないのだ」
!?
「鈴々は、お姉ちゃんと苦しみを共にするのが、義姉妹の契りを果たすことだと思っていたのだ。でも、その結果は……お姉ちゃんが攫われた時に、何もできなかった……まるで動くことができなかったのだ!」
……くっ。
それは……それは、私とて同様だ。
鈴々……
「だから鈴々は思ったのだ!」
振るった蛇矛を、手前に引く。
そして、鈴々は天を見上げた。
「考え、悩み、苦しみながらも決めるのが、長女たるお姉ちゃんの役目。その補佐をするのが次女たる愛紗の務め。なら、末妹の鈴々は……どんなときでも元気に強くあって、二人を守るのが務めなのだっ!」
そう言って、『ハッ!』と蛇矛を天へと突き出した。
鈴々……お前は……
「鈴々は……鈴々は! お兄ちゃんを師と仰いで変われたと思っていたのに……まだまだ変われていなかったのだ! それが……それが!」
!?
鈴々が……泣いている?
「それがたまらなく、悔しいのだ!」
天に突き出した蛇矛を、そのまま地に叩きつける。
砂煙が上がり、固い地面にヒビが入った。
「鈴々……」
その言葉に、私の頬に涙が伝う。
お前は……本当に立派になった。
私は、お前を心から……誇らしく思うぞ!
「今はまだ……まだまだ弱いのだ! だから愛紗! 一緒に鍛えるのだ! もっともっと強く! 心も、身体も!」
「ああ……ああ! もちろんだ!」
私は、自身の涙を振り払う。
こんな怪我が何だ!
私とて……私とて鈴々の姉だ!
私自身も鍛えなおさねば……鈴々に追い抜かされてなるものか!
私は傍にあった訓練用の棍を手にして、中庭に下りる。
「治ってから、などとは言うまい! 今からやるぞ! かかってこい!」
「……わかったのだ、愛紗! 怪我してるから手を抜いてやるのだ!」
「ぬかせ! まだまだお前にやられる私ではない! これぐらいでちょうどいいのだ!」
「言ったなー!」
鈴々も、涙を振り払って蛇矛を構える。
「「負けるか(ないのだ)!!」」
私と鈴々、二人の裂帛の気合と共に。
互いの武具が重なり合った。
―― 劉備 side ――
「失礼します、桃香様はいらっしゃいますか?」
「はい……どうぞ」
私の言葉に、朱里ちゃんが扉を開けて入ってくる。
「失礼します……お加減はどうですか?」
「うん……大丈夫、だよ」
私は彼女に寝台の上から微笑んだ。
「そうですか……腕の薬を付け替えます。服を脱いでいただけますか?」
「ありがとう……お願いするね」
私は上着を脱ぎ……包帯の巻かれた右腕を露出させる。
朱里ちゃんは、それを静かに、丁寧に包帯をはずして……薬草を塗った葉っぱを剥がした。
「……うん。膿も収まりましたし、傷も綺麗になってきました。もうしばらくで治ると思います」
「そう……ありがとう。朱里ちゃんのおかげだね」
「いいえ……そんなことは」
私の言葉に、少し頬を染めて新しい葉に薬草を煎じた物を塗り、再度傷へと貼り付ける。
その葉を押さえながら、新しい包帯を巻きなおした。
「これでよし……あとは、いつもの薬湯を飲んでくださいね」
「うん……わかった。ありがとう、朱里ちゃん」
私は、腕の包帯を引っ掛けないようにして、上着を羽織る。
ふと、朱里ちゃんの視線を感じた。
「どうしたの……?」
「あ、いえ……その」
「ん?」
私は、微笑みながら朱里ちゃんに問いかける。
朱里ちゃんはモジモジとした後……顔をあげた。
「桃香様……雰囲気が変わられましたね」
「……そう?」
「はい、なんというか……」
「そんなことないよ……私は私だもん」
私は首を振って微笑む。
「いえ、その、なんというか……穏やかになったといいますか」
「……私、そんなに気性が荒かった?」
「いえ! いえいえいえ! ちがいましゅ! あう……」
「プッ……ふふ……」
「あ、あうぅ……しゅみましぇん」
カミカミの朱里ちゃんが、愛しく思えた。
「うーん。私は変わってないと思うけど……うん。でも、そうかな」
「?」
私の独りごちた言葉に、顔をあげた朱里ちゃん。
「たぶん……今までより、ちょっとだけ……何かに優しくなれたような気がする、かもしれない、かな……」
「桃香、さま……?」
よくわからない、といった顔でみつめてくる朱里ちゃん。
ごめんね、私もよくわかんないんだ。
