私は何処から来て、何処に向かうのでしょうか?
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第6話 顕われたのは黄泉津大神の眷属ですよ?
前書き
第6話を更新します。
次回更新は、
6月17日。『ヴァレンタインから一週間』第21話。
タイトルは、『真名』です。
その次の更新は、
6月21日。『蒼き夢の果てに』第64話。
タイトルは、『勝利もたらす光輝』です。
刹那。小刻みな震動を続けていた祠に次の変化が訪れた。手を翳しただけで、青年が一切触れる事の無かった祠の扉が徐々に開いて行き……。
その扉の奥から漏れ出して来る、先ほどまでよりも濃い霧。
此の世と彼の世の境界線を示す天之狭霧神が、更に濃く広がり行き、そして……。
この祠が、……扉?
その場に存在した大方の人間が、そう考えた刹那!
祠の震動が更に激しく成る。それは、最早、立って居られないレベルの激震!
そう。祠の震動が洞窟全体に共鳴現象を起こし、周囲を閉ざす壁。いや、大気すらも揺らし始めていたのだ。
そうして、次の瞬間。
世界に、ひびが入った。
そうとしか表現出来ない現象が世界に走ったのだ。
その瞬間が、世界が引き裂かれた瞬間で有った。
「何か居る」
縁間紡が我知らず、そう呟いた。
一瞬の眩暈にも似た衝撃が身体を貫き、世界が変わった瞬間。紡たちが見つめて居る祠の更に霧の向こう側。自らが立つ洞窟内の広間に等しい場所から、やや上り坂になった先に突如現れた巨大な岩。
そして、その向こう側から覗く一対の瞳……。
その瞳が、一同。そして、祠に手をかざす青年の順番に視線を移して行った。
正に、その刹那。
「仕事は終わったか?」
この異常事態を引き起こした謎の東洋的笑みを浮かべた青年の背後に、新たな登場人物が顕われていたのだ。
その青年。見た目は十人並みの容姿。紡や一誠が知って居る現代社会。それも、日本でならば、街へと出て行けば……。いや、学校へ通うようになればクラスに一人や二人は存在している目立たない少年と青年の狭間の存在。つまり、黒髪、黒い瞳。服装に関しても、祠に何らかの術式を行使して居た青年とほぼ同じ物。ただ、最初に顕われたイケメン青年がバンダナを付けて、収まりの悪い前髪を整えて居たのに対して、彼はそのまま。やや、伸び掛けた前髪が、その額を隠していた。
ただ、その両手に革製のオープンフィンガーグローブと言うタイプの、指先を露出した形の手袋をしている点のみが、その青年の特徴と言えば特徴で有った。
そして、その雰囲気さえも、この異世界……根の堅州国が境界線の向こう側からあふれ出して来た場所で有るにも関わらず、一般人としての雰囲気以上の物を感じる事はない。
そうして、祠の封じを破る事により異界を溢れさせた青年から、それ以外の人間たちにその視線を移す青年。
その新たに現れた青年を見つめる一同。帰せずして、その一同と青年の視線が霧に覆われた世界の中心で交わった。
その瞬間。少しため息にも似た様子で息を吐く新たに顕われた特徴のない青年。そんなひとつひとつの所作からも、不自然な点を感じる事はない。
「やれやれ。こんなトコロにまでやって来てお仕事をするとは、ご苦労なこったな」
俺には真似は出来ないけどね、と非常にやる気を感じさせない独り言を呟く青年。
その瞬間にも発せられる雰囲気は一般人。
但し、この場に、本当に何の能力も持たない一般人が現れる訳はない。まして、この異常な事態が進行中の場所に、一般人の雰囲気しか発さない人物が顕われる事に因り、逆に、新たに現れた人物の異常性が際立っているように思われる。
そうして、
「はい、今、丁度終わった所ですよ」
思わず、微笑みを返しそうになる、爽やかな微笑みを新たに現れた青年に向ける、最初から居た謎の微笑みを浮かべる青年。
その答えと、微笑みを面倒臭げに見返した特徴のない青年が、まるで嫌々ながらの雰囲気を発しながら、二歩、彼に近付く。
そして、
「それなら帰るか」
……と、元々居たイケメン青年に告げながら、彼の肩に手を置いた。
