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ソードアート・オンライン〜Another story〜

作者:じーくw
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SAO編
  第21話 託された願い


 コボルトの王、側近との戦い。

 互いのHPゲージも殆ど減っておらず、まだまだ序盤だった。
 だが、BOSS戦でもディアベルを中心に統率されたこのレイドの連携は素晴らしいものだった。

「A隊B隊! スイッチ!」

 指示を出しつつも、視野は広く持ち、ディアベルはフロアの全体を見渡す。
 そして、個々のプレイヤーのHP残、そして 敵の数、スキルをも確認してそして的確な指示を送っていた。

「グルアアアア!!!」

 暴れ狂うイルファング・ザ・コボルド・ロード。
 巨体を活かし、暴れまわるが、完全に統率され、それは正に、機械の様に正確と言える精密に計算された精度の連携を崩すまでには至らなかった。

「今だ! E,F,G隊! センチネル達を近づけさせるな!」

 ディアベルが、そう指示を出したそれに答えるように動きをはじめた。

「……了解」
「任せろ」

 イルファング・ザ・コボルド・ロードを守ろうと、AとBの部隊に攻撃を加えようとしているセンチネル2体を奇襲攻撃をかける。

 振り上げられたセンチネルの武器をキリトが、正確に捕らえ、己のソードスキルで弾きあげると。

「今だ! スイッチ!」

 パートナーであるアスナに指示を送った。

「一匹目っ!!」

 アスナは、スイッチをすると素早く距離を詰める、細剣(レイピア)の攻撃速度を最大限に活かした突き。《リニアー》を放つ。

 その速さは驚異的で、剣先が見えず そして何より正確に鎧を覆っていない場所を貫いた。
 
 鋭いその突きの一撃。

 その一撃は、センチネルのHPゲージの全てを奪い、身体を四散させていた。

 そして、リュウキもキリト同様にセンチネルの武器を弾いていた。リュウキの場合は 弾くだけでは留まらず。

「ぐるるっ……!?」

 センチネルが持っていた武器を、根本から砕き、四散させたのだ。自分自身も戦っている場面だと言うのに、リュウキが見ている先は、アスナの姿だった。

「ナイスだな……。もう一回いくぞ、レイナ。スイッチ!」

 相手に集中しなければならない局面なのは判っている。それでも出てくる言葉はアスナのその見事な剣捌きだった。アスナは、ついさっきまでは、スイッチと言う基本的なことも知らなかった初心者(ビギナー)だったのだが、あれは嘘だったのか? と思えてしまう。
 
 そして、リュウキとレイナは 2匹目のセンチネルを相手をしていた。
 リュウキが武器を粉砕し、センチネルは武器を失い混乱しているその時に、すかさずレイナは、スイッチをして、懐に飛び込んだ。

「二匹目っ!!」

 裂帛の気合と共に、放たれるレイナのその太刀筋。
 それは、先ほどアスナが放った見事な《リニアー》それに非常に酷似していた。
 確かに、同じスキルであれば、大体は同じ軌道、形となるのだが。使用者の細剣の持ち方、そして体型等の様々な要素があり、僅かだが 違いは有る筈なのだ。

 だが、2人のそれは全く同じ。

 ……まるで、鏡写しの様に 互いの姿が重なって見える程だった。そしてその2つの剣閃は、本当に優劣をつけるのもおこがましい。

「2人とも、素人かと思っていたのに……剣先が見えない。太刀筋も全く同じ。凄まじい手錬れだ」

 キリトも2人を見て、改めて驚いていた。リュウキと同じ思いだった様だ。
 少し前まではスイッチも知らない素人だったのにだと考えていた。BOSSの取り巻き。それは通常の敵モンスターより遥かに強い。
 なのに、それをものともしていない。それもディアベルの指揮力同様に素晴らしい事だった。

