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おいでませ魍魎盒飯店

作者:卯堂 成隆
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Episode 3 デリバリー始めました
  北京ダックつくるよ!

 おおよそ予想はつくだろうが、北京ダックの作り方の半分はR-15のグロ注意である。
 そしてその最初の作業は、アヒルの下ごしらえ。
 ……もとい、ここではテンチャーの羽を綺麗にむしりとるところから始まるのだ。

「うにゃあぁぁぁぁ! 毟っても毟っても終わらないニャー!!」
 両手に握り締めた白い繊毛を空に投げ捨て、ポメが天を仰ぐ。
 まるで雪のような綿毛が風に流され、周囲を白い斑模様に染めた。

「チィ兄、うるさいニャ! さっさと仕事するニャ!! ……いや、いっそ俺もサボるニャ!!」
「ニャんだと!? 貴様……キシリアのお仕置きが怖くニャいのか!?」
「この作業を続けるなら、そのうち発狂するニャ。 だったら同じことニャ」
 拷問の奥義の一つに、意味のない作業を延々と行わせるというものがある。
 基本的に、人は同じ作業を延々と出来るようには出来ていないのだ。

 そして想像する必要もないかもしれないが、全長6mの巨大生物の毛を毟り取る作業は、砂漠で砂粒を数えるのと同じぐらい不毛な気分になれる。
 いわば拷問と変わらない最悪の仕事だ。
 しかも、この巨大生物……全部で6羽分もあったりする。
 何があったかは、それこそ想像にお任せしよう。

「なんだ、まだ終わってなかったのか。 こっちはすでに準備終わったぞ」
 まるで男そのものの言葉遣いと共に作業場にやってきたのは、思わず見とれるほどの美少女だった。
 年のころはおよそ15歳ぐらいだろうか?
 足首まで隠れる厚手で紺色をした飾り気のないワンピースに、フリルのついた白いエプロン。
 真紅の小川の様に肩を流れる癖のない紅玉髄(カーネリアン)の髪は、エプロンと同じくフリルのついたヘッドドレスでまとめられている。

「終わるわけないニャ! こんなのやってたら、日が暮れるニャ!!」
 やってきたキシリアにテリアが噛み付く。
 だが、キシリア本人は冷ややかな笑みを浮かべると、横目でチラリとポメを見た。

「文句はこんなのを6羽も仕留めてきたやつに言え。 はっきり言って、多すぎだ」
 続いてテリアの目も、堂々と寝そべっていたポメに向かう。
 そしてそのまま沈黙。

「だ、大は小を兼ねるだニャ! た、足りないよりはマシだと……ごめんニャさい。 海よりも深く反省してます」
 凍りついた空気に耐えかねて下手な言い訳を始めるポメだが、そんな話が通じる段階ではない事を悟ると素直に頭を下げた。

「まぁ、確かにこのままだと確実に期日に間に合わんな」
 ハッキリ言って手作業でどうにかできるレベルではない。
 それこそ機械か魔法でも使わない限りは。

 そしてここは、機械文明華やぐ現代日本ではなく、血の香り漂う剣と魔法の世界であった。

「仕方がない。 自分でなんとかするか」
 そう言いながら、キシリアは右手を前に伸ばしてピシリと指を鳴らす。
 ただそれだけ。
 そのたった一度の動作一つで、この場に横たえられていた6羽のテンチャーの羽毛が抜け落ちた。
 あまつさえ、抜け落ちた羽は見えない箒に掃かれたかのように作業場の隅にまとめられる。

 その間、わずか30秒。
 ――今までの作業は何だったんだ?
 ケットシーたちが心の中でそう呟いたことは、想像に固くない。

 ちなみに魔法ではない。
 キシリアの属する妖精シルキーの得意技、生活系の理力の効果だ。
 そのイマジネーションの許す限り、キシリアは現代日本のキッチンの能力を、いや、それ以上の奇跡じみた現象を、おのれの意志一つで成し遂げることが出来るのだ。
 まぁ、代わりに外に出れば火矢の一つも放つことは出来ないし、武器を手に取り戦うことも出来はしない。
 彼女は、家の中と家事に関わることだけにおいて万能なのである。

 そして、その偉大な力を見せ付けられたケットシー達は……
 できるなら最初からお前がやれとの冷たい視線をキシリアに向けていた。
 もっとも、それにキシリアが冷ややかな笑顔以外で答えることは無かったが。

