我が剣は愛する者の為に
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気まぐれ
前書き
めっちゃ短いです。
「・・・・・・・暇ね。」
中庭のとある木の太い枝に乗って、身を預けている胡蝶は呟く。
彼女は隠れてさぼっている訳ではなく、今日は非番なのでこうして暇を持て余している。
胡蝶は退屈を何よりも嫌う。
家柄も良く、決まったレールの上に進む事に面白味を感じなかった彼女は、家を飛び出すくらい常に刺激や面白味を求めている。
さながら餓えた獣のようだ。
その後、山賊のような真似事をして、賞金目当てにくる武人と戦う事に一時は面白いと感じていたが、縁達と出会った事で彼らと共に行けばもっと面白いと思い着いてきた。
実際、縁は自分を楽しませ、興奮させてくれる。
人生の中であれほど男に執着したのは初めてだった。
そう感じる自分に面白味を感じ、彼をからかう反応もまた面白い。
彼をとりまく人もからかいがいがある。
しかし、今は胡蝶以外は仕事をしていて彼女の相手をしてくれる人はいない。
華琳はからかっても見事にスルーされ、桂花や春蘭、秋蘭、季衣に関しては彼女とあまり話そうとしない。
彼女達も胡蝶が色々と厄介な性格をしていると把握している。
華憐も胡蝶の事を苦手と思っているのか、話はしてくれるのだがどうもよそよそしくあまり面白くない。
真面に話そうとするのは縁達だけだ。
街に行くのも一つの案だが、前回街を散策した際、あまり面白いのが見つからず期待は出来ない。
「何は面白い事はないかしら。」
ふと、何気なく下を覗いた時、一人の兵士が慌てて中庭を走っている姿が見えた。
あの慌てぶりを見る限り、おそらく何かしらの事件か何か。
それを見た胡蝶はニヤリ、と笑みを浮かべ、木から跳び下りて兵士の後をつける。
兵士の表情を見て判断するうんぬんは置いといて、彼女の勘が告げていた。
あれは刺激のある何かだと。
非番だが、退屈を紛らわせるのなら仕事でも何でもする。
「困ったわね。」
「困ったな。」
「困りましたね。」
華琳と俺と華憐の三人は少し困っていた。
華琳の部屋で華憐と三人で案件についてあれこれ、話している時、兵士が一人慌てて入ってきた。
内容はこれまでと変わらない賊の討伐。
ただ違う所があるとすれば、それが華琳の領地ではなく他の領地からの救援要請によるものだった。
前回の賊の討伐と良く似ている。
距離は少し離れているが、行けない距離ではない。
問題なのは二つ。
一つは今、城に残っているのが俺と華琳と華憐と桂花だけという状況だ。
他の全員は各地の賊の討伐の為、出払っている。
一斉に出発したのではなく、狙ったかのように賊による被害の報告が次々と来た。
結果、人員が結構少なくなったという訳だ。
非番の胡蝶がいるのだが、休みの彼女を働かせるつもりはない。
これは華琳も同意見だ。
休める時に休んでおかないと、身体を潰してしまったら手遅れの可能性があるからだ。
最後の問題だが、救援要請してきた州牧がかなりの地位の人間である事。
街の大きさや兵力で言えば、相手の方がかなり上らしい。
将と兵士の練度で言えば、こちらが上なのだが、いかんせん数が多い。
かなりの喧嘩っ早い性格らしく、気に喰わない刺氏や州牧が居れば喧嘩を売るくらい短気らしい。
兵士からの救援要請の内容は。
『至急こちらを援護し、賊を討伐せよ。』
という何とも上から目線からの要請だった。
州牧の任を引き継いだり色々と忙しい今、あまり波風を立たせるわけにはいかない。
戦いになれば民達に影響がおよび、州牧と戦えば勝つつもりではいるが、その後に賊や他の刺氏や州僕が攻めて来るかもしれない。
賊が蔓延っているこのご時世でも攻めてくる奴は攻めてくる。
俺はそれを一度見ている。
華琳もそれを危惧しているらしく、ここは要請を引き受ける事になったのだが、今は連れて行く兵士も少ない。
「姉さん、私が行きましょうか?」
「私と桂花はここに残る必要があるから、必然と華憐と縁に任せる事になるわね。」
「でも、ここの守りがかなり手薄になるが大丈夫か?」
「一応、春蘭達には早馬で討伐が済み次第、至急戻るように伝えてあるわ。
この隙を狙って、誰かが攻めて来ても籠城して、時間を稼ぐ。」
はっきりとした口調で言う華琳。
それでも、もし攻めてきた場合に二人だけではかなり厳しいのに変わりはない。
「華憐を残して、俺が一人で行こうか?
