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ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

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ALO編
  episode4 魔法の世界の洗礼2

 「シードさーんっ!」
 「またかよ……」

 呼びかける鈴が鳴る様な美しい声は耳当たりの好い響きをもった優しげなもの。
 決して悪いものではないのだが、ここ数日毎日のように聞き続ければさすがに飽きてくる。

 目指していた場所の名前は、プーカ領に入る前に寄った中立村『ブレーメン』。プーカの首都にほど近いだけあってNPCもプーカが多く、ゲーム内時刻は夕刻にも関わらず賑やかな場所であり、さらに言えば俺がプーカ領の探索を行うための最後の拠点の村にしていた場所……なのだが、残念ながら今日はその場所に辿り着くことはできなかった。

 (いや、今日()か……)

 胸中でやれやれと溜め息をつく。俺が拠点をこの村に移したのがバレてからのアイツの連日の待ち伏せ具合は、それこそ『空飛ぶ狩人』に勝るとも劣らない執念を感じるぞ。

 「待ってましたよー! 今日、これからお時間ありますかー!」

 上機嫌に呼びかけてくるのは、ショッキングピンクの二つ結びと流行を三十年くらい間違えたような瓶底眼鏡のプーカの女性プレイヤー……言うまでもなく、モモカだ。情報引き出しついでにいくつかのダンジョン探索に付き合ってもらったのだが、その過程で俺がその内プーカ領を出ると洩らしてしまったのか運のツキだった。

 本来は「そこでオサラバ」の意だったのだが、なにを勘違いしたのかこの女俺と一緒についていく気満々になっているのである。置いていかれないようにか連日午前中からログインして張り込みやがって、こいつリアルでちゃんと仕事なり学生なりしてんのかと内心で突っ込んでおく。俺も人のことは言えないかもだが。

 とにかく、そうやって俺は、彼女を敬遠し続けていた。

 (……なんでだろうねー……)

 敬遠していたのだが、「なぜ」と言われると正直はっきりと理由が浮かばない。

 頭ではこの世界に詳しい人間に尽きてきてもらった方がいい、と分かってはいた。であるにも関わらず頑なに彼女を……いや、「同行者」という存在自体を、俺は遠ざけ続けていた。なぜかは、俺には分からない……というか、分かりたくないのだろう。

 だから彼女も、最終的には時を見ておいていくつもりだった。

 だが、俺は失念していた。
 こちらが物事を考えている暇があるということは、相手も同じ時間が与えられているのだ。

 「今日は、特別ゲストだよ!」

 モモカの話は、いつものしつこいセールストークを聞くだけでは済まなかった。
 突如、目の前に表示されるシステムメッセージ。

 ―――Blossom is Challenging you.

 モモカの横に、魔法のように雪が渦巻き、その竜巻から一人の女が浮かび上がる。氷雪系の魔法による隠蔽で隠れていたのだろう、長身の女。そして伝わったシステムメッセージは、その相手が前触れなく俺に決闘(デュエル)を挑んできた合図に他ならなかった。


 ◆


 彼女の見た目を一言で表すなら、「大人の女」と呼ぶのが最も相応しいだろう。背丈は(本人は認めたがらないだろうが)小柄なシドのアバターよりも十五センチは高い。硬質な輝きを持ったショートカットの上にいかにも魔法使い然とした三角帽子を被り、メリハリの効いた体ををセンスの良い模様の入ったローブで包んでいる。手には両端に黄色と青の水晶の嵌ったステッキ。

 誰が見ても一見して分かる、純魔法戦闘型の装備。
 そして、その種族は。

 「鍛冶妖精(レプラコーン)、か……」

 シドが呟く。

 特徴的な金属光沢のをもつその髪は、音楽妖精(プーカ)と同じく非戦闘系の種族であるそれのものに他ならない。帽子のつばの下から覗く目は随分と細く、そのせいで思考や感情はおろか瞳の色を判別することさえ出来ない。

