IS〈インフィニット・ストラトス〉駆け抜ける者
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第16話
対ゼロとの戦いに敗れてから、篠ノ之達と一夏の特訓に力を入れている。今日も、アリーナで一夏達が武器を振るっている。
身体、IS双方にダメージが大きい俺は、一夏の動きに時に口で、時に身ぶり手振りを交えてサポートに徹した。
無論、己の事も蔑ろにしているわけではなく、シャルル達に俺自身の短所、癖を指摘してもらっている。
「トモは選択肢が少ないのが致命的だね。特色を考えれば仕方無いのだろうけど…」
「せめて後付武装(イコライザ)があれば良かったのですけれど、丹下さんは一夏さんと同じく領域が…」
「空いてないんだな。しかも、何故か使用許諾(アンロック)されている筈の武器すら使えない」
ヴァンガードはあのイカれた神が提供したものだからか、他のISとの互換性が無いのだ。
故に、本来なら使用許諾された武装は使えるが、ヴァンガードはそれが出来ない。
選択肢の少なさをなんとかしようにも、手が打てないのではどうしようもない。
「…一夏は?」
「一旦休憩。色々教えてたら疲れたみたい」
「そうか…」
「…丹下も休憩したら?今考えたって、良い案は出ないだろうし」
「…そうする。ありがと、凰」
気を使ってくれた凰に礼を良い、一旦頭を冷やすことにした。
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アリーナを出て、学園の屋上で風に当たろうと、階段を上っている。
今日は土曜日、時間は午後とあって、屋上には人は滅多に来ない。
頭を空にし、気分を一新させるにはもってこいの場所と言えた。
屋上の扉に手をかけると、扉の向こうから『歌声』が。
誰か居るのか、と眉を潜め、音を立てないように扉を開けた。
屋上には、少女がいた。亜麻色の髪を風に揺らし、奥で一人歌っている。
幸い、こちらに背を向けているので、俺に気付いてはいないようだ。
歌う少女に察知されないように素早く、静かに少女と逆の隅の目立たない場所を確保し、なにも考えず、空を見つめた。
ふと、自らの手を開いて見てみる。今まで気にもしなかったが、己の拳が、小さく見えた。
打開策の見出だせない焦りと、ISの無い不安で、随分精神的に参っているらしい。
自嘲の笑みを浮かべ、また空を見上げる。
空はどこまでも青く、綿あめの様な雲がゆっくりと流れていく。
ただただそうして午後を過ごしていると、いつの間にか、あの歌声が聞こえなくなっていた。
こっちからもあっちからもお互い視認出来ない位置に居たから、多分帰ったのだろう。
「さて。一人になった所で、改めて考えますか」
「何を?」
「そりゃ勿論ヴァンガードの…、ってうわっ!?」
「あははっ!ごめんごめん、驚かせちゃって」
誰にも邪魔されず思考に集中できると思った矢先に話しかけられ、飛び上がらんばかりに驚いた。
俺の眼前には、先程の亜麻色の髪の少女が楽しげに膝を抱えて俺を覗き込んでいる。
「丹下智春君…、だよね?噂の」
「どんな噂かはさておき、確かに丹下智春は俺だ。何か用か?」
少女とは繋がりも無ければ面識もない。完全に初対面だ。なのに、妙に親しげだから面食らってしまう。
「むう、折角こんな可愛い女の子が話しかけてるのに、素っ気なくない?」
「初対面で親しくは出来ないだろう」
「ソレは君の考え。楽しもうと思えば楽しめるんだから!」
そう言って笑顔になる少女を見て、面倒な奴だと思った。こっちは一人になりたいのだ。話し相手なら別の場所にいくらでもいるだろうから、さっさとどっかに行ってくれないだろうか?
「あ~?面倒臭いって顔してるな~?やっぱり『マコちゃん』の言った通りの人だ」
「マコちゃん?」
誰?