この感情が何なのか……
この胸を暖かくする想いが、いったいなんなのか……
「うん。ごめん、わかんないや」
そう言って、私は――
誤魔化すように、微笑んだ。
―― 張遼 side 宛近郊 ――
「よーし! 今日の巡察はこれぐらいでええやろ! 戻るで!」
「「「応っ!」」」
ウチの言葉に、兵たちが応える。
「張遼将軍、このあたりの黄巾はほぼ駆逐した、と見て良いのでしょうか?」
撤収しようとする最中、一人の騎馬兵がウチにそう問いかけてくる。
「まーそう見てええやろ。せやけど、敵は黄巾だけやないで? これを機に街を荒そうとする賊もおるやもしれん! 気ぃ抜くなや?」
「ハッ!」
ウチの言葉に力強く応えて、列へと戻る騎馬兵。
ふう……
指揮官ってのは、ほんま疲れるもんやて。
(あれから七日……案の定、洛陽からの命令は宛の防衛と警備やった。月からの内々の書状じゃ、諸侯の軍は各方面の掃討作戦に入っとる。もう、動くなってことやな……)
ウチらは洛陽の宦官ども……それのみならず、諸侯からも妬まれとるらしい。
連戦連勝……しかも、宛を包囲した袁術は、数ヶ月も包囲したまま手立ての示せず、ウチの軍が交代したその日に陥落した。
袁術は……相当面子をつぶされたと思っておるらしい。
(実際は、こっちにとって大打撃やったんやけどなぁ……)
義勇兵の逃散は、最終的に発足当初の六千を割り、今は四千程度だった。
古参の兵の主だった者は、愛紗と鈴々を守るために盾となって死んだ者やった。
おまけに桃香が攫われたときに、必死に抵抗した古参兵も、そのほとんどが殺された。
今では歴戦してきた義勇軍の古参兵は、千いるかどうかになっとる。
ウチや孫策の兵も無傷とはいかないまでも、そこまで被害はない。
それに月から増援として、近いうちに五千ほど補充兵が来ることになっとる。
せやけど、義勇軍は……
(その旗頭が……)
ウチは、溜息を吐く。
義勇兵の問題だけやない。
袁術は、その功を妬んで、孫策を宛から引き上げようと、再三書状を送ってきとる。
けど、ウチらの実情を踏まえ、孫策はそれを拒否。
ウチとしても今、孫策軍がいなくなることは大問題や。
そやから月や賈駆っちに頼んで、なんとか孫策を残留させるように交渉を続けとる。
(まったく……えらい迷惑やで)
連日送られてくる賈駆っちの報告では、袁術の……というか、その配下の張勲のネチネチとした嫌がらせの数々、それに対する愚痴がつらつらと書いてあった。
(……今日も、戻ったら届いてそうやな)
ウチは、うんざりとして愛馬にもたれかかる。
ウチが背にへばりつくのがうっとおしいのか、ウチの馬がぶるる、と首を振った。
「ん~ケチ!」
「は?」
思わず出てしまった言葉に、横にいた兵が何事か、と顔を向ける。
ああ……
帰んの嫌やなぁ……
―― 馬超 side 宛 ――
「どうしてもダメか?」
「だめですな」
「~~~~~っ! ケチッ!」
「なんと言われようとも、お通しすることはできかねます」
こ、こいつわぁ~!
「なんでだよ! なんであたしがこの部屋に入るのがだめなんだよ!」
「……あのですね、馬超殿」
「なんだ!」
あたしは、目の前の男……いや!
おっさんに食ってかかった。
そのおっさん――馬正が、コホンと咳払いをして……
「ここ数日、朝から晩まで一刻置きに来ては、散々騒いで出て行かれる……正直、主に悪影響です。ご自重ください」
その言葉にうっ、とたじろぐ。
「で、でも……いつ目覚めるか、わかんないじゃないか!」
そうだ。
盾二が眠りについて、すでに七日。
盾二は目を、覚まさなかった。
「だからといって……騒ぐ、叩く、しばく、頬を殴る、無理やり起こそうとする……そんなことをする方を、この部屋に入れるわけには参りませんな」
「そ、それは……」
だ、だって、寝ているだけなら……それで起きると思ったのであって。
「で、でも、身体には何の問題もないんだろ? 傷もない、熱もない、身体に何の異常もないのに……なんで目が覚めないんだよ!」
「それがわからないから、安静にする必要があるのです……いい加減、おわかりになられよ」
うう~……馬正の正論に、二の句が継げない。
(お姉さまってば、筋肉バカなんだから……)
くっ、蒲公英!
