ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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ALO編
epilogue 彼女の腕の中で
前書き
長かったALO編も、やっと終わりが見えてまいりました。ここまでお付き合いいただき、感謝。
「んで、お前さんはこれからその娘に会いに行く、ってわけか……」
「ああ。不本意ながら、な」
「あんまりそうは見えねえがな」
ゆっくりとコーヒーを啜る俺に、褐色の巨漢マスターはにやりと笑った。全く、そんなんじゃねーってのに聞きゃあしねえ。時刻は、昼。一応それなりにうまいもんが食えるこの『ダイシー・カフェ』は、場所も御徒町でこれから行く場所に近い。
そして何より、今日はこの店は『貸切』だ。
「無駄口叩いてねえでさっさと準備しろよ。今日は人数多いんだろうが」
「生憎と俺は手際は良くてな。まだまだ十分間に合うさ」
この後の夜の宴会に備えての準備で暇ではないはずなのに、エギルは俺を追い返しもせずコーヒーまで出してくれている。全く、いい奴だ。一応、土産は用意してあるからそれでチャラの予定だがな。味も相変わらずなコーヒーを啜ると、こちらを見るエギルの目がふと陰るのを見た。
「……ん?」
「……お前さん、この日に、わざと被せたな?」
「ああ」
「……日程が被らなくても、来るつもりは無かったな?」
「ああ」
今更隠すような仲でもない。事実を事実として、そのまま伝えた。
エギルの顔は、困っている……もっと正確に言えば、どうしようもないガキのおいたをどうしたもんかと考えているような顔だ。まあ、俺だってこれがそれくらい低レベルな意地だってことには気づいている。いる、が、それでも意地は意地だ。
「約束通りお前さんのことは話していないが、皆、会ったら喜ぶと思うぞ? アスナもクラインも、シンカーにユリエールだって来る。勿論、キリトやリズベットも、だ。お前は今回の『SAOの最期』の一件に深く関わってたし、それをクリアするために大きく貢献したろう。お前さんだって、『勇者』として労われるべきだ、と俺は思うぞ」
「……よせやい。ガラじゃねえ、って俺が言ってたのはお前だって知ってるだろ? それに、やっぱキリトに会ったら殴っちまいそうだし、リズベットには会ったら殴られそうで怖えよ」
笑い飛ばす。それに納得したのか、エギルも笑う。
本当にいい奴だ。これ以上追及してくれるな、という俺の胸中をしっかりと読みとってくれる。笑いながら話題をそらしてくれるのは、年の功か。俺もエギルくらいの(つっても十も差は無いのだが)年になったら、このくらい気配り出来るようになるんかね。
「で? 例の家政婦さんとは、どこまでやった? ん?」
こういう方向に逸らすのは、正直いただけないが。
◆
あの日、俺がこっちの世界に戻って最初に見た人は、ベットの横に正座で控える神月の牡丹さんだった。ちなみに俺が寝落ちして目を醒ました時は、外はすっかり暗くなっていた。夜通し走って影妖精領まで行き、その後メンテが昼の十二時まで。そうしてログインして『古代獣の封印迷宮』にずっと張り込んでいて……とはいってもそれなりの時間は立っていたはず。
……ということは。
「……何時間、待っていたんですか…!?」
「大した時間ではありません」
……正確な答えは得られなかった。
が、その背筋を伸ばして正座する姿勢が、やけに怖かったのだけは良く覚えていた。
牡丹さんはあの後も、あまり変わらなかった。変わらずに俺に名字で呼ぶことを強要し、ブロッサムとしてはその毒舌を如何無く発揮(どうやら喋らないのはキャラとして固定され、俺以外のプレイヤーともタイプチャットになったらしい)していた。ただしその視線に、なーんか強すぎる感情……羨望というか陶酔というか、ヤバげなのが混じっている気がする。「自信を持って命令なさってください」の時の目が、ちょっと鬼気迫っている。
なんなんだありゃあ……?