 ――絶対にこいつS入ってるな。
 ケットシーに二匹は、奇しくも同じ台詞を心の中で呟いていた。

「さて、次にやらなきゃならんことだが、北京ダックを作るには内臓が邪魔になる」
 ケットシーたちの非難の視線をガチ無視すると、キシリアはどこからか取り出したナイフをテンチャーの脇に当て、何の躊躇もなく切っ先を差し込んだ。

「だから、こうやっていくつも切れ目を入れたりして、内臓を全部引きずり出すんだ。 ただ、闇雲にナイフをさして内蔵を引っ張っても意味はない。 どこをどうすれば綺麗に内臓を取り出せるのか? それを知り尽くしてこその料理人だと思って欲しい。 つーか、そのうち、お前らにもコレやってもらうから覚悟しとけよ」
 そう告げると、キシリアは続いて欠片も表情を変えずに、テンチャーの肛門に手を突っ込んだ。


 やがて、キシリアによるテンチャーの下ごしらえが終わる頃、ポメとテリアは真っ青な顔で地面にへたり込んでいた。
「うぇっぷ。 殺すことにも死体に触ることにも慣れていたつもりだったけど、これはキツいニャ」
「なんというか、殺すという作業のさらに向こう側って感じだニャ」
「ナメたこと抜かすな。 食べるって事は残酷なことなんだよ。 お前らがいつも食ってる肉だって、誰かがこうして(はらわた)掻っ捌いたから手に入るんだぞ」
 腰に手を当てて説教するキシリア。
 その純白のエプロンには血の痕どころか染み一つない。
 全ては理力のなせる業である。
 結果だけを見たならば、特にグロくも嫌悪も感じない光景だ。

「ニャー 判ってはいるけど、キモいものはキモいニャ。 キシリアはよく平気で出来るニャ」
 口を押さえたまましゃべる気力もないテリアの背中をさすりながら、ポメが眉間に皺を寄せる。
 今後、自分たちもコレをやるのかと思うと、なかなか気が滅入る話だ。

「何を大げさな。 こんなの、辺境の農家のオバサンなら誰でも出来る」
 かつてキシリアが人間の男として旅した国々では、肉屋でなくても普通の主婦が鶏をしめて食卓に並べることが普通だった。
 残酷なのではない……いや、本当は残酷なのだろう。
 だが、おそらくそれが生きるという事なのだ。
 現実を知らないという事は、もしかしたら幸せなことなのかも知らない。

「いや、その表現わからないって……農家って何ニャ?」
「たまにキシリアは理解できない単語を使うニャ」
 あぁ、そういえばこの世界に農家は無かったな。
 ケットシーたちの困惑した顔に、ようやくキシリアも気づく。
 
「悪いが答える心算(つもり)はない。 さて、次の作業だ。 こいつを外の作業台に移動させるぞ」
 所詮、今となっては存在しているかどうかも証明できない遠い国の話だ。
 説明をする意味もない。
 ケットシー達の疑問を切り捨てて、キシリアは作業場のドアを開く。
 するとそこには、さらに北京ダックに火を入れるために作られた即席の(かまど)つきの作業小屋が作られていた。
 そしてケットシー達の怪盗系の理力で巨大なテンチャーを運搬すると、上から下がった大きな鉤にテンチャーを吊り下げ、続いて水の入った桶や、皮水と呼ばれる水で伸ばした飴糖(いとう)を用意する。

「さて、今から本格的な作業に入る。 まずは……内臓を抜いた後に空気を送り込むんだ」
 そう告げると、キシリアはテンチャーの口を開き、周囲の大気に自らの理力をなじませる。
 そして内臓を失ってがらんどうになったテンチャーの体の中に空気を送り込むと、その体を風船のように膨らませた。

「次に、皮水の吸着を高めるために表面をお湯で洗う」
 キシリアの理力に操られ、汲み置きの水が一瞬で沸騰し、さらに蛇のように空中を泳いでテンチャーの表面を覆う。
 皮が熱で縮み、表面がピンと張り詰めた。

「さらに熱が冷めないうちに皮水を表面に塗る……さすがにこの作業は理力が無いと無理だな。自分で考えて工夫しろ」
 今度は飴糖(いとう)を伸ばした皮水に理力を通し、薄い膜にしてテンチャーの全身を覆うのだが、なにせ相手は全長6mの巨体である。
 これを皮水が乾く前に満遍なく塗るのは、本人の台詞通り理力抜きでは至難の業だろう。

 なお、この作業のポイントは二つ。
 一つは満遍なく全体を皮水で覆うこと。
 そしてもう一つは、一度塗ったら絶対に表面を手で触らない事である。

 だが……
「触るなといわれると触りたくなるよニャ」
 猫とは好奇心の強い生き物である。
「だよにゃぁ。 なんか甘い香りもするし、ちょっとだけなら……ヒッ」
 そこで彼等はキシリアの冷たい視線に気づいた。

