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ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

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ALO編
  episode6 運命という名の偶然

 
前書き
 今明かされる、シドさんの秘密。 

 
 やたらと晴れ渡った空は、季節外れに俺の肌を焼く。もともとどちらかと言えばカンカンに晴れた日よりは適度に曇ったほうが好きなタイプであり、加えて二年間の異世界生活では完全に夜型人間であったことも相まって、今では俺は外に出ることになかなかの抵抗感を感じるという引きこもり道に片足突っ込んだ人間になりかかっている。

 しかし、自分の好みはともあれ、しなければならないことはしなければならないわけで。

 (ま、それでも歩くんだがな……)

 リハビリの帰り、俺は必ず散歩……というか、放浪することにしている。こうして自分の普通のペースの徒歩を体に覚えさせていないと、ふとした拍子に足がすぐに速くなってしまうからだ。……まあ、あれだけいろんな世界をウロウロしていれば日常生活の活動強度がごちゃごちゃになっていても不思議はない。結果、ゲーム内のつもりで歩いていて知らぬ間に息切れしていたこともある。

 当分この癖は抜けないのだろう。

 (だが、ね……)

 体は、以前より格段に軽くはなっている。
 単純な運動能力なら、あの世界へと行く前である三年前よりも増しているだろう。

 (だからなんだってわけでもねえがな)

 とりあえず、今日もいつものノルマである時間の放浪を終え、手近な喫茶店へと入った。

 特に考えもなく、目についた小さな喫茶店……『ダイシー・カフェ』へと。





 世の中には、運命ってものがあるらしい。あるらしい、が、俺はさして長くはない人生の中での経験を通して、運命って奴にも二種類ある様に考えていた。一つは、「必然から来る運命」。例えばVRワールドジャーナリストである俺が、その最も有名タイトルの一つであるALO世界へと旅立ったのは、ある意味で必然だ。そこでの出会いや発見を運命と呼ぶなら、それは来るべくして来た運命と言えるだろう。

 そしてもう一つは、「偶然の運命」。何の因果関係も無く訪れる、唐突な出会い。今回は間違いなくこちらの運命に属するだろう。そしてこちらには、もう一つの名前が似合うかもしれない。

 奇跡、という名が。





 「いらっしゃい」

 深みのあるバリトンの声が、俺の脳を、記憶を揺さぶる。
 一瞬で周囲の景色がフラッシュして消え、『あの世界』に帰ったように錯覚する。

 ―――第五十層主街区アルゲード、その無数の店の一つの、雑貨屋。

 たっぷり五秒は硬直した俺に、声の主が訝しげに視線を向ける。
 同時に、俺も店主を見やる。

 見間違えるはずもない、特徴的な外見。
 褐色の肌に、迫力のある顔、見事な禿頭。


 「……エ、エギ、ル……?」

 呆然として呟き、はっと思いなおした。エギルはこれ以上ないくらいに分かりやすい外見であるし、SAOは外見がこちらの世界と一緒だ。どう考えても同一人物とすぐに分かる。それに対して、俺はあの世界とは()()()()いる。内面が違う……なんてアホな意味では無く、そのまま、()()()()()()のだ。向こうから見たら俺が誰だか分からないはず。

 はず、なのだが。

 「お前……シド、か……!?」

 巨漢の店主は、はっきりとその名を口にした。





 カウンターに座ると、間髪いれずにコーヒーが出てきた。驚いて見やると、「俺が飲むつもりだった分だ。お前が向こうで良く飲んでたのと濃さはそう変わらん」と言って、エギルがにやりと笑う。そのやりとりは、まるでアルゲードでのそれのようだ。ちなみに客が俺以外に全くいないのもあの頃と一緒だ。

 「驚いたな。エギルが、こっちでも店を経営してた、なんてな。いや、帰ってきて開いたのか?」
 「馬鹿抜かせ。まだ帰ってきて二カ月なのに新しく店なんて開けるか、もともとだ。まあ二年間残ってたのは感動の話があるからゆっくり聞かせてやる。それにしても……」

 一言区切って、エギルがじろりと俺を見る。
 俺の髪と、瞳を。

 「……やっぱり、シドも、だったのか」
 「ああ。そうだな、自己紹介でもするか。()()()()()()、俺は、シエル・デ・ドュノア、だ。また会えて嬉しいぜ、……っと、」
 「ギルバート。アンドリュー・ギルバート・ミルズ、だ。まあ、エギルで構わんさ」
 「ま、それもそうだな。俺も今まで通りシドで頼むわ。お前に本名呼ばれるのも気持ち悪いしな」
 「なんだそりゃ……それにしても、シエル、ってぇと……フランスか?」

 エギルが問いかけてくる。
 俺の、色素の濃い金色の髪と、真っ青な瞳を見つめながら、だ。

 「ああ、親父がな。まあハーフだし、親父は物心つく前に逝っちまったから、面識はないがな。……向こうにいたころから、気付いていたのか?」
 「……まあ、うすうす不自然さは、な。シドの日本語は、あまりに綺麗過ぎたからな。書く文章なんかは、特にな。お前さんくらいの年の奴が、あんなに整った新聞記事みたいな文章は普通は書けんよ。誰に教わったんだ?」
 「母さんが、熱心に教えてくれたのさ。日本で住むなら日本語、母国語としてフランス語、ついでに「ガイジン」ならと聞かれるだろうからって英語までみっちりと、な。今にしてちょっと常軌を逸していた事は分かってるが、感謝はしてるぜ。エギルは?」
 「俺は生まれつき、いや、親の代からの江戸っ子だ」

 そう言って笑う。なるほどこいつの態度に江戸っ子は、なんとなくイメージが合うな。ちなみに俺の外見は、純外国人と言える。金髪碧眼、ついでに手足の長さも肌の白さも、だ。向こうでは髪と瞳を黒にカスタマイズすれば誤魔化せるかと思ったが、同類には流石にばれていたらしい。

 俺の日本語力は、幼い頃に母さんが教えられた……というか、叩きこまれたものだった。

 曰く、排他的な日本の学校で俺の外見が目立つことを心配して、「せめて言葉だけでも」とのことだった……が、はっきり言ってやり過ぎだったろう。ひらがなカタカナ漢字はおろか、なんで手紙や論文の書き方やレイアウトの練習、古典まで勉強してたんだ、俺。小学校時代でもう古典の文法やってたぞ。

 とまあ、俺のちょっと異常なレベルで鍛えられた文章力のおかげで、さして考えることなくスラスラと「クエスト依頼書」や「注意書き」が書けたのだから、母さんには感謝はしている。人生何処で何がどう役立つかわからないものだ。

 一通りの世間話の後。

 「……んで、お前さん、やっぱり……」
 「……ああ、聞きたいな。七十五層ボス戦、俺が気絶した後。あの場所で一体何があったのか、な」

 渋るエギルに、俺ははっきりと断言した。

 
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