ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
ALO編
episode5 旅路、猫妖精領2
「ハァ……」
少女は、ゆっくりと溜め息をついた。なかなか上手くいかないものだな、と思う。まあネットゲームである以上は仕方がないのだろうと知ってはいるだが、それでも夢は見てしまうものだ。皆が仲良くなれるなんて、そんな叶うはずの無い夢を。
「どうしてかナー……」
壮大な、領主館の廊下を歩いていく。自分が龍主となってからかなりの時間が経っているが、それでも今でもまだどことない違和感を感じてしまう。大して取り柄のない自分が、領主。確かに、なれたらいいな、と思ったもののまさか本当になれるとは思わなかった。
選挙のときに話したのは、皆で仲良くしたい、ということだった。今のギスギスした雰囲気が、なんとなく良くないと思って、それを知り合い(今の側近……というのは大袈裟で、単なる腐れ縁の友達だ)に話したらそのまま立候補、領主になってしまったのだ。
「上手く、出来てるかナー…」
後悔は、していない。
やってきたことだって、間違ったとは思ってない。
でも、全てが上手く言っている訳でもない。反対意見だって出るし、出来ないことだってある。人のものではない、単純で意志の無いシステムだって、なかなか確率がデレてくれない。お金だって、なかなか貯まらない。
「ハァ……」
また一つ、溜め息をついて、立ち止まる。
そして、……笑う。
「ショーガナイよネ!」
そう、しょうがないのだ。
上手くいかないことは多いが、しょうがない。思うようにプレイしていて、今それなりに自分は楽しい。もし自分が間違っていたら周囲が止めてくれるだろう。だから今は、自分の思うようにふるまえばいい。幸い、それが出来る立場に、自分はいるのだ。
ウン、と一息気合いを入れ、ゆっくりと重厚な扉を開く。
領主館の、更に一番奥。執政部の、更に一部のメンバーしか知らない、極秘のその扉を。
◆
さて、と。ここまでで分かったことは一つ。
あの領主は俺が思っている以上にアホで不注意だということだった。
(全く、ホントに俺がスパイだったら、これでジ・エンドだぜ……)
隠密行動は、俺の特技だ。向こうの世界では実は尾行の依頼とかも受けたことがあるし、何より俺の数少ない自慢の一つに、「あの《索敵》マスターの『黒の剣士』の尾行を成功させたことがある」というものがある。《隠蔽》でスキルを誤魔化すのは可能だがあの男、システムアシストだけでなく本人のプレイヤースキルとしての勘までも異常に鋭いのだ。
そういった強敵を誤魔化すため、俺は様々な手段を講じたものだ。
たとえば。
(この体勢は、結構キツイが、な……)
天井にぶら下がったままの状態で、音を抑えて溜め息をつく。
領主館の廊下が無駄に豪華で助かった。
所々のシャンデリア、豪華な燭台、彫像。掴まるところには事欠かない。行商中に手に入れた《透明化マント》は、索敵生物や高レベルの《索敵》であっさりと破られるが、どうやら向こうはそのどちらも実行する気は無い様だ。それどころか、周囲の人気を気にする様子も無い。ここまでせずとも、後ろから足音消して歩くだけでもなんとかいけそうなくらいだ。
と、歩いていたアリシャが、でかいドアの前で停止。
何やら大袈裟な動作をした後、ゆっくりとそのドアを開いていく。入るらしい。
(よいしょ、っと!)
開ききり、アリシャが入っていく。その後ろから、素早く無音で扉の隙間に滑り込む。
そして。
「っ、うぉっ!!?」
眼前に現れた景色に、思わず声が出てしまった。
◆
大広間……というか、でかいホールみたいな広さのそこは恐らくは、飼育場、とでも言う所か。
(うおぉ……)
牛や馬といった現実でもお馴染みの生き物から、それらに妙な羽やら角やらが生えたファンタジー御用達の怪物たち。果てはなんだかよく分からない獰猛そうな化け物も、パタパタと飛ぶ小さなピクシーまでいた。
だが、そんなもんで、ここまでの広さは必要ない。
そして、俺が思わず簡単の声を上げてしまうほどではない。
その二つの理由は。
「で、でけえ………!」
目の前に勇壮に鎮座する、一頭の巨竜だった。
羽を渡せば恐らくプレイヤーの数倍はあるだろうというその巨体は、邪神級とまではいかずともかなりのハイレベルモンスターだろう。ドラゴンは確かに伝説では強者の代名詞で、テイムできるのは小竜やせいぜい竜兵といった程度だと思っていた。
それがまさか、ここまでの巨竜をテイムするとは。
「だ、だれっ!? なんでココに、エ……し、シド……?」
おっと、見とれちまっていた。驚いた声で我に返って見やると、そっちも負けず劣らず驚いた表情のアリシャ……だったが、俺だと分かった瞬間、その表情に安心が浮かんだ。
それを見た瞬間。
―――クソ……
ドクン、と心臓が脈打った。
その表情に、嫌悪感……とまでは言わないが、胸の奥底がザラつく、堪らない不快感を感じた。
俺なら大丈夫だ、そう信じ切っているその目に、言いようのない胸の軋みを感じる。
その痛みが、俺の体を、想定していた以上の力で想定していた以上に辛辣に突き動かす。
「おーおー、こいつはすごいな。これがケットシーの秘密兵器ってワケか」
「え……う、ウン、まあ、」
「この情報は、風妖精とかに高く売れるな。いや、火妖精の方が高く買ってくれるかな?」
「っ!!?」
アリシャの顔が、さっと歪んだ。
と同時に左手が素早く動く。表示される無数のウインドウが光の六角柱を為す、領主専用の巨大なメニュー画面だ。呼び出されるのは、領主の示す敵を容赦なく切り裂くガーディアンだろう。だが、甘い。
「おおっと、いいのか? もうスクリーンショットは取ってあるぜ? 俺を領地に死に戻りさせたらマズいんじゃないか?」
「っ、っ……ケットシー領の出口で検問をはって、」
「俺はここでセーブしてない。死んだら別の領地だぜ?」
「っ……!」
見ていて痛々しいくらいに、アリシャの顔が悔しげに顰められる。
彼女の明るい笑顔を知る俺には、目を逸らしたくなるくらいに痛々しい表情。
なのに。
俺はそれを見たくないと思っているのに。
―――ソンナニ俺ヲ、信ジルナヨ……
俺の口は止まらない。
自分の顔に、張り付いたような厭らしい笑みが浮かぶのを、他人ごとのように感じる。
「アンタは、甘すぎるんだよ。それとも俺を麻痺させて足止めするかい? 俺とその鉤爪で戦ってみるかい? まあ、無理だろうがな。アンタが一番良く分かってるはずだぜ」
「っ、」
「悔むんだな。簡単に俺を信じた、自分の迂闊さを。」
「……っ、でも。っ……!」
俯いて、唇が噛み締められる。耳が後悔に……或いは、悲しみにぺたんと伏せられる。
それ以上何も言えずに、今にも泣き出しそうな彼女。
重々しい、沈黙。
その沈黙の中、彼女の瞳が、潤み。
そして、俺の中のなにかが、……完全に、ではないけれど……ゆっくりと霞んでいく。
戻ってくる、罪悪感と諦観と、言いようのないバカバカしさ。
それらをたっぷりブレンドして。
「……十分、反省したな?」
大きなため息とともに、一声。
その声に、涙が流れかけた彼女の瞳が、弾かれた様に真直ぐに俺を見た。
ページ上へ戻る