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私は何処から来て、何処に向かうのでしょうか?

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第5話 待って居たのはイケメン青年ですよ?

 
前書き
 第5話を更新します。

 次回更新は6月5日。『ヴァレンタインより一週間』第20話。
 タイトルは、『有希の任務とは?』です。

 その次の更新は6月9日。『蒼き夢の果てに』第63話。
 タイトルは、『龍の巫女』です。
 

 
「ここは……」

 突如変わって仕舞った世界の雰囲気に少しの驚きを感じながら、周囲を見回す兵藤一誠。
 そう。ここは……。

 薄闇に支配された、独特の臭気の漂う空間。
 洞窟の中心らしき場所に一人立つ一誠。地面や壁。そして天井に至るまですべて、むき出しの岩肌。

 先ず傍に居たはずの金ウサギの姿は見えない事から、このギフトゲームに参加資格を得たのは自分一人だと言う事も確認出来る。そして、ギアスロールに記された黄泉比良坂(よもつひらさか)の地名から推測するに、ここは地下に広がる洞窟だと思われる場所。……だと考えるのが妥当なのだが、見渡した範囲内には光源の類を見つける事は出来なかった。しかし、それでも尚、ぼんやりとしたかすかな光を彼の双眸は感じて居た。

 丁度一周分、周囲を見渡した後、強く首肯く一誠。
 雰囲気としては、都市の地下を走る下水道に近い雰囲気。しかし、足元に流れる水など存在する事もなく、むき出しの岩肌と、四方から這い出して来るかのような濃く澱んだ霧のみが存在する場所。

 そうやって、一誠が結論を出した正にその刹那。
 刹那!
 彼の背後に発生する巨大で凶悪な(コスモ)

 そして、一誠が振り返った瞬間に襲い掛かる何モノか。
 その黒き身体に存在するふたつの首より吐き出される炎の吐息が、彼の身体を焦がし、そして、一誠の身体など容易く引き裂くであろう鋭い牙が――――。

 しかし!
 一誠の腕が一瞬の煌めきを放った瞬間、彼に襲いかかろうとした数体の巨大なオオカミに似た何かが、一瞬の内に吹き飛ばされる。
 そして、

「ライトニングプラズマ」

 一瞬の内に獅子の星座を象った聖衣を纏った一誠の口から、地獄の番犬たちを屠った技の名前が、再び呟かれた。
 その瞬間。再び、煌めく光の断線が放たれる!

 その断線に貫かれ、身体を構成する呪力を大量に撒き散らせながら大地に倒れ、そして、徐々に薄れ消えて行く黒き双頭の犬たち。

 そう。十二人存在する黄金聖闘士の中でも最速の拳を持つとされるしし座の黄金聖闘士の技は正に光速の拳。更に、それぞれの小宇宙(コスモ)を使用した特殊な攻撃を行う聖闘士が多い中で、ただひたすら己が拳を高める事により、究極の黄金聖衣を纏う事を許されたその拳は、正に聖闘士最強と言っても過言ではない。
 その技を完全に会得した一誠に取って、この程度の背後からの攻撃など、不意打ちには値しない。

 再び、周囲を見回した少年が、そして、その一瞬後に、ひとつの方向に視線を定める。
 その方向。濃厚に立ち込めた霧の向こう側に、黒々とした瘴気が渦巻く暗黒の先に……。

 そうして、(きびす)を返した一誠が、その見定めた方向。更に、地下深くへと進む方向へと歩みを進めて行った。

 そう。彼……一誠の小宇宙が、そちらの方角から伝わって来て居る異界の気配を察知していたのだ。
 そして、同時にその異世界の気配に纏わり付く、死の臭いも……。


☆★☆★☆


 目前に迫った牙を軽やかに躱して、首の付け根に、ほぼ反射だけでナイフを突き立てる。
 刹那、激しく首を振った双頭犬が、涎と、そして紅き血潮(呪力)をばら撒きながら、縁間紡の振るった刃から身を振りほどこうと、強くもがいた。

 たくましい四肢。その大きさは、明らかにオオカミのそれさえも上回り、おそらくは虎やライオン以上の体格を示す。毛並は黒。しかし、ふたつに分かれた頭部が、彼らの異常さを示して居り、
 更に、周りに振り撒かれたはずの紅い血潮も、その一瞬後には、痕跡を大地から発見する事は出来なく成って居る。
 そして何より、どんなに接近したとしても。例え彼らに直接触れる事が出来たとしても、彼らから、通常の動物より感じる体温を一切感じる事は出来なかった。

