ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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ALO編
episode5 旅路、影妖精領2
前書き
こういう話を考えるとき、リアルネットMMO経験がないと書くのが難しい。
こういうのって普通のネトゲでもありうような設定になるのかしら。
アルヴヘイムの時間は、現実世界のそれとは若干長さが異なっている。
「やっぱさすがのフルダイブエンジンだなぁ……」
午後一番にダイブした俺の目に一番に飛び込んだのは、宿屋の窓から見える巨大な遺跡に映える夕焼け模様だった。うーんなんか最近、俺の動く時といえば『逢魔が刻』がトレードマークみたいになっちまったな。別に狙ってるわけじゃないんだが。
「ま、真っ暗よりはだいぶマシだがな」
ゆっくりと降り立ち、装備フィギュアを操作する。この時間から活動すれば、むこうに帰るのはこちらの時間ではもう夜が深まるだろう。選択する装備は夜用、そして行商人には相応しくない『隠蔽』ボーナスの高い、宵闇色のコートと、燈赤色の髪を隠すサンドイエローのバンダナ。
加えて。
(今日も、コイツの世話になるかね……)
ストレージの中に、確認するアイテム。
《トリック・クラウンズ・シェイド》……『奇術道化の影』の名を冠する、薄布の衣を確認した。
◆
そのアイテムは、はっきり言ってネタアイテムだった。
少なくとも、どの情報サイトでもそう紹介されていた。
有する効果は『自分の外見を、他の種族の特徴を加えたものに取り換える』というもの。それだけを聞けば凄まじいチート、いくらでも有用、悪用の手段がありそうで驚いたのだが、情報サイトで確認してみるとその効果はがっかりの一言だった。
―――まず、相手プレイヤーに対しては、カーソルで見ると変身前の種族が分かる。
―――次に、街を守るガーディアンも誤魔化せない為、出入り制限も覆せない。
―――極めつけに、装備によるスキル値や熟練度の補正、種族特性にも一切の変化なし。
結論。
本当にただただ「外見を変える」というだけのアイテムだったのだ。サイトと違って情報の錯綜する掲示板を見ているとこのアイテム、近々の大規模アップデートで実装されると噂の種族変更……所謂『転生システム』を匂わせ、転生した際の自分の外見を確認するために用いるアイテムだ……などと書かれていた。なるほど、これはこれである程度納得できる。
だが俺は、何か違和感を感じた。
―――このアイテムは、本当にそれだけなのか?
あのALO世界、居るのはプレイヤーとガーディアンだけでは無い。ショップや村人として、少なくない数存在する人々……そう、NPC達。彼らに対してはどうだろうか?
―――もし俺がこのゲームの設計者だったら。……いいや。ここが、SAOの世界だったら。
―――NPCのクエスト発生条件に「この種族で尋ねる」というフラグがありえるはず。
そして、その予想は、正しかった。これが俺が、数々の古代武具級アイテム……そして幾つかの、伝説級の武器さえもを手にすることが出来たカラクリだった。
◆
ゆっくりと宿を出て、しばらく。
辺りはだんだんと夜の闇に包まれていき、古代遺跡がその暗闇の中に佇んでいるような、そんな時間帯。いくら夜目が利く影妖精とはいえ、現実世界のほうがさすがに平日の午後だ、道行く人の数は少ない……が、その目は皆、ぎらぎらと光っている。
(ま、平日の昼間っからログインしている様な奴らだ。廃人レベルとして、恥ずかしくない強さとスキル熟練度の連中ばかりだろうな……)
だが、引く気はない。
何せ俺だって、負けず劣らずの立派な廃人だ。
いや、二年間ログインしっぱなしという実績からすれば、もう廃人通り越して死人レベルだろう。
苦笑を噛み殺しながら古代遺跡地帯から離れ、石畳の道をゆっくりと歩く。革のブーツは、あの世界に比べればそのグリップが若干心もとないが、足音を消す分には十分だ。暗い夜道で、俺の進む気配を限界まで隠してくれる。
(確か、ここか……)
行き先は、一軒のNPC家屋。店でもない、何の変哲もない家だ。俺が普段通りのプーカの姿で入っても、そしておそらくは他のスプリガンが入ってもなんのイベントも無かっただろう、どこにでもあるようなNPCの家。
(だが、……)
入ってすぐに、ストレージから取り出した薄布を体に巻き付ける。同時にマントの前留めの部分をクリックするとウィンドウが開き、幾つかの選択肢が現れた。変身後の種族の選択画面だ。
そして幾つかを試してみると。
「……あんた、火妖精なのかい!? こんなところに来て、大丈夫なのか!?」
変身した瞬間にかけられる、NPCの驚いた、それでいて潜められた声。
(……ビンゴ。……にしても、このゲームの製作者はいい性格をしているこった。敵対種族として進入制限をしてしまえばこの領内には入れなくなるのに、結構な量の「他種族用」クエストが用意されてる、なんてな……)
クエストの発動条件。それは特定のアイテムやこなしたクエスト、特定のスキルの熟練度、あるいはパーティー人数など非常に多岐にわたる。それらをいちいち検証していくのは非常に困難であり、だからこそこういった大規模MMORPGにはそれを検証する偉大なる暇人、もとい、先人が情報サイトを作り出す。だが流石に、他種族領でのあらゆる種族でのクエスト受注検証、なんて暇なことをする人間は、俺くらいだったらしい。
俺だって、この《奇術道化の影》を手に入れなければ試そうとは思わなかったろう。
……まあ、とにかく。
俺はまた、こうして新たなクエストの依頼を取ることに成功したのだった。
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