ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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ALO編
episode6 重み3
殺到する雷の投擲短剣は、俺が今までの様々な世界で経験した攻撃の中でも、紛れも無い最高クラスの速さのものだったろう。しかもその数は、少なく見ても十本を下回りはしないほどの数。当然、普通に考えれば避けられるはずはない。相手もそれが分かってか、さっきまで怯えきった表情だったのが微かな笑みに変わる。
避けられる、はずがない。
はずがない、のに。
(……なんでか、な)
そう理解しながら、別のところでは俺は確信していた。
―――こんな攻撃に、俺が負けるはずがない、と。
飛来する電光が自分の体を貫く直前に、軽く跳躍。俺を百八十度取り囲むように半円を描くその軌道は一見逃げ場が無いように見えるが、それは平面での話だ。三次元……真上への跳躍ならば、その限りではない。そして、完璧に俺を焦点に揃えたその雷光は、逆に紙一重で回避してしまえばまとめて回避できてしまう。足を霞めるほどの距離で殺到してくる、当たれば致死となるのだろう稲光を、俺はどこか醒めた目で見つめていた。
雷電の毒々しく、鮮やかな黄色に、俺は様々な影を見た。
それはある意味で、フラッシュバック、というものだったのかもしれない。
触れるだけで体を痺れさす、『ジョニー・ブラック』の毒ナイフを見た。
当たれば一撃で俺の命を奪ったであろう、『潰し屋ダンカン』の巨大ハンマーを見た。
赤黒く輝きながら俺の体を次々と穿った、『赤目のザザ』のエストックを見た。
そして、ザザのそれよりも更に激しい重圧を放つ血塗られた魔剣……《友斬包丁》の輝きを見た。粘つくような、俺が今でも夢に見る、永遠の悪夢に纏わりつく最凶の殺人鬼、『PoH』の目線を見た。
「おおおっ!!!」
「うごあっ!」
絶叫して天井を蹴り男の眼前に降り立ち、その腹部を殴り飛ばす。そのこぶしはどれほどに速く、強くともダメージは一ポイントも通すことは無いが、それでもその神経刺激と仰け反り効果は如何無く伝わり、男が数メートル吹き飛んで机に激突して派手な音をたてる。
―――軽い。その殺意は、あまりにも軽い。
あの世界で俺が殺し合ったプレイヤーは、こんなもんじゃなかった。奴らの攻撃は、敵意は、殺意は、こんなものとは比べ物にならないほどに激しく、恐ろしく、怖かった。たとえ速度が、威力が、特殊効果がこちらが遥かに上だったとしても。
「ひ、ひいいいいいいっ!!!」
狼狽して這いずりながら逃げようとしながら、再び男の左手が動く。同時に閃く、先程より更に多い雷の槍。めちゃくちゃに繰り出されるそれは空間を隙間なく埋め尽くすように飛び交う……が、それも駆け抜ける俺の体には掠りもしない。映るのは、再びのフラッシュバック。
星屑の様に煌く、『閃光』のレイピアの切っ先を見た。
威風堂々に繰り出される、『神聖剣』の十字盾を見た。
目が霞むほどの連撃を紡ぎ出す、『黒の剣士』の双剣を見た。
そして最後に、『彼女』の手の中で舞うように踊る様々な武器を見た。
「おおおおおっ!!!」
「ひぃっ、ひぃいいっ!!?」
致死の雷撃の雨をくぐり抜けた体が、這いつくばった男の眼前に滑り込む。そのまま下から振り上げるように放った強烈な角蹴りが男の顔面にヒットし、その体を反対方向、入口ドア横の壁に叩き付ける。叩きつけられた男の口から苦悶の声が漏れる。
―――弱い。その心は、あまりにも弱い。
あの世界で俺の前に立って……或いは背中を合わせて剣を振った仲間たちは、もっと誇り高かった。自らの力と心の強さで鍛え上げた自分の腕に誇りを持ち、その腕を己の信念に沿って振う気高さがあった。こんな、なんの苦労も無く手に入った力を子供の癇癪の様に振う奴なんて、誰もいなかった。
「ひぃいいいっ!? ゆ、ゆる、ゆるし、ゆるしっ、ひっ!?」
三度目の雷撃が生じることは無かった。
