ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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ALO編
episode5 アルン、旅の終わりに
前書き
このシーンの妄想から、この「無刀」は始まったといっても過言ではないのです。
積層都市、アルン。
世界中の根元に広がるこのALOでも最大規模の大きな街は、様々な色合いの妖精たちの飛び交う幻想的な雰囲気で俺を魅了した。これなら、景色を見るだけでもあの難関の蝶の谷を抜けてくるくらいの苦労の甲斐はあるな。
「色鮮やかだねー……」
他の街々は中立都市とは言ってもやはり近くに領地のある種族が多く、遠くに領地のある種族は少なかったのだが、流石にここはアルヴヘイムの中心地だけあってあらゆる種族が入り乱れていた。必然、それぞれイメージカラーで種族ごとに統一感のある各種族領に比べると、色彩に富んでいくる。
それに加えて。
「すっごーい!!!」
横から、モモカが弾むような声をあげた。
うるさいが、まあ気持ちは分からなくもない。
「近くで見ると、やっぱ格別の迫力ですねー!!!」
彼女の目線の先。
そこには、見上げれば首が痛くなる程の角度まで広がる、巨大な世界樹。
神話の中からそのまま持ち出してきた様な、雄大で華美なその巨木は、まさに世界樹の名にふさわしい厳かな雰囲気を存分に醸し出している。近づくにつれてその威圧感はどんどん増していき、この行商(俺にとっては取材だ)の最後を飾る街として、これ以上ないいいスクリーンショットが取れそうだった。
「すっごいですね、シドさん!」
「ああ、分かったから落ち着けよ」
「だって、その、あのっ」
「どうどう」
『深呼吸をなさってください。樹は逃げませんから』
あまりの興奮にぐるぐると目を回すモモカを、ブロッサムと二人がかりで宥める。
(うーん……)
それにしても、どうも最近モモカがやけにハイテンションなのだ。いつからだろうか。思い返してみれば、風妖精領を出た頃は寧ろ俺を気遣うかのようだったはず。そしてそのあと、そんな対応が百八十度反転したのは……
(猫妖精領での、『交渉』の後からか……?)
そんなことを考えていたせいで、あんまり思い出したくないことを思い出してしまった。
◆
「反省したなら、『交渉』と行こうか、ね」
散々に責め立てた後、俺はアリシャにそう言った。
全く、ジゴロの手口だと自分でも思う。
冷静になって思い返せば、本気で顔から中級火炎呪文くらいなら出せそうな気さえするほどだ。
「これは、火妖精領で手に入れた《竜の珠》。竜族のテイム率を上げるケットシー専用のアイテムだ。これがあれば、その飛竜、もっと効率よく捕まえられるんじゃないか?」
ペラペラと口にする。
巨竜の出現地帯の一つは、アルンへと至る三つの道の一つである『竜の谷』だ。そしてかのサラマンダーの領地は、その『竜の谷』のすぐそばにあった。その地で獲得できるテイム用のアイテムがあったとしても不思議はないし、このアイテムであそこの竜が捕まえられるのはある意味納得と言える。
「ついでにもう一つ。ここの飛竜は見たところ鞍だけの装備みたいだが、俺はペット用の装備アイテムだろう《竜鎧》の存在を知っているぜ?」
続ける。
甘やかしすぎだろー、と、自分でも思う。
「鍛冶妖精領の西区の外れに、一件のNPC鍛冶屋がある。フードを被った小柄な店主が経営している大して見る物の無い店だが、夜の店仕舞いの直前にケットシーが尋ねるとイベントが発生、『テイムMob用の装備アイテム』を売ってもらえるのさ。普通は馬鎧、牛鎧、あとは亜人型Mobの武器なんかだが、そこにバカ高い装備の『竜鎧』ってのがあってな。……多分、このMob用なんだろうな」
自分の持っている、ケットシーの利益になる情報、アイテム、全部出した。
……全く、タダでこんなことするなんて、行商人失格だ。
さっきまでイジメまくったお返しってわけでもないんだが。
「さて、さて……じゃあ今度は、こちらの『要求』だな」
なぜそんなことをしたのか。一応理由はある。
ある、が、本当にそれだけなのかは、俺にだって分からなかった。
◆
「……んー、どうしたもんかねー……」
これだけ異種族が入り混じっていれば例の秘密兵器……《トリック・クラウンズ・シェイド》でも新しいクエストを見つけるのは困難だと考えて、俺は先に取材……つまりは風景撮影に入った。街の上空をひとしきり飛び回りながら、いいアングルでのスクリーンショットを取りまくり……大きく溜め息をついた。
(ったく、もう何日経ってるかってのに……慣れない)
俺の飛行の才能は、はっきり言って皆無だ。コントローラーを用いた初心者飛行でも、加速減速が上手くいかずにふらふらと安定しない。何とか取った世界樹のスクリーンショットも、多分何枚かボケているだろう。
「だから、私が手繋いで飛びますよ、って言ってるのに……」
「断固拒否する」
「むぅー、どうしてですかー!」
