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ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

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ALO編
  episode4 魔法の世界の洗礼3

 
前書き
 腰痛のせいで少々更新が遅れました。申し訳ありません。 

 
 「おおおっ!!?」

 殺到してくる雪玉は、氷雪系……確か水妖精(ウンディーネ)が得意とする攻撃魔法。だがそれはせいぜい「得意」というだけであって、他の種族にそれが使えないというわけではない。勿論鍛冶妖精のレプラコーンでも使用可能だが、水の系統の魔法の得意分野は、支援と回復だ。攻撃系……特に今の雪玉攻撃のように直線軌道スピード重視の呪文なら、威力、追尾性能いずれもそこまでの脅威ではない。

 ……が、

 「おおあぁっ!!!」

 それにも限度ってものはある。足が止まった今のこの瞬間に、眼前を埋め尽くすほどの寮が放たれればそれは十分な脅威であり、当然全部喰らえば致命傷になる。一瞬だけ背筋が冷え、……同時に、体感時間が減速を始める。

 「くっ、そ!!!」

 集中力がもたらす、独特の加速感。そのスピードを感じながら、地面を蹴って一瞬でのトップスピードへの加速、そのままダッシュで走りながら、殺到してくる雪玉を回避する。こんなもの、あの世界で殺到するモンスター群を避け続けた俺からすればさして難しい芸当では無い。

 だが、それでも。

 「ちっ!?」

 幾つかの雪玉が、体を掠めていく。

 低レベル呪文故の、「焦点の誤差」だ。本来単焦点型の追尾(ホーミング)型魔法はこちらのアバターの中心点を過たず狙い撃ってくるのだが、低レベルの場合はその追尾性能の弱さ故にこの誤差が生じる。本来ならすべての攻撃が狙い通りの軌道を描かないという欠点なのだが、それは俺のような回避型のプレイヤーにとっては全てを躱させないというアドバンテージとなる。

 勿論掠った雪玉が幾許かの削りダメージは、単体では気にするほどの分量では無い。
 しかし問題は、それだけではない。

 (っ…!? 連続で使えるのか……っ!)

 あちらが続けざまに連続して魔法を唱えているのか、絶え間なく攻撃は続いてきたのだ。ちらりと目線をやると、女はいかにも魔法使い然と杖をこちらにつき付け、絶え間なく唇を動かし続けている。その視線からは、俺を捕えて逃がさない気がまんまんなのが容易に読み取れた。

 (ちっ……、仕方ない!)

 無傷で距離を詰められはしないだろうが、ある程度の直撃のリスクを負えば、いける。

 絶え間ない呪文の、あって無いかのようなほんのわずかな隙……女の、「息継ぎ」。その一瞬の隙に地面をを蹴って加速して、一気に目の前へと肉薄する。繰り出すは貫手、《エンブレイサー》。

 「はっ!」
 「―――!」

 だが、それはものの見事に躱された。

 ローブを纏ったピュアメイジといった風貌から回避能力はさほどでもないと踏んでいたが、どうやら見くびっていたらしい。相手は軽快な動作で跳び退るとともに、システム認識ぎりぎりの音量での呪文詠唱。再び一音節で召喚された泥の壁が、俺の跳躍からの追撃を阻む。

 (今度は、騙されない!)

 先の失敗を生かして、回り込んでの攻撃をすべく泥壁を避け、

 「っ!?」

 足に衝撃を感じてつんのめった。今日見たばかりの水属性の移動阻害魔法、水の蛇(このころはこのスペル名が《アクアバインド》ということも知らなかった)だ。だが、その詠唱は先の大戦の時に見たところ、そこそこに長かったはず。この女、あの一瞬でそれをこなしたというのか。

 驚愕したものの、左手を咄嗟に地面に付いて転倒によるダメージを回避。
 と同時に、右の指を揃えての手刀で水の蛇を断ち切る。
 あの世界で鍛え上げられた判断力の賜物、その間一秒もかかっていなかっただろう。

 だが、それでも。

 「くっそ……!」

 それが大きな隙であることには違いない。
 来るであろう強力な攻撃呪文を迎え撃つべく敵を見て、

 「っ、くおっ!?」

 何度目かの驚愕に声をあげた。

 目の前にあるのは、無数の泥の壁。不自然に佇立した人間大のその障害物は、俺の攻撃をたびたび挟んだあの魔法だろう。つまりさっきの一瞬で、あの女が連続してこれだけの泥壁を出現させたことになる。どんだけ早口言葉が得意なんだ、あの女は。

 驚く……が、これは。

 (……好機!)