慌てて起き上ろうとした男の目前を、俺の漆黒のブーツが派手な音を立てて踏みつけたからだ。捕食者に見つかった……捕えられた小動物のように、男が震えながら俺の顔を見上げる。その顔……一からポリゴンで作り上げたのだろう秀麗な顔が狼狽しきって歪み、歯がガチガチと音を立てて目からは涙が零れる。もうこの男には、自分が保護コードに守られていることもここが安全な仮想世界であることも、認識できていないだろう。
そしてもう、その手は動いていない。
心は、十分に圧し折った。
煙をあげそうなほどに熱を発する脳神経回路に鞭打って、最後の声を発する。
「とっとと、消えろ」
「は、はぃいぃ!!!」
ふら付きながらも飛び起き、足を縺れさせながら走り去っていく男を見送る。
そうして気づいた。
俺の熱。あれは。
「怒ってた、のか。……俺」
あの男は、言った。自分なら、俺如き簡単に殺せると。自分には力があると。
それが、我慢ならなかった。あんな弱い男が超常の力を持つのが、許せなかった。
これでも語彙はずいぶん学んだものだったが、それでもこの感情には、名前が付けられない。きっとこの先いくつ記事を書いても、いくら日本語を学んでも、この感情を言い表すことはできないままなのだろう。
「さて、と」
一息ついて、ゆっくりと足を進める。男の逃げて行ったドアに触れ……やれやれと首を振って俺は身を翻した。追う気は、無い。そして……追うことも出来ない。奴が走り去った後、その扉……この世界には相応しくない自動ドアが、開かなかったからだ。あの恐らく管理者IDを持つ者にしか開けられないのだろう。
結局、閉じ込められてしまった。
ログアウト不可の、この空間に。
「……ま、いいけどよ」
取り合えず脱出する方法を考えるのは後にしておいて、最初の目的へと向かう。四角い直方体状のコンソールの上のウィンドウを見て…その画面の中の文字が、自分に見えることを確認して、ほっと一息ついた。
あの男に放った、最初の不意打ち。
相手の手を取ってのウィンドウへの叩きつけは、どうやら俺の狙い通りきちんと『可視モード』のボタンに決まっていたらしい。これで俺が初めて見る管理者用ウィンドウでも、なんとか操作することが可能だ。一応攻撃直後に確認はしていたが、戦闘後もきちんと開かれたままになっており……いろいろと弄るのは、そう難しくはなさそうだった。
「どうしたもんかね……」
とりあえず、溜め息を一つ。
眺める画面に映された、俺も相対した経験のある、あの世界樹の守護騎士のステータス。見るだけはっきりと分かるわけではないが、とりあえずステータスの大幅な変更は為されていないことは、間違いない。あの口振りからすれば既にキリトは一度世界樹に単身特攻していることになる。と、いうことは下手にステータスを変動させるとその違和感をキリトに感じさせてしまうか。ならば。
「弄らずにこのまま表示させて、別の場からの設定変更をさせないことが、最善か…」
このままシステムIDでログインさせ続けておけば、他の場所からのこの画面へのログインに「操作中」と応えさせることができる。ならばこのまま、他の管理者……或いは奴が戻ってくることに備えて、ここでこのまま待機しておくのが、最善。
この身が、朽ち果てるまで、か。
冗談交じりに脳裏で笑い、直後に深い溜め息。
「まあ、とりあえず……」
なにか有益な情報があるかもしれない。
現実世界のほうで小耳にはさんだ報道によれば、今なおSAOから還らないプレイヤーが三百人もいるのだ。そのうちの一人が『閃光』であり、世界樹の上にいるのだとすれば、他のメンバーも同様にそこにいる可能性も考えられる。そしてそこには、俺の大切な人たちが含まれているかもしれないのだ。探っておくことに越したことは無いだろう。
設定画面を最小化して、コンソールを操作し
―――だれ、だ……
ようとして、
―――私の世界を、許可無く弄ぶのは……
手を伸ばし、
――― ゆ る さ ん ッ!
俺の体が、一瞬で爆散してポリゴン片へと化した。
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