 そう。彼らは、通常の理の中に存在する生命体ではない。

 周囲には、この場所に召喚された途端に襲い掛かって来た双頭犬の死骸が累々と存在し、更には大きな傷を受け、後ろ脚で空を蹴り、前脚を苦しげに痙攣させ、口からは瘴気を吐き出しながらも未だ、紡に対する攻撃を諦めていない猛犬たちが横たわる。

 この攻撃が、彼ら自身の意志か、それとも、何者かに操られているのかは定かではないが……。
 いや、既にフルムーンレクトで、正気に返す事が可能か試して効果が無かった以上、操られていたとしても、それは紡の能力では正気に返す事が出来ない相手からの支配だったと言う事。

「ここは魔物の巣窟……」

 我知らず、独り言のようにそう呟いた紡の背後に、再び、巨大な黒い物体が影を落とした。
 振り返った紡の視界に映った黒い影は、彼の想像以上に大きく、一瞬、その視野を完全に塞がれる。

 刹那、身体を鋭く捩った紡の目の前に顕われる光の壁。
 そして、必殺の間合いに因り振り下ろされる黒き旋風!

 しかし!
 そう、しかし! 一瞬の光輝の後も、其処に存在する光の壁。
 リバースパイクバリアが、新たに顕われたミノタウロスの重く、そして鋭い戦斧に因る一撃を完全に防ぎ切ったのだ。

 そして、その瞬間に発せられる轟音に等しい咆哮。いや、断末魔の絶叫が地下に広がる洞窟内の壁に激しく反射した。
 そう。先ほどまで確かにナイフの形をしていたウルトラブレスレットが、今度はブーメラン型へと形を変え、ミノタウロスの分厚い背中を脇腹から肩に掛けて一気に斬り裂いたのだ。

 斬り裂かれたミノタウロスの背中より噴き出した呪力が、紅き霧と成って、周囲の状況を一層、凄惨な物へと移行させて行く。

「ここの邪気は濃すぎる。これが、禍津霊(まがつひ)と言う連中の発する邪気と言う物なのか」

 ギアスロールに署名した瞬間、移送された場所での戦闘。それだけでも、このギアスゲームの危険性が判ろうと言う物。
 まして、周囲には扉らしき存在は見えない以上、本当のゲームが開催される場所は、ここより更に奥と言う事に成る。

 しかし……。

 先ほどまで呪力を撒き散らせながらも、其処かしこに存在していた双頭犬や、ミノタウロスの死骸が何時の間にか薄れ、そして消えて行ったこの地下洞窟内を一周分、見渡す紡。
 そう。確かに、顕われた魔物を一度は倒す事が出来た。しかし、彼らの持つ怨念にも似た強い邪気が、未だ其処かしこに残って居る事を紡は感じて居る。いや、一度倒したが故に、更に強い邪気を発するようになったように感じても居るのも事実なのだ。これを、どうにかしない限り、この魔物が次々と顕われる状況を変える事が出来はしない。

 それならば。
 両手を広げ、大地から。そして、世界から集めた気を自らの胸の前で気を練るような仕草を行い、

「ルナファイナル」

 そう短く呟かれた後に放たれる青い光の波。その青い光が周囲に放たれた瞬間、地下に広がる洞窟内に強く蟠っていた邪気が一掃される。
 しかし……。

「矢張り、無理か」

 しかし、直ぐに、そんな行為が焼石に水で有る事に気付かされる紡。
 そう。浄化すれば浄化した分だけ、更に洞窟の奥深くから流れ来る霧に乗り、邪気が流れ来るのだ。これでは意味はない。

 それならば。

「最初に奥に向かい、その扉を閉じる。それから、この洞窟を浄化する」

 強い意志の元、眦を上げた紡は、闇より深い黒に彩られた洞窟の奥を瞳に映した。
 其処は、瘴気が渦巻く暗黒の地。光の戦士の魂を受け継ぐ紡には、そう感じられる場所で有った。


☆★☆★☆


 奥に進めば進むほど上下左右を閉ざす岩盤は狭められ、場所によっては立って歩けないほどの大きさに成る事も有る。そして、洞窟の奥の闇より流れ来る霧は、腐臭と湿気。そしてそれ以外の嫌な雰囲気を含み、美月たち、一行の周りを覆い尽くそうとして来るかのようで有った。

