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ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

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ALO編
  epilogue 彼女の腕の中で2


 「おいおいおい……」

 『ダイシー・カフェ』を出てからしばらくして、辿り着いた待ち合わせ場所は、ヤバかった。
 いや、その場所を指定された時から、嫌な予感……というか予感でもなんでも無く分かっていたが。

 「どこのお嬢様なんだよ、モモカって……」

 待ち合わせ……というか、予約された店は、高級ビルの最上階に陣取る、超のつく有名店だった。思い返せば彼女は年下で、更に女性である。待ち合わせが決まって調べた段階で覚悟はしていたし、店のランクに合わせて今日はスーツ(成人式以来だ)にネクタイ(ノータイ不可の店だ!)だが、服装は整えられても財布はそうはいかない。

 (奢りだったら、嫌だなあ……)

 だがまあ経験から考えて、男が女と食事をするならそこは何とかしなければいけない所なのだろう。ALOの取材記事のおかげでそれなりの収入は入ったが、それでも無駄遣いは厳禁、という程度の量に過ぎない。生活費が足りなくなったら『四神守』の家に頭下げに行く必要がある。それだけは避けたい。

 ……とかまあ、純粋な生活面でも問題なのだが、今回はそれに加えて。

 (……くる、よなあ…)

 男と女の、そういう話。

 ああ、俺が鈍感野郎だったら……は、前も言ったか。今回それを切り出されたらどうするかね。

 深い溜め息をついて、(というよりビル)の入り口をくぐる。
 エレベーター、最上階。全く、俺の財布じゃどうなることやら。

 まあ逃げる訳にもいかないし。

 と、胃が痛い思いをしながら俺はこうしてこちらの世界のモモカと会うことになった。
 ちなみにそこでは、ちょっとしたサプライズがあり……おかげでだいぶ救われたのだったが。





 ―――お、驚きました! シドさん、外人さんだったんですね! そ、それに、背、高い……。

 俺のこちらでの姿を見た彼女は目を丸くしたが、彼女が「十驚いたポイント」だったら俺は軽く百は驚いたろう。そして同時に、ほっと胸を撫で下ろした。……ずるいとは思いながら、だが。

 彼女は、こちらでも非常に可愛らしく……そして、小さかった。
 俺の向こうの世界もメじゃないくらいに、だ。

 身長で言うなら恐らく百三十あるかどうかだろうし、髪は可愛らしい二つ結び、着ている清楚なワンピースと赤いシューズは実に若々しい……というか、子供らしい。いや、子供なのだから、子供らしいのは当たり前だ。そして子供は子供でも。

 ―――えっと、『桃花(ももはな) 花蓮(かれん)』と申します。こ、こっちは()()じゃないです。年は、十二歳、です。

 なんと彼女は、まだ小学生だった。驚きだ。だがこれのおかげで、「好きです!」も、「大きくなったら結婚する!」も「俺が犯罪者にならなくて済むくらいの年になったらな」と誤魔化すことができたのだから、非常に助かった。ちなみに俺は頭に「ロ」の字の付く性癖では無いため、こんな子供に言い寄られて変な気になったりはしない。

 そしてダブルで俺を驚かされたのが。

 ―――芸名?
 ―――えっと、私、去年まではテレビとかに出てて……

 何でも彼女は所謂「天才子役」様だったのだ。歌も踊りも演技も上手で、いくつもの番組で引っ張りだこ、歌番組なんてのにも出演していたらしい。その八面六臂の大活躍はまさに、一世を風靡した時の人のそれだった、というわけだ。

 しかし、子役として活躍できる期間は短い。
 彼女が体調を崩したのもあって急遽半年の休養、さらに一時期喉を痛めたせいで歌や踊りを制限され、だんだんと仕事が減って行き……しかし普通の女の子に戻ることは、出来なかった。一度有名になってしまえば、それは仕方のないことだ。

 だから彼女は、仮想の世界にやってきた。

 失われた歌を……この先失われていくであろう時間を、取り戻したくて。彼女がアルヴヘイムに歌を、踊りを、演奏を、冒険を求めたのは、それが原因だったのは言うまでも無いだろう。

 ―――演奏を教えてくれたり、私の声を作ってくれたのは、芸能関係で知り合った人なんです。私がこっちでも存分に歌えるように、楽しめるように、こっちの世界での声と同じ声を作ってくれて……

 成程プロの力で作ったなら、あの声の精度も納得だ。
 モモカ、『サクラ・ヨシノ』、そして彼女本人の、三人とも全く同じ声。

 あの世界で歌うのは、実は難しい。何せ声として生まれるのは自分の本来の声とは違う音色、トーンのそれなのだ。いくら歌に慣れていても、その微妙な違いを表現するのはモノマネ好きの歌い手でもないかぎりは困難。そんな世界でも、彼女が好きに歌えるように、皆が手伝ってくれたわけだ。

 ―――こんな私でも、これからも一緒にいてくれますか…?

