蒼き夢の果てに
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第5章 契約
第62話 海軍食の基本と言えば?
前書き
第62話を更新します。
次の更新は、
6月1日。 『私は何処から来て、何処に向かうのでしょうか?』第5話。
タイトルは、『待って居たのはイケメン青年ですよ?』です。
その次の更新は、
6月5日。 『ヴァレンタインから一週間』第20話。
タイトルは、『有希の任務とは?』です。
「あの神官は、この両用艦隊旗艦ビュッセンタウル号の従軍神官で、アラメダ司祭。元々、何処かの貴族の次男だったけど、ロマリアの神学校に行って神官の道を進んだ人だったかな」
気の良い先輩のヴェルーニー海軍士官が、俺の質問に対して疑う様子も見せずにそう答えてくれました。
成るほど。ガリア両用艦隊旗艦の従軍神官ですから、矢張り、貴族出身の神官と言う事に成るのですか。
確か、以前にタバサに聞いた話に因ると、ブリミル教の神官への道は、表向きは貴族も、そして、平民にも分け隔てなく開かれているのですが……。実は、内側に関してはそんな事もなく、平民出身の神官には出世の道など開かれる訳もなく、位の高い神官位は、すべて貴族出身の神官で占められている、と言う事でしたから。
そして、そのアラメダ司祭はガリア両用艦隊の旗艦の従軍神官ですし、この艦隊の提督は、敬虔なブリミル教信者として有名なビルヌーブ提督ですから、貴族出身のブリミル教の神官ならば、身近に置いたとしてもそう不思議では有りませんか。
まして、あの神官に関しては見た目から推測すると二十代半ば程度。その年齢で、ガリア両用艦隊旗艦所属の従軍神官ならば、これから先もそれなりの地位に昇って行く神官だと思います。更に、元々の出自もそれなりに高い爵位を持つ家の可能性も有ります。ならば、ビルヌーブ提督個人と何らかの繋がりが有ったとしても不思議では有りませんでしたか。
ただ、アラメダ司祭。何処かで聞いた事の有る名前だったとは思うのですが……。
「それに、確かかなりのチェスの打ち手でも有ったかな」
そう言ったヴェルーニーが、俺の問いに対する答えを終えると同時に、その歩みも止めた。
そして、
「ここがオマエさんに与えられた部屋だ。流石に、一人部屋と言う訳には行かないけど、そんなに妙なヤツもいないから身構える必要はないぜ」
そう言いながら、ひとつの扉を開く。
その扉を開いた先に存在する部屋はと言うと……。
部屋自体は、正にウナギの寝床。奥に向かって細長い部屋の両方の壁に二段ベッドが設えられて居り、個人のスペースは、おそらくそのベッドだけ。
そして、その俺とヴェルーニーが覗き込んでいる扉から見て、左側の下のベッドの上にちょこんと座ったセーラー服姿の少女。湖の乙女が普段通り、世界に何が起きて居ても自分には関係ない、と言う雰囲気で、和漢に因って綴られた書籍を紐解いていました。
尚、彼女も既に魔将アガレスの職能に因り日本語を学んで居るのか、タバサと同じようにハルファスに因って調達された日本製の書物を紐解くように成って居ります。
確かに、このハルケギニア世界の娯楽は少ないですし、俺が深層心理から、俺の望んだ姿形を選んだ存在ですから、読書好きと言う点に関しても、俺の好みの女性がそう言うタイプの女性だったと言う事なのでしょう。
しかし……。
その狭い部屋の中を一周、そして、更に一周分、余計に見回した後、少しため息。
「まぁ、流石に、実家の屋敷の自分の部屋と比べたら狭いかも知れないけど、慣れたら意外に楽しいものだぜ、艦隊勤務と言うやつもな」
俺のため息の理由を、そう言う意味に取ったヴェルーニーが、少し慰めるような口調でそう言ってくれました。
もっとも、俺が吐いたため息の意味はそんな物ではなく、今回の任務が、俺では無くタバサが従事させられた時はどんな扱いに成ったのか、と考えたから、なのですが……。
こんな閉鎖空間に、タバサのような可愛い女の子を一人で放り込むようなマネが出来る訳は有りませんし、そうかと言って、男装をして潜入するのも……。
