真・恋姫無双 矛盾の真実 最強の矛と無敵の盾
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黄巾の章
第21話 「そ、そこまで言ってねぇ!?」
前書き
ようやく山場を越えました。
―― 孫策 side 宛近郊 邑 ――
気がつけば、すでに日は昇っていた。
わたしは、董卓軍の兵士に指示を出し、邑人の救出と、火に焼かれた家屋の鎮火を指示している。
「孫策様、火は大体消えました。邑の人間の生き残りも保護しております」
「そう。じゃあ、悪いんだけど……何人か護衛をつけて、その人たち連れて宛まで行って頂戴。この邑は……もうだめだから」
「はっ」
董卓軍の兵士が足早に駆けていく。
どの兵も、あまり触れないようにしているのだ。
目の前の惨劇と……御遣いの姿に。
「さて、と……」
わたしは兵士が見つけてきた敷布を持って、その場に近づく。
「……風邪ひくわよ。それと……腕の血を洗い流すわ」
わたしは、彼女の肩に敷布を掛けて……竹筒の水を布に湿らせて、彼女の傷のある右腕を洗ってゆく。
「…………」
「…………」
彼女――劉備は何も言わない。
わたしも何も言わない。
そのまま傷を洗い、清潔な布を巻きつけて……敷布を掛けなおした。
「…………」
その膝で眠る……盾二を見る。
彼は、劉備の膝の上で……泣き疲れて眠りについていた。
その顔も、服も……全身が返り血で紅く……いえ、赤黒く染まっている。
だが、その寝顔はまるで……安心しきった幼子のように穏やかだった。
「…………」
わたしの胸に、いいようのない痛みが走る。
認めない。
認めたくはない。
わたしが……この孫呉を背負う、孫伯符が……
醜くも卑しい……嫉妬だなんて。
「…………」
劉備は何も言わない。
ただ、盾二の頭を撫でながら……とても優しい顔で見つめている。
(……今は、譲ってあげる)
わたしにも意地と面子がある。
醜く、その……嫉妬に流されるような女じゃない。
わたしは立ち上がり……傍で意識を失っている少年を抱き上げる、
まだ、生きてはいる。
だけど、つい先程まで……狂ったようにヘラヘラと笑い、呟き、そして倒れた。
この子の心は、完全に壊れたかもしれない。
「……この子は、わたしが預かるわね」
その言葉だけ伝えて……子供を抱いて、立ち去ろうとする。
けど、わたしの背中に彼女が一言だけ呟いた。
「……お願いします」
その言葉に一瞬、足を止め……わたしは振り向きもせず頷いて――その場を立ち去った。
―― 馬超 side 宛 ――
宛での戦闘は、夜が明ける頃には完全に沈静化した。
宛内部にいた街の住人は、解放されたことに感謝して、それを率いた霞を讃えている。
包囲していた約三万の軍は、奇襲による攻撃もあって、その被害は実に一万を越えた。
最も被害が大きかったのが、敵の将軍が逃げるために急襲した、北の義勇軍だった。
愛紗や鈴々の不調。
桃香の捕縛。
盾二と馬正が急行したとはいえ、盾二は桃香を助けるために単身その場を離れた。
馬正も混乱した義勇軍をよくまとめたと思う。
それでも初期の混乱による一方的な被害は、相当なものだった。
その状態からなんとか軍としての行動が維持できたのは、馬正と南の大手門から北門まで奔り抜けた霞がいたおかげだろう。
だが、指揮官が不調だと、軍というものはこうも脆く崩れ去る。
今まで連戦連勝だった義勇兵は、その数を大きく減らしていた。
この軍は勝ちすぎていたのだ。
だから負けることに慣れていない。
それゆえ、逃散した兵も、かなりの数に上っている。
「まいりました……まさか、ここまで被害があるなんて」
被害報告を纏めている朱里が、頭を抱えるように呟く。
正直、あたしもここまでの状況になるとは思わなかった。
「勝ちすぎて負けを知らなかった軍が、ここまで脆いなんて……」
そう呟くのは、朱里と共に被害状況を纏めている雛里だ。
彼女も朱里同様、義勇軍に入ってから、ここまで酷い損害を出したことがなかったと言う。
それだけ盾二という存在が、どれだけの力を示していたかを物語っていた。
「……昔日の強豪が一敗地にまみれて、屍を野辺に晒す。戦いってのはそういうもんさ」
あたしは自嘲気味にそう呟く。
このあたしも……西涼のみんなを失ったときに、そう思ったもんだ。
「……はい」
朱里が、頷きつつ竹簡を置く。
「……盾二様、大丈夫でしょうか」
雛里が、ポツリと呟く。
その心配は、あたしにもある。
あの盾二はともかく……桃香は無事だろうか?
