ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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ALO
~妖精郷と魔法の歌劇~
ルグルー回廊
「うええーと………アール・デナ・レ……レイ…………」
隣を歩くキリトが、紫に発行するリファレンスマニュアルを覗き込んで、覚束ない口調でスペルワードをぶつぶつ呟いていた。
どもる彼を、リーファが叱り飛ばす。
「だめだめ、そんなにつっかえたらちゃんと発動できないわよ。スペル全体を機械的に暗記しようとするんじゃなくて、まずそれぞれの《力の言葉》の意味を覚えて、魔法の効果と関連付けるようにして記憶するのよ」
リーファが言うと、黒衣のスプリガンは深いため息とともにがっくりと項垂れる。
「わ、わかったよぅ。………えーと、れ……レイ・う、ウデナ・ら、ら……ラプコ?」
どもるどもる。
「言っときますけど、上級スペルなんて二十ワードくらいあるんだからね」
「うへぇ………。俺もうピュアファイターでいいよ…………」
「泣き言いわない!!ほら、最初からもう一回」
シルフ領にある翡翠の塔から飛び立ち、すでに六時間近く経っていた。
途中、古森を脱して山岳地帯に入ったときに、ローテアウトしたくらいで特に目立った事もない。
そして、その山岳地帯のアルンまでの唯一の道、白い山脈の中腹にぽっかりと黒い口を開けた洞窟。その名も《ルグルー回廊》の真っ只中を現在進行形で歩きながら進んでいるのだ。
暇を持て余したキリトがスペルワード発声の練習をすると言い出した数分後、心のどこかでこの展開を予想していたレンとカグラ、ついでにユイは揃って嘆息した。
キリトはここぞと言う時の判断能力と忍耐力は素晴らしい物があるのだが、合わない事はとことん嫌う。
十回を超えるオークたちの戦闘を全て相手に悟られることもなく、今まで通りに切り抜け、スイルベーンでリーファが仕入れていたと言うマップのお陰で道に迷うこともなく、順調に路程を消化している。
マップによればこの先には広大な地底湖に架かる橋があり、それを渡ればいよいよ地底鉱山都市ルグルーに到着することになる。
ルグルーは、ノーム領の首都たる大地下要塞ほどではないが良質の鉱石を産し、商人や鍛冶プレイヤーが多く暮らしているということだったが、ここまでの行程で他のプレイヤーと出会うことはなかった。
この洞窟は、狩場としてはそれほど実入りのいい場所ではないのだろう。
何より飛行が身上のシルフゆえ、飛べない場所は敬遠する者が多いのだろう。
洞窟内は幅も高さも充分あるのだが、飛翔力の源たる日光も月光も届かないため、翅が一切回復しないのだ。
シルフのプレイヤーで交易や観光のためにアルンを目指す者は、所要時間は大幅に増えてしまうが、シルフ領の北にあるケットシー領を経由して山脈を迂回する場合が多い。
レンの場合は血色のコートにすっぽり隠されて見えないが、猫に似た耳と尻尾を持つ種族ケットシーはモンスターや動物を飼い馴らすスキル《テイミング》が得意で、テイムした騎乗動物を昔からシルフ領に提供してきた縁があるため、シルフとは伝統的に仲が良い。領主同士の関係も良好で、近いうちに正式に同盟を結ぶという噂もある。
リーファにも親しいケットシーの友人が何人かいるために、今回のアルン行きも北回りルートを取ろうかと考えたが、キリトが急ぐ様子だったので山越えを選んだ。
地下深く潜るのは正直不安もあったけれど、この調子ならばさして問題もなく突破できそうだった。
そう言えば、レンの武器については結局のところ訊く機会がなかった。ライトエフェクトが出ないところから考えても、魔法ではないとは推測できるのだが。
まるで、それこそ魔法のように敵が頭の天辺から真っ二つになるのだ。これを現状で公開されている武器で説明するのは、少々どころかかなり問題がある。
それに、疑問点といえばクーのこともある。
ケットシーの少年のテイムモンスターである巨大な黒狼。その姿は一行が、ローテアウトのために地面に降りた時にも姿を現すことはなかった。レンは「少し遅れてくるだけだよ」とか言っていたが、それはありえないと彼自身の口から聞かされたのだ。
テイムされたモンスターなり動物なりは、テイムしたプレイヤー自身が飛行したとしてもその絶対座標から離れることはない、と。
その言葉に嘘はないのだろう。紅衣の少年には、リーファにそんな嘘をつく理由が見当たらない。
彼は言ったのだ。絶対に離れることはない、と。しかしそれは、裏を返せば命令がない場合に限ってのことだと思う。
要するにマスターたるプレイヤーによって、何らかの命が与えられていたら、前述のことは簡単に覆されると言うことである。
別にその命が何かという事をレン自身に聞くまではしないが、気にならないと言えば正直嘘になる。単なる物運びなどのお使い程度だったりするかもしれないが、リーファにとってこのレンという少年のことはいまだに謎が多い。
武器のこともあるし、何よりここまでのてだれが交流の多いケットシー領の中にいるということなど聞いたことがない。
闇妖精であるカグラを連れているという事から脱領者なのだろうか…………?
