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シャンヴリルの黒猫

作者:jonah
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52話「第一次本戦 (3)」

『おォっとぉ!? これはどんなどんでん返しだ!! なんとロートス選手が地に臥し、動きません! ロートス・ブランデー選手、敗退です!』

 扉が開き、駆け足で数人の医療魔道士がロートスを運んでいく。観客も予期せぬ勝者に沸き立つ。

「やった! アッシュー! 頑張れー!!」

「あわわわわ、分かっていてもヒヤッとさせますね。まったく心臓に悪い…」

 一番はしゃいでいるのはこの2人かも知れない。
 アシュレイはしっかりユーゼリアの声援の声を拾い上げてそちらに向くと、ニコリと笑って手を振った。彼らの延長線上にいた女性客が浮き足立つ。

 あまり言及されたことはないが、アシュレイも十分整った顔立ちをしているのだ。思わずドキッとしてしまうのも、まあ無理はない。
 モナがキラーンと目を光らせた。

『おやおやおやぁ? なにやらアシュレイ選手、余裕の笑みで観客に手を振っていますが!?』

『はいはい、時間は推してますから寄り道はなしですよ。さて、3人になった今、リーメイ選手とクライン選手はどう動くのでしょうか』

 アシュレイとしては間近でB系ランカー同士の試合を観戦したかったのだが、どうやらそうは問屋が卸さないらしい。
 いつの間にかシュウの姿がない。どうやらあのあと体力切れで場外に突き落とされたようだった。

 リーメイとクラインは自分とほぼ変わらないランクであるロートスがいともあっさり敗れたのに危機感を持っていた。それも、見たところ年齢はまだ20になっているかどうかといった若者にである。2人とも互いの実力はもう分かっている。そう大きな差はないだろう。
 ならば問題視すべきは、素性の知れない目の前のFランカーだった。

 クラインとリーメイは戦いを一時休戦、2対1でアシュレイを相手取ることに決めた。

「気ィ抜くんじゃないよ…」

「わぁってらぁ!」

 2人同時に駆け出す。得物の差か、クラインが先にアシュレイの間合いに入った。

『なんと、B、B-ランカー達が、Fランカーを袋叩きだぁ! これはマズいんじゃないでしょうか、カエンヌさん!?』

『さて、どう逃げきるでしょうか。楽しみですね』

 カエンヌはニヤリと笑いながら試合場を見下ろした。その目には何かを確信している光があった。

「うりゃあ!」

 威勢の良い声と共に突き出される片手剣をしゃがんで避けると同時に脚払いをかける。連撃を見舞う予定だったクラインはバランスを崩し、尻餅をつくかと思われたが、そこはB-ランカー。危なげ無く剣を握ったまま逆立ちし、バック転の要領でアシュレイと距離をとった。

「先走るんじゃないよ! こいつはあたしの獲物だ!」

「へ、だぁれがお前に譲ってやるもんかよ。こういうのは…早いもん勝ちだ!!」

 左右からハサミのように首を狙って放たれた双剣を、髪を数本斬られつつも回避、サマーソルトでクラインの手から片方の剣を叩き落とす。
 間髪入れずに降ってくる槍の嵐を後転直後後ろに跳びずさって避けた。
 緩慢な動作で、運良く(・・・)足下に落ちていたクラインの片手剣を拾った。2人はアシュレイを警戒し武器を構えるだけで、襲ってくることはなかった。クラインがジンジンと痺れて動かない手をだらんと下げたまま舌打ちする。

(どんな馬鹿力だよ、あの野郎)

 胴体部分に比べれば薄いものの、クラインは長手袋型の手甲をしている。“軽くて丈夫”が売りの高級金属、赤硬銅(アークライト)80%の高級品だ。中地には衝撃吸収と蒸れ防止の為にBクラスの魔物の糸で編んだ布が使われている。
 にもかかわらず通った、それも重い打撃。驚愕だった。

(本当にFランカーかっての)

「…おい」

「分かってるよ。…舐めてかかったら、こっちが危ない」

 クラインの左手を視界に収めたリーメイが、静かに腰を落とす。
 もちろんこの小声のやりとりも観客席には丸聞こえで、観客はざわめいた。ユーゼリアとクオリなどは、してやったりと顔を見合わせた。

『どうやらアシュレイ選手、Fランカーという肩書きに合わない実力者のようです! さて、それでも2人のB系ランカーの攻撃をかわすことはできるのでしょうか!?』

「やああ!!」

 ダッとリーメイが飛び出した。遠心力で槍を横薙ぎに振るう。しゃがんで避けると読んでいたかのように完璧なタイミングで片手剣がアシュレイを襲った。

「ん、」

 眉を上げつつ体をひねり剣を避け、振り向き様クラインの目にフィールドの砂を叩きつけた。

「うわっぷ!」

 ここでクラインにたたみかけようとするも、それは正確にアシュレイの膝を狙って放たれた槍によって叶わない。

「チッ」

 舌打ちと共に腕を動かす。クラインを狙っていた剣は槍の穂先に当たり、僅かにその狙いを逸らせると音を立てて真っ二つに折れた。

「ぬがー!!」

「我慢をし! 助けてやったんだから、寧ろ礼が欲しいね!」

 奇声を上げたクラインに、リーメイが地面に突き刺さった槍を抜きながら怒鳴った。ぷるぷると震えながらクラインはアシュレイを指差す。

「……ずうぇええったいに、勝ぁつ!!」

 この大会では、例え試合中に武器が破損しても、対戦選手に賠償請求をすることは出来ない。しかし実際のところ、選手たちは武器の賠償をしたりしなかったりしている。大会はそれを黙認している形だ。

     “勝ったら賠償請求可”

 つまり、勝てば官軍。請求金額が本来の半分だけのときもあれば(およそこれは低ランカーに優しい措置である)、しっかり全額受け取る場合も、ちゃっかり“手数料”と銘打って倍額請求することもあるとか無いとか。ただ、全額請求が一般的ではある。

 閑話休題。

 つまりクラインからすれば、勝たねばFランカーに負けた初戦敗退者(予選はカウントしない)のレッテルを張られるばかりか武器まで片方無くし、その上賞金も賠償請求すらできないという正に泣きっ面に蜂、七転八倒の処遇を受ける他無いのだ。今頑張らずしていつ頑張るというのか。
 気合い十分に剣を掲げると、その場で詠唱を始めた。

「…」

『あれは身体強化系の補助魔法! クライン選手、実は魔法も使えたということですか!?』

『といっても、彼は根っからの剣士ですから、多分1発で魔力総量的には限界でしょうね。持って10分といったところでしょうか。まあ、身体強化魔法程度なら覚えている剣士も少なくありませんし、特に驚くことではないですよ』

 そうはさせじとクラインに迫るアシュレイだが、寸前で首に殺気を感じ横に跳んだ。数瞬前に首があった場所に恐るべき勢いで槍が通過する。もし当たっていたら並みの人間なら首を骨折、下手をすれば頭が潰れるだろう。アシュレイであっても浅くない傷を負うのは間違いない。それは大会のルールに反する。リーメイは敵選手であるアシュレイが避けると確信していたのだ。
 
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