久遠の神話
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第四十三話 病院にてその三
「お見舞いには絶対に入ってるよね」
「そうよね。メロンとバナナは」
「うん。これも多いけれど」
上城は黄色いグレープフルーツも指差した。
「けれどメロンとバナナは」
「絶対に入るわよね」
「どっちも昔高かったっていうけれど」
「特にメロンはね」
とりわけそれだった。緑の網模様の果物は。
「絶対に入って」
「うん。食べるよね」
「お父さんが言ってたけれど」
樹里は父の話もした。自分を男手一つで育てている父の言葉を。
「メロンは昔凄く高くて」
「うん、それで?」
「本当に死ぬ寸前の人のお見舞いに使われてたって」
「そこまで高かったんだ」
「八百屋さんにあれば看板になる位に」
「看板って」
「メロンがあるだけでね」
昭和、戦前の頃はそうだった。とにかくメロンは高価だったのだ。
「そうなったらしいのよ」
「そこまでだったんだね」
「そう。そこまでのものだから」
「今もこうしてお見舞いには絶対に入るんだ」
それも一番目立つ品として入っているというのだ。
「そうなってるんだね」
「バナナもね」
「そうそう。高かったらしいね」
「今じゃ果物の中で一番安いけれど」
時代が変わった。流通の発達がもたらしたことだ。
「それでもね」
「昔は物凄く高かったから」
「今じゃ本当に信じられないわよね」
「僕もそう思うよ」
「メロンはともかくバナナが高かったっていうのは」
「よくさ。給食の時にいなかった?」
上城は並んで歩きながら樹里にこんなことも話した。
「残っているバナナ全部食べてゴリラの仕草する人って」
「あっ、小学校の時とかね」
「うん、いたよね」
「ゴリラっていうとバナナだからね」
「そうよね。ゴリラって果物のイメージがあるから」
「実際はセロリが主食らしいけれど」
上城はゴリラの食事についても話した。
「動物園とかじゃバナナもよく食べてるから」
「そのイメージはあるわよね」
「ゴリラって顔は怖いけれど」
「そうそう。凄く大人しいのよね」
「頭もいいしね」
実際にはチンパンジーやニホンザルより遥かに大人しい。何しろ相手には全く無抵抗な程で捕まる程である。
「いい動物なんだよね」
「そうなのよね。子供の頃は凶暴ってイメージがあったけれど」
「顔が怖いからね」
またこのことを言う上城だった。
「だからね」
「それでよね。やっぱり」
「顔だけで判断されるのって人間だけじゃないからね」
上城は少し悲しい顔になって述べた。
「動物もね」
「そうなるのね」
「そういうのはね」
どうかとだ。上城は曇った顔になってさらに言う。
「そうしない様にしてるから」
「私も。顔じゃ人はわからないわよね」
「生き方とかは顔に出るけれど」
これは人相という意味だ。ヤクザ者にはヤクザ者の顔がある。
「それでもね」
「顔では人はわからないわよね」
「絶対にね」
そうした話をしてだった。二人は友人の病室に向かった。そこでその見舞いのフルーツを渡して部活や学校の話をしてからだった。
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