スペルワードに悪戦苦闘し続けているキリトの隣を歩きながら、リーファはぼんやりと取り留めのない思考に身を任せていた。
普段なら中立地帯で物思いにふけるなど自殺行為だが、この旅に限ってはユイが恐るべき精度でモンスターの接近を予告し、それが聴覚を震わせる前にレンの謎の攻撃が敵を真っ二つにするので心配は全くない。
更に数分が経過し、いよいよ地底湖が間近に迫りつつあったその時、リーファの意識を呼び覚ましたのはユイの警告ではなく、ルルルという電話の呼び出し音にも似たサウンドエフェクトだった。
リーファはハッと顔を上げ、後ろを歩く三人と一人に声をかけた。
「あ、メッセージ入った。ごめん、ちょっと待って」
「あ、うん」
「はいはい~」
「分かりました」
立ち止まり、体の前方、胸より少し低い位置に表示されたアイコンを指先で押す。
瞬時にウインドウが展開し、着信したフレンドメッセージが表示された。と言ってもリーファがフレンド登録しているのは、不本意ながらレコンただ一人なので、差出人は読む前から判っていた。
どうせまた益体もない内容だろうと思いながら目を走らせる。だが────
『やっぱり思ったとおりだった!気をつけて、s』
書かれていたのはこれだけだった。
「なんだこりゃ」
思わず呟いたが、それで意味がわかるはずもない。
何が思った通りなのか、何に気を付けろというのか、そもそも文末の「s」と言うのは何なのだ。署名ならばRのはずだし、文章を書きかけで送信したのだろうか?
背後からレンが近付いてきて、どーしたのー?と間延びした声を聞かせる。その目の前にウインドウを指で持って行かせつつ、sで始まる言葉を口の中で転がす。
今度はキリトが訊いてくる。それに応えようとした時、彼の胸ポケットからぴょこんとユイが顔を出した。
「パパ、十二人のプレイヤー反応があります!多いです………十二人!」
「十二!?」
キリトがそれに対しての反応を言う前に、思わずリーファは叫び、絶句した。
通常の戦闘単位にしては多すぎる。スイルベーンからルグルーもしくはアルンを目指す、シルフ族の交易キャラバンだろうか。
確かに、月に一回ほどのペースで領地と中央を往復する大パーティーが組まれてはいる。
しかしあれは出発数日前から大々的に告知して参加者を募るのが慣例だし、朝に掲示板を覗いた時にはそのような書き込みはなかった。
しかし正体不明の集団であろうとも、それがシルフである限り危険はないし、まさかこんな場所に異種族の集団PKが出るとも思わなかったが、何となく嫌な感じがしてリーファはレン達に向き直った。
「ちょっとヤな予感がするの。隠れてやり過ごそう」
「しかし………」
カグラが周囲を見回し、言う。
「どこに…………?」
長い一本道の途中で、幅は広いが身を隠せるような枝道のたぐいは見当たらない。
「ま、そこはオマカセよん」
リーファは済ました笑みを浮かべ、三人の腕を取って手近な窪みに引っ張り込んだ。照れくささを押し隠して体を密着させると、左手を上げてスペルを詠唱する。
スペルワードを黙って聞いていたレンとカグラが、やっと気付いたように笑みを浮かべる。
すぐに緑に輝く空気の渦が足元から巻き起こり、二人の体を包み込んだ。
視界は薄緑色に染まったが、外部からはほぼ完全に隠蔽されたはずだ。リーファはすぐ傍らの、唯一何も解かってないっぽいキリトを見上げ、小声で囁いた。
「喋る時は最低のボリュームでね。あんまり大きい声出すと魔法が解けちゃうから」
「「「りょーかーい」」」
揃って間延びした声を聞かせる三つの口が閉じた後で、全員の体を縮め込ませながら岩肌に体を押し付ける。
キリトは眼を丸くして風の膜を見回している。そのポケットから顔を出したユイも、興味深そうな顔をしながらひそひそと囁いた。
「あと二分ほどで視界に入ります」
緊迫した数秒が過ぎ、やがてリーファの耳にザッザッという足音が微かに聞こえてきた。その響きの中に、思い金属質の響きが混じった気がして、あれ?と内心で首を傾げた時────
「……まずいな」
リーファの胸のところにすっぽりと顔を覆われてしまっていたレンが、ポツリと呟いた。
申し訳ないが、体勢的に仕方がないこともある。さすがに少しだけ恥ずかしいが。
「何がまずいの?レン君」
「うん。あの足音からして、多分追ってきてるのはサラマンダー。索敵もせずにあんなに真っ直ぐにこっちに向かってきてるってのは、多分偶然じゃない。きっとあっちの中に結構なメイジがいて、そいつが僕たちにトレーサーを付けたんだと思う」
「…………う……そ」
絶句した。いやもう全てに絶句したが、何より驚くべきことは足音一つでここまで想定するレンの観察力だ。
確かに近寄ってくる微かな足音は、耳が良いケットシーならばはっきり聞こえるだろうが、そこからここまで連想するのは正直凄まじいの一言だ。
隣のキリトが、静かに口を開く。
「なぁ、とれーさーって何だ?」