実際、イザベラはどうする心算だったのでしょうかね。
「それで、他の同室の乗組員の方は何処に居るのですか、ヴェルーニー先輩」
ただ、ヴェルーニーに俺の正体は知らされて居ませんから、俺の心を占める考えなど判る訳は有りませんし、知られる訳にも行きません。
そう考えてから、少し気を取り直した雰囲気で、それに、現実に今、疑問に思った事を聞いてみる俺。
「今は半舷上陸でここの部屋の住人達は、一週間は戻って来ないさ。ガリアは戦時でもないし、それでも充分だからな」
そう答えるヴェルーニー先輩。そう言えば、確か、ガリアの両用艦隊の中心はここブレストですが、シェルブールには対アルビオン用の小艦隊が。そして、トゥーロンには、地球世界の地中海艦隊に当たる艦隊が存在していましたか。
まして、トリステインとアルビオンは戦時。ゲルマニアも裏ではトリステインを支援して居ますから、この三カ国がガリアに対してチョッカイを掛けて来る可能性はない。そして、ロマリアとガリアが戦争を開始する可能性は薄い。
このような状況ならば、全艦隊が緊張して居続けなければならない理由は有りませんか。
まして、俺の正体……北花壇騎士団所属の騎士で有ると言う事を、少なくともガリア両用艦隊の提督や艦長たちは知って居るはずですから、艦の運行や戦闘訓練などの雑事で、捜査の邪魔をする場所に所属させる訳は有りません。
少なくとも、俺のような存在は、邪魔者でしかないはずですから。彼らに取っては……。
「そう言う訳だから、荷物を置いた後はゆっくりしたら良いさ」
部屋の中を一瞥した後に、そう言ってくれるヴェルーニー。その視線の先には間違いなく俺のベッドの上に居る湖の乙女の姿が映っているはずなのですが、その部分にはまったく気付く事もなく。
成るほどね。この結果から判った事は、ある程度までのレベルの相手ならば、認識をずらした人払いの結界は通用すると言う証明には成りましたか。
もっとも、気付かれた場合は、少々、手荒な手段で一時的な記憶喪失症に成って貰うと言う方法が有ったのですが。
「それで、夕食に関してはどうする心算なんだ、ルイス?」
艦隊勤務の食事……ですか。どう考えても、俺が食えるレベルの代物を出してくれるとは思えませんか。
いくら、ここがガリアの艦隊の旗艦で有ったとしても、大和ホテルと言われた旧日本海軍の旗艦のように、士官には豪勢な食事を出してくれると言う訳ではないでしょう。
それに、俺には湖の乙女の分の食事も準備する必要が有りますから。
「半舷上陸ですから、外で食べますよ」
そう答えて置く俺。まして、今回の任務は物資の横流し犯の確保が主な任務。その程度の任務なら、それぞれの倉庫に行って、其処の土地神を呼び出して聞き出せば、誰が物資の横流しを行っているかなど瞬間に判りますから、今夜一晩だけ有れば、十分に解決する事件だと思います。
こんな仕事はちゃちゃと終わらせて、タバサの元に向かうべきでしょう。
「確かに、ここの食事はそんなに美味いものじゃないから、その方が良いかも知れないな」
俺の答えを聞いてから、笑いながらそう言ってくれるヴェルーニー海軍士官。少なくとも、付き合いの悪いヤツ、と言う悪印象を与えるような事は無かったと言う事ですか。
そして、更に続けて、
「それじゃあ、俺は未だ仕事が有るから。まぁ、これから同じ船に乗るんだから、宜しく頼むよ」
……と言ってから、うなぎの寝床から出て行った。
その彼の雰囲気からは、俺の事を疑う様子はない。多分、北花壇騎士団が行って居る俺の身分に関する情報操作に問題はなかったし、俺自身の演技にも破綻した個所はなかったと言う事なのでしょう。まして、湖の乙女の人間の認識をずらす術の効果も期待通りの結果だったと言う事だと思います。
そう考えながら、俺は、持って居た大きくない荷物をベッドの上に放り上げる。
本来は手ぶらでも良かったのですが、流石にそれでは問題が有ると思ったので、適当に着替えだけを詰め込んだような荷物のみを用意して有りましたから。
その後、
「そうしたら、武器弾薬や火薬を備蓄して有る倉庫に行ってみるか」