「この洞窟が、さっき空中からいきなり現れた契約書類(ギアスロール)に書かれた『黄泉比良坂』だって言うの?」

 美月が先に立って歩くハクに対して、そう問い掛ける。
 周囲は不気味な霧に覆われ、美月の声以外には、二人の草履が立てる足音と、ハクが動く度に発する鈴の音だけが響く世界。

 しかし、その静寂の世界の中に微かに感じる異質な気配。
 霧は濃く、少し距離を開けた先の状況さえ掴む事も出来ない空間内に感じる異様な気配は、先ほど美月たちを襲って来た魔物たちと、同種のモノだと美月にもはっきりと断言する事が出来た。
 そう。ヤツラは、未だ直ぐそこに居るのだ。

「この霧は、天之狭霧神(アメノサギリ)(わたくし)が生まれた国の霧と境界線を司る神格です」

 微かな鈴の音色と共に、ハクはそう呟く。但し、この神さまは元々境や峠を意味する神であった気配も有るのですが、其処に漢字で『狭霧』を当てた為に霧を司る、と言う神格が追加された可能性も有りますが。……と、付け加えた。

 もっとも、山の峠に霧は付き物。そして、その登り切った場所を境界線とするのなら、この神が境界線を司り、そして、其処に霧が顕われるのは、差して不自然な事ではない。

 そうして、更に続けて、

「この洞窟は黄泉之穴。そして、かつて伊弉諾の命(イザナギのみこと)が黄泉の国の軍団を振り切った事でも有名な黄泉比良坂だと思います」

 ただ……。
 ただ、ハクと美月。そして、彼女らの足元をちょこまかとした足取りで進む白猫のタマの周囲のみ、何故かその乳白色の霧は存在せず、洞窟の中に相応しい暗闇のみが支配する空間と成って居る。
 そう。それはまるで、この霧自体をこのふたりと一匹が拒絶しているかのようにも感じられる、奇妙な現象。

 そして、

「この道を進んで行った先に、さばえなす悪しき国の門。邪しき鬼(あしきおに)の来たる穴と称される黄泉の国の入り口。千引きの大岩が存在するはずです」

 そう、黄泉の国。根の国。根の堅津の国(ねのかたづのくに)などと称される場所。神話によれば、悪霊邪気の根源とされていたり、王権の根拠となる刀、弓矢、琴を授けてくれたりする、記述によって表現がまちまちな人間界(現実界)に隣接する異世界の事。
 いや、ニライカナイと同じ物とする説も有りましたか。もしかすると、少彦名命(スクナヒコのみこと)などとの関わりから、補陀落渡海(ふだらくとかい)ともなにがしかの関わりが有る事も否定出来ません。

 ただ、少なくとも、現在の彼女達の周囲を覆って居る雰囲気は、ニライカナイや補陀落などが発して居る浄土や、祖霊神、太陽が生まれる場所などと言う豊穣や生命の源と言う雰囲気では有りませんでしたが。

 むしろ、その逆の……。

「もし、千引きの大岩の封印が解かれたとするのなら、早急に閉じなければ、黄泉路より数多の悪鬼羅刹がこの世界にあふれ出る事となるでしょう」

 まして、この境界線を示す霧が、もし、千引きの大岩の向こう側から漏れ出して来て居るのだとしたら……。

 同じ方向を臨みながらの会話で有った事を、この時の美月は本当に感謝していた。
 何故ならば、出会ってから今まで、殆んど緊張と言う物を感じさせられた事のないハクの言葉が、僅かに緊張した雰囲気を伝えて来ていたから。
 もし、今の彼女に普段の春の属性の表情が浮かんでいない事が確認出来たのなら……。

 彼女自身がこのまま、この洞窟の奥に向かって進む事が出来なく成る事は確実でしたから。


☆★☆★☆


 一度、人が一人通るのがやっとと言うぐらいの大きさにまで縮まった洞窟が、そこから更に奥に進むに従って徐々に大きく、そして広く成って行く。
 但し、それに比例するかのように、洞窟内(世界)は天井も見えないぐらいに濃い闇に覆われ、冷たい霧に閉ざされ、
 そして、空気が澱んで行った。