それはとてもさり気ない所作。但し、顕われた際の唐突さから推測すると、この青年は何らかの瞬間移動を行う能力を有していると思われるのだが……。
「それでは、皆さん。縁が有ったら、またお会い致しましょう」
本当に、心からそう願って居るかのように告げてから、イケメンに相応しい爽やかな笑みを一同に魅せる青年。
そして次の瞬間、
その場に居たイケメンと、面倒臭がりの青年の姿は完全に消え去っていた。
☆★☆★☆
【ヨ、こ、セ……】
妙な二人組。どう考えても、このギフト・ゲームの主催者の太上老君とは関係なさそうな二人組が消えた瞬間、
紡の足を掴む何か。
その瞬間、身体の奥から、何か非常に大切な物が奪われた感覚と、そして、背筋に奇妙な悪寒のようなモノを感じる。
これは、
「エナジー・ドレインか」
まるで、ぬかるんだ地面。水を張った田んぼか、泥沼に足を踏み込んで仕舞ったかのような異常な感触に、表皮が粟立つような感触に見舞われながらも、宙に浮かび上がろうとする紡。
【YO……こ……セ……】
再び、何処からか。周囲に顕われた何かから、言葉が伝えられる。
そう。それは、空気を振動させる類の普通の言葉ではない。直接心の中に訴え掛けられる【精神の声】。その【声】に纏わり付いた狂気だけでも、容易く普通の人間ならば精神を崩壊させかねないレベルの狂気。
そいつらは、それほどに危険な【声】を発して居た。
しかし!
その彼の行動……宙を舞おうとする行動を見透かしたような正面から襲い来る何か。
いや、それはまるで蛇たち。口々から瘴気を吐き出しながら、紡に襲い掛かる様は、正に悪夢そのもの。
その蛇たちに対して、空手で言う所の掌底打ちと言う形で対応しようとする紡。
しかし、その刹那。
【よ、コSE……】
自らの五感の内、敢えて視覚を封じる事に因って、己の小宇宙を高める方法が有る。
そして、今の一誠が身に纏うのは、乙女座の黄金聖衣。神にもっとも近い男と言われた聖闘士たちが纏って来た聖衣。
【よこ、せ……】
ゆっくりと一誠の両手が合掌の形を取る。そう、右手は仏の象徴。清らかなるものや、智慧と言う意味を示す。片や、左手は衆生と言う意味。その後、その両手を完全に合わせる事によって、仏と一体となる事を示す意味を為す。
そして、その合わされた形から、次に左手をやや上に向け優しく親指と中指を触れ合わせ、右手は正面を向け、親指と人差し指を合わせる印相を示し、
最後に、右手を肩の高さで正面を見せ、左手は手の平を上に向けた。
この印相は、右手で相手に恐れる必要がない事を示し、左手では相手の願いを叶えると言う救いと言う意味を示す。
そう、この印相が示す形は……。
「六道輪廻」
戦場。そして、悪しきモノたちを相手にする際とは思えないほど、穏やかな声、更に小宇宙が発せられた。
その瞬間、一誠の周囲に集まっていた、悪しき霊たちの周囲に浮かぶ、異世界のヴィジョン。
そう、それは六道。
地獄界。陰陽道的には黒で表す世界。尽きる事のない断末魔の恐怖。此処に落ちた者は、未来永劫果てる事のない苦しみに苛まれると言われている。
餓鬼道。餓鬼とは、腹だけが膨れ上がった姿の鬼で、この世界に落とされた者は、食べ物を口に運ぼうとしても直ぐに火と変わり、永遠の飢えと渇きに苛まれる。
畜生道。この世界は畜生の世界。この世界は、自力で仏の教えを得る事の出来ない状態の、救いの少ない世界。
修羅道。阿修羅が住まう世界。常に、戦いと殺戮が繰り返される世界。
人間界。別名、苦界とも呼ばれる世界。但し、唯一、仏と出会える世界とも言われている。
天道。天人が住まう世界。寿命が非常に長く、苦しみも少ない。但し、ここですらも死は免れない。つまり、長い生命を生きるが故に、老い、次の死を迎える際の苦しみ……天人五衰と呼ばれる苦しみは、六道すべての中で一番大きいと言われている。
そして、次の瞬間。
一誠に襲い掛かった、すべての霊体が、それぞれに相応しい六道へと落とされて行ったのだった。
しかし、紡の掌底打ちが宙を舞い、彼に殺到する蛇たちを迎撃する前に、後方から放たれた風と氷が全てを討ち倒して仕舞う。
そして、その直後、何者かが紡の肩に跳び移って来た。
猫?