 4人と言う少数のパーティは、まるでセンチネルをものともせず、次々と粉砕していったのだ。


 そして、戦いも終盤に差し掛かっていた。
 BOSSの取り巻きであるセンチネルは、3部隊が、いや キリト・アスナ・リュウキ・レイナのパーティでほぼ一掃されていた。
 それは例え、消滅し再びPoPしたとしても、すかさず、粉砕し 蹴散らしたのだ。

 それは、レイドパーティにとって、嬉しい誤算だったようで、EとF隊も前線部隊と合流し、G隊であるキリト達以外の全員がBOSSに集中できていたのだ。

 当然、削れるHPゲージの量も劇的にあがり、安定性も出てくる。

 そして、4段目のHPゲージが黄色を超え、赤く染まったその時。

「ぐるるる……がああああぁっ!!!」

 コボルトの王は、自身が持っていた武器・盾を投げ捨て、放棄したのだ。いきなり、己の武器を捨てると言う行為は、通常であれば驚き、動揺してしまうだろう。
 だが、それを見た全員は、笑っていた。
 そう……この行動も知っているからだ。

「情報どおりみたいやな……」

 前線で戦っていたキバオウも、笑っていた。これは、アルゴの攻略本にも載っていた情報であり、変わる武器に関しても知っていたのだ。

 つまり、BOSS戦ではよくある変化。最終段階であり 本当にあと一息のところまで来たのだ。

 その時、後ろから声が聞こえてきた。

「下がれ! オレが出る!!」

指揮をしていたディアベルが、前線の一番前へと出てきたのだ。

「なっ……!!」

 その行動を見てリュウキは目を見開く。今までは、まるで機械の様に正確で、逸脱せず、プロセスを組んで追い詰めていたのに、ここで歯車が狂ったと感じたからだ。そのトリガーは、ディアベルの行動にあった。

 BOSS戦は、当然だが通常の敵とは違う。

 今は変化(・・)が起きたばかりであり、まだ 自身の目で確認した訳じゃない。……だから、最後にどんな隠しだまを持っているのかも判らないのだ。

 勿論キリトやリュウキにとってもそうだ。

 βテストの時と今の差。それを身にしみて知っている身なのだから。今まで戦ってきた中では 別段変わった様子はないが、あのHPゲージを全て消すまで、蹴散らし、その巨体を消滅させるまで、気は抜けない。
 だからこそ、単独行動が一番危険なのだ。

 そして、この指示と行動は明らかに間違えている事も判っていた。

「ここは、最後の攻撃。パーティ全員で包囲するのがセオリーの筈だろ……?」

 キリトも同じだったらしく、驚愕した表情でディアベルを見ていた。全員で攻めれば、例えどんな技を使ってきたとしても、押し切れる可能性が高い。どんな攻撃をしてきても、人数が居れば、攻撃を分散させやすく、回避もし易い。

 だが、それをあのディアベルが判っていないとは思えなかった。

 その時キリトとリュウキは確かに見た。攻撃に移る刹那、ディアベルがこちら側を見たのを。


 ディアベルは、剣に力を込めた。
 
 ソード・スキルを撃ち放つために。
 今覚えている最大のソード・スキルの一撃で終わらせる為に。だが……。

「なっ……!! 変わったっ!?」

 リュウキが目を見開いて相手を見た。咄嗟に最大限に集中し、コボルトの王を見定めたのだ。初見で視た(・・)その情報とは明らかに違っている。

「なッ! あれは、曲刀(タルワール)じゃない……野太刀!」

 キリトもリュウキの声で気づいた。BOSSが手にかけた武器が情報と違っていると言う事に。
この第1層のフロアではまず使用されることのない武器の1つ。
 初期武器カテゴリーには無い エキストラ・スキルでもある刀。

「おい! 駄目だ! 行くな!!」

 リュウキは、すぐさま声をあげた。だが、センチネルも待ってはくれない。まるで、意志を持っているかの様に、絶妙なタイミングで、再びPOPされ センチネルに囲まれてしまったのだ。