 と、彼女の左手が素早く動いた。同時に表示される、シドにとっては初めてみるウィンドウ。見たところそれはどうやら彼女の持つ特殊なアイテムの効果らしく、右手首の腕輪から広がった画面が周囲のプレイヤーに見えるようにそのウィンドウを広げる。

 書かれているのは、

 『貴方はこのまま他種族領へ行けば、死にます。魔法やこの世界の仕組みについて、貴方は知らな過ぎます。どうやらそれすらわかっていないようなので、今回は身を以てそれを学んで頂く所存です』
 「……随分と言ってくれやがるなオイ」

 分かりやすい挑発だった。
 このフルダイブ環境でタイピング会話というアナログなプレイングを、シドが鼻で笑い。

 『()()()()との違いを、貴方は理解すべきです』

 続けて表示された文字に、その笑みが固まった。


 ◆


 あの世界。
 こいつは、知っている。俺の、正体を。

 反射的に、俺は決闘の申請を受けていた。

 俺のリアル……いや、SAOでの情報が割れている以上、ここでむやみに逆らうのは得策ではない。こちらの素性が知られており、相手の素性が分からないこの状況では、簡単に相手の機嫌を損ねるような迂闊(リスキー)な行動はとれない。

 ならば。

 (……最善は、相手の正体を探ること、か)

 相手の意志に従い或いは、従う振りをし……つつ、相手を特定する。
 その手段は、困難ではあるが、なくはない。

 実際に戦闘して拳を交えてみるのが、今できるその手段の一つ。相手があの世界のシドを知っている……つまりは俺と同じ『SAO生還者』であるならば、その戦闘スタイルから何か分かるかもしれない。

 そして、そんな打算のほかに、もう一つ。
 あんなにあからさまに挑発されて、引き下がる理由は今の俺にはない。

 (そう言えば、『全損モード』での決闘は、二回目、か……)

 互いに無言のまま始まる、決闘開始のカウント。
 減っていくカウントに、微かな感慨を感じる……が、それも途中まで。

 カウントが残り三になったあたりで、俺の思考が切り替わる。同時に、もうすっかり体に馴染んだ構えとなった、両手をだらりと下げた姿勢をとる。夕日は既に、幾筋かの残光を残して地平線へと落ちている。もう少しすれば『暗視』のスキルが必要になるかもしれないが、まだ視界が悪くなるほどではないし……そこまで長引かせるつもりもない。

 「はっ!!!」
 「……!!!」

 表示される、DUELの文字。
 と同時に、一気に地面を蹴っての加速。

 だがその突進は、

 「っ!?」

 接敵の目前で阻まれた。

 「呪文(スペル)、か……!」

 俺のスピードでも、相手が一音節早口で呟くのには敵わなかった。生じたのは、縦横共に人間大の、地面から伸び出た泥の壁。防御を得意とする土属性の魔法の、初級の防御呪文だ……が、初見の俺には咄嗟にそれを理解できない。咄嗟に、突進の勢いを回転の力に変えての回し蹴りを打つ。

 (くっ、硬い……!)

 泥壁くらいはあっさり砕けるだろう考えたものの、その防壁は予想外の硬さで俺の脚の一撃を、罅割れつつも防いだ。舌打ちして一旦突進の勢いを殺し、回転の勢いを生かした手刀……《スライス》と呼ばれた一撃で壁を破る。

 ……ああ、何故俺はこの時、この壁を迂回しようと思わなかったのか。

 「っ!!?」

 壁を砕いた瞬間に見えたのは、女の周囲に浮かんだいくつもの雪玉。
 ゆらゆらと揺らぐそれらは、空中で一瞬だけ制止し。

 『予想通りですね』
 「っ、うおおっ!!?」

 直後、無慈悲なウィンドウの言葉と同時に俺目掛けて一斉に殺到してた。

 
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