私は何処から来て、何処に向かうのでしょうか?
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第4話 助っ人は二人の転生者だそうですよ?
前書き
第4話を更新します。
尚、この4話より、暁にて公開中のスラッシュさんの『転生者たちが異世界でギフトゲームをするそうですよ?』の主人公、縁間紡さんと、
ヘルメスさんの『ハイスクールD×D~聖闘士星矢好きの転生者~』の主人公兵藤一誠さんがゲストとして登場致します。
夕食の後、自らの鍛錬を開始するまでの僅かな時間。
魔王に旗と名前を奪われた小さなコミュニティ。其処の新たにリーダーと成った青年。縁間紡が、自らに宛がわれた部屋に右脚から踏み込もうとした。
その瞬間、その強い光を持つ瞳に、微かな戸惑いの色が浮かんだ。
そう、その部屋。大体、六畳間程度の広さの部屋の壁側に簡素な寝台。そして、中庭とは名ばかりの、手入れのされていない荒地を望む窓の下には、これまた簡素な造りの事務机。その隣には未だ中身の乏しい洋服ダンスが存在しているだけの、非常にシンプルな……かなり生活感の薄い部屋で有った。
その部屋の事務机の上。朝、開け放したままに成って居た窓から緩やかに流れて来る風に少し煽られるように動く、見慣れたその羊皮紙。
これは……。
「これは、契約書類ですね」
突如、紡の背後から覗き込むようにして、そう彼の独り言に等しい呟きに答える少女の声。そして、未だ実りの多くない、復活させたばかりの土地には咲く事のない花の香りが、彼の横を通り過ぎて行く。
そうして、無造作に、机の上に置かれたギアスロールを手にする紅白ウサギ。
襟とネクタイ。カジノのディーラーが着るような――少しだけ余計に胸を強調したかのような身体の線の出易いトップス。ボトムはミニスカート。両手首を飾るカフス。ガータ・ストッキングにハイヒール。……と言うか、地球世界のバニーちゃんが着るような衣装を身に纏った少女。
但し、彼女のその頭には、どう見ても作り物ではない本物のウサギのような耳がぴょこぴょこと動いて居た。
「あのなぁ、紅白さん」
しかし、そんな紅白ウサギを少し呆れたような視線で見つめた紡が、それでも、気を取り直してそう話し掛けた。
そして、更に続けて、
「何故、紅白さんが、俺の部屋にずかずかと入り込んで来るんだ。ここには、俺のプライベートの時間と言う物は存在しないのか?」
……と問い掛けた。
但し、これは、半ば照れ隠しに等しい一言。確かに、自分の部屋に、勝手に入り込まれた、と言う部分も有るが、実は、それ以上に、この部屋に足を踏み入れた瞬間、その机の上に置かれていたギアスロールに違和感を覚えたのだ。
しかし、その警戒が、どうやら杞憂に終わった事は、紅白ウサギがあっさりとギアスロールを手にした事により証明されたのだから。
ただ、未だ、漠然とした胸騒ぎにも似た焦燥感と言う物が消える事は無かったのだが……。
「普通に歩く時の紡さんの足音と、先ほど、この部屋に入った瞬間の紡さんの足音が違っていて、更に、独り言の中に警戒にも似た響きが有れば、驚いてやって来たとしても不思議じゃないですよ」
しかし、問い掛けられた方の紅白ウサギは、ウサギと言う種族に相応しい赤い瞳を、ギアスロールから紡の方へと移動させ、耳をやや自慢げにピョコピョコと動かしながら、そう答えた。
雰囲気は、先ほど、彼の背後に現れた時と同じ、平静そのもの雰囲気で。
但し、その答えから類推出来る答えが違った。彼女もまた、この妙な胸騒ぎのような感覚を持っていた、……そう言う事だと、その時、紡には感じられたのだ。
故に、周囲を警戒し、普段と違う事態をいち早く察しようとしていた。そして、その時に紡が発した足音や、呟いた独り言に彼女が素早く対応出来たと言う事。
しかし、つくづく、ウサギの素敵耳と言うのは、使い様によっては便利な能力と言う事は確実か……。
そう、結論付けた紡が、再び、紅白ウサギから、彼女の手に持つギアスロールの方へと、その視線を移す。
確かに、自らの部屋に置いて有ったのは妙な話だが、それでも、それ以外は何の変哲もない、今まで目にして来た羊皮紙をモチーフとしたようなギアスロールで有る事は間違いない。