「盾二様だもん。絶対に大丈夫だよ!」
朱里は、努めて明るくそう言う。
きっと内心は不安で一杯だろうに……
そのとき、天幕の入り口が揺れた。
「あ~……疲れた」
「あ、霞さん。お帰りなさい」
うだる様な霞の声に、朱里が声を上げる。
のろのろと歩いてきた霞に、椅子を勧める。
「結局、徹夜やんか……お肌荒れてまうわ」
「暢気だな、オイ」
椅子に座り込んで呟く霞。
思わずあたしがツッコむ。
「ややこいことが多くて、かなわんねん……とりあえず、周辺の警戒は一番被害が少ない翠の部隊で頼むで」
「わかった。だれかいるか!」
「ここに!」
「あたしの部隊の各隊長たちに集合するよう伝達してくれ。あたしもすぐにいく」
「はっ!」
伝令の兵が外に駆け出して行った。
「そういや、孫策軍はどうしたんだ?」
「あー……なんや孫策の援軍に行くいうてたから、半数だけ行かせたわ。周瑜が部隊率いて向こうとる。半数は駐留部隊で炊き出しや家屋の修復させとるよ」
「そっか……どの道、しばらくはここから動けないな」
あたしが呟くと、霞が頷いた。
「まあ、兵が減ったのはしゃあないとして。どの道、洛陽からは宛で待機、警戒の指示が来るやろな。ここを抜けられたら洛陽までは一直線やし、間違ってもこの場所を取り返されるわけにはいかんし……」
「そうですね。それに、霞さんは……いえ、私達は功を立て過ぎました。これ以上は、たぶん……」
朱里の言葉に、霞が頷く。
「まあ、これ以上はなにもするな、やろな。きっと他の黄巾の部隊には、諸侯の部隊を充てるやろ……うちらはここで待機。たぶんこの乱が終わるまで、な」
「時期がいいのか、悪いのか……」
あたしが呟く言葉に、霞、朱里、雛里がそれぞれ神妙な顔をして頷く。
義勇軍はもうガタガタだ。
武将である愛紗も鈴々も、しばらくは戦場に立てないだろう。
残るは孫策軍と董卓軍のみとなる。
だが、董卓軍の数は五千程度。
孫策軍は一万。
義勇軍は逃散兵が多くて、いまいち把握ができないが……五千残るかどうかだ。
こんな状態で作戦行動など出来る訳がない。
そしてまだ連絡が来ないが……盾二と桃香が心配だ。
もし、どちらかが死んだりしたら……
ブルッ!
思わず浮かんだ考えに、あたしの身体が震えた。
そんな筈はない。
あの盾二がそう簡単にくたばるもんか!
きっと桃香を連れて……平然と戻ってくるに違いないんだ!
―― 周瑜 side 宛近郊 邑 ――
「……なにが、あったんだ」
思わず呟く。
邑に到着した私が、その朱に染まった邑の惨状に眼を覆った。
黄巾の部隊がここで虐殺をしたのか?
だが、死体がほとんどない。
あるのは……夥しい血と、数え切れない肉片と、人だったモノの欠片。
(尋常じゃない)
そう思ったのは、私だけではなかったようだ。
そのあまりの惨状に、連れてきた兵たちが嘔吐している。
(普通に邑人を虐殺したとしても……ここまでひどいことにはなるまい)
これではまるで……かの秦の武将、白起の大虐殺のようだった。
かの武人は、徹底的に相手を殺しつくし、味方すら糧食不足を理由に全て殺しつくした逸話がある。
唯一救われたのは少年兵だけだった……その理由も愛玩のためというのだから救えない。
諸説様々に伝え聞くが……私は、個人的に彼が嫌いだった。
軍師の利の部分では共感できる。
理解もする。
だが……それを行う不利益に私は否といわざるを得ない。
それでは……自分の身内すら殺すその政策は、己の首を絞める悪癖でしかない。
なにより、雪蓮は……孫伯符は、きっとそんな愚は犯さない。
雪蓮にとっては、孫呉の民が……『家族が幸せに暮らすこと』が全てなのだから。
「しゅ、周瑜、様……だれかきます」
兵の一人が、口元を押さえながら報告する。
その方角から歩いてくるのは……
「雪蓮!」
私は、その姿に駆け出す。
雪連は、その両腕に子供を抱きかかえながらこちらに歩いてきた。
「やほー。冥琳にしては、思ったより手間取ったんじゃない?」
「ばか者! こっちは宛での戦闘の取りまとめもあったんだ! おまけに援軍要請の場所には黄巾の死体しかないし……董卓軍の伝令が気を利かせていなければ、この場所だってわからなかったんだぞ!」