「邪魔を……するなぁ!!」

 リュウキは現れたセンチネルを、強引に、力技で、素早く正確にセンチネルの首の部分を撥ねた。

「ディアベル! 全力で後ろへ飛べぇぇっ!!!」

 敵に囲まれ、叫び声すら、相手の唸り声でキャンセルされてしまっているリュウキを見て、キリトが変わりに叫んだ。
 彼の行動を止める為に。…刀のスキルには、凶悪なモノが沢山あるから。

「ガアアアアア!!!!」

 コボルトの王は フロアの天井にまで届きかねない程に跳躍し、凄まじい斬撃で上方からディアベルを切りつけた。プレイヤー達よりも遥かにデカい野太刀は、ディアベルの身体を袈裟斬り、そしてその身体に血の様な赤いラインを生んでいた。

「ぐああああああっ!!!!!」

 その一撃は、ディアベルをHPを、命の数値を深く削り、損失させた。
 そして、続け様に三連撃、最後の攻撃は、致命的な一撃だった。スキルの勢いで、ディアベルの身体はまるで、風に飛ばされる木ノ葉の様に 吹き飛ばされた。

「あれは、刀スキルの《緋扇》か! くそっ!!」

 それを視たリュウキは、最後のセンチネルを踏みつけ、飛び越える様にその頭を思い切り蹴りつけ、跳躍する。そして、吹き飛んで来た、ディアベルを空中で受け止めたのだ。
 
 吹き飛ばされ、落下し 叩きつけられれば、勿論 それも攻撃判定になる。少しでもダメージを回避し、少しでもHPを削らない為にも。

 ……この時、リュウキは彼のHPの残存は視ていなかった。

「でぃ……ディアベルはん!!」

 キバオウは勿論、その場にいた全員が絶句する。

 まさかのリーダーが眼前で吹き飛ばされたのを見てしまった事と、あのスキルを見た為だ。後僅かのHPなのだが、その凶悪なスキルを目の当たりにし、驚いて硬直してしまったのだ。

 その隙を、コボルトの王は見逃さない。これまでの仮を全て返す。痛みを返す。そう言っているかの様に、怒り狂った表情で、全員を睨みつけていた。


「ガアアアアア!!!!」


 唸り声と共に、怒りの目を向ける。BOSSとは言えモンスターだ。言葉を発する事は無いのだが、『次はオマエラダ』と、言っている様に見えていた。


 幸いな事に、一度吹き飛ばしたディアベルに、ヘイト値は無かったらしく、標的にはならなかった。無事に受け止め、着地した所にキリトも駆けつけた。

「ディアベル!」

 彼のHPゲージは、減り続けている。あまりの速度で叩き込まれた為、ダメージが遅延されているようだ。このままでは……。

「おい! なぜあんな馬鹿な真似をした!? ……あの時、俺は言っただろう! もう、如何なる有利性(アドバンテージ)もこの世界には無いんだと!」

 リュウキはディアベルに叱り付ける様に言うが……今はそれどころでは無い。直ぐに回復のポーションを取り出す。

「いかん、危険だ……。キリト! お前のもくれ。2人で同時にやるぞ!」

HPが減るのが止まらない。今はもう2割も無い。致命的な一撃だった事を今、理解した。
 このまま、放置すれば、尽きてしまうのは目に見えていたのだ。

「ああッ!」

 キリトにも十分状況を理解していた。だから、2人は間髪いれずに飲ませ、HP全損を防ごうとするのだったが。

 ディアベルはそれを拒否した。


――薄れゆく意識の中、思い出すディアベル。それは、この戦いの前夜の事。



~2022年 12月3日 トールバーナ・教会~


 そこは、街外れにある寂れた教会。恐らくは何かのイベントがあって、それをする為にはフラグを立てなければならないのだろう、今来ても何も起こらず、何も無かった。
 そんな場所で、待ち合わせをしていた。