……と、俺の放り出した荷物のすぐ横で、和漢の書物に視線を送り続けて居る少女に声を掛けたのでした。
☆★☆★☆
既に夜の帳の降りたブレストの街は、昼間よりも更に深き霧に閉ざされた世界へと状態を進めていた。
ただ……。
ただ、秋と言う季節には相応しくない、肌に纏わり付くような――。妙に湿った。そして、冷たい大気が周囲には漂っている。
そう。まるで、何か得体の知れないモノが、このブレストと言う街自体を完全に包み込んでいる。そんな気さえして来る鬱陶しい霧。
「このガリアには、硫黄を大量に産出する火山はたくさん有ったよな」
ゆっくりと歩みを進めながらの俺の問い掛けに対して、言葉にして答えを返す事は有りませんでしたが、普段のように、微かに首肯いて答える湖の乙女。
そう。地球世界のフランスからは考えられないのですが、このハルケギニア世界のガリアには、何故か、火竜山脈と言う呼び名の火山帯が存在して居り、硫黄は、ガリアの主要な産出品のひとつと成って居ります。
「それと、硝石丘も存在していたよな」
この問い掛けに対しても、先ほどのように、無言で首肯いて答える湖の乙女。
尚、この問い掛けの意味は、このハルケギニア世界のガリアが、火薬。黒色火薬の輸出大国で有る可能性を示している、と言う事です。
黒色火薬の原料は木炭。硝石。そして、硫黄。木炭は、広い国土内に豊富に木材を産出して居り、硝石は、天然に産出する物から人工的に作り出す方法までも持って居る。そして、硫黄についても豊富に産出されるのならば、其処から作り出される火薬はそれこそ、売るほど存在しているでしょう。
「現在のジョゼフ王が王太子時代に実用化された硝石丘により、それまで、イベリア半島でのみ産出されていた硝石を大量に、そして安価に生産出来るようになり、現在のガリアは黒色火薬や、肥料にも硝石を用いる事が可能と成って居る」
そして、湖の乙女がそう続けた。尚、この言葉の中に存在する硝石丘と言う言葉の意味は、人工的に硝石を作り出す為に使用する物で、確かナポレオンの時代にフランス国内で不足する硝石を補う為に開発された方法だったと記憶しています。
確かに、社会の制度が中世ヨーロッパの農奴制を行って居る封建制度の世界で有ったとしても、このハルケギニア世界は六千年の歴史を誇る魔法の世界。多少は、未来の技術が存在していたとしても、不思議では有りませんか。
それにしても……。
俺は、少し、イザベラの顔を思い浮かべてから、そして、ルイズとアンリエッタ。更に、キュルケの顔を順番に思い浮かべて行く。
そして、僅かにため息にも似た形で、肺に残って居た空気を吐き出した。
成るほど。ガリアは、今回のアルビオンとトリステインの実際の戦争に直接、兵を送るような事には成って居ませんが、戦争を行う上で必要な物資の供給と言う点に於いては、非常に重要な役割を演じている、と言う事に気付かされましたからね。
先ず、双方が必要とする火薬については、ガリアはハルケギニア世界最大の輸出国でしょう。
何故ならば、ゲルマニア。つまり、ドイツには大規模な硝石の鉱山と言う物が有る、などと言う話をタバサからは聞いた事が有りませんから。
そして、食糧についても、今年は何処の国でも凶作だったはずなのですが、ガリアは夏以降に打った策が効いて来るのは間違いない為に、贅沢を言わなければ、この冬を越すだけの十分な糧食を得る事は可能な計算が立っています。
何故ならば、ジャガイモとは、二カ月から三カ月有れば収穫可能な植物です。
まして、このガリアには八月の間に、俺やタバサ達が実験農場でカンヅメに成って促成栽培を行った分のジャガイモも存在して居ますから。
おそらく、アルビオンはこの冬を越す食糧を得る為には、ガリアから食糧を買い付けるしか方法がないはずですし、トリステインも、そう状況は変わらないと思います。
まして、この世界にはジャガイモが存在しない為に、ゲルマニアは食糧に関しては輸入超過の国となって居るらしいです。
そして、戦に参戦する貴族に取って非常に重要な治療用の水の秘薬も、既にトリステインに対して供給されるルートは断たれて居り、闇ルートに出回っていた分の供給ルートも粗方ガリアの北花壇騎士団所属の騎士たちが潰したようです。