 そうして……。

 闇の奥で、何かが吼えている。

 遠雷のような悪しき気配を感じ、先を急いでいた歩みを止める一誠。

 そう。この闇と霧に覆われた世界に召喚された瞬間から感じ続けて来た、空気や霧。そして、世界自体を震動させるような低く、這うような響き。
 一歩。また一歩と進む度に、足元から這い上がり、背筋に冷たい何かを押し当てられるかのような不気味なそれが、徐々にソイツが近付いて来て居る事を知覚出来る。
 そう言う感覚を、今までで一番強く感じたのだ。

 そのギフトゲームの勝利条件。閉じるべき扉と言う物が近い。何故かその瞬間、そう言う確信に近い何かが今の一誠には感じられたのだ。
 そう。これは、五感を越えた第六感に因るもの。但し、この部分を研ぎ澄ます事が、聖闘士としての重要な修行とも成って居る。

 その時。

 足音?

 そう。その瞬間、一誠の耳が追いすがって来る複数の足音を捉えた。
 闇色に染まり、霧に包まれた洞窟内で生者の雰囲気を持つ存在。更に、一人は良く知って居る人物が発するコスモ……と言うか雰囲気を発する人物。
 但し、これは少し不自然。聖闘士として聴覚も当然、常人のそれからは考えられないレベルに鍛えられて居り、更に、聖闘士の修業の中には意図的に五感の内の幾つかを封じる類の修業と言う物も含まれている。

 その一誠が、ここまで接近されるまで気付かないと言う事は……。

 少し、思考の海に沈みかかった一誠が差して待つ事もなく、霧の向こう側から一人の少年が。そして、別の方向から二人の巫女姿の少女と、一匹の白猫が登場して来た。

「一誠?」

 新たなる登場人物の内、以前から面識のある少年、縁間紡と言う名前の転生者が先に声を掛けて来る。
 そう、縁間紡。光の戦士の能力を持って転生した転生者。彼も一誠と同じ箱庭世界の西区画に存在するノーネームのリーダー。
 そして、以前、ギフトゲームで戦った経験のある相手で有った。

「成るほど。お前達もこのゲームに呼ばれたと言う事か」

 一誠とは浅からぬ因縁を持つ紡が、彼と、そして、自らよりも後に、このやや開けた場所に現れた二人の巫女服姿の少女たち。そして、彼女らの足元に存在する一匹の白猫を順番に見つめて、そう問い掛ける。
 但し、一誠。同じ西区画でコミュニティのリーダーを務めている彼の事は良く知って居るのですが、それ以外の少女たちに関しては面識のある相手では無かった。

 その新たに現れた少女たち。金髪碧眼。長い豊かな髪の毛を頭のやや上部で二か所のシニオン。つまり、判り易く言うとお団子状にしてから、緩やかに下方に流した少女。
 そして、もう片方は、黒の長い髪の毛を、そのまま自然と伸ばした東洋風の、正に巫女と言うのは、こう有るべきと言う雰囲気の少女。
 但し、彼女の姿をより深く印象づけているのは、左右で違う瞳の色。右の瞳は黒目がちの大きな瞳で有るのに対して、左目は、まるで赤い血の色をそのまま映しているかのような色で有った。

 ただ、その点を除けば、新たに現れた二人に関しては、間違いなく標準以上の容姿を持った美少女、……と言うべき二人組で有ろうか。

 そうして……。

「初めまして」

 黒髪の巫女姿の少女がそう、言葉に因る挨拶を行った後、彼女に相応しい春の属性の微笑みを持ってその言葉に花を添える。
 その彼女が動く度に、微かに奏でられる鈴の音色。

 そして、その笑顔と声。そして、鈴の音に因って、周囲を包む悪しき気が一瞬だけ払われた(浄化された)かのように、一誠、そして紡にも感じられる。
 いや、この周囲に存在しているのが、本当に魔の物で有れば、その可能性も否定は出来ない。

 何故ならば、鈴の音はもちろんの事、笑顔と言う物も、悪しきモノが嫌う行為で有るのは間違いないのだから。

「こんな場所に現れたと言う事は、君たちもギフトゲームに参加する為にここに集められたのかい?」

 一誠の方が代表するかのように、そう問い掛けた。但し、これは単なる確認作業に過ぎない行為。
 何故ならば、余程の幸運に恵まれない限り、この場に一般人が無傷で迷い込んで来られる訳がない事は、ここまで歩を進めて来た自らが一番良く知って居る事ですから。