「それで、そのギアスロールには、一体、何と書いて有るんだ?」
それならば、先ずは内容を確認してから、判断する方が良い。そう考えた紡が、紅白ウサギに対して、そう問い掛ける。
但し、もしかすると、内容を読み上げた瞬間、普通のギアスロールが何か別の物に変質する可能性を考慮して、直ぐに対処出来るように身体を整えながら。
そう。この世界の魔王と言う存在の正体が不明な以上、ある程度の警戒を怠る訳には行かない。
「え~と、ですね」
紅白ウサギが軽くギアスロールを一瞥した後に、
「これは、ゲームへのお誘いですね。ゲーム名は『扉を閉じろ』。場所は、黄泉比良坂。主催者は李伯陽。……と成っていますね」
……と、あまり緊張した雰囲気もなく答えた。
確かに、内容に関しては何の問題もない普通の内容。まして、ギアスロールを読んだだけで強制参加させられる類の危険なゲームでもない。
それならば、別に参加しても良い内容。そう考えた紡だったが、その時の紅白ウサギが、彼の考えとはまったく正反対の答えを口にしたのだった。
☆★☆★☆
小さなコミュニティの北に広がる森。
ここが、彼に取って、この箱庭世界に召喚されてからの、新しい鍛錬の場で有った。
両腕を頭の上に伸ばして、思いっきり背伸びをする。未だ紅い色彩の残った空の下、微かな陰影を刻むその顔は、青年に成りつつ有る少年のそれ。
そう。紅から蒼に至る狭間の時間に、青年に成り切れていない少年。この時間帯にこそ相応しい登場人物だと言うべきで有ろうか。
身体はそう大きくはない。有り触れた清潔なノースリーブのシャツ。これもまた有り触れたデニムのジーンズ。但し、夕陽に晒されている肩から腕に繋がるラインに付いた筋肉が。そして、軽く握られた拳の形から、少年がただの少年ではない事が窺い知れた。
しばらく、そうやって雲の流れを目で追っていた少年が、やがて、軽く腕を回した後、柔軟体操を開始した。
そう。未だ身体の整っていない段階で、無茶な訓練を施しても意味はない。先ずは、軽く筋肉をほぐし……。
やがて、完全に全身の筋肉をほぐし終わった少年が、ゆっくりと大きな息を吐き出す。
たったそれだけの事で、その横顔に浮かぶ少年の部分が、漢へと変わって居た。
そして、
両足を軽く肩幅程度に開き、腕は何かの形をなぞるかのようなゆっくりとした動きを繰り返す。
静かに息を吸い、そして吐き出す。
その繰り返し。
瞳を閉じ、自らの中から高まりつつ有る何かを感じるかのように……。
既に、世界は紅から蒼が支配する世界へとその相を移し、少年を取り巻く闇が僅かに上気した身体を冷やす。
刹那。
鋭い呼気と共に、少年の腕が僅かに夜陰に走り、白き複数の断線が世界を貫いていた。
しかし! そう、しかし!
次の瞬間には、少年の腕は最初の位置から数ミリたりとも動いた痕跡を発見する事など出来ず、最初と同じ位置に存在する彼の両腕。
そう。鍛え抜かれたスピードと、的確な動きが産み出す神速の攻撃。
そして其処に、特殊な気を上乗せする事による破壊力の強化が重なる。
その拳は空を裂き、その蹴りは大地を割ると伝承で伝えられる戦士。知恵の女神アテナを護る闘士の魂を継ぐ者。それが、少年の正体で有った。
「鍛錬は終わりましたか?」
躊躇いがちに掛けられる若い女性の声。
但し、少年に取って、その声を聞くよりも早く、彼女の発する雰囲気を感じる事に因って、既に接近して来た事は気付いて居た。
ゆっくりと振り返った少年の瞳に、蒼に支配された世界の中心に、彼女の白い顔が茫として浮かび上がる。
腰まで届く長き金の髪の毛は月光を紡ぎ上げた物の如き輝きを示し、彼女の同族と同じ紅の瞳。但し、月の淡い光の下で輝く金の彩りが、彼女もまた、戦いの世界に身を置く者だと言う事の証明で有った。
そして、これだけは、普通の人属とは明らかに違う金の髪に彩られた長い耳が、彼女の正体を如実に物語って居る。
それは……。
「おう、サンキューな、金ウサギ」
そう軽い感謝の言葉を口にしながら、彼女の差し出して来たタオルを受け取り、身体に浮かぶ汗を拭き取る少年。転生者兵藤一誠。
「相変わらず、凄い鍛錬ですね」
そう問い掛けて来る金ウサギと呼び掛けられた少女。
