ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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ALO編
episode5 旅路、影妖精領
―――流れるのは、美しい音色。
美しい銀色に輝く横笛が、モモカの口元で流麗なメロディを奏でる。
聞こえてくる音楽はどことなく年代を感じさせるもので、周囲の雰囲気…この謎めいた空気を醸し出している影妖精領のそれと、上手い具合にマッチしている。その上、俺は知っているのだが、この音楽は昔の大作RPGゲームの、懐かしい古代遺跡の音楽だ。
うん、モモカの奴、いい趣味してんじゃねえか。
「おおっ、シブいね~」
「きれ~!」
周囲の人だかりから、溜め息のようなざわめきが零れる。分かる人には郷愁を誘うし、分からない人にとっても重厚で壮麗なその音楽は、横笛一本だとは到底思えない音色で聴衆の心を捉える。
(にしても、驚いたな……)
横笛をくわえる、モモカの横顔を見つめる。
眼鏡に隠れて良く見えないが、演奏する彼女の目には、いつものキラキラした瞳とは異なる神秘的……或いは、神聖的、とさえ言えるかもしれない光が宿っていた。彼女の演奏を見るのはこれが初めてではないが、アイツは普段は冷静な(ってかはしゃぎまわるような年でもない)俺やブロッサムの分を補って余りあるくらいにはしゃぎ、騒ぐような女なのだが、こうして演奏の時はまるで別人のように纏う空気が変わる。
曲の終わりの、最後の高音が美しく周囲に伸びる。周辺が遺跡地帯ということもあってか、音楽妖精領の様な賑やかなNPC楽団の音楽が無い分、その素敵な一音の響きは領土全域にまで広がっていったような錯覚を覚えさせる。
「おおーっ!」
「すごいすごーい!」
「アンコール、アンコール!」
賑やかな拍手と喝采に、先程の神々しい雰囲気とは一転にこやかに笑って「ありがとー!」と元気よく声をあげて手を振る。うん、先程の妙なオーラを纏った雰囲気も悪くはないが、一緒に旅を(不本意ながら)する身としてはこちらのほうがなんとなく馴染みがある。まあ、まだ一緒に旅してたって言ってもたかが一週間、そこまで親しい訳じゃないんだが。
「ありがとー! ありがとー!」
なおもステージ(といっても、遺跡の崩れた石段の一つに過ぎないのだが)上で喝采を浴び続けるモモカ。彼女は、鍛冶妖精領(ここだけははじめて来たのだと言っていた)以降はこうしていく町々で音楽を演奏してる。その腕の程は、この通りだ。
そんな彼女を、少々離れた場所から横目で見ながら、
「兄ちゃん。この鎧、あんまり見ないけど、古代武具級かい?」
「いいや。土妖精領の地下ダンジョンでのモンスタードロップだ。だがエクストラ効果があって、暗いところで使えば一時的に隠蔽魔法と同じ効果が出せる。《暗視》の強い影妖精戦士にゃお勧めだぜ?」
「こっちのは? 攻略サイトの名鑑では見たこと無いな」
「鍛冶妖精領のクエスト報酬だな。こっちは古代武具、エクストラ効果は普通に魔法攻撃の両手用戦鎚だな。ただ、新しいクエスト獲得品みたいで大手の情報サイトにはまだ載ってなかったから、何かまだ使い道があるかもなぁ」
俺は戦闘系のプレイヤー達を相手に行商をしていた。
◆
本来俺の行商活動は、適当にプーカ領や周辺の中立域で売られている特産品を仕入れ、別の領内で売りさばいて……の予定だった。その予定を変更するように思い立ったのは、『あるアイテム』のおかげで俺は予定外に多くの、そしてハイレベルのアイテムを獲得することができてしまったからだった。
これを売り捌くことで、十分に行商が成り立ってしまった。これによって路銀には事欠かなくなった。まあ代わりにちょっといろいろと面倒になってもなっている……が、それは後でいいか。
とりあえずそんなこんなで、ごつい男どもとひそひそと商談を交わす俺。
そんな俺の横で、
「わーっ、かわいーっ! これ買うわ!」
「私も私もー!」
『お買い上げありがとうございます』
黄色い悲鳴が上がった。
俺の更に横では、ブロッサムが黙々と針仕事を続けながら時折表示されるトレードウィンドウを確認、ハンドメイドの作品を売っているのだ。無愛想だが、それもゲームの世界ではあまり珍しくも無い態度なのか、女の子たちは気にすることなくアクセサリーを眺め
てはしゃいでいる。
彼女は、なんと驚いたことに自種族の領土内に店を構えている一線級の『細工師』だった。ストレージ内には多数のアクセサリーがあり、見た目重視の女性プレイヤーにも実用性一本の戦闘系プレイヤーにも幅広く楽しめるラインナップを提供しているようだ……とは鍛冶妖精領での彼女の評判を客に聞いていたモモカの談。
ああ、針仕事をしているのは俺やモモカの装備品の補修をしているためだ。助かることに俺達三人パーティーは革装備二人、魔法使い系のローブ一人の軽装パーティーだ、『鍛冶』スキル無しでも『裁縫』だけで武器防具の手入れには事欠かない。もっともこちらは修行中…というか、俺達が旅を始める直前に上げ始めたようだが。
(にしても、助かってるぜ、ホントに……)
ここは、スプリガン領。それが意味するところは、相手さんからすれば俺を襲って身ぐるみ剥いでも一向に問題ない、ということ。さらに言えばALOは、それが推奨すらされているというハードさが売りのゲームなのだ。だがそうはいっても、こんな観光目当てのプレイヤーを辻斬るのを良しとはしない、良心的なプレイヤーも多いのも確かだ。モモカの演奏でこれだけの人が集まっていれば、俺やブロッサムのアイテムを狙ったPKを心配する必要はなかろう。
とにかく。
俺達三人の旅は、予想以上にうまく行っていた。
(それに比べて、……はぁ……)
予想外の難しさと、恐ろしさ、そして面白さがあったのは。
午前の三人旅行では無く、午後にこっそりとダイブしての俺の一人活動だった。
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