「あ、追跡魔法よ。大概ちっちゃい使い魔の姿で、術者に対称の位置を教えるの」
「便利なものがあるんだなぁ。それは解除できないのか?」
「トレーサーを見つけられれば可能ですが、術者の魔法スキルが高いと、対象との間に取れる距離も増すため、このようなフィールドではほぼ不可能ですね」
立て板に水なカグラの説明を聞き、ほうほうと頷くキリトをとりあえず放って置いて、レンとリーファは話し合う。
「トレーサーは潰さないと、これからの道中もつけ狙われるわね。だけど、それだと相手にも気付かれちゃう」
「別にいいんじゃない?術者のメイジを倒せば、トレーサーも自動的に消えるでしょ」
「でも、ユイちゃんの話だとサラマンダーが十二人だよ。いくらレン君とカグラさんが強くても、無理なんじゃない?」
リーファが現実的にそう言うと、にやりと効果音が付きそうなくらいの不敵な笑みでレンは笑った。
自分でやっといてなんだが、胸の谷間に挟まったままの体勢だから恐ろしくシュールだ。
「リーファねーちゃん、本当に無理な事なんてこの世にはないんだよ。ただそれをやるか、やらないか。それだけなんだと思うよ」
ハッとした。リーファは虚を突かれたように黙り込んだ。
本当に無理な事。
それは、リーファ、桐ヶ谷直葉が戸籍上の兄に持っている感情も、成就することはあるのだろうか。
一瞬そんなことを脳裏で思い浮かべてしまって、リーファはレンが膜の外に勢いよく飛び出すのを止められなかった。
レンは勢いよく窪みから飛び出し、足元の砂利を弾き飛ばしながら制動をかける。自動的に隠蔽魔法が解除され、キリトが戸惑い顔で体を起こす。
「お、おい。どうしたんだよ」
「ごめんキリト君、結構大きな戦闘になるかもしれない。覚悟だけしといて!」
それだけを言い、リーファは正面に視線を戻した。
洞窟の奥。たった今自分達が通ってきたそこは、まったく先の見えない闇がねっとりとわだかまっている。
いや、その奥からひらり、ひらり、と小さな赤い影がこちらに向かって飛んでくるのが見えた。
「あれよ!」
リーファが思わず叫ぶと同時に、こうもりの形をしたトレーサーは音もなく分断されていた。
音のない悲鳴を撒き散らしつつ、赤い炎に包まれて消滅するそれを視界の端で捕らえながら、レンとリーファ、カグラは身を翻して駆け出した。
何も解かっていないキリトだけが数瞬遅れて、慌ててスタートする。
「街まで走るよ、キリト君!」
「え………また隠れるのはダメなのか?」
「トレーサーを潰したのは、相手にはもう知られていることです。どの道こんな狭い箇所での大規模戦闘は避けるべきかと」
「それにさっきも言ったけど、追ってきてるのはサラマンダー。平和に解決って訳にも行かないでしょ!」
大声で言い合いしている最中にも、ガシャガシャという金属音の混じった足音は大きくなっていく。リーファがもう一度ちらりと振り返ると、彼方の暗闇にちらりと赤いものが見えた。
「………チィッ!」
舌打ちをしながらレンが勢いよく反転し、一度だけ腕を振るった。
次の瞬間、轟音が耳をつんざいて響き渡る。
洞窟の天井が軽く崩壊し、優に人の頭ほどもある岩が次々と降り注いでくる。
それを見ながら、リーファは追われる身である事も忘れて眼を見開いた。
基本的にALO、いや全てのVRMMORPGの物的オブジェクトのほとんどは個々によって様々であるが、耐久値が存在している。つまり、壊せるということだ。
どんなに大きな岩であろうとも、毎日耐久度を削っていれば、いつかは瓦解する。しかし、そんなオブジェクトの中でも壊せないもの、つまり破壊不能オブジェクトは存在する。
例えば水、こんなものどうやって破壊すればいいのかも分からないが、とにかく耐久値は存在しない。他にも地面などがあるが、これらに共通するものは、地形に関するものである。
地面は言わずもがな、湖、池、山、海。
それらまで破壊可能にしたら、きっとゲームが成り立たなくなる製作者側の意図だろう。当然その中には、洞窟の天井も含まれている。したがって、この世界では落盤の心配はないわけだ。
それを、壊した。
何が何だか分からないリーファの手を引き、レンは
「行こう、リーファねーちゃん!これで少しだけだけど時間は稼げた!!」
言った。
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「んー、それにしても僕がどんどん人外の存在になってくな☆」
なべさん「それはしかたないんじゃないかな♪」
レン「……………………(怒)」
なべさん「さぁ、次話から大規模戦闘に突入いたしますよ~っ!おったのしみにぃ!」
レン「…………はい、自作キャラ、感想を送ってきてください」
──To be continued──
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