更に、元々出回っていた水の秘薬の多くは、ガリアが買い占めていたようですから。
少なくとも、今度のトリステインとアルビオン間に起きて居る戦争が、更に大きく広がってこのハルケギニア全土を巻き込む戦に発展しない限り、ガリアに関しては戦時特需に沸く可能性が大いに有りと言う事ですか。
あのデコ姫の父親ですから、ガリアのジョゼフ王と言う人間も一筋縄で行くような人間ではない、と言う事なのでしょうね。
それまで、湖の乙女の歩む速度に合わせてゆっくりと歩を進めて来た俺が、突然、立ち止まった。
その俺の立ち止まった正面。其処には、霧の中に浮かぶ巨大な倉庫が存在して居り、後は、この周囲の人目に付かない場所で土地神を召喚すれば、今回の任務の大部分が終了する。そう成る可能性が高いと思って居ますから。
そう、俺が考えた瞬間。
肌に触れていた大気の冷やかさが、一瞬、はっきりとした害意を感じさせる冷気へと変貌したような気がしたのですが……。
但し、俺と、そして、湖の乙女にも同じような緊張を強いたその感覚は、それ以上、進む事もなく、
俺と、湖の乙女。二人分の存在感と深い霧。
そして、静寂のみが支配する世界が続くだけでした……。
☆★☆★☆
海から上がって来た乳白色の深い帳が世界を支配し、
活性化した風と水の精霊たちが放つ、淡い燐光にも似た蒼白き光で俺をぼぉっと浮かび上がらせて居た。
そして、その世界の中をゆっくりと浸透して行く、笛の音。
霧はあまりにも白く、濃く。周囲を囲んでいるはずの煉瓦造りの倉庫すらも、果たして其処に存在しているのか。それすらも、定かではない空間。
その白の世界を、俺の霊気に因ってもたらせられた清浄な蒼が、少しずつ大気と混ぜ合わせるように、ゆったり、ゆったりと広がって行く。
そう。俺の笛から発生している霊気が、俺の身体に。そして、傍らにすぅっと立つ少女の身体をそっと抱きしめるように纏わり付き、其処から更に、霧の支配する世界へと支配領域を広げて行って居るかのようで有った。
高く、低く、
刹那。深い霧に隠され、夜の帳の降ろされた世界に、異質な気配が加わった。
その瞬間、奏で続けて居た土地神召喚用の曲を終了させる俺。そして、俺の傍らに立つ湖の乙女が、深い霧に覆われた乳白色の世界の向こう側の一点を、その瞳で見つめる。
そう。彼女が見つめる先に、何かが居る。
おそらく、顕われたのは、この地を支配する土地神。
但し、肌に感じて居るのは霧がもたらせる冷気などではなく――――――隠そうとさえしていない不機嫌な雰囲気。
ただ……。
「儂を呼び出したのは、貴様か?」
明らかに不機嫌な様子で、そう霧の向こう側から問い掛けて来る男性の声。
但し、未だその姿形は見えず。確かにこの深い霧の所為も有るのでしょうが、土地神自身が、姿を見せないようにして居る可能性が高いですか。
確かに、すべての土地神が友好的で有るとは限りませんし、栄えて居る土地の土地神ならば、土地神とは言っても、かなり能力の高い存在も居ますが……。
「初めまして。私は異世界の龍の血を継ぐ者。名を武神忍と申します。以後、御見知り置き下さい」
先ずは、基本の挨拶から入る俺。これが人間関係の基本ですから。
確かに、素通りする。もしくは、留まるにしても旅の途中で一時的に留まる程度ならば問題ないのですが、この地に留まって仕事を行うような場合には、地元の土地神に挨拶を行って詞を授けて貰った方が、仕事がスムーズに行く事の方が多いのも事実。
もっとも、土地神と言う存在は絶対の存在などではなく、因り能力の高い存在には、あっと言う間に倒されたり、封じられたりして仕舞う物なのですが。
そして、タバサに呼ばれてやって来てからこの世界で俺が巻き込まれた事件は、土地神程度では解決する事が難しい事件ばかりだったような気もするのですが……。
そうして、その挨拶の口上に続けて、
「ブレストの土地神さまにお聞きしたき事柄が御座います」
……と、取り敢えず、下手に出て相手の出方を窺う俺。確かに、この目の前に顕われたブレストの土地神の相手をして、倒さない程度に抑え込む能力が俺には有るとは思うのですが。