「どうしてでもだ!」
『意外とヘt……純情なのですね』
「……おい今一瞬なんて打ち込もうとした……?」
『タイプミスです』
横からのあれやこれやの横槍に突っ込みを入れつつ、再びの溜め息をつく。
(もう、あそこにしかねえかもな……)
探し続けている、あの世界の残り香。もはや残り香とすら言えないような、ほんのわずかな気配の様な、システムのバグと俺の勘しか根拠のないもの。残っているとしてもそれが俺の望むものとは限らないし、残っている可能性は限りなく低いだろう。
(でも、な……)
―――助かる可能性が一パーセントでも残っているなら、全力でそれを追え。それが出来ない者に、パーティーを組む資格はない。
いつか聞いた、ゆるぎない言葉は、言葉と同じくあの世界で一番ゆるぎない信念を持って動いていたプレイヤーの一人のセリフだ。それは一つの真実であり、真理であると俺は今でも思っている。
だからこそ。
なんとかして、行きたかった。
この世界樹の向こう……空中都市。最後の、希望の地へと。
◆
差し出した、あらゆる情報。
その情報は、果たして対価として適当だったかどうか。
呆然とするアリシャに俺が求めたのは、単純なことだった。単純ではあるが、この上無く難しいことでもある。何せこのALO内プレイヤー全ての願いと言っても過言ではないのだから。
―――一刻も早く、世界樹を攻略してほしい。
本気で何かを探すなら、探せない場所は、一か所でもあってはならない。
つまりはこの世界に、「侵入不可侵の場所」はつぶしておく必要があるのだ。
別に、それが自種族によって成し遂げられる必要はない。今と同様に行商として上の街に行ければ問題ないし、そもそも自分は飛行自体が苦手(というか嫌い)だ。飛行制限が解除された所で雀の涙ほども嬉しくない。
だから、誰かがクリアすればいい。
誰か……そう、『勇者』と言われる奴がすれば、俺はそれのおこぼれで十分。
そのために各地を回り、それぞれの種族が必要としているだろうアイテムを譲っていったのだ。
この世界の戦力を、引き上げるために。
まあ、そんな思いを語ったわけでもなく、適当に「さっさとクリアせぇやコラ」みたいな感じで言ったのだが、どうやらなかなかに納得されたらしく、アリシャの奴はえらい張り切って竜騎兵隊の整備のための飛竜テイム班の編成やら何やらを早口に捲し立て(俺は聞いても分からんのだが)、果てはシルフとの同盟がどうとかまで言ってやがった。
そしてそこで、俺の痛恨のミスが生じた。あまりに熱心だったためにあまり真剣に話を聞いていなかったことで適当に相槌を打ち続けていたら、「その時は傭兵として頼むヨ!」と言われたときに全く反応できずに頷いてしまったのだ。
全く、意識して混ぜたなら大した策士だ。
……とにかく。
すったもんだあったものの俺は一通りの行商の旅、その最後の首都での交渉を終えたのだった。
◆
「だからですね、手を繋いで。ブロッサムさんと両方から支えてもらってから、」
『私が抱えていっても構いません。貴方の超小柄なその体なら、私なら問題なく抱えられます』
オイコラ、超って言うな、結構気にしてんだぞ……と二人が話していることに心の中で突っ込んで。
……唐突に、閃いた。
俺の小柄なアバター。世界樹の高さ。
上の枝まで届かない原因である、飛行制限。そうだ。
「……なあ、二人とも。ちょっといいか?」
「ん? どうしたんです?」
『なんでしょう?』
「……人を集めてくれないか? ……そうだな、二人程。一人は巨人型の出来るだけ大柄な奴。もう一人は…ブロッサムよりも体格が良ければ大丈夫だ。……目算、五人で行けるだろう。とりあえずそれで試してみたい」
「?????」
『何をおっしゃられているかは分かりましたが、何故でしょう? 理由を説明して頂けますか?』
ショッキングピンクの髪の上にクエスチョンマークを浮かべたモモカは放っておいて、なんとか付いてきているらしい(それでも切れ長の目がいつもよりさらに細められているが)ブロッサムに説明する。
「滞空制限的に、誰が飛んだって上の枝には届かない。ブロッサムが俺を抱えて飛んでも、たぶん無理だろう。だが、もっと人数を増やせば? たとえば、」
『五人で……そうですね、全員が肩車でもして順に飛行していけば』
「上まで行けるかもしれません!!!」
最後はモモカにも分かったらしい。二人はすぐに頷き、嬉々として人を探しに行く。これで何とか世界樹の上には行けそうだ。もしかしたらそのまま中に入れるて、探索まで出来るかもしれない。そう考えながら、俺は再びスクリーンショットの準備を始めた。
◆
結論から言おう。
上には、入れなかった。
ぎりぎりのところでシステム管理者に勘づかれたのだ。
だが、それでも、何の収穫もなかったわけではなかった。
……収穫は、あった。
誰にも言えない、言えるはずのない、とんでもなく大きな、収穫が。
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