「好奇心、猫を殺すってなぁ……墓標には何と刻んでほしい?」
 その手に、いつもの銀色のハエ叩きが握られていたことは言うまでもない。


*★*☆*★*☆*★*☆*★*☆*★*☆*★*☆*★*☆*★*☆*★*☆*★*


「……急々如律令、乾!」
 キシリアの甲高い声と共に、巨大なテンチャーの体から一気に湯気が湧き上がる。
 ただし、あくまでも水を抜いただけであり、決して沸騰してはいない。
 本来はこれだけでも数時間……いや、テンチャーの巨体を考えれば一日ぐらいはかかりそうな作業なのだが、理力を使えばほんの数分で全てが終わる。
 この点について、キシリアは何度感謝しても感謝しきれない。

「さて、今は俺の理力でさっさと乾かしたが、実際には表面の色が今と同じ色に変わるまで干す必要がある。 そして、乾かすときには中のエキスが漏れないようにお尻に栓をしろ。 それが終わったら、小屋の外に出るんだ。 いよいよ焼きに入る」
 ケットシーたちにそう告げると、キシリアは作業台の下に設えた竈に火をつけた。
 そして本来のレシピには無い工夫として、焚き火の中に香りの高い香木を放り込む。
 キシリアが選んだのは、桜。
 燻製にも使われるこの薫り高い材木は、北京ダックに香りという更なる味わいを添えてくれるだろう。

「いいか、満遍なく火を通すためには何度も位置を変えながら火を入れる必要がある。 アヒルなら15分ごとに3~4度ほど位置を変える事になるが、なにせこいつはこの図体だ。 火を弱火にする必要もあるし、焼き時間も倍以上の時間がかかるだろう。 できれば魔術か理力で焼くことをお勧めする」
 その言葉と共にキシリアは閉鎖された作業台の小屋全体に理力を通し、空間自体を加熱した。 

「はふぅぅぅぅ……いい匂いだにゃあぁぁぁぁぁ」
「たまらんニャー よでぃやれぎゃあひゅれてひょひゅうぎゃりぇきゅいにゃい(涎が溢れて呼吸が出来ない)」
 ポメの口から滝のような涎が溢れる。
 横を見れば、テリアもほとんど同じような状態だ。
 目を閉じて、顔を作業小屋から漏れた煙にむかって突き出し、幸せそうにその香りを嗅いでいる。

 やがて桜チップの香りとテンチャーの肉が焼ける匂いが濃密さを増しながら交じり合い、その香りに牽かれた肉食獣たちが作業場の周囲に集まり始めた。
 彼等は物欲しそうな顔で鼻を鳴らすが、あいにくとこれは全て売り物である。

「まぁ、あとであまった臓物を鍋にでもして振舞ってやるか」
 別に野生動物をペット扱いする心算は無いが、さすがに臓物料理は日持ちしないため、たとえ売ったとしてもキシリアが消費できる量は限られているのだ。
 腐らせるぐらいなら振舞ったほうが気持ちがいいし、どうせ食わせるならば、たとえ野良犬相手でも最高のものを食わせてやりたい。
 まぁ、味を占めて居座られても困るため、店から離れた場所までもってゆく必要はあるが。

 やがて作業小屋の中から聞こえる音の質が僅かに変わり、板の隙間から漏れる匂いも最高にまろやかになった頃、キシリアはようやく作業小屋の扉を開いた。

「「ふおぉぉぉぉぉぉぉ!!」」
 ケットシーたちの感嘆の声が見事に唱和する。

 中から出てきたのは、黄金に輝く、艶やかで滑らかな肌。
 竈の熱の中で皮水となじんだ表皮の色がテラテラと輝き、なんともいえず食欲を誘う。
 そして、悩殺的といっても良いほどの薫香を纏いながら出てきたソレに、キシリアはまるで儀式のように厳粛な面持ちでナイフを入れた。
 切れた肌の隙間から、ぴっと音を立てて濃厚な脂が飛び出す。
 頬にかかったその脂を指でなぞり、小さな舌で舐めとると、キシリアは満足げにニヤリと嗤った。
 幼さの残る少女の顔には似つかわしくない、なんとも艶かしい表情である。

「これが……北京ダック」
「なんて美味そうだニャ……」
 キシリアの満足げな顔を凝視しながらケットシーたちがゴクリと唾を飲み込む。

「なんだ、味見がしたいのか?」
 そんなに二匹を振り返り、わざと小首をかしげるキシリア。
 実に魅力的なお誘いだ。
 だが、ケットシーたちは尻尾をパンパンに膨らませて警戒していた。