それでも、この土地の霊気を一番上手く操るのはその土地神。そして、その土地の祝福を一番享受出来る存在も、当然、その土地の土地神でも有ります。
果たして、今の俺の能力でも、確実に彼を抑え込むようなマネが出来るかどうか……。
まして、土地神を滅して仕舞うと、次の土地神がこの地を守護するように成るまで、この地は土地神からの霊的加護を得る事が出来なく成ります。そうなると、当然のように、その隙間に入り込もうとする魔の者が存在しないとも限りませんから……。
ここは話をこじれさせて関係を悪化させるよりも、礼儀正しく対応した方が良い結果をもたらせる事と成ると思いますね。
「聞いてやるから、言ってみろ。竜の一族に連なる者」
かなり上から目線の言葉では有りますが、それでも一応、俺の言葉に耳を傾ける心算が有る事が判る言葉を発するブレストの土地神。
ただ、この土地神は明らかに不機嫌な雰囲気では有りますが、それでも悪意はない様子。
少なくとも、交渉は可能な相手だと言う事ですか。
「この地を戦乱の渦に巻き込む企みの為か、この倉庫より、武器弾薬や燃料を盗み出した者達の正体を知りたいのです」
それならば、迂遠な問い掛けなど必要なし。そう考えて、単刀直入に問い掛ける俺。
もっとも、その物資の横流しを行って居る連中が、確実にこの地を戦乱に巻き込もうとしているのか、どうかについては判らないのですが。
ただ単に、お金が大好きで、物資を欲している連中に高値で売り付けて自らの懐に大金をねじ込みたいだけの連中の可能性の方が高いとも思いますから。
しかし……。
「そんな事はない。少なくとも、この倉庫から武器弾薬を盗み出した者はいない」
しかし、このブレストの土地神の答えは、俺が受けた命令の内容とは違った物で有った。
武器弾薬や燃料は消えてはいない。但し、帳簿上での不審な部分がなければ、このような命令。横領された物資の行方を探れ、などと言う命令が行われる事は考えられません。
まして、帳簿の記載ミス、などと言うオチは有り得ないと思うのですが……。
俺は、その答えを行った存在の発する気を、乳白色の霧に閉ざされた向こう側から、今までよりも深く感じる為に探知の精度を上げ、そして同時に、見鬼を行った。
しばしの空白。
……問題はなし。状況は良く判りませんが、少なくとも、ウソや偽りの証言を行う理由がこの土地神には有りません。更に、現在の彼が語った内容は、少なくとも彼の認識している事実で有る事は確かなようです。……と言う事は、秘密裡に武器弾薬や燃料を持ち出された事はない、と言う事なのでしょう。
そんな事。つまり、大胆にも、昼日中に物資を輸送する振りをして犯人たちが武器弾薬や燃料を持ち出した、そう言う犯行も絶対に不可能と言う訳では有りませんから。
「それならば、土地神様。この地に潜入していたエミール・アズナヴールと言う人物の行方を知らないでしょうか?」
次に問うならば、この部分について、ですか。
エミール・アズナヴール。俺の前に、この地に派遣されていた北花壇騎士団所属の騎士00583号の、この地で行動する為の偽名。
この人物が捜査中に行方が分からなくなったが故に、タバサに指令が下される事と成り、そのタバサが、母親の急病の為に任務を熟す事が難しく成った為に、その場に居た俺に対してこの仕事が回されて来たのですから。
まして、この人物が任務の最中に消息を絶っている事が、この任務が帳簿の記載ミスや、別の倉庫や、港に物資を誤って移動させた事ではない可能性を高くしているのですが。
但し、土地神と雖も、その土地に住む全ての人間の事を知って居る訳では有りません。まして、この世界。ハルケギニア世界に土地神に対する信仰などは存在していない為に……。
「我は、我を信仰する者と、この土地を守護する者。この土地以外の土地に住む者に関しては預かり知らぬ」
俺の予想通りの答えを返して来た土地神が、その後、少しの陰の気を放ちながら、
「まして、ブリミル教に支配されたこの地は、土地神に対する信仰を失った以上、この地に住まう者と雖も、すべての人間の事を知っている訳では無い」
