久遠の神話
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第四十四話 不老不死その九
だからだ。聡美は上城にこう言ったのである。
「そこに入ってね」
「そうしてですね」
「お話をしたいけれどいいかしら」
「はい、それじゃあ」
上城も頷く。こうしてだった。
二人でそのパン屋、お茶も飲めるパン屋に入った。そこでそれぞれ幾つかの菓子パンと紅茶、二人共同じミルクティーを注文してだった。
そのうえで話をする。聡美は自分の前にいる上城にまずはこう言った。
「何も知らない人が見たら少し危ないかしら」
「デートですか?」
「日本ではこうしていると色々言われるそうね」
聡美は雑誌等で仕入れた知識から話す。
「こうした場合は」
「まあ。週刊誌とかでしたら」
「そうよね。ただ私はね」
「そうですね。村山さんも確かに言ってくれます」
上城は無意識のうちに彼女の名前を出した。
「僕達が二人で会っていても」
「密会とかじゃないわ」
「何か。グラハム=グリーンの本を読んだんですけれど」
イギリスの作家だ。推理小説で知られているが独特の暗い人間の心理を書いたことでも知られている作家である。
「子供が尊敬していた大人の密会の場面を見て」
「それでなのね」
「人生の人間観が悪くなってしまったっていう話があるんですけれど」
「そんなお話があるの」
「はい、銀月さんはそうしたお話は」
「グラハム=グリーンね」
聡美はミルクティー、ミルクの白と紅茶の紅が合わさって出来た白でも紅でもない薄茶色と言うべきか中間色のそれが入ったカップを右手に持ち言う。
「その作家自体をね」
「御存知ないですか」
「どういった作品を書いているのかしら」
「推理小説です」
上城はグリーンが書いた主なジャンルから話した。
「その系列の作品が多いです」
「推理小説ね」
聡美はそれを聞いてこう返した。
「実は推理小説はあまりね」
「読まれないんですか」
「推理ならあの方の範疇になるかしら」
視線を左斜め上にやり考える顔でこの名前を出した。
「アテネ姉様の」
「アテネっていうと確か」
この名前はあまりにも有名だった。上城もすぐに言う。
「ギリシア神話の神様ですよね」
「そう、知恵と戦いの女神よ」
まさにそれだとだ。聡美は微笑んで上城に話す。
「ギリシアの女神の中でもヘラ義母様と同じだけ素晴らしい方よ」
「ヘラも知ってます。確か凄く嫉妬深い神様ですよね」
「あれはちょっとね」
ヘラのことはだった。聡美は少し苦笑いになって上城に話した。
「お父様が悪いから」
「ゼウスが凄い浮気者だからですね」
「そうよ。それでなのよ」
こう話すのだった。
「だから仕方ないのよ」
「そうですよね。神話を読んでいると」
上城はこの時気付いていなかった。聡美が彼と話す中で重大な過ちを犯していることをだ。そのことに気付いていなかった。
そして気付かないままさらに言うのだった。
「とんでもないですよね」
「お父様は素晴らしい方よ」
聡美も自分の失言に気付かないまま言っていく。
「けれどそうしたところはね」
「ゼウスの欠点ですね」
「最初は私もお兄様も義母様に反発したけれど」
「ヘラにですか」
「ええ。生まれた時に意地悪もされたし」
ヘラの嫉妬は誰にも向けられる。ゼウスの愛人とその子ならば。
「それで仕返しもしたけれど」
「ゼウスがあんまりにもだからですか」
「今思うとね」
「今はですか」
「義母様の気持ちがわかるわ」
そのヘラのそれがだというのだ。
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