「兄ちゃん。あいつらには物理や光、闇は通用せんで。不気味な姿に見えるけど、あいつ等は黄泉津大神の眷属。つまり、一種の神や」
まるで体重の無い者のような軽やかな身のこなしで紡の右肩に飛び移った、タマと呼ばれた白猫が、彼の耳元でそう話し掛けて来る。
その瞬間、再び放たれる氷の華。
「まして、ここは人間界と霊界の狭間の世界やから、奴らの物質度は高く、普通の瞳でも見える。せやけど、ホンマは魄だけの存在やから、物理攻撃は無効や」
三百六十度全ての方位に向かって放たれた氷の華が、再び接近しつつ有った禍津霊を瞬間の内に散華させる。
怨嗟と、憎悪の叫びを上げて消えて行く禍津霊たち。
この白猫は、風と水。冷気の属性を自在に扱う存在と言う事か。
漠然とそう考えた紡。確かに、光と物理が封じられた場合、先ほどのパームパンチは通用しない。
おそらく、ヤツの放った瘴気を真面に浴びた上に、本体に触れた瞬間、精気を持って行かれたのがオチで有ろう。
「兄ちゃん、そこで、ひとつ頼みが有る」
再び、全方位に向けて放たれる氷の華。
それと同時に、宙に舞い上がる紡。一か所に留まるのは危険。それに、霊体に直接触れる事はなくとも、奴等の吐き出す瘴気に触れるのは、身体にどんな害をもたらせるか想像が付かない。
その一瞬後、紡が立って居た場所に、周囲から殺到する異常に濃い瘴気の渦。
「ハク。黒髪の巫女さんに光を当てて欲しい。最低でも三方向から」
意味不明な言葉を耳元で告げて来るタマ。但し、今まで、この猫が示した能力は並みの猫が示すそれではない。
ならば!
ハクの張った結界と、邪気、瘴気が渦巻く魔界との境界線上に三枚の光の壁を構築する紡。
その光の壁が発する明るい光が、昏い黄泉に続く道に立ち、何かの呪文を唱え続ける金の髪の巫女と、黒髪の巫女の姿を浮かび上がらせる。
その姿は、邪気と瘴気が渦巻く世界の中心に有るには、あまりにも儚く、そして、清らかな存在で有った。
………………。
間違いない。今ならば確信出来る。先ほど顕われたあの青年を殺した……。倒したと言うのは、彼女たちは悪ではない。
あのバンダナを巻いた青年こそが、この事態を引き起こした存在。そして、おそらく、その後に顕われた皮手袋の青年も、その悪しき事件を起こした青年に関わりが有る以上、善なる存在とは言えないだろう。
そう、紡が感じた刹那。
「六道輪廻」
神にも等しい小宇宙の特殊効果により、禍津霊と呼ばれる小神たちを、その有るべき世界へ送り込みながら少しずつ前進を続ける一誠。
そう。このギフト・ゲームの勝利条件は扉を閉じる事。
それならば、乙女座の黄金聖衣を纏う前に見た霧の向こう側に存在して居る巨大な岩を動かさなければならない。
しかし……。
しかし、大岩の向こう側から発せられた死のイメージと、一瞬、垣間見せた異様な一対の瞳が、少しの不安を感じさせていた。
その刹那。
【かけまくも畏き、伊邪那美の大神】
先ほどまで心の中に届いて居た一種類の【声】……精気を求めてただ襲い掛かるだけの本能に基づく【叫び】などではなく、明確な意志を感じさせる【言葉】が心の中に響く。
但しそれは、一誠の全身の毛を総毛立たせるには十分な威圧感を与える物で有った。
そう。この【声】は危険。本能が、経験が、そして、一誠の感覚すべてが警鐘を鳴らしている。
しかし、それでも尚、繋ぎ留められたかのように足が動かず、危機感だけが大きく成って行く。
その刹那、周囲に澱んだ霧が、じわじわと渦を巻き始める。
そう。瘴気を孕んだ霧の渦巻く様がより緊張感を高め、強制的に恐怖心を植え付けて行くのだ。
瞳を開くべきか?