頭の中で蒲公英の溜息が聞こえた気がした。
「ともかく! ご遠慮いただきたい」
「そ、そこをなんとか……」
「ダメ」
「……ちょっとだけ」
「ダメ」
「…………」
「…………」
あたしと馬正が睨みあう。
と――
「なにしてんの?」
不意に声が掛けられた。
あ、孫策!
「……もしや孫策殿ですかな?」
「うん。えーっと……誰だっけ?」
「これは失礼を。私は馬仁義。盾二殿の臣でございます」
馬正が礼の構えを取る。
「あー……あなたが髭おじさん? 髭ないじゃない」
「ひ、髭おじ……ま、まあ、髭は剃りましたゆえ」
「ふーん……まあいいわ。それより中に盾二いるんでしょ? 入っていい?」
「は、どうぞ」
「なにいーーーーっ!?」
あたしがダメで、孫策がいいってどういうことだ!
「馬超殿はご遠慮召されよ」
「なんであたしだけダメなんだよ!」
「先程からご説明している通りです」
「~~~~~~っ! ケチ!」
「なんといわれようとダメですな」
「…………」
「…………」
あたしと馬正が睨みあう。
「……なんかよくわかんないけど、お先にね」
「あ! ずりぃ!」
孫策が、さっと扉を開けて入ってしまった。
あたしも続こうとするけど、馬正がその間に入り込む。
「馬超殿!」
「うううっ~~~~~~~~っ! ケチぃぃぃぃぃぃぃっ!」
―― 孫策 side ――
「なんだかなぁ……」
思わず呟くわたし。
「あわわ……孫策、さん」
「あら。えーと……?」
盾二の部屋には一人の女の子がいた。
帽子を目深に被って……臆病な子なのかしら?
「え、えと。わ、私は鳳統士元でしゅ」
「あ、ああ……鳳統ちゃんね。よろしく……って、わたし会ったことあったかしら?」
なんで私の顔と名前知っているの?
「えと、えと……朱里ちゃん……諸葛孔明に聞いて、うんと、あと、盾二様に聞いていた、通りの容姿なので……」
「あら、そう? もしかして、臣の子?」
「あ、はい」
な~る。
確か『はわわ軍師』と『あわわ軍師』がいるって言っていたわね。
様子からして後者かしら?
「こんな可愛い子が臣にいるんじゃ、わたしの求婚をすぐに受けなかったのもわかるかな~?」
「あわわ……そ、そんなこと、ないでしゅ……」
あらら、真っ赤になっちゃって。
可愛い子だこと。
「ふふ……それより、どうかしら? 盾二の様子は……」
「あ、はい……」
そう言って鳳統が寝台の幕を開ける。
そこに横たわる、一人の男。
「盾二……まだ目を覚まさないのね」
「はい……」
鳳統ちゃんが目を伏せる。
わたしは、盾二の顔を覗きこんだ。
いつもの皮の服は脱がされて、今の盾二は寝巻き姿。
眠りこけているけど、血色のいい顔。
もう七日も眠り続けているようには見えない。
「傷もないのにどうして眼を開けないのよ……?」
わたしは誰に尋ねるわけでもなく、呟く。
あの邑での一夜の後。
盾二は一向に目覚めなかった。
宛に移送して、孔明や街の医師にも見せたけど、身体的な問題はまったくなし。
返り血で紅く染まっていた顔や頭にも、外傷はなかった。
ただ、こんこんと眠り続けている。
「原因はまったく不明。いつ目覚めるともわからない……まったく、ヤキモキさせてくれるわね」
「盾二様……」
鳳統ちゃんが不安げに見つめている。
まったく……こんなかわいい幼女にまで心配させて。
ほんとに罪な男。
「接吻でもしたら起きるかしら……?」
「せ、せっぷ!?」
あら?
鳳統ちゃんの顔が、ボンッと紅く染まる。
「やってみる?」
「あ、あわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ……」
あらあらあら。
確定。あわわ軍師だわ、この子。
「なんなら、わたしがやってもいいけ……」
「だ、だめでしゅっ!」
あ、そこははっきり言うのね。
「冗談よ。やってもいいけど……それで起きるなら苦労はないわね」
「………………」
真っ赤になった顔を隠すように、帽子を目深に被りなおしている鳳統ちゃん。
なに、このかわいいどうぶつ。
持って帰っちゃダメかしら?