 彼女の、恐る恐るの声。芸能人と知られたら、今まで通りではいられないことを経験的に知ってるのだろう。だが、俺はそこまで彼女が「別世界の住人」だとは思わなかった。それは俺が彼女の活躍していた頃にSAOに囚われていたから、というだけなのかもしれないが、そんなことはどうでもいい。

 大事なのは、俺の返事。それは。

 「言ったろ? モモカは、モモカだ。俺は一緒にアルヴヘイム中を旅して、一緒に笑いあったモモカのことをよく知ってる。俺は、モモカが一緒にいると楽しい奴だって知ってる。それで、十分だ」

 あの世界でのそれと、全く変わりはしなかった。





 深々と、溜め息をつく。表示されたウィンドウ画面はアルヴヘイムの時刻を表示しており、その数字が示すのは、零時五分前。モモカと別れて(有難いことにお子様は早く寝るために帰ってくれた)、一時間前にこの妖精の世界にログインしてもう何回その動作を繰り返したかを考えて、また溜め息。

 今俺がいるのは、音楽妖精(プーカ)領内にある、アイテム預り所。
 実に数か月ぶりとなる懐かしい場所の、NPCの預り係の前の椅子でそわそわとしている。

 俺らしくない、といえば俺らしくないが、まあ仕方あるまい。

 「最後の、チャンスだからな……」

 今日の零時……それは、特別な時間だった。

 エギルから聞いた、シークレットアップデート……『アルヴヘイムへの、《浮遊城アインクラッド》の実装』。あの伝説の城の復活、そして新実装される《ソードスキル》システムは多くのゲーマー達の魂に火をつけるだろうが、俺にとってはそれは別の意味合いを持つ。

 それは、『SAO全データの統合』。

 もしあの世界で存在した全てが実装されるのであれば、俺の引き継いだこの《破損アイテム》達が、元通りになるかもしれない。あの世界の、遠い過去の思い出の品達が、取り戻せるかもしれない。

 誰もいない預り所。
 あと、数秒。減速を始める世界。
 街のBGMすらもが、俺の意識から消えていく。

 続いて響く、アルヴヘイムの零時の鐘。
 NPCへの定型文を叩き付けるように叫んで呼び出す、預りウィンドウ。

 表示される、画面。
 そこには。

 「……っ……っっ……」

 何も、無かった。
 あの世界の思い出のアイテムはおろか、破損データの羅列さえ。

 「くっ、くぁっ……」

 喉から洩れる、一言では…いや、どんな文章でも言い表せない様な感情の苦悶。
 その衝撃に、俺の視界が大きく歪んで崩れて。

 「っ!!?」

 突然眼前に表示されたメッセージに、目を見開いた。





 走っていた。
 何も考えず、何も感じず、ただただ衝動に突き動かされて走っていた。

 有難いことに、今の俺の体はこの世界で世話になった音楽妖精のものではなく影妖精(スプリガン)のそれであり、その体や手足は俺の元の世界でのそれと完全に一致している。『SAOキャラデータ統合』によって引き継がれた俺のサブアカは、身体的扱いだけならプーカのそれより格段にしやすい。

 『ルグルー回廊』を僅か一時間で駆け抜け、そのまま疾走を止めずに風妖精(シルフ)領、『古森』を目指す。

 ―――『風の啼く岬』で待つ

 唐突に届いたメッセージの内容自体は、何の変哲もない呼び出しメッセージ。
 問題は、その差出人だった。

 「っ、はあっ! はあっ! はあっ! ……っ、来たぞっ!!!」

 その夜の海が全面に広がる場所に息も絶え絶えに辿り着いたとき、前回に来たときのような《索敵(サーチング)》や《隠蔽(ハイディング)》を一切行わない全力の疾走だったにも関わらず、後ろにトレインしていたそれが、嘘のように消えていた。そのことで、確信した。

 (……システム介入による、Mobの湧出(ポップ)消滅……いや、他プレイヤーも立入不可か?)

 ここに、ゲームマスターが存在することを。
 つまり、俺を呼び出したのは。

 「正真正銘、アンタなんだな……ヒースクリフ……」

 メッセージの差出人の欄に書かれていた、懐かしいその名を呟いた。

 
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