◆
そしてその数日後、『ALO事件』が世に存分に報じられていた頃に俺は、『四神守』の家に呼び出された。まあ、しゃーない。禁止されてた『四神守』の名、堂々と名乗ったしな。どこからその情報が漏れたか……おそらく牡丹さんからだろうが、そうでなかった時が恐ろしいから確認はしていない。
正座で向かい合った爺さんの重苦しい問いかけは、二つ。
一つは、「三百の命を救うに当たってとった行動に、『四神守』として恥じることは無いか」。答えは、「無い」。『四神守』云々は知らんが、あの行動に……SAOからALOへと囚われた三百人を救う『勇者』をほんの少しだけでも助けたというその行動には、何一つ恥じることは無い。『四神守』を名乗ったのが怒られるかと思ったが、そこは何も言われなかった。
あーこわかったー。
そして、もう一つ。
―――二年間に渡る囚われの暮らしに、『四神守』として恥じることは無いか―――
その問いに、俺は「無い」と言えなかった。残念ながら。嘘のつき方には自信があったが、流石にこれは、咄嗟には出来なかった。俺をもうずっと、ずっと長いこと縛る、一つの後悔。自分の無力。その奢りを、俺はずっと恥じていたから。だから。
―――一つだけ、あります。大切な人を、守れなかったことが、あります―――
そんなことを口走っていた。今思えば、よくこんなこっぱずかしいことを言ったもんだ。全く、あの道場の空気はどうにもマジ……というか青臭いことを言う空気になっていけないな。あそこにはまた五人が勢ぞろいだったけど、誰一人茶化さないんだもんよ。
まあ、そんな俺の答えに対しての返答は。
―――その恥をそそぐことが出来たときに、また来い―――
何の真意かよく分からんものだったのだが。
◆
―――親父は、家名が一番大事だからねえ―――
話しあいの後にやってきてそう言ったのは、玄路さんだった。
成程、そう言われれば納得できる節もあるように思う。もう爺さんの代の『四神守』は爺さんを残すのみ、最期の一人として代々続く家名を綺麗なまま引き継ぎたいという気持ちは、分からなくはない。だがまあついで言った、
―――それにしても、『神月』の牡丹ちゃん、命令されたことにすごい感じてたねえ?
―――彼女はそういう属性だったのかー。キミも付き人に恵まれたねえ?
これはちょっといただけないだろう。仮にもアンタ名家の跡取りだろ、エロ親父みたいなこと言ってんじゃねえよ。全く、どいつもこいつも。しかしそんなアホそうな人なんだが突然、
―――『神月』は、十八で仕えるべき『主人』を定められるからねえ。彼女はちょうど朱春がこの家に帰ってきたあたり……キミがあの世界に囚われて一年くらいの時かなあ? でその年だったからね。まあ、現実世界に帰ってこれるかも分からないキミに仕えることに定められたんだ。ボクはおいおいと思ったけど、それでも『神月』総領の命令だからなあ。
―――彼女もそれに従って、それ以来VRワールドを学んで、ナントカってゲームもしてたけど、キミの役に立ったなら何よりだ。総領さんの人を見る目はホントにすごいねえ。勿論、牡丹ちゃんの努力もだけど、さ。
こんなことを言い出すのだから、どう扱っていいのか分からなくなるものだ。
全く、あの家は俺にとってはやはり天敵だ。
これからもなるべく関わらずに生きていこうと、俺は決意を深くしたのだった。
◆
「お? そろそろ時間か」
「もういくのか?」
携帯のアラームが時間を告げたことを知り、別の仕事の原稿を打っていた端末を閉じる。最後の一口を飲み干して立ち上がり、カウンターに小銭を置く。と同時に、ポケットに入れておいた安物小型メモリを放ってよこす。
「なんだ? こりゃ?」
「俺から『勇者一行』への、SAOクリアの祝いだ……まあ作ってくれたのはレミだから、『冒険合奏団』からの祝い、ってことでな。レミはなんでも絶対音感らしくて、帰ってきてアルヴヘイム内の作曲ソフトで作ったんだとよ」
訝しむエギルが、それをスピーカーに繋ぎ……目を丸くし、直後、その目が細まる。
恐らく俺達の中では、最もこの音楽に馴染みがあるプレイヤーだったろうしな。
それは懐かしい、アインクラッド第五十層主街区、アルゲードのテーマ。
「……今度会ったら、あのチビ嬢ちゃんにも礼を言わんとな」
「……そうだな。是非そうしてやってくれや」
適当に笑い。
「お前さん、今日の二次会も、来ないのか?」
エギルのその言葉に。
「……ああ。その時は、どうしても確認しときたいことがあってな」
俺は笑って、手を振った。
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