「あー……そういや、伝令するのをすっかり忘れていたわ。あはは」
「あはは、じゃない!」
私は雪蓮の頭に、ゴンッと鉄槌を下す。
「いったーい! もう! 悪かったわよっ!」
「とても反省しているようには……なんだ、その子供は」
私は、雪連の腕の中にいる少年を見る。
酷く憔悴した顔で眠っているようだ。
「あー……うん。まあ、邑の生き残り、かな」
「……そうか」
「他にも生き残った人を宛に連れて行くように指示したんだけど……どこかで会わなかった?」
「いや……我々は西から直接来たのでな。宛の方向は南西だし、すれ違ったのだろう」
そうか。
多少は生き残ったか……
「この邑の惨状……まさか、お前がやったのか?」
私は雪連の……戦闘の興奮による豹変のことを思い出し、そう尋ねる。
だが、雪連は静かに首を振った。
「わたしじゃないわよ……というか、ここまで人間離れした殺し方なんてできないわよ」
「……それもそうか」
周囲にある人の死骸。
それはまさに人在らざる者の仕業。
顔が砕かれ、四肢は千切れ、胴体は押しつぶされている。
炎で焼け死んだ姿もあれば、鋭い刃物のようなもので細切れにされた肉片すらある。
いったい、なにがあったのだ。
想像すらつかない。
「雪蓮、なにが――」
「ごめんね、冥琳。今は……聞かないで」
そう答える雪連の顔は……寂しさと、切なさと……まるで……嫉妬?
そんな複雑な感情を入り混ぜたような表情で……
何もいうことが、できなかった。
―― 盾二 side ??? ――
闇――
何も見えない。
何も聞こえない。
ただ、そこにある闇。
(俺は――)
ふと、目が覚めるとここにいた。
俺は一体……どうなったんだ?
「やっとつながったわね」
その声に、はっと起き上がる。
辺りは闇の中。
一寸先すらも見えない。
にも関わらず、自分の姿だけははっきりと認識できる。
ここはまるで――
「あの時と……同じ?」
「ぴんぽ~ん。正解よぉ」
その声が再度聞こえる。
姿は見えないが……あの時と同じ、カマっぽい声。
間違いない。
「……アンタは、誰だ?」
「あんらぁ~、私の姿を見て驚かないなんて、さすがはご主人様ねぇん」
「いや、見えてねぇし」
というか、ご主人様って……姿の見えないカマっぽいやつに言われる筋合いはねぇ。
「あら……こっちはしっかり見えるんだけど。おかしいわねぇ……こっちにくれば接続もうまくいくはずなんだけど……やっぱりなんらかの阻害因子が働いているのかしら?」
「阻害因子……いや、それより、接続って何だ? そもそもアンタは何者だ?」
「あらあら~せっかちねぇん。まあ、自己紹介もまだだったわよね」
そういって何故か……何故か変なポーズをとったような気配を感じた。
見えなくて正解かもしれない。
「あたしの名前は貂蝉、よん。よろしくね、マ~イご主人さまぁ~ん!」
「ちょう、せん? 聞いたことないな……」
俺は首を捻る。
そんな人物、三国史にいたか……?
「あっら~こっちのご主人様は、三国志演義読んでないのかしらん?」
「三国志演義……ああ! あの古代文学の!? そういや古代文学小説にそんなのあったな!」
俺はようやく思い出す。
そうだ、三国史を題材にした明代の時代小説!
「その様子だと、本当に知らないみたいねぇ。だぁ~めよ、ご主人様! 文学書もちゃんと読まないとぉ!」
「いや、歴史はともかく、文学までは専門外……というか、名前は知っていても、その内容までは詳しく見たことがないぞ」
「ま~あの小説は、ご主人様のいた時代じゃ、歴史小説や歴史漫画なんかでいろいろリメイクされていたはずなんだけどねぇ。 そっちも読んだこともないのぉん?」
リメイク版……あ。
「ああ! あったあった! でも、あれ正史と諸説ごちゃ混ぜの上に、作者のオリジナルも入っているから、あくまでフィクションとしての物語だろ?」
「でもでもぉ、そういう物語から歴史の面白さにハマッていくから、ああいう書籍は必要なのよん」
「そりゃ否定する気はねぇけど……と、いうか、お前……」
「あら。やっと気付いたかしらん?」
カマっぽい声がおどけたように言う。
そう、こいつ……現代を、俺たちが元いた時代を知っている!