……と、答えて来たのでした。
確かにブリミル教のような一神教は、精霊に対する信仰や、それに付随する土地神などに対する信仰などは邪教の教えとして破壊して行く物ですか。地球世界の例で言うのなら、その後に、その都市を守護する守護天使や守護聖人などが配置……規定される例もあるのですが、このハルケギニア世界に関してはその辺りは曖昧。
まして、日本でも土地……つまり、自然と人間の絆が失われて、故郷。つまり、産土の地と人間の絆が希薄となり、結果、日本の屋台骨を支えていた地脈の龍が行方不明となるような事件へと発展したのでした。
聖別され、自然が産土の地と成らなければ、自然と言う物は人間に取って過酷な世界と成り、結果、牙を剥いて来る事も少なくは有りませんから。
二十世紀最後の方から、人類に対して自然災害が多く成って来ているのは、この辺りにも原因が有ると思いますしね。
おっと、この辺りは、今のトコロはあまり関係が有りませんでしたか。
しかし、これで地道な捜査と言う物を行う必要が出て来たと言う事ですか。
楽な任務だと思ったけど、この任務は、もしかすると、妙に調査に時間が掛かる。そう言う類の任務の可能性も出て来たと言う事ですね。
俺は、またもや厄介な任務を押し付けて来たイザベラに対して、心の中でのみ悪態と共に小さくため息を吐く。
しかし、それも内心でのみの対応。表面上は、当然のように礼儀正しい状態を維持しながら、
「ありがとう御座いました、土地神様。これから先の部分は自ら調べてみます」
結局、殆んど役には立たなかったけど、まったく役に立たなかった、と言う訳でもない。故に、そう御礼の言葉を口にして置く俺。
そんな俺の目前に、厚い霧のベールの向こう側から、一人の男性が顕われた。
中世貴族風の衣装。ハルケギニア貴族の証のマントを羽織る事もなく、腰には馬上剣を佩く。
確かに、この世界の貴族の証としてのマントの着用が何時から始まったのかは判りませんが、地球世界のヨーロッパでマントを羽織っていたのは、当然、防寒などの意味も有ったのですが、それ以外には街を歩く際に上空から降って来る汚物対策と言う側面も有ったと思います。
つまり、別にそんな対策を必要としない土地神……つまり、霊的な存在で、ケルトの魔女のように帽子とマントで円錐を模して魔術の効果を高める必要がないのならば、マントを着用して居なくても不思議では有りませんか。
「龍の血を引く少年よ。少し頼みたい事が有る」
姿を顕わした土地神が、それまでの上から目線の雰囲気などではなく、依頼を行う者に相応しい態度に改まっていた。
但し、直接姿を現した事により高まる霊圧。栄えて居る軍港の土地神で有る以上、この眼前の存在は生前に軍人として名を成した存在である可能性が高い。
「私に出来る事ならば」
当然、そう答える俺。高まる威圧感に関しては無視。確かに、神威と言うレベルに近い霊圧と成って居るのは事実です。しかし、そんな物に気圧されている訳にも行かない。
何故ならば、このタイミングで土地神から依頼される内容が有るとするのなら、それを解決するには……。
「今、このブレストの街は異常な悪意が支配している」
重々しい口調で、俺の予想通りの内容を口にする土地神。それに、この点に関しては、俺もこの街に入ると同時に感じて居た事と同じ。
いや、おそらく、湖の乙女も同じように感じていたはずですか。
「儂には今、何が起きて居るのか判らないが、それでも、この異常な状況を捨て置く訳には行かない。それで、この街の異質な雰囲気を祓う事をお主にやって貰いたい」
少し振り返り、乳白色に染まった世界を一周分、見渡した後、ぽつりと、そう、土地神は言った。
その中に感じたのは、僅かな無念の思い。この土地に対する彼の強い思いを感じさせずにはいられない雰囲気。
神界が人間界に過度に関わる事は世界を歪める行為と成りかねないために為される事は有りません。通常はその事件を解決出来る人間が、偶然か、それとも必然か判りませんが関わらせられる事が普通です。
その例から言うのなら、今回の場合は未だマシな方ですか。