 敵さんがなんの為にこの泥壁の林を出現させたかは、分からない。
 だが、これだけ遮蔽物、足場があれば、俺にとって状況は格段にやりやすくなるだろう。例え身を隠す目的でこの泥壁を作りだしたのだとしても、俺の『索敵(サーチング)』スキルは謎のSAOデータ引き継ぎによって既にマスターに達している。例え探索生物(サーチャー)を呼べずとも、この至近距離ではなんの問題も無く敵を見つけ出せるはずだ。

 スキルを発揮しようと、耳を澄ますように独特の感覚を呼び起こそうとして、

 「っ!?」

 体を吹き抜けた風が、全身を震わせた。 

 突如現れたそれは、氷の竜巻…とでも表現するべき、極寒の風。
 回避しようにも、周囲一帯を包み込むように吹き荒ぶ、巨大な範囲攻撃。
 なんの魔法も使えない俺では避けも防ぎも出来なければ、轟音でまともに索敵さえ行えない。

 (っ、打てる手が、ねぇ……!)

 ALOに入ってまだ日が浅い俺は、そこまで高位の装備は持っていない。
 首都で買った革製コートは防御力こそそれなりだが、対寒、対魔法効果は薄かったようであっという間にHPが削られていく。手持ちのアイテムもクエストで得たそれはほとんどが換金してしまっており、このような状況に対応できるものはない。

 HPの残量はもう五割を割っている。
 既に、黄色の注意域。

 (……時間は、無い!)

 足に力を溜め、低空の跳躍。
 遮蔽物を足場にして次々に跳躍、必死に泥壁の影を視界に入れて敵の姿を探す。

 いない、いない、いない……いた!

 無数に乱立する泥壁のひとつに、隠蔽(ハイディング)の基本に忠実に壁を背にした姿。掲げた杖は先端の水晶が青色の輝きを放ち、周囲一帯を包み込む巨大な吹雪を生み出し続けている。その雪風の影響か、向こうはまだこちらに気付いてはいない。

 待つ時間は、ない。

 「おおおっ!!!」

 叫んで、壁を蹴る足に渾身の力を込める。

 弾丸のように加速する体が、女へと襲いかかる。
 気がついた女のその細い目の視線が、俺の視線と交錯して。

 「―――」

 唇が、一音節を紡ぎ。

 「ぐあっ!!?」

 鋭く突き出された杖の先端が、俺の腹部を捕えてそのまま回転、俺を地面へと叩き付け。
 同時に生じた水の蛇が、俺の四肢を拘束した。

 HPがレッドゾーンに突入した俺に、女が左手で杖を突き付ける。

 『―――貴方は、この世界では無知に過ぎる。私の杖は古代武具級(エンシェント)預言者の双玉短杖(プロフェット・ツインロッド)。両端の宝玉の色に対応する魔法の初級呪文の、「ショートカット」をそれぞれ一種類登録できる武器です。知っている人はこの装備の相手にスピード勝負を挑もうとはしません』

 女……ブロッサムは、杖を突き付けたまま、左の手首についた腕輪を右手で叩く。それが合図らしく、俺に向けてのメッセージウィンドウが表示される。まだ決闘(デュエル)中なのにその余裕は、四肢を縛る水蛇が俺の力では破れないからか。

 「くっ……」

 振り切ろうとするが、やはりそれは力だけじゃどうにもならないか。
 もがく俺の前で、なおも彼女は言葉を打ち込む。

 『登録していたのは、《アクア・バインド》と《アース・ウォール》。土属性の防御魔法が、初級のものでも打撃に強いことを知っていれば、初手で打撃を加えようとは思わなかったのでは?』

 ただただ、淡々と。

 『そんなザマで、一人旅など可能なのですか?』

 言葉を。

 『貴方を支えてくれる方がいたからこそ、貴方がいるのではないのですか? 後ろからの援護を、或いは肩を並べて戦ってくれる方が、或いは世界を超えて祈ってくれた方が、いたのではないのですか? 今の貴方は、弱い。だが、それでも貴方がこの世界を廻るのなら』

 目線を、こちらに向けたままで。

 『助けを。支えを。貴方は求めるべきです』

 そして俺は、もがくのをやめ。

 「……降参(リザイン)……」

 歯を食いしばって、呟いた。
 同時に、あるはずのない、苦い血の味が口に広がる錯覚。

 それは俺がこのVRワールドで久々に味わった、敗北の味だった。

 俺はこの世界でもまだ、弱いまままだ。
 解放された右手で頭を抱えて、空を仰ぐ。

 そんな俺の、上に。

 『それでいいのです。……貴方はまだまだもっと「先」へと行くべき方であるのですから』

 初対面とは思えない、ブロッサムのメッセージが瞬いた。
 
 

 
後書き
 文章中のシドさんのバトルの勝率を計算したら、すごいことになりそうな予感。 
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