【黄泉津広殿にいます時になりませる八柱の雷たち、吾が言の葉を聞きて――――】
一瞬の迷いにより発生した空白。その瞬間。
霧の向こう側で何かが蠢く気配がする。
瞬転、一誠の瞑られた瞳ですらも感じられる程の眩いばかりの光が洞窟内を満たした後、弾き飛ばされ、遙か後方の大地に叩き付けられる一誠!
いや、彼だけではない。深き闇の奥。其処から四人に対して光と同時に放たれた黒き何か……、毒蛇は八匹。つまり、一人に二匹ずつの新たな毒蛇が放たれていたのだ。
しかし、そう、しかし!
それ以上の動きが発生する事はない。何故ならば、闇の奥より放たれた毒蛇が、次の刹那には強烈な光輝をはなつ光の帯に因り絡め取られていたのだ。
鱗を軋ませ、光の束縛から逃れようとする度に眩い光が発し、昏い洞窟内に、つかの間の黒と白の拮抗を演出する。
「頭に大雷、胸には火雷、腹に黒雷、陰部には拆雷、左手には若雷、右手には土雷、左足には鳴雷、最後に右足には伏雷。
これが、黄泉に堕ちた伊邪那美の身体に纏わり付いていた、八柱の雷神や」
紡の右肩に存在するタマがそう答えた。
しかし、それならば、その雷神を捕らえている、あの光の帯は一体……。
雷神と言う事は、その動きは正に神速。おそらく、光速に匹敵する速度で飛来したはず。故に、黄金聖闘士の小宇宙を持ち、黄金聖衣を身に纏う一誠ですら対応が遅れ、吹き飛ばされたのだ。
その雷神を互角に押し止めているあの光の帯。その光の帯の発生源。それは……。
その光の行き付く先、放たれた先に視線を送る紡。
そこには、先ほどまでと同じように、三方向から紡の作り上げた光の壁から放たれる光を受け、後方に三種類の影を作り出して居る美月と、そしてハクと言う名前の巫女服姿の少女が立つだけで有った。
いや、その光の帯は、間違いなく、ハクの元から発せられている。
「良く見てみぃや、兄ちゃん」
そう言うタマ。良く見てみろと言われても……。
いや。確かに違和感が――有る。
ハクと名乗った少女の足元から、後方に発生している影。その三種類の影が別々、三種類の動きを繰り広げていたのだ。
「分割思考。高速詠唱。現在、口訣と導引は千引きの大岩を閉じる呪文を行使中やから兄ちゃんらの身を護る為の詠唱を行う事が出来ない。
せやから、自らの思考を分割して、影に導引を結ばせる」
分割思考による呪文の複数起動。能力の高い魔法使いならば、稀に使用可能な存在も居る。
そして、呪文の高速詠唱。これも戦いの場に赴く魔法使い系には必須技能。これを身に付けていない魔法使いも、いくら巨大な魔力を持って居て、更に強力な呪文を行使出来たとしても、詠唱に時間が掛かり過ぎたのでは役に立つ事は滅多にない。
まして、こう言う、初見の場でいきなりパーティを組まされた場合は特に。
そう。大岩の向こう側。タマが言うには黄泉に堕ちた伊邪那美の命の放った毒蛇を抑え込みながら、神の放つ神力に抗する為の強化の祝詞を唱え、自らが敷いた結界を維持する。
更に、あの千引きの大岩を閉じる祝詞も同時に唱えながら。
これだけの事が同時にこなせる魔法使い系の存在には、早々出会えないだろう。
まして、戦闘開始前に敷いた結界で、自分たちの身を自分たちで守りながら、次に雷神が顕われる事も予測して策を打って置く。
しかし、流石に、取り押さえる事は出来ても、完全に無効化。もしくは、消滅させる事は出来ないらしい。
徐々に、身を捩り、その度に蒼白い雷光を発しながら、白い光の帯から脱しようとする雷神。
もし、この戒めを破られると、光の速度に抗する術は、今の紡にはない。
いや、未来予知の能力でもない限り、光速の攻撃を防ぐ術はないだろう。光速の攻撃。それは、つまり、光った瞬間に攻撃が到達していると言う事なのだから。
その瞬間、祝詞を唱え続けるハクを見つめた後、強く首肯く紡。
ゆっくりと両腕を前に翳し、周囲から。そして、何より自らの内から湧き上がる気を集める紡。
そして、大きく下から上に腕を回し胸の前で更に気練り上げて行く。
そうだ。それは、一瞬、一瞬に力を増して行く気功弾。それはやがて、力強い生命力を意味する炎の色彩を帯びて行き……。
そうして、その大きさが一定の大きさを越えた正にその瞬間!