 待ち合わせ場所は、教会内の懺悔室。

『依頼の件だけど、もう必要無いと思うが、報告いるカイ?』
『……ああ、()の発言と、貰った情報誌の裏を取りたい。頼むよ』
『ん……』

 それは誰もいない教会内部で、静かに始まった

『219人。それは間違いないヨ。正式サービス開始後1ヶ月の元βテスターの死亡者数ダ。クローズドベータテスト。当選者1000人の内に正式サービスに移行した人数は825人。……正確に判った理由は企業秘密』

 そう言うと、軽く表情を暗める。人の死を報告しているのだから、仕方が無いだろう。

『つまり、全体の死亡率推定値は、20%。比率で言えば ビギナー達よりも遥かに上回ってるヨ。……その原因も』
『ああ、そこまで合わさればもう判ってるさ。変更点。だろう? 正式サービス移行に伴う』
『その通り。時折ほんの僅かな差異が現れ……、それまでの知識と経験が、一気に落とし穴に変わル』
『だが、オレも貰った攻略本。これには様々な変更点があると、記載されている。……斧使いの彼も言っていたが、これは間違いなく、そして精度もかなり高いモノだ。でも命を落とす事になった。その訳は……』

 自分でも判っている。判っているけれど、その推察を訊きたかったのだ。

『……元、βテスターだから、と言うのが大きいネ。培って来た知識と経験を過信したんダヨ。……最後(・・)のメッセージのやり取りで、判っタ』

 如何なるアドバンテージも無い。()が言っていた言葉だった。だけど、誰にでもある自尊心(プライド)が、狂わせてしまったのだろう。

『もうちょっと、安くしておけバ、良かっタヨ。……こんな事になるなラ』
『……情報は出回っていても、手に取る者達は少なかった。それに、それは買えない程じゃない。出し惜しみをしたんだ。本の表紙にも重要度が☆表示で5つ。満点だ。アンタのせいじゃない。斧使いの彼の様に、公開をすれば良かったんだ。経験者達が買ってな。……だが、ここまでくればもう無理だ。明日のBOSS戦、もし相手の装備が違っていたり、ステータスが違っていたり。……βテスターからの情報と違っていたら、もしも対応が遅れ、死人が1人でも出てしまえば……』

 歯ぎしりをしながら、続きを応える。

『βテスターへの不信は、もはや抑えきれない』

 キバオウの話を思い出しているのだろう。あれは、卑怯でも何でもない。……誰しもが心に抱いているモノだ。彼はそれを言葉に発しただけ、なのだ。異常事態で、何が正解、間違いなのかは、誰にも判断出来ないのだから。

 それを訊いた、情報屋は、ゆっくりと頷くと。

『その時は、非難の矛先をオレっちに誘導してクレ。虚実織り交ぜた巧みな情報操作で、既得権益の確保と拡充に余念のない。……ベータ上がりの卑劣な情報屋《アルゴ》様の誕生ダ』

 そう情報屋とはアルゴの事。……情報も覚悟をして、渡しているモノだから、アルゴにもその覚悟はあった。元βテスターだから、と言う理由もあるだろう。
 だけど、それは容認出来ない。

『いや、アンタには迷惑をかけられない。頑なに話さないが 情報の根源は……()から受け取っているんだろう? じゃなければ、ここまでの正確なモノは作れない』

 攻略本を見下ろしながら、そう訊く。実際にこれのおかげで助かったのは間違いないのだから。

『アンタは、そんな()と接触出来る数少ないプレイヤー。そして、βテスターとビギナーの橋渡しを公然と行なえるのは、……後にも先にも、アンタしかいないからな』

 そう言い終えると同時に、アルゴの目の前に可視化されたウインドウが表示される。

『報酬を確認してくれ』
『ン……、確認したヨ』
『追加したら、教えてくれるか? オレの推測が正しいかどうか』
『……それはダメダ。もう、嫌われたくなイ』
『はは。惚れたか。……勇者様に』