そう。彼女の瞳には、先ほどの白き光の断線としか捉える事の出来なかった拳の一撃一撃を捉える事が出来て居たのだ。
但し、あれは、少年に取っては、あくまでも軽い鍛錬で有る事も確実に理解している少女では有った。
「未だ未だだな。小宇宙を高めるのに、少し時間が掛かり過ぎて居る」
顔に浮かぶ汗をぬぐい、首にタオルを掛けた一誠が、金ウサギに対してそう答えた。
もっとも、聖闘士として、本当にコスモを燃やす事が出来るのは戦闘時だけ。それ以外の時。それも、呼吸法のみで一気に最高レベルにまで高められる訳がない事は、他ならぬ一誠自身が知って居る事では有ったのだが。
その刹那。
周囲に異質な気が満ちた。聖闘士の発するコスモと似てはいる。しかし、これは少し違う。
但し、悪意は感じない。悪意は感じないのだが……。
ゆっくりと、物理法則をやや無視した形で、上空より降りて来る羊皮紙。いや、これは、羊皮紙に見えるが、羊皮紙などではなく……。
「ギアスロール?」
一誠ではなく、金ウサギの方が、そう驚いたように声を上げた。
そう、それは明らかにギアスロール。但し、今まで一誠が手にして来たギアスロールとは、明らかに現れ方が異質。
ゆっくりと蒼穹と星々の瞬き。そして、月の女神に祝福された世界から地上に降りて来たギアスロールが、一誠の手の中に納まる。
そこに記載されている内容とは……。
「ゲーム名『扉を閉じろ』。
場所 黄泉比良坂
主催者 李伯陽
勝利条件 世界に禍津霊が溢れ出す前に、千引きの大岩を閉じる」
☆★☆★☆
西から吹き寄せる魔風が、乾いた大地の上を西部劇などでお馴染みの回転草と言う草の塊を、コロコロと転がして行く。
そう。風が巻き上げる乾いた砂や、ホコリなどに交じって、かさかさと言う音を立てながら、それでも己の子孫を残す為に、周囲に種子をばら撒きながら……。
成るほど。これが、古い書物や、詩文などに語られる……。
「あぁ、あれが『転蓬』と言う物なのですね」
本当に、珍しい物を見たと言うように、ハクはそう独り言を呟いた。
そして、その言葉の中に含まれるのは、明らかに喜び。知識のみで知って居た物を実際に自らの瞳で確認出来た事に対する喜び。
もっとも、まるで、童女が珍しい花が咲いているトコロを見つけたかのような雰囲気で、乾燥した大地を転がる回転草を見つけて喜ぶのは……。
確かに、彼女が日本出身の人間ならば、そんな物が転がっている状況に出くわす事は早々ないとは思うのですが。
但し……。
「流転して恒の処無し
誰か吾が苦難を知らなんや」
ハクの傍を、共に西に向かって進み続ける美月が、かなり哀しげな言葉の調子で独り言を呟く。
尚、これは魏の曹植の創った漢詩の一節。その現代語訳は、
転がり流れ、定住の場所を持たない。
この私の苦しみを、誰が分かってくれると言うのか。……と言うぐらいの意味。
つまり、先ほどハクが発した台詞は、転蓬になぞらえて、ハクが異世界に召喚された自らの境遇を嘆いた、と美月は取ったと言う事。
何故ならば、転蓬とは、流浪する様や、旅人を指す意味の言葉。根無し草の事ですから。
しかし、
「私を召喚した事を悔いる必要は有りませんよ、美月さん」
それまでと変わらない、長閑な雰囲気でそう話し掛けて来るハク。
そして、
「美月さんが私を召喚出来たと言う事は、私と美月さんの間には、某かの縁と言う物が有ったと言う事の証でも有ります」
美月に対して、春の属性の表情を向けながら、そう話し掛けるハク。そして、何故か彼女の周囲だけ、乾いた魔風が春のそよ風と成り、乾燥地帯に相応しい容赦のない陽光が、春の芽吹きをもたらせる陽光へと変わっているかのようで有った。
いや、彼女が宿した神格が龍。それも、青龍の神格ならば、その可能性も有りましたか。
何故ならば、青龍が支配するのは春。彼女の周囲に満ちる春の陽気は、彼女が宿した神格を指し示しているのかも知れませんから。
そうして、美月の答えも待たずに、ハクは更に続けて、
「そして、私と強い縁に結ばれた人が苦難に有っているのを知らされずに、更に手助けを出来ずに過ごす事の方が、私は哀しいですから」
……と告げて来た。
そして、今度の台詞は、本当に少しの哀の気を発しながら。