「俺の時代の人間なのか……?」
「あらあら~頭固いわよぉん、ご主人様。貴方、スプリガンなんでしょぉ? あそこにもあたしたちに似た存在がいたはずよぉ?」
似た存在……?
あ!
「お、お前! 仙人だっていうのか!?」
「ま~当たらずとも遠からず、ねぇ。私達は『管理者』って呼ばれているけどぉ」
なんと……このカマっぽいやつが!?
……朧が知ったら泣くぞ、きっと。
「朧が目指しているのが、こんなカマ男……」
「だ~れが、ロン毛の武闘派も裸足で逃げ出すような、ムキムキマッチョのオカマだってぇ~!?」
「そ、そこまで言ってねぇ!?」
なんか暗闇の中に、ものすげえへんな感じの膨大な闘気を感じた。
……いや、殺意じゃないな。
すごい変、としかいえないような、怪しい気だったけど……
「ま~あのイケメンの朧って子もぉ、あの世界で後五十年も仙界に篭ればぁ、私達のようになれるんじゃないかしらねぇん?」
「朧を、『子』扱い……ハンパねぇ」
頭痛くなってきた……
「まあ~そういうわけよ。私達は、この『外史』を管理する管理者ってわけ」
「……? 『外史』ってなんだ?」
聞いたことがない言葉だ。
「『外史』ってのは、貴方達の世界で言うパラレルワールド、平行世界、移相次元の産物……簡単に言えば、物語の世界よ」
「なっ!?」
なに!?
「同時間上にいる存在は、その時間軸の外にでることが……普通はできないわ。でも、そこで存在する全ての物語を介して、多元世界を感じることはできるのよん。ただ、その物語が実在しないという『事実』を確認することはできないわねぇん」
「……それ、シュレーディンガーの猫。いや、エヴェレット解釈を基にした考えだな」
「さすが博学ねん……伊達に様々な専門知識を詰め込まれてないわ」
「おべんちゃらはいい。それより、多元世界解釈を出すということは……ここはやはり異世界、なのか?」
それならば劉備が桃香……歴史の武将たちが、女性であることにも納得ができる。
「ま~簡潔に言っちゃえばそういうことねぇ。この世界はかつて『北郷一刀』という存在が、物語の世界からの漂流物である『銅鏡』の光を浴びてしまったことから派生した物語なのよ」
「一刀、が……?」
「そ。まあ、その世界も数ある多元世界のひとつなんだけどねぇ……元は、それを回収しようとした仙人のミスなんだけど。で、その銅鏡の力により……彼は外史の世界を生み出したのよ。けど、それは一つじゃなかったの」
「……まさか」
俺は、依然聞いたことのある多元世界観を思い出して青ざめる。
「そう。この『外史』は、無限に作られたのよ。本当の意味での……無量大数の数、ね」
「…………」
「本来は、そうなる前に彼を元の世界に戻すつもりだったんだけど……こちらの管理者の二人がバカやってね。この世界は爆発的にいくつもの同存在世界が作られたの」
「……ベビーユニバースか」
「……やっぱりすごいわね。その通りよ」
姿が見えない貂蝉が、にこっと笑ったような気がした。
「この世界はフラスコの中の宇宙……それが無限にあるものと同じ。ただし、全てが同じではなく、いろんな世界がある。基準となった『北郷一刀』を軸にして、ね」
「…………」
「貴方のいた世界もその一つよ。北郷盾二」
「!?」
俺のいた世界……あの世界も、作られた、もの……?
「あの世界の名前は『スプリガン』……様々な超古代科学文明が、世界に表面化した物語。スプリガンはそれを守って闘う……そういう世界」
「……っ」
「そこに存在を確立した北郷一刀……彼もスプリガンとして存在する、はずだった」
「……? はず、だった?」
どういうことだ?
一刀は……スプリガンになろうとしていたじゃないか。
「そう。本来、北郷一刀は一人。それが銅鏡によってこの外史に送られる、それが本来あるべき予定調和だったのよ。けど、そこに異変が起きた」
「!?」
「……わかった?」
……そんな。
……そんなこと。
……そんな、ばかな……
「貴方の存在よ、北郷盾二……いえ」
暗闇の向こうにいる貂蝉が、微笑んだ――気がした。
「もう一人の『北郷一刀』……ご主人、さま」
後書き
朧さん、きっと仙人になるのやめると思うの
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