 苦笑いをした。あの時(・・・)、あの攻略会議の時。……勇者と名乗らず、()騎士(ナイト)と名乗った理由はそこにもあった。
 この世界で、トップに立って、皆の期待を一身に受けるのは、()以外有り得ないと思えたからだ。

 だが、現実は非情。行先は光で満ちているとは限らない。……暗雲とした先が見えた気がしたのだ。

『いざとなったら、オレの代役を任せられる者がいる事は喜ばしい事だ。……2人もな』
『……残念だガ、攻略組のリーダー役なんて、買って出る様な真似はしなイヨ。これだけは断言してヤル。絶対』

 アルゴはニヤリと笑ってそう言った。彼の顔を見て。……そう、ディアベルの顔を見て。




『いや、違うな。……リーダーじゃない。 その場合、求められる役割は……、生け贄(スケープ・ゴート)だ』



 

 





 薄れゆく意識の中、ディアベルは思い返していた。そして、申し訳なさも出てきた。こんなつもりじゃなかった。だけど、自分の中にある、誇り(プライド)が、後一歩引かせなかった。

 何度も助けられた。だから、ここは自分の判断で、攻めたかったのだ。

 「お前らも……わかるだろ……テスターだったら…… オレの行動の意味が……」
 「「!」」

 ディアベルの言葉を聞いて、悟った。目の前でいる……この男もそうだったのだ。そして、最後の攻撃の理由も。

「LAによる……レアアイテム狙い……?お前も……βテスター上がりだったのか?」
「…………」

 元βテスター。つまりあの時、自分自身も罵倒されていた立場だったんだ。この男も。だけど……、非難をするつもりはない。そんな事、考えてすら無かった。

「頼む……。ふたりは……リュウキとキリト……だろ。 ふたりなら……いける。みんなの為に……倒……」

 ディアベルは、最後まで言い切ることはできなかった。その言葉の最後でディアベルの体は光り輝き、青い硝子片となって飛散していった。

 人が死ぬと言うのに……、通常のMob達と何ら変わらない。全く同じエフェクトで、呆気なく 硝子を割ったかの様に砕け散った。

「………」


 騎士(ナイト)ディアベル。

 確かに、彼の最後の行動は 元βテスターと言う誇りから。自身のプライドが出てしまった事で、レアドロップ狙いをしていたかもしれない。だけど、彼が皆が死なないように、体を張って行動していたのも事実だ。

 寧ろ、その方が大きい。迷宮区でも、下手をしたら死者が出かねない難易度なのだから。そこでも、彼は身体を張り、時には頭をフルに回転させ、導いてきたのだ。

 誰1人、死なせない為に。

 そんな彼を。……一体誰が彼を非難できようものだろうか?


「……人の死は、慣れるものでは無いな」

 リュウキはそう呟くと立ち上がった。そして、フィールドを見渡す。そこには……先ほどまでの余裕ムードなどは無い。
 
 ただ……、恐怖で、混乱で、叫び声が響き渡っていた。そして、攻撃はしているようだが、最初の頃の正確さはない。ただ出鱈目に振り回しているだけだ。そんなものが当たる筈も無い。