そう。そしてそれは、ハクが美月に召喚されてから初めて発した陰の感情。ずっと、幸せそうに微笑んでいたから、そう言う表情をするしかない、と無理に笑っていた訳では無く、本当に笑っていたと言う事。
そう美月が考えた瞬間。奇妙な……。違和感にも似た何かを感じた。
そして、同じように、周囲に視線を送るハクと視線がぶつかる。
これは……。
「あれが怪しいと思うで」
そして、今までハクと美月のやり取りになど、我関せずの姿勢を貫いて、周囲を警戒しながら二人のやや前方を歩いていた白猫のタマが、やや顎をしゃくるような仕草で、有る方向を指し示す。
其処には……。
魔風に晒され、元は、大木の根本にでも造られていたので有ろうと言う、ささやかな祠が存在していた。
いや、違う。かつて、祠で有った物の残骸が、そこに存在していた、と言い直すべき。
そう。かつては神社のそれを模して居たはずの屋根が傾いで完全に外れて仕舞い、木と紙で作られた扉は破壊され、半分は完全に何処かに失われて仕舞っている。
そして……。
そして、其処から垣間見える内部には、ただならぬ闇が……。
「ここは境界線。街道と街道が重なるトコロに植えられた木の根元。其処に造られた、街道を護る祠が何者かに破壊されている」
猫に相応しい身軽さで美月の肩に跳び移り、高所から闇を発して居るその祠の残骸を見つめるタマ。
その表情は猫に有るまじき不敵な表情。
「どうや、美月にハク。あんたら二人なら、ここの危険度は判るはずや」
そう。確かに、タマは根津魅の害に対処していると言って居た。更に、ハクが召喚された際の審神者を務める事が出来る存在。
尚、審神者とは召喚に失敗して危険な神が召喚された場合、巫女の代わりにその神の荒魂を受ける役割を示す者。その役割が出来る存在が、単なる化け猫レベルの存在だとは思えない。
おそらく、名の有る猫神の眷属。もしくは、猫族に繋がる神の眷属で有る可能性が高い。
但し……。
「それでも、このまま、この場所を放置する訳にも行きませんよね」
現在の状況が分かっているはずなのに、まったく恐れる雰囲気のないハクの台詞。
それに、彼女の言葉は真実。西の街道よりやって来る死の魔風を封じない限り、コミュニティの復活は有り得ない。
そして……。
ひとつ深く呼吸をした瞬間、
しゃらん。
彼女が動く度に微かに響く鈴の音が、乾にして滅に支配された世界を、聖にして清の空間へと変貌させた。
そう。神道が支配する禊の空間。
そして、
「いわゆる おきつかがみ へつかがみ やつかのつるぎ」
ゆっくりと彼女の口より流れ出す祝詞。
「いくたま まるがえしのたま たるたま みちかえしのたま」
その内側に凛然とした気を籠めて、その一言、一言が、まるで鋭い刃の如く、世界を切り取って行く。
「おろちのひれ はちのひれ くさぐさもののひれ」
しゃらん。
再び、鈴の音が微かに響く。その瞬間!
破壊され、内部に底知れぬ闇を湛えた空間を垣間見せていた祠の残骸から、仄かな光が発せられ……。
但し、その光がもたらす物は、闇と邪気。
大地を覆う乾いた砂は、その感覚のみを残し、すべて闇へと覆われ、
その闇を踏みしめる足元より這い登って来る瘴気はあまりにも濃厚で有った。
そして、その次の瞬間……。
――――――世界が裏返った。
「洞窟?」
我知らず、美月はそう呟く。
いや、しかし、洞窟と表現するよりは、二人と一匹の前に姿を顕わしたのは、複数の巨岩を打ち合わせて出来た、人一人がようやく通る事が出来る程度の隙間、と表現した方が良い代物。
そして、その重なり有った巨岩同士が造り出す異世界への入り口は、闇に沈み、渦巻く瘴気を吐き出し、その先が何処に繋がっているのかを、容易に想像させる事が出来た。
「道を開く事が出来ましたね」
☆★☆★☆
「このギフトゲームは危険過ぎます」
紅白ウサギが、紡の考えを完全に否定する言葉を発した。
そして、確かに、紡の勘も、彼女が言葉を肯定している。
但し、
「このギフトゲームは確かに危険な雰囲気は有る。しかし、強制参加をさせられる類のゲーム。魔王などが挑んで来るタイプのゲームではないのだろう?」
その、紅白ウサギの言葉を否定して返す紡。