何故ならば、少なくとも、俺の方の意志の確認を行って居ますから。
「判りました。私の力の及ぶ範囲でやらせて貰います」
実際、土地神を召喚して見た結果、今回の武器弾薬や燃料が消えている事件は何らかの魔的な事件で有る可能性も出て来たと言う事ですから、この事件を究明すれば、この街に漂う陰気の理由が判ると思います。
ならば、この土地神の申し出を受けたとしても問題はないでしょう。
そして、俺の答えを聞いた土地神が満足そうに首肯きながら、顕われた時と比べると丁度ビデオの逆回転を行うかのような形で、深い霧に閉ざされた向こう側へと消えて行った。
これで、厄介事を引き受けさせられる代わりに、俺はこの土地で行動する際には、土地神の加護を得る事が出来るように成ったと言う事でも有ります。
もっとも、土地神の能力を超える相手が介入して来て居た場合には、その程度の加護など意味を為さないのですが。
土地神が去り、倉庫街に霧に閉ざされた夜に相応しい静寂が、再びもたらされた。
その場で感じるのは、俺と、そして、自らの傍らに立つ少女の吐息と、それがもたらせる僅かな空気の動きに因って拡散される霧の気配のみ。
「そうしたら、あの部屋に帰ってから、晩飯にしますか」
土地神が顕われてから、一切の言葉を挟む事もなく、俺と土地神のやり取りをただ見つめるだけで有った、自らの隣に佇む少女にそう声を掛ける俺。
もっとも、彼女やタバサが口を挟んで来る事は殆んどないので、今回の事も、そう違和感が有る訳でもないとは思いますが。
俺の問い掛けに、少し視線をずらして土地神が消えて行った先を見つめた後、もう一度、視線を俺に戻してから、微かに首肯く。
その視線の動きと、そして答えを示すまでの空白に、少しの違和感。
この感覚は……。
「……さっきの土地神に、何か気に成る点でも有るのか?」
俺は、疑問に思った事を素直に、そう湖の乙女に対して問い掛けた。
そう。確かに、俺が先ほど顕われた土地神に感じたのは、少なくとも邪悪な雰囲気では有りませんでした。しかし、それは俺が感じた雰囲気で有って、湖の乙女は別の感覚を覚えた可能性は有ります。
まして、彼女の方が、探知に関する能力は上の可能性も有りますから。
しかし、湖の乙女は、ゆっくりと首を横に振った。そして、
「あなたは、先ほどの土地神の話を断ると言う選択肢も存在していた」
……と問い掛けて来る。
成るほど。彼女が疑問に思ったのはその部分ですか。
確かに、俺は、簡単に運命などと言う、誰か判らないヤツから押し付けられた仕事などを受け入れる心算は有りません。
但し、今回の件は、押し付けられた運命や宿命などと言う物では有りません。
「何もかも否定したとしても始まらないからな」
先ず、俺はそう答える。
それに、実際、この俺が追っている物資の横流し事件と、このブレストの街を覆う陰気の原因が繋がっている可能性は有ると思いますから。
そして、最初に簡単に解決出来る事件だと考えて居た事に因って、安請け合いをして仕舞ったけど、それでも、一度俺自身が納得してイザベラと事件を解決すると約束した事は事実です。
「結局、土地神の依頼を受けようが、断ろうが、ヤル事が変わらないのならば、利用出来る物はなんでも利用して、出来るだけ早い内に解決した方がマシだと考えたまで」
故に、いともあっさりと土地神の依頼を受け入れたと言う事。
確かに、結局、厄介な仕事を背負い込んだような形と成って仕舞ったけど、それも仕方がない事だと思いますから。
漢が一度納得をして、約束した事です。簡単に放り出す訳にも行きません。
その俺の答えに、微かに首肯いて答える湖の乙女。これは、納得をしてくれたと言う事なのでしょう。
「それならば最初に戻るけど、あの部屋に帰ってから、晩飯にしますか」
そして、再び行われた俺の問い掛けに対して、今度は湖の乙女も、微かに首肯いて了承を示してくれたのでした。
☆★☆★☆
壁に取り付けられた魔法のランプの明かりが、狭い室内を淡く照らし出していた。
そんな、狭いガリア両用艦隊旗艦内の俺に宛がわれた室内を、日本の国民食の、非常に食欲を刺激する良い香りが支配している。
確かに、旧日本海