「さて……盾二の顔も拝んだし、そろそろ行くわね。今頃うちのこわ~い軍師がわたしを探していると思うし……」
「え、え、と……?」
そろそろばれる頃だと思うのよね~……
見廻りサボったことが。
「じゃあ、わたしは行くわね……またくるわ」
「ひゃ、ひゃい。あ、ありがとうごじゃいました……あう」
…………
「(ぼそ)やっぱり持って帰ろうかしら……」
「あう……?」
「な、なんでもないわ。じゃあね」
あぶないあぶない。
これ以上いると、本気で持って帰りたくなっちゃうわ。
盾二をものにしたら彼女も付いてくるのよね……
うん、やっぱり盾二は孫呉につれて帰ろう!
そう決ぃ~めたっ!
―― 孔明 side ――
蟲声も静かな深夜。
すでに皆寝静まり、月は天頂に輝きを放つ時分。
私は二枚の毛布を持って、一人廊下を歩いている。
目の前には、盾二様のお部屋。
その前の扉には、馬正さんが座り込みながらうたた寝をしています。
この七日の間、馬正さんは、ほとんどここを動こうとしません。
昼夜に関わらず、扉の前で警護しています。
(いつもご苦労様です……)
私は馬正さんの肩に、そっと毛布を掛けました。
そして、扉を開けて中に入ります。
「あ、雛里ちゃん……」
中には雛里ちゃんが、机にもたれるように眠っていました。
今日一日、ずっと盾二様に付きっ切りだったのでしょう。
私と雛里ちゃんは、一日おきに盾二様の看護をしています。
どちらともなく決めた役割。
片方が仕事をして、片方が盾二様のお世話をする。
私は、もう一枚の毛布を雛里ちゃんの肩に掛けました。
(お疲れ様……雛里ちゃん)
そして寝台の幕を開けて中に入ります。
そこで寝ている盾二様は……穏やかな寝顔で休まれています。
「……どうして、目を覚ましてくれないんですか?」
思わず口に出てしまう言葉。
あの日……宛の黄巾が夜襲を仕掛けてきたあの夜。
『朱里! 俺は桃香を助けにいく! ここは任せた!』
その言葉を残して、馬正さんと一緒に馬で走り去る盾二様。
あの奇襲を擬態と見抜いたのは、私。
それに対して、すぐに行動を決めた盾二様。
その方針は間違いではないと、今でも思います。
でも……
(あの時、張遼さんと一緒に中を駆け抜けていくことだってできた筈です。そうすれば……)
そうすれば……一人で桃香様を追うなんてしなくて済んだはず。
そうしていれば……
ううん。
その時は……きっと愛紗さんと鈴々ちゃんを失っていた。
馬正さんは、本当にギリギリだったと話してくれた。
わかっています。
盾二様は、最善を選択したはずです。
でも……
でも……
「桃香様も、愛紗さんも、鈴々ちゃんも助かりました……でも、その代償が……」
義勇軍の壊滅と、目覚めない盾二様。
義勇軍はもう戦えない。
それを鼓舞して指揮をするべき盾二様も目覚めない。
これじゃ……これじゃぁ、何のために。
何のために……
「教えてください……盾二様。私は……私は、どうしたらいいんですか……?」
あなたの臣として、私がするべきことはなんですか……?
「教えてください……ご主人、さま……」
私が俯く地面に、ぽたっと雫が落ちる。
気がつくと……私は泣いていた。
「ご主人様がいなくなったら……私は……私達は……」
私も……雛里ちゃんも。
盾二様に誓ったあの日の誓い。
『よろしくお願いします、ご主人様!』
『やめてくれ! ご主人様とは呼ぶな! 名前で呼んでくれ、頼む!』
私達の誓いに、困惑しながらも微笑み、温かく迎えてくれた。
私達の……ご主人様。
「起きてください……目を覚ましてください……私を撫でてください……触ってください……」
眠ったままの盾二様……その手を布団から出して握り締める。
その手は暖かいけど……握り返してはくれない。
「もっと褒めてください……叱ってください……どうか、どうか起きて……」
私はその手に縋りつく。
「ご主人、さま……」
「……ご主人様って言うな」
「!!」
私は、ハッとして眼を開ける。
いま……今、確かに。
「……そう言ったはずだぞ、朱里」
その言葉は幻ではなく。
盾二様はゆっくりと……眼を開けて――
微笑んでくれました。
「ご、ごしゅ……じゅんじ、さま……?」
「……? どうした、朱里。なんで泣いて……?」
「じゅんじさまぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「うおっ!?」
私は盾二様の顔に飛びつきました。
「盾二様、盾二様、盾二さま、じゅんじざまぁぁぁぁぁぁ……」
「ぐっ、ぐるっ……? い、いや、しゅ、しゅりさん? ちょっ、くび、くびが……」
ふええええええええええええええええぇん!