そう。このギフトゲームは、最初に紡が警戒した魔王が主催するタイプのギフトゲームでは無さそうな雰囲気。少なくとも参加するかどうかは、コミュニティのリーダー。このノーネームの場合、縁間紡の判断に委ねられて居ます。
そして、勝利条件に記載されている、禍津霊と言う言葉の不気味さ。どう考えても、光の戦士の魂を継ぐ自分が、この状況を捨て置く事は出来ないのだが……。
それならば……。
「この世界に、黄泉比良坂と呼ばれている場所は有るのか?」
一誠は、自らの顔を見つめる金の髪の少女に対して、そう問い掛けた。
周囲は、既に夜の帳が降りて久しく、上空に顕われた月と、煌めく星の瞬き。そして、一誠の手の中に存在するギアスロールが放つ淡い輝きだけが光源と成って居る。
「いえ、我が主よ。この箱庭世界には、そのような地名の場所は確認されて居りません」
生真面目な口調でそう答える金ウサギ。その口調の中に、僅かばかりの緊張の色が滲む。
ただ、今は地名として存在してはいなくても、この世界に存在する神に等しい連中ならば、新しい戦場のひとつやふたつは、即座に造り出す事が可能だと推測出来る。
ならば、
「その主催者の李伯陽と言う人物について、情報はないのか?」
「Yes.箱庭中枢への問い合わせの結果、その李伯陽と言う人物に関して、問題は一切存在しない事が確認されています」
自慢のウサギの耳をぴょこぴょこさせながら、紅白ウサギは紡の問いに答えた。疑問部分に対する素早い対応。そう言う部分では、彼女の能力は非常に便利な能力で有ろう。
まして、この答えの素早さは、質問が為される事を予め彼女自身が予想して居た事の証でも有る。其処に彼女の能力の高さが示されて居る事は間違いない。
そして、彼女のその特徴的な紅の瞳の中心に紡を捉えた後に、
「姓は李。名は耳。字は伯陽。神仏などではなく仙人。太上老君と呼ばれる仙人です」
……と告げて来た。
太上老君。道教の始祖と言われる老子を神格化した存在で、道教の最高神格の一柱。普段は兜率宮で宝貝や錬丹の秘薬を作って居て、現世にはあまり介入をして来ない神格。
まして、その兜率宮には、現在、仏陀の死後、五十六億七千万年後に顕われて衆生を救うと言われている弥勒菩薩が過ごしているはず。
このギフトゲームは普通のギフトゲームではない。
通常、現世に介入して来る事のない仙人主催。そして、ゲームの場所が指し示す単語は『黄泉比良坂』。
日本人ならば、多くの人が聞いた事が有る黄泉の国への入り口。
そして、ゲームの勝利条件。禍津霊が溢れ出す前に千引く大岩を閉じろ。
これは、この世界の何処かで、間違いなく危険な事件が起こりつつあると言うサイン。
「それならば、問題はない」
異なる地点で、同じ意味の言葉を発する紡と一誠。
そしてこれは、共に、自らを召喚した帝釈天の眷属たる箱庭の貴族を前にした宣誓でも有った。
その言葉に、自らの紅い瞳を閉じ、少しの間を置いて、小さく首肯く月の兎の末裔たち。
そう。彼女らは月の兎の伝承を継ぐ者。神に身を捧げた事により、その行為を哀れに思った帝釈天に月に住む事を許された者たち。
彼ら、コミュニティのリーダーたちが決定したのならば、彼女たちに否はない。
その瞬間、何もない空間から顕われる筆。その筆を迷う事なく掴んだ紡と一誠。
そして……。
後書き
ようやく、読者参加型小説らしき雰囲気が出て来たこの物語。
参加して頂いた、スラッシュさんとヘルメスさんには感謝致します。
尚、この話は4月半ば過ぎに書き上げた部分で有り、5月20日現在の体調不良状態の私が書き上げた話では有りません。
通常、私は一話を書き上げたとしても、大体、手直しを行いながら寝かし、一カ月ほど後に公開する、と言う手法を取って居ります。
故に、今の体調不良が影響を及ぼすのは一カ月程先の事に成ると思いますね。
それでは次回タイトルは、『待って居たのはイケメン青年ですよ?』です。
追記。
次回更新は、
5月24日。『ヴァレンタインから一週間』第19話。
タイトルは、『有希の初陣』です。
その次の更新は、
5月28日。『蒼き夢の果てに』第62話。
タイトルは、『海軍食の基本と言えば?』です。
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