最悪、胡蝶もいるし他の奴が攻めて来たら何とかなるだろ。」
「もう一人ついて行った方が、見識の幅が増えるわ。
何より、要請を出してきた州牧は。」
華琳が何か言おうとした時、扉が勢い良く開かれる。
入ってきたのは不敵な笑みを浮かべる胡蝶だ。
「その話、聞かせてもらったわ。
私が行くわ。」
「待て待て。
どこで話を聞いたかは知らんが、お前は今日、非番だろ。」
「そうだったけど暇を持て余していたのよ。
行けなかったら手当たり次第、兵士に喧嘩売るけどいい?」
どうして俺の仲間には、自分の欲求に素直すぎる人しかないんだよ。
華琳と華憐も胡蝶の言い分を聞いて、呆れたような顔を浮かべている。
「華琳、俺と胡蝶でその要請を引き受けるよ。」
「お願いするわ。」
「んじゃ、編制とかはこっちでやっておくわね。」
「あ、あの、城に残す分も考慮してくださいね。」
「分かっているわよ。
それじゃあ、また後で。」
扉を閉めて、胡蝶は去って行った。
いつになくやる気を出している所を見ると、本当に暇してたんだなあいつ。
「頼むわね。
多分、あの子を制御できるの縁だけだと思うし。」
「俺でも制御できねぇよ。」
「そうかしら?
結構言うこと聞くと思うのだけど。」
何やら含みのある言葉を言うが、本当にそうだろうか?
俺も部屋を出て部隊の編制や糧食の準備をしようとしたが。
「ちょっと待って。
最後に伝えておかないと。」
「何をだ?」
「要請を出した州牧についてだけど、あんまり・・・というか、かなり良い噂は聞かないわ。」
「それって喧嘩っ早いてところ?」
「それもあるけど、違うわ。
かなり圧政を敷いて、民達を苦しめているの。
治めている土地にある村が賊に襲われても、対応が遅く、かなり苦しんでいる。」
「別の所に移住するのは・・・」
と、自分で言って納得した。
今のご時世、別の土地に移動したら賊の格好の的だ。
それなら、例え対応が遅くても兵を連れてきてくれる土地にいた方が、まだ安全だ。
俺が納得したのを見て、華琳は頷く。
「そういうこと。
一応、州牧については頭に入れておいて頂戴。」
「了解。」
返事をして俺は部屋を出て行った。
「・・・・姉さん。」
「どうしたの?」
「縁さんに教えなくて良かったのですか?
その州牧は最近、頻繁に出現している賊と繋がりがあるということを。」
今日だけで賊が村を襲っているという報告を聞いたのは四回。
昨日や一昨日もかなりの数の報告を聞いた。
あまりにも不自然と考えた華琳は独自に調査をして、救援を要請してきた州牧が怪しいという結果が出てきた。
この事を知っているのは華憐のみ。
他の人にはまだ、確定したわけではないので知らせてはいない。
縁に伝えれば、内部調査を兼ねた密偵の任を与える事ができた筈だ。
「考えたけどまだ憶測の域を脱してはいない。
ここで情報を教えれば、縁の視野が狭くなるかもしれないから教えなかったのよ。」
縁に限ってそれはないでしょうけど、と最後に軽く笑いながら言う。
だったらどうして教えなかったのか、ますます分からなくなった華憐は首を傾げる。
「これも憶測なのだけれど、縁も縁で勘付いていると思うわ。」
まさかの発言に華憐は目を見開いた。
「昨日くらいから地方の地図を貸してくれだの、と資料とか集めていたみたい。
彼は彼なりに捜査しているから、それを邪魔したくないと思ったのが一番かしら。
多分、縁から何かしらの報告があると思うから、準備だけはしておくわよ。」
「は、はい!」
胡蝶に出陣の準備をさせるのに少し不安を覚えていたが、報告書を本人からの手で貰って目を通し、今の兵力を考えれば妥当な編成になっていた。
「にしても、いつになくやる気だな。」
「私の勘が告げているのさ。
これは面白くなるとね。」
胡蝶の未来予知ともいえる直感に俺は苦笑いを浮かべた。
あまりにも賊の出現率の高さと、狙ったかのように周辺に現れるのを聞いて不審に思った俺は、寝る間も惜しんで独自に調査していた。
すると、今回救援要請した州牧が怪しい線が浮上してきた。
この救援要請は何が何でも俺が行くつもりだった。
胡蝶が来るとは思ってなかったが。
実際に街に赴き、州牧に会い、調査をする。
そうすれば結論が出てくる筈だ。
華琳には報告していない。
黒と決まった訳ではないので、余計な仕事を増やす訳にもいかないと判断したからだ。
まぁ、あいつの事だから独自に調べてそうだけど。
「さて、準備もできたしそろそろ出発するか。」
「楽しい出陣であるのを願うよ。」
地味に胡蝶と二人だけで出陣は初めてだ。
果たして、俺一人でこいつを制御できるか不安だが、泣き言は言ってられない。
俺達は兵を率いて、州牧がいる街へ向かった。
後書き
オリジナル話、胡蝶編です。
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