 負の連鎖は、始まってしまっている。

 戦いに来る前に、予感がしていたトリガー。それが、BOSSの武器の違い、そして何よりもリーダーの喪失。

 皆は、戦意を失ってしまっているのだ。中でもキバオウは重症だった。ディアベルの事を心酔していたからだ。

「なんで……なんでや?なんでリーダーのあんたが先に……」

 戦意を喪失するだけでなく、その場にガクリと膝をつき動かなくなっていたのだ。その仲間達がキバオウの傍にいるだけで、何も出来ない。

 戦場の真っ只中での行為としては、自殺行為だろう。

「……おい立て! 今へたってる場合か。時と場合を考えろ」

 そんな男に、リュウキは怒鳴りつけた。それと同時に胸倉をつかみ上げ立たせた。

「なっ……なんやと!」

 キバオウは、突然の事と怒鳴なれ、胸倉を掴まれた事で、怒りと言う名の生気が、少し戻ったかのようだ。

 そこにキリトもきた。

「……アンタがへたれてたら、アンタの隊はどうなるんだ! 今は、仲間の命も背負ってんだぞ!」

 そう言うとキリトもリュウキと共に前に立った。

「あの広場での勢いと同じ様だ、……一度でも、やられたら動けなくなるってか。お前は」
「ぐ……! おどれぇ……!!」

 完全に敵意を向けられている様だが、それでいい。怒りは絶望に勝るからだ。絶望のままに沈むよりは、何倍も良いのだ。

「動けるんなら、センチネルくらいは捌け。この場合のパターン、最後の足掻きと言う事で、センチネルのPoP率が異常に増加する。……間違いない。下手っていたら、もう助けられないぞ」

 リュウキはあたりを見渡しそう言う。 確かに、先ほどまでは1度に出現するのは3体が上限だったんだが、4、5と徐々に増えてきている。

 もう、全員がBOSSにだけ集中できないほどにだ。

「なんやと! なら……お前らは逃げるつもりかい! 俺らをおとりにして!」
「んなことするのは三下がすることだろうが。お前と一緒にするな……。殺りにいくんだよ。これはディアベルの最後の遺言だ。命をかけた、な。答えなきゃ……」

 リュウキは、BOSSを、コボルトの王を見た。その視線から、途切れた最後の言葉をキバオウは感じ取れた。『答えなきゃ……男じゃねぇ』と、言っている様だった。

「オレも同じだ。……リュウキ、お前には負けない」

 キリトもリュウキの隣に立った。

 そして、リュウキとキリトの左右にレイナとアスナも集まってきた。

「私も、最後まで一緒に戦う。ここで、ここまで来て、逃げてられない」
「勿論私だって、同じ。……最後までやる」

 アスナとレイナも共に来てくれた。
 2人からも、強い意志を感じる。
 それは、デスゲームと化したこの世界で何よりも必要なものだと思える。何より、プレイヤーの死を見てしまったのに、その意志は萎える事がないのだ。

「そうか。なら、……命懸けろよ? これまでの戦いよりも。この数分、数秒間の戦いで。……お前ら、懸けられるか?」

 リュウキは振り向かずそう聞いた。その返答は直ぐに帰ってくる。

「当たり前だろ」
「この世界に負けたくない。たとえ死んだとしても!」
「同じ……! 私も負けたくない! 大切な人が側にいるんだ。怖くなんかない」

 皆、覚悟はある様だ。
 レイナの言葉に、アスナは はっ としてレイナの顔を見る。信頼している、そんな顔をしているのが判る。そう、今まで共に戦ってきた時の顔だ。……見る事ができて、また見る事ができて良かったと、アスナは思った。そして、勿論 コレからの戦い。必ず生きて帰る。その為にも命を懸ける。
 
 強い意志と覚悟を決めた。

 リュウキは、皆を視て安心していた。

 乱戦である今、ディアベルの遺言でもあった、全員を助けるのは難しいだろう。そして、まだ戦意を喪失しているプレイヤーも多い事も致命的だ。つまり、これ以上の被害を抑える為には限りなく早くにあの暴れているコボルトの王を倒さなければならない。