―― 盾二 side ――
「ぐじゅっ、ぐじゅっ、じゅんじ、ざまぁっ……ふぇ、ふぇぇぇぇぇぇん!」
「な、なんだ。ぐふっ……どうしたんだ?」
眼を開けたら、いきなり泣かれました。
どういう状況だ、これは。
俺は泣きながらしがみつく朱里を抱え、腹筋と背筋を総動員して身体を起こす。
ちと首が苦しいが……まあ、そこは我慢だ。
「よ、よしよし……なんだかわかんないけど、まあ泣きたいだけ泣けばいいさ……」
そう言って、朱里の頭を撫でる。
と――
ガタッ!
「うん?」
顔をあげると、そこには……帽子を床に落とした雛里が、椅子から立ち上がっていた。
「え? あ!? いや、これは、別に俺が泣かしたわけじゃ――」
「じゅ、じゅんじざまぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「うぇぇぇぇぇっ!? 君もですかぁっ!?」
いきなり泣きながら飛びついてくる雛里。
というか、意外に跳躍力あるんだな、雛里!
「ふぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
「あー……えーと……うん、まあ……泣きたいだけ泣け! 俺はここにいる!」
「「じゅんじざまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」」
ああ……なんか知らんが盛大に泣き始めちゃったよ。
まいったな……俺、この子たち泣かしてばかりだよ。
泣き叫び、号泣する二人を宥め、あやし、背中や頭をさすってやること三十分ほど。
ようやく落ち着いてきた二人に、内心ほっとしていた。
「……二人とも、落ち着いたかな?」
「ぐじゅ……ばいぃ……」
「えっずっ……ぶぁい……」
あーあーあー……涙と鼻水で大変なことになっているな。
とりあえず近くにあった綺麗な布巾を二つに裂いて、それぞれの顔を拭く。
「はうう……」
「あうう……」
二人はようやく落ち着いたようで、真っ赤な顔をしながら俯いている。
それでもしっかり俺の服を掴んで抱きついていたけど。
「正直状況がよくわかんないけど……迷惑を掛けたようだな。すまん」
「い、いいえ! 盾二様がご無事なら、私達はなにも!」
「そ、そうでしゅ……ごしゅじ、じゃない、盾二様がご無事なら、問題ありましぇん!」
雛里……今、ご主人様って言おうとしたな?
やっぱり、君らもその単語を言いたいの?
「とりあえず状況を教えてもらいたいのと……俺も話さなきゃいけないことがあるんだよな」
「話さなきゃいけないこと……?」
「ああ、とりあえず……おい、そこにいるんだろ? もういいから入ってこいよ、馬正」
「「!?」」
俺が扉に声を掛ける。
しばらくして、ゆっくり扉が開いた。
そこには、身を縮こませた馬正がいた。
「……ばれていましたか?」
「まあな。二人が泣いている間に入ってこなかったのは、褒めてやるよ」
「さすがに、それぐらいは気を利かせますよ」
「「はうあうはうあー!?」」
馬正の言葉に顔を真っ赤にして俺の胸に顔をうずめる二人。
いやまあ……恥ずかしいよね、うん。
「しかし盾二殿……わかっていたなら私を呼ばずとも宜しかったのに。女心がわかっておりませんなぁ……」
「うっせ! しょうがないだろ……ちと、重要な話なんだよ!」
俺は、顔を胸にうずめる二人の頭を撫でながらそう言う。
って、痛ぁっ!?
「「うううう~っ……」」
あ、怒ってる?
俺の胸にしがみつく二人の手が、若干胸に食い込んでるんですが。
「あー……えと、その……ごめん」
とりあえず謝っておく。
あ、こら馬正!
やれやれ、みたいに額押さえながら首振ってんじゃない!
「あー……ごほん! えーとだな……真面目な話なんだ。三人とも、ちゃんと聞いてくれ」
俺の言葉に、真剣な眼差しになる三人。
ふう……さてと。
俺は、三人に向かって宣言する。
「俺は、しばらくしたら旅に出る」
後書き
ミスって瞬間的にこの話を木曜に見た方は、ごめんなさい。
タイムシフトみすりました。
そういえば周瑜はともかく、黄蓋は盾二以外会ってなかったり……
ページ上へ戻る