白き光の帯に拘束されている毒蛇に向かって放たれる、超高温にまで高められた炎の塊。
その炎の塊は、放つ光に相応しい温度と、そして破壊の力を秘めて、光の帯に拘束されたまま未だ動けずに居る毒蛇に襲い掛かった!
その瞬間!
炎の塊に包まれた毒蛇が身体全体を反らすように苦痛に吼えたように空中でのたうち、次の瞬間、大地を叩き付けるように落下した。
そして、赤き炎に包まれたまま、大地でも蠢き続けていた毒蛇がやがて動かなくなり、やがて、土へと還って行ったのだった。
大地に叩き付けられた一誠の周囲に、無数の蛇たちが襲い掛かった。
そう、濡れた牙を剥き、鱗をぬめらせ、倒れた一誠の聖衣に護られていない部分を。そして、神の雷を受け聖衣の破壊された部分を目指して殺到して来たのだ!
【くわせろ!】
大地を覆い尽くすかのような蛇たちが、波打ち、そして津波の如き勢いで一誠をそのまま覆い尽くして仕舞う!
生きながら、精気を貪り喰われる激痛に、手放して失った意識を再び取り戻す一誠。
それは最早、物理的な激痛。痛みとも、灼熱とも付かない何かが骨の中心を走り抜け、傷付いた少年を苛む。
こんな場所で果てるのか?
一瞬の内に数度、意識と無意識の狭間を往復し、その度に、彼の岸が近付いて来る事が理解出来た。
しかし、その度に湧き上がる別の力の存在も明確に感じられる。
それは――――
「六道輪廻」
短く、そして、囁かれるように放たれた言葉。しかし、その一言には、今までのそれ以上の何かが籠められて居る。
その刹那、完全に彼を覆い尽くし、すべてを奪おうとして居た蛇たちが、一瞬の内に消し飛ばされて仕舞った。
そう。それぞれがより己に相応しい世界へと、一瞬の内に送り届けられて仕舞ったのだ。
額から血を流し、聖衣の胸当ての部分は大きく破損し、そして、黒く焼け焦げた痕すら存在する身体を引きずるように立ち上がる一誠。その姿は、最早、黄金の戦士と言う存在などではなく、この場所。黄泉の国へと続く道、黄泉比良坂により相応しい雰囲気の存在。
しかし、彼から感じるのは瀕死の人間が放つ弱々しい生命の炎などではなく、生死の狭間を垣間見る事により、より巨大な物となった彼の小宇宙。
傷付き、倒れる度に高められ、生死の狭間を垣間見る事により、更に巨大な物へと成長して行く。それが、聖闘士が持つ小宇宙。
そして、その究極の姿こそが、第六感を越えると言う――――。
第七感。
この能力に目覚めた者は小宇宙を最大限まで高める事が出来ると言う。
但し、それを目覚めさせた者は、数多存在する聖闘士の中でも、一握りの者に限られていると言われている。
正に幽鬼の如く、と言う表現がしっくり来るような雰囲気で立ち上がる一誠。ただ、それも宣なるかな。
何故ならば、彼が受けた雷は、正に神話級の雷。長い年月の間、日本の国生みの夫婦神の別れの部分を彩る神話に登場した神の雷で有る以上、伝えられて来た間に蓄えられた力は計り知れない破壊力を持つ。
その攻撃を受けて尚、立ち上がる事が出来る黄金聖闘士の方こそ、驚愕の瞳で見つめるべきで有ろう。
そして……。
そして、次の瞬間、乙女座バルゴの黄金聖衣を装着した瞬間から閉じられていた瞳が開かれ、白き光の帯に絡め取られながらも、不気味な胎動を繰り返し、その戒めを今にも破らんとする毒蛇をその瞳に映した。
その瞬間。乙女座の黄金聖闘士が持つ奥義が、この邪気と瘴気に包まれた世界を、宇宙の真理。完璧に定められた調和の世界へと塗り変えて行く。
そうして、
「天舞法輪!」