 確かに難題だ。だけど、約束したのだ。一方的だったかもしれないし、返事を返す事も出来なかったが、約束をした。

「よし……、なら 今から少し無茶する。……今、皆を助けるには この方法しか、これしかない」

 リュウキはそう言うと、再びコボルトの王の方を見た。
 
 キリトたちは何をするのかわからなかったが、頷いていた。リュウキの事は信頼出来るからだ。

 それは、付き合いはまだ短いが、アスナ・レイナの2人もそう思っていた。その視線は鋭く、寒気すら感じる。怒りの意志も感じるその視線の先にはコボルトの王を見定めていた。
 今だ4段目のバーは一向に減っておらず、まだまだ暴れまわっている。プレイヤー達は必死に持ちこたえてはいるが、崩れてしまうのも時間の問題だろう。
 
 殆どのメンバーのHPゲージが、半分を切っているのだから。つまり、全員が注意値(イエロー)なのだ。

 それを確認すると同時に、リュウキは眼をつむり、すぅぅ…… と大きくリュウキは空気を吸い込んだ。
 あまりに長い吸い込み、長いそれはまるで空間の全てを吸い尽くす勢いだった。

 軈て、吸い込みは止まった。

「……皆、耳を塞いでろ」

 短くそう言う。吸い込んだ空気を逃がさない様に素早く。
 皆は、何を言っているのか、よく判ってなかった様だが、何とか理解し、耳に手を当てた。今は周囲に敵がいない状態だから、良かっただろう。

 次に、リュウキは、一気に吸い込んだ空気を吐き出した。怒り意志をもって。



『お前の相手はこのオレだァァッ!!! かかってこいやあああああァァァァッ!!!』




 吐き出された言葉。……いや、言葉とは言えないだろう。それは咆哮とも取れるその声量だからだ。この場を、このフロア全体を震えさした。エフェクトさえ発生する程である。

 突然の雄叫びに、その場の全員が脚を止め、発生源を見ていた。

 それはコボルトの王も例外ではない。

 目をギラつかせてこちらを見ていたのだ。その瞳に入ったのはリュウキの姿。挑発行為と受け取り、どうやら、次の標的を決めたようだ。目的の通りに。

「なななっ……」
「何て……声なの……?」
「耳イタイ……」

 彼が放ったのは《デュエル・シャウト》。主に敵の増悪値(ヘイト)を煽り、気を自分に向けるスキルだ。パーティプレイでは必須だとも言える。
 
 だが、ここまでのものを、キリトは知らない。

 全体に轟きわたるデュエル・シャウトなんて、訊いた事も無いし、寧ろあったとしても試す気にはならない。何故なら、通常であれば1体に仕掛けるのがセオリーだ。明らかに格下相手であれば、やれなくもないが、そうなればする意味合いも無い。

 こんな強敵達相手に、自分自身に一手に引き受けるなんて。

 暫く皆は驚いた表情をしていたが、直ぐに取り戻した。なぜなら。


「グルアアアアアアアア!!!!」


 リュウキの挑発(デュエル・シャウト)、それに答えるように、センチネルを引きつれ、飛び出してきたからだ。


「成功。相手はかかった。来るぞ」

 リュウキは、一息つくと 改めて武器をかまえ、敵を見定めた。

「む、無茶苦茶だな……、懐かしい気もするけど」

 キリトはため息をしながらも、剣を構えなおす。

「さっき言っただろ? 少し無茶をすると」

 リュウキは、軽くそう言った。

「それでも、あんな声出すだなんて思わなかったよ……」
「そーだよ全く……。耳が壊れるかと思った」

 レイナとアスナも耳を抑えていた。けれど、もう手を離し、腰にかけている細剣(レイピア)の柄を握り締めていた。

「そいつは悪かったな。だが、詫びは後だ。……ここからが本番だからな!」

 半死半生に近いプレイヤー達には目もくれず、こちらへと迫ってきた!

「行くぞ!!」

 リュウキは再び声を振り上げる。


 それに続く様に、4人の戦士は飛び出していった。


 ここに、コボルトの王との第2ラウンド。……いや、最終決戦が始まったのだった。








 
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