「……くっ、卑怯な」
「罠だ、これは絶対に罠だニャ」
 味見したいのは山々である。
 だが、今までの経験が素直に頷くことを躊躇わせた。

「まぁ、いいや。 せっかくだから北京ダックの食べ方を教えてやろう。 まず、この飴を塗った皮だけをそぎ落とす。 そして、白森髭の葉を添えて鴨餅というクレープ生地で(くる)んで、鴨醤につけて食べる」
 そう告げると、キシリアはいつの間にか用意していた鴨餅に、ナイフで削り取った北京ダックの皮を落すと、白髪ネギ……もとい白森髭の葉と共にくるんで鴨醤の入った小皿にそっと浸した。
 鴨醤の材料は、甜麺醤、白砂糖、ごま油、塩。
 魔界産で補った代用品であるために人間界のものとは若干味が異なるが、北京ダックの魅力をけっして損なわない非常に優秀なタレである。

 その完成品を一口ほおばると、キシリアは満足げに目を閉じて、フゥ……とため息をついた。
「完……璧……」

「にゃあぁぁぁぁ! やっぱり一口欲しいニャ」
「ずるいニャ! 俺にも一口よこすニャ!!」
 たまらず押しかけるケットシーたちに、キシリアはニヤリと人の悪い笑みを向けた。

「だーめ」
 その言葉に、ケットシーたちの目が涙に潤む。
「なんでニャ!!」
「ずるいニャ!! ポメもテリアもがんばったのに、ご褒美なしかニャ!?」
 すると、キシリアはその手にもった北京ダックを指差し、つまらなさそうにこう告げた。

「だって、これ、白森髭入ってるし。 まだ仕事が残っているのに、お前らに倒れられても困るんだよね」
 ネギ、もとい森髭。
 それは、猫族にとっての猛毒である硫化アリルを含む天敵である。
 二匹の顔に緊張の汗が滴り落ちた。
「そ、それは……」
「くっ、ならば白森髭無しでっ!」
 予想通りの反応に、キシリアきククッと喉の奥で小さく嗤う。
「なんだ、最高の味じゃなくてもいいのか?」
 毒であることはわかっている。
 だが、強欲な怪盗である二人に、最高でない味で我慢するという選択肢はありえない。
 全てを見越した上での発言だ。
「「……」」
 二匹はただ沈黙するしか無かった。

 ――苛めるのはここまでにしておくか。
「事が全て終わったら、硫化アリル耐性剤を用意してやる。 それまでは各自励むがいい」
 キシリアが魔界で暮らすうちに見つけた怪しげな薬の中に、硫化アリルへの耐性をつける秘薬がある。
 ケットシーをはじめとしたネギ系植物に耐性のない生き物が、毒殺への備えとして開発したものらしいのだが、調合が難しいために特殊な入手経路が必要となるかなりの珍品だ。

 ……まぁ、飲むと若干味覚に影響が出るため、最高の味を楽しむことは出来ないらしいのだが、そんな事は言わなければどうにでもなるだろう。

「さぁ、もたもたしていると時間がなくなるぞ! 昼までに弁当の準備が間に合わなかったら、お前ら明日のコロッケの材料に混ぜるからな!」

 魔女(ハグ)め……
 いまに見てろだニャ

 そんな呟きをこぼしながら、てきぱきと働くケットシーたちを眺め、キシリアは北京ダックの皮をナイフで剥ぎ取り、そして残ったアヒル肉をどう始末するかを思案するのであった。 
 

 
後書き
(゚∀゚)ノ[薬膳ちょこっとメモ No.3]

家鴨(あひる)
【性 味】甘、鹹(塩辛い)、涼
【帰 経】脾、胃、肺、腎
【働 き】
 1.体内の水分を補い、胃を元気にします。
   胃の痛みや(つか)え、 微熱、不眠症、慢性的な喉の渇きを癒します。
 2.利尿作用により、むくみ、下痢、尿の出の悪い状態を改善します。
   また、脾臓を活性化させることで肺の調子も良くなり、慢性的な咳、喘息の改善にも効果があります。

   ※この理論は五行思想と密接にかかわりがあります。
    土生金(土は金を生む)の法則により、土行の臓器である脾臓が活性化すると、金行の臓器である肺の動きが良くなると言う考え方です。

【禁 忌】
 1.長く保存はできません。 早めに食べましょう。
 2.一度にたくさん食べないようにしてください。
 3.燻製にした場合でも、あまり日にちを置かずに食べましょう。  
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