究極にまで高められた一誠の小宇宙が爆発した。
「科戸之風の 天の八重雲を吹き放つ事の如く
朝の御霧 夕べの御霧を」
ハクと共に唱和を開始した祝詞から、徐々に験力が顕われ始めた。
そう。徐々に、千引きの大岩を押し開き、彼方から、此方へと道を開こうとして来た霊力に抗し、押し止めていた力の方が徐々にだが上回り出したのだ。
周囲には、最初にハクが張り巡らせた禊の空間が絶対の神聖防御として存在し、内部に悪意の有るモノたちの侵入を防いでいる。
「朝風 夕風の吹き掃ふ事の如く、大津邊に居る大船を舳解き放ち、艫解き放ちて」
唱和される祝詞が続く。
そして、これで、風、火までの祓いは終わった。
刹那。禊の空間と、そして、現実界との境界線上で、異音が起きた。
これは、無意味な突撃を行った蛇、……さばえなす悪しき霊が弾かれた時の音。そして、隣にて印を結び、自分と同じように祓いの祝詞を唱和し続けて居るハクが、その禊の空間を維持し、更に別の術も同時に行使し続けている事は美月にも理解出来た。
「大海原に押し放つ事之如く 彼方之繁木本を」
水の祓いが終了し、更に土の祓いに移った瞬間!
凄まじい……と言うのも馬鹿馬鹿しい程の圧倒的な神力が闇の奥より、直接、美月と、そして、傍らに立つハクに対して浴びせ掛けられる。
そう。心を萎縮させ、魂を砕き、絶望を押し付けて来るかのようなその感覚。
そして、それは当然。
何故ならば、この闇の向こう側。千引きの大岩の向こう側で、大岩を今まさに開こうとしているのはまさしく神。元々は国生みの夫婦神の一柱。そして、死す事により、黄泉津大神と呼ばれるようになった伊邪那美の命本人で有る可能性が高いのですから。
しかし、
しかし、美月の心は、その程度の事では動じはしなかった。
そう。普段のように、心の中にのみ存在する弓をイメージする。
「焼鎌の敏鎌以て打ち掃う事の如く」
唱和の声がひとつ響く毎に、
一柱の雷神が滅せられる毎に、ゆっくりと動いて行く千引きの大岩。
そう。その一瞬一瞬が、世界の理が、元の人間界の理へと書き換えられる瞬間で有ったのだ。
手にした矢を頭の高さへと掲げ、それをゆっくりと降ろして行きながら、弦と弓との間を押し広げて行く。
そう。正に、気が張り詰めるその瞬間。
昔。本当に、何時の事だったのか忘れて仕舞うほど前に誰か。おそらく、自らの弓の師で有る父親に教えられた言葉。
弓は放つのではなく、矢、自らが離れる、のだと言う瞬間を待つ美月。
「遺罪は不在と、祓給ひ清め給事を」
刹那。張り詰められた弓から、矢が離れる瞬間が訪れた!
美月の周囲の空間が、一瞬の内に清浄なる空間へと変ずる。
そう。これはハクが作り上げる禊の空間と同種の物。神道が作り上げる絶対の神聖な空間。
そして、その瞬間、紡が作り上げた光の壁以上の。いや、闇夜が白く塗り潰される程の光輝が世界を支配したのだった。
後書き
少し体調が悪いので、次回の『私は何処から来て、何処に向かうのでしょうか?』は一話分だけ、更新を休みます。
まして、関係するすべての原作をあらすじなどに明記する形に成ると、この作品はあらすじに原作を大量に並べる必要が有るので……。
利用規約がどのような形で変わるのか様子見をしたいのですが。
尚、現在は第9話まで仕上がって居ます。
それでは次回タイトルは『最後は封印して終わりですよ?』です。
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