「マコちゃんはマコちゃん!君もよ~く知ってる、あのマコちゃん!」
「…。ああ」
妹か。
「ま、仲良くしてやってくれ、俺はのんびりしたいから、お話ししたいなら真琴の所に行ってくれ」
ヒラヒラと手を振り、少女に退去を促す。今は、仲良く談笑する気分ではない。
「…むう。つれないな…。決めた、君の気が変わるまで、ここで待つ!」
「…何ですと?」
「私は君と話したいの。と言うわけで、お隣失礼!」
言うが速いか、俺の返答を待たずに少女は俺の隣に腰掛け、ニコニコしながら俺を見ている。
………何が起こっているんだ。
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それからしばらく、一切表情を変えることなくニコニコし続ける少女と、その視線に煩わしさを感じながらも放置する俺と言う、ある種異様な空間が生成されていた。
「…なあ」
「んん!?なになに?」
こっちから話しかけたら、目の色変えて食い付く。本当に何なんだこの少女は…。
「そろそろ引き上げるけど、どうするんだ?」
「う~ん…、今日はここまでにしとこうかな。じゃあね、丹下智春君!」
少女は元気よく立ち上がり、そのまま去っていった。自分の思うままに行動した少女に圧倒され、屋上で気分転換をしよう、という目論みは全く果たせなかった。
しかし、そんな事より、
「……名前、最後まで出さなかったな……」
俺は少女が誰なのか、ついに分からずじまいだった。
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戻ってみれば、オルコットと凰がボーデヴィッヒに医務室送りにされて騒ぎになっていた。
経緯を聞けば、オルコットと凰が一夏の休憩中に自分の訓練メニューを消化しようとした時にボーデヴィッヒが現れ、二人を挑発。
二対一の勝負でボーデヴィッヒが二人を圧倒、大勢が決した後も攻撃を続行、止めようとした一夏をも叩こうとした矢先に織斑先生が制止。
先生の鶴の一声により、月末のトーナメントまで一切の私闘が禁止になった、との事。
流れを聞いて、先のゼロとの戦いを否応なく思い出さされた。
ボーデヴィッヒがここの生徒に不快感を抱いているのは知っているが、今回はどう考えてもやり過ぎ、異常だ。
事態が事態なので、特訓はお流れ、オルコットと凰も俺と同じくトーナメントリタイアとなった。
一夏達はオルコット達を見舞いに医務室へ、俺は、誰もいない現場を一人見ていた。
オルコット達の気持ちを考えれば、一夏に見舞ってもらった方が嬉しいだろう、そう考え、一夏の誘いを固辞した。
「……俺には分からないよ、ボーデヴィッヒ。そんな無意味な事をする理由が…」
呟いた言葉が無人のアリーナに消えていく。
「少なくとも、織斑先生は矛を交えた相手に追い打ちなんて教えないのに…」
「…そうだ、丹下智春。教官はそんな事は教えなかった」
後ろから、ボーデヴィッヒの声が響いた。振り向けば、ボーデヴィッヒが腕をくんで立っている。
「少々私も頭に血が上っていたのかもしれん。しかし、教官のあの弟を見ているとどうも、な」
「…そうか。トーナメントで、一夏と戦える。そこで、確かめてみると良い。でも気を付けろよ?一夏は……」
確信に近い予想を、ボーデヴィッヒに告げる。怪訝そうに聞いていたボーデヴィッヒは、次の瞬間には大笑いしていた。
「中々愉快な冗談だ。良いだろう、その時を楽しみにしていよう!」
とても愉快そうに、ボーデヴィッヒは銀髪を揺らし、アリーナから出ていった。
「きっとそうなるよ…、ボーデヴィッヒ……」
呟いた言葉は、やはりアリーナに消えていった。
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部屋に戻ると、一夏と、シャルルが待っていた。
「…?どうしたシャルル、こんな時間に?」
「その、一夏だけに伝えるのも何かと思って…、実は、僕…、」
「女?」
ありきたりだな。無いだろう。
「うん…、そう、なんだ…」
当たってた。少しビックリ。
「ま、性別がどうだろうとシャルルはシャルルさ。変わらんよ」
元々シャルルとはよく話をする程度で、一夏ほど距離は近くない。
故に、シャルルが男だろうが女だろうが、対応に大きな差はない。
「い、色々理由はあるんだよ!?そんな軽く流されても!」
「なら言おう。それがどうした?」
「え?えええ?」
「背後にどんな訳があっても、シャルルは今俺と仲良くしてくれる、それで良いじゃないか」
それに、天然たらしの一夏君が側に居るのだ。俺がどうこうしなくてもなんの問題もない。
「な?トモなら気にしないって、言ったろ?」
隣で見ていた一夏が笑う。これ以上嫉妬の巻き添えは嫌だから、あんまり好意を持つ異性は増やしてもらいたくないが…、無理なんだろうな。
がっくり肩を落とす俺をよそに、一夏とシャルルは、急速に距離を縮めていた。
これが切っ掛けで更に一夏争奪戦が激しくなり、その余波に苛まれることになるが、ソレは、別の話。
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