「君たちも、と言う事は、あんた達も、ここに入って来た時にギアスロールが降って来たと言う事なのね」

 しかし、答えを返して来たのは問い掛けた相手、黒髪の少女の方ではなく、金髪碧眼、お団子頭の少女の方。
 そして、彼女は更に続けて、

「あたしは、白い光って言う零細コミュニティのリーダーで美月。それで、コッチの黒髪の美少女がハクちゃん」

 こちらはこちらで、かなり明るい雰囲気で、そう挨拶を行う金髪碧眼の少女美月。彼女も悪しきモノに嫌われるタイプの雰囲気を発して居る少女で有るのは間違いない。
 その、美月にハクと紹介された少女が軽くお辞儀を行い、挨拶の代わりと為した。
 それに、彼女は最初の挨拶は先ほど、終わっていますか。

 そのハクと呼ばれた少女の挨拶が終わったのを確認した美月。そして、少しその身を屈めるようにした後、

「それで、このちっこいのが白猫のタマ。一言多いのが玉に瑕だけど、こう見えても、結構、有能なのよ」

 足元でちゃんとお座りの状態で、美月たち人属の挨拶を我関せずの姿勢で聞き流して居た白い猫をひょいと持ち上げて、一誠と、紡の目線の高さで紹介を行った。
 その持ち上げられた白猫と、そして、二人の少年の視線が交わる。

「一言多いのは、美月の方やないか」

 そう言いながらも、持ち上げられたままの姿勢で一誠と紡を見つめるタマ。
 但し、その口調は明らかに疲れた者の口調。確かに、やる気満々の猫と言う存在に出会う事も少ないとは思うが、それでも、この異常な状況に有っては頼もしい限りの反応。
 少なくとも、借りて来た猫状態で、知らない人間の前で萎縮して仕舞うタイプの猫でない事だけは確からしい。

 尚、普通人の場合ならば、猫が急に人語を話し出せば、流石に驚いても不思議ではない状況なのだが、ここはさまざまな種族や修羅神仏が集まる箱庭世界。猫耳少女や、キツネのシッポを持つ少女などが平気で街中を歩いている以上、猫が喋ったとしても驚くに値しない事は知って居る。

 しかし、同時に、このタマと言う名前の白猫が、どの程度役に立つ存在なのかは未知数だとは思っていたのですが……。

「やぁ、もう既に集まっていましたか」

 一同の自己紹介が終わる前。紡と一誠の自己紹介が終わる前に、濃厚に立ち込めた霧の向こう側から掛けられる男性の声。
 声の雰囲気から察すると、これは若い男性。

 そして、

「すみません。色々と忙しかったもので、少しお待たせして仕舞ったみたいですね」

 霧と闇の向こう側、一同が立つ広間の更に奥から顕われた青年。雰囲気から言うと、十代後半から、二十歳過ぎの未だ少年の残り香を感じさせる青年。
 身長は百八十センチメートル程度。頭髪は黒。その黒い髪の毛の額に掛かる部分を、バンダナで持ち上げて瞳に掛かるのを防いでいる。十人中、八人から九人までは美男子だと表現するであろう容貌。
 服装に関しては、濃い緑色のブレザーに白のシャツ。そして、ワインレッドのタイ。スラックスは黒。

 何処にでも居そうな、しかし、簡単に出会う事のないレベルの容貌を持つ青年。

 但し……。
 但し、彼を表現するのは、それだけでは足りない。
 そう、それは戸惑い。敵と感じさせるだけの邪気を放っている訳では無い。しかし、味方なのかと問われると、否と答える。
 堂々巡りの戸惑い。

「お久しぶりですね、皆さん」

 そして、一同の前方、大体五メートルの辺り。ちょうど、小さな祠の存在する辺りで立ち止まり、最初の挨拶を行う青年。……いや、今の挨拶から感じた雰囲気は、青年と言うよりは、少年と表現した方がしっくり来るような爽やかな雰囲気。

 そう。この地下の、異質な空間内に相応しくない爽やかな笑顔と共に発せられた一言。

 しかし……。

「お久しぶりと言われても、アンタに出会うのは、初めてだと思うんだけど」

 しかし、そう問い返す美月。
 そして、それは同時に、一誠にしても。そして、紡にしても同じ感想を抱いた挨拶で有った。

 但し、

「いいえ、私の方には、貴女と、そちらのお嬢さんに関してならば、お会いした記憶は有りますよ」

 そう、青年は、相変わらずの笑みを浮かべたままの表情でそう答える。
 そして、

「例えば、貴女。三娘さまには、一度、煮え湯を飲まされた覚えが有りますし」

 美月を見つめる瞳。優しげな笑みを浮かべた瞳からは一切変わる事もなく、しかし、恨み言に等しい台詞を口にする青年。
 しかし、三娘? これは、三番目の娘を意味する言葉。しかし、美月には姉はおろか、兄も、そして、弟や妹も存在してはいない。

 そうして、その謎の微笑みを浮かべた青年は、疑問符に覆われた美月から、今度はハクの方に視線を移した後、

「そちらの日の巫女のお嬢さんには、一度、生命を救われ――――――」

 先ほどの美月に対した時と同じ雰囲気で、今度はそう告げて来る青年。
 但し、その言葉の底に流れて居るのは、感謝の意などではない。
 これは……。

「でも、その前に一度。そして、その後に一度。合計、二度。貴女、日の巫女のお嬢さんに僕は殺されましたけどね」

 何の気のない自然な会話。しかし……。

 しかし、その青年の一言が、邪気と静寂が支配する空間内で、もっとも大きな異常が、今、一同の前に口を開けた瞬間で有った。
 そう。そして、その異常な雰囲気には、嘲笑と侮蔑と言う、黒き色が着いて居たのだ。

 二度殺された。……と言う事は、この目の前の青年も転生者か。紡はそう考えてから、改めて、青年を見つめ直す。
 確かにこの目の前の青年が、人ならざる気を放っているのは間違いない。

「それでは、もう少しお待ち頂けるでしょうか。未だ、準備が整わない内に、ここまで到着されて仕舞いましたからね」

 爽やかな笑顔と共に居並ぶ一同に対してそう告げてから、足元に存在する祠に向き直るその青年。
 その姿は無防備そのモノ。しかし、敵なのか、味方なのか判らない相手だけに、手が出せないのは事実。

 そう。戸惑うような雰囲気を発する相手。この青年からは明確に敵だと断じられるだけの悪意を感じる事は未だ出来ない。まして、逆方向とは言え、同じように霧の奥から突如現れたハクや美月と名乗った少女たちが、必ずしも味方とも限らない。
 更に、あからさまな敵対行動を取って居ない相手に、コチラから手を出す事は、紡、そして一誠には出来なかったのだ。

 その瞬間。

「極めて汚も滞なければ穢れとはあらじ」

 紡、そして、一誠が手出しを躊躇う中、世界に白い紙が舞う。
 それは、まるで雪のように舞う白い紙。大体、一辺二センチから三センチ四方に刻まれた大量の紙吹雪。

 対して、そんなハクの動きになど気に掛けた風もなく、妙な東洋的笑み(アルカイック・スマイル)を横顔に浮かべた青年が、祠に向かってその手をかざした。
 その刹那、その青年の身長の半分もないような祠が震え出す。
 それは微かな震動。しかし、その振動が紡。そして、一誠が立つ岩盤にまで響いて来る。

 そして、その祠の震動は、今や洞窟……黄泉比良坂全体に共鳴現象を発生させ……。

「内外の玉垣の清浄を申す」

 祝詞を唱え終えたハクが柏手をひとつ。
 その瞬間、美月とハクの周囲から一切の不浄が払われる。そう、これは神道に伝わる禊の空間。
 但し、彼女らから離れた空間に漂う純白の紙片は、見ている目の前で少しずつ穢れを受けて黒く変色して行くのが判った。

 つまり、この空間自体が、それほど穢れに満ちた空間だと言う事の現れでも有る。

 刹那。小刻みな震動を続けていた祠に次の変化が訪れた。そう、徐々にその扉が開いて行き……。

 
 

 
後書き
 次回タイトルは『顕われたのは黄泉津大神の眷属ですよ?』です。

 追記。原作の引用について。
 この『私は何処から来て、何処に向かうのでしょうか?』は読者参加型小説で有り、その参加したプレイヤー・キャラクターの資質によっては原作の引用が多く成る可能性が有ります。
 故に、現在行われている議論の結果如何によっては、即時消去も考えて居ります事は理解して置いて下さい。

 尚、しばらく時間を頂き、原作の技の名前などをすべて地の文の表現のみに置き換えるなどの処置を施し、残す可能性も存在して居ります。 
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