ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
ALO
~妖精郷と魔法の歌劇~
檻の中
アスナはじっとりとした液体が背中を伝っていくのを感じていた。
それは、冷や汗という名の液体。
鳥籠の中央、巨大なベッドの上。その縁にアスナは腰掛けていた。その膝の上には、一人の少女の姿がある。
腰ほどまである髪の色は、透き通るような白。その両の瞳は金と銀という珍しい金銀妖瞳であるが、今はその輝きを拝めることはできない。
なぜならその少女、マイはアスナのふくらはぎの上で安らかな寝息を立てているからだ。
なぜそんな平和な景色の中、アスナは一人冷や汗をかいているのかと言うと
この少女が、起きる事がない可能性があるからだ。
マイは、アスナと一緒にこの空中の鳥籠に囚われた時にやって来たオベイロン───須郷伸之にブレイン・バースト・システムなるもので手酷い反撃を試みたのだ。
その結果は圧勝。内容はあえて追記しないが、手酷い、とだけは言っておこう。
そしてそれから、須郷はここには来ない。
清々した、と言うのがアスナの正直な本音だが、やはり外部との唯一のリンクを断たれたのは痛い、ということも考えらせられてしまう。
しかし、あの時マイがそのなんちゃらシステムを使ってくれなければ、どんなことをされたのか分かった物ではないので、やはり感謝はしなければならないだろう。
しかし、そんな絶大な効果を発揮するシステムにも、やはり弱点、というか副作用があった。
マイいわく、脳に重大な負荷がかかるとのこと。
本来は《適格者》と呼ばれる、脳耐久度の値が高い人がやるらしいのだが、しかたなくアスナの脳を媒介にしてその処理のほとんどを自分の頭でやったらしいのだ。
しかし、AIであるマイの脳みそとは一体どこにあるのだろうか?
しかしそんなことは置いといて、そのシステムを使った直後、彼女は気を失い、長い昏睡状態に陥ってしまった。
さいわい、何の異常もなく寝ぼけ眼で「ん?おやつ?」とか言いながら起き出して来たのだが。
その後も、アスナが数えるだけでも計五回。昏睡状態に陥っている。
その度にけろっとした顔で起きるのだが、待っているアスナとしては気が気ではない。
そしてこれが、六回目。
艶やかな白髪の奥に伏せられている長い睫毛を見てみると、まるで眠れる森の美女のようだと軽く心の中で嘆息する。
ふと、アスナは顔を上げた。
冷たい鉄格子の向こうは、抜けるように青い空が広がっている。
―――彼は、レン君は、こんな少女でも命を懸けて助けに来るのだろう。
ふとそんなことを思った。ぽつりと、水面に浮かんだ波紋のように生まれた思考だった。
なぜだろう。
そう思ったが、その答えは当の昔に出ているはずだ。当の彼が良く口にしていたではないか。
人を助けるのに、理由はいるのか、と。
結局のところ、それなのだろう。彼の全行動の理由は。
人を助ける、たったそれだけのことであの少年は己の命さえも、簡単に投げ出す。
しかし、人を助けると言うことは簡単そうに見えて、結構難しい。
善人と悪人、その区別があまりにも曖昧だからだ。
よくテレビで見る、子供向けのヒーロー番組に出てくる悪人でも、何もしてないうちにヒーローにやられることもあるし、逆にヒーローは自分が壊した物の弁償さえしていない。
傍目から見たら、悪人が悪だと決め付けるだろう。しかし、実態はそうなのだろうか。
もし仮に、ヒーローのロボなんかが踏み潰した家が、自分のものだったらどう思うだろうか。
その瞬間から、ヒーローは簡単に悪に染まってしまう。
このように、傍目から見るものと、その実態は違うことがある。
しかも、全部ではない。悪でもある場合もあるし、善であると言う場合もある。これが人助けの嫌なところだ。自分が助けたのが、ヒーローだけとは決してない。
そして、かつての彼もまた、正真正銘の悪でもあった。
《冥界の覇王》
その名が流通し始めたのは、いつの頃からであっただろうか。その名をはじめて聞いた人は誰しも思ったものだ。何だその厨二ネーム、と。
だが、そんな彼らの顔はその人物の実態を知るとすぐさま凍りついた。
PK専門の連続殺人鬼。
それがその正体であった。判っている死亡者だけでも優に百人を超し、すでに二百人に届いたのではないかと言う噂をも流布しているその現状。千人とも推察されるオレンジプレイヤーの、実に二割をも彼はその小さな手で屠ってしまったのだ。屠って、喰らってしまったのだ。
《狂人》、《鬼》、《戦律》………。様々な二つ名が献上されたが、どれもしっくり来るものがなく、結局それになったんだとか。
その由来は、《死者をも統べる王》という内訳を持つらしい。
一時期は今は懐かしきギルド【血盟騎士団】、並びに《六王》達率いるギルドらの第一級要警戒人物にマークされていたほどだ。
実際、PK連中からの誘いもひっきりなしだったらしい。その勧誘役も全て皆殺しにしたそうだが。
そこまで来ると、人々は当然のごとく、ある一つの疑問を口にすることになった。
なぜここまでするのだろう、と。
復讐、それが一番の有力な説だった。
荒れ果てていたあの世界だ。善人が悪人に殺されるという事も、当然の日常の一部として存在した。
友人でも恋人でも、PKに殺されたならばあそこまでの怒りと虐殺は理解できるものがある。
もっとも、理解できたところで共感はできそうもないが。
今になって、アスナは分かる。
彼は、喘いでいたのだ。非力な自分の力に。絶望していたのだ、何もできない己の両の手のひらに。
だから、彼は求めざるを得なかった。
それこそ、泥の中に這い蹲ろうとも。
それこそ、泥に塗れて血を吐こうとも。
マイに、意識のあるマイに聞いた。すべてを聞いた。
彼が、レンが何と戦っていたのかを。なぜあそこまでして人を助けるのかを。
一人の、もうこの世界どころか現実世界にもいない、女性のことも。
紅衣の少年が、その人を護れなかったことも。
すべてを聞いた。
この純白の少女をあの少年は護ったことを。全て聞いた。
自然と涙が零れ落ちた。
なぜだろう。共感できるはずもない。どんな理由であろうとも、彼の大罪がなくなることはたぶん一生ない。
それなのに、アスナは涙という名の液体をはしばみ色の両の瞳から零さずにはいられなかった。
なぜだろう。たぶんそれは、一生かかっても分からないのだろう。
あえてそれを既存の言葉として言い表すならば、《同情》だろう。
あまりにも辛すぎるその過去に、その小さな双肩に掛かっている重さに、きっとアスナは同情したのだろう。
そんな安っぽい言葉で片付けられることではないのだろうが。
それでも、アスナは涙を零した。マイが不思議そうな顔でこちらを見てくるのも意識せず、ただただ涙を零した。
ただただ涙を零した。
そこまでアスナが回想した時、膝の上のマイが小さく身じろぎをしたように感じられた。
「……ぅ………ん」
ゆっくりと開かれていく目蓋をアスナは見つつ、いつの間にかうっすらと瞳にたまっていた涙を払い落とした。
レン、カグラ、キリト、リーファ、そしてユイは揃って飛行を続けていた。
あのシルフ領の北東に広がる《古森》の上空、もう少しで森を抜けて高原地帯に差し掛かる辺りだ。
スイルベーンはもはや遥か後方に遠ざかり、どんなに眼を凝らしても翡翠の塔を見分けることはできない。
いわゆる中立域の奥深くに分け入っているために、出現するモンスターの強さ、出現数もかなりの数になりつつある。
だが、これまで一行がエンカウントしたモンスターの数はゼロである。それはなぜか?
その理由はいたって単純。エンカウントという言葉の内訳は、相手、つまりこの場合はモンスターに気付かれ、更に自分もモンスターに気付くと言う事である。
だが、この場合は相手が気が付いていない。よってエンカウントはしていないと言うことになる。
つまり、レンが上空を飛びながらこちらに気が付くかもしれないMobを片っ端からぶった切っていくのだ。
視界の端では、驚きと呆れ、そして微かな困惑が器用に入り混じった顔をしたリーファがこちらを見ていた。
まぁ前者についてはいまさら否定すまいが、後者については原因は解かっている。おそらく彼女はいまだに自分のワイヤーという、アブノーマルな攻撃方法を認識していないのだろう。
まぁそれでも、ここまで細っこい糸を肉眼で確認しようと言うほうが無理だと思うのだが。
併走して飛んでいるキリトとカグラはいつものことと肩をすくめているだけだ。そのキリトの胸ポケットから顔を出すユイは何が納得できるのか、しきりにフムフムと頷いている。
することがないのか、キリトが斜め後ろを飛ぶリーファに訊いた。
「なぁリーファ。魔法ってのは回避できないのか?」
「遠距離攻撃魔法には何種類かあって、威力重視で直線軌道の奴は、方向さえ読めれば避けられるけど、ホーミング性能のいい魔法や範囲攻撃魔法は無理ね。それ系の魔法を使うメイジがいる場合は常に高速移動しながら交錯タイミングをはかる必要があるわ」
「ふむう………。今までしていたゲームには魔法ってなかったからなあ……。覚えることがたくさんありそうだ」
キリトは難解な問題集を与えられた子供のような顔で頭をかいた。
「まあ、キミならすぐに勘がつかめる……と思うよ。………ねぇ、レン君は何か魔法スキル取ってるの?」
リーファは突然、前を飛ぶこっちに話を振っってきた。
漆黒のロングマフラーの端っこを、尻尾のように揺らして飛ぶケットシーの少年は少し悩んだ後言った。
「んー。取ってるっちゃ取ってるかな」
自分で言っといて何だが、かなり不明瞭な言葉を言ったものだと思う。
案の定、シルフの少女の顔が更なる混乱に彩られる。
だが仕方ない。これを言ったら、リーファに言い訳をするだけではない。キリトにも要らぬ心配をされることになるかもしれない。
そんなことは極力避けたいところだ。
だからレンは曖昧な笑みを作って再び正面を向く。
背後では、リーファが今度はカグラに魔法スキルの有無について問う声が聞こえたが無視した。
大体カグラは魔法スキルをまるで取っていないし。
レンの視界の先に、傾きかけた太陽に照らされて金緑色に輝く草原が、森の彼方に姿を現しつつあった。
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「さっ、なんか一話だけ無理矢理飛ばされたような気がするんだがそれは確かな事実か?」
なべさん「うむ、事実だ」
レン「死ね!」
なべさん「死ぬか!」
レン「100話記念回さえもやらずに、さらには主人公をハブらせてのあとがき。万死に値する!」
なべさん「くっ、そう言われるとなんだか物凄い大罪を犯してしまった気になるぜ……(汗)」
レン「はっはっは~!そうだろそうだろう!」
なべさん「くっ、俺は負けん!負けんぞぉー!!」
こき☆
レン「はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださいね~!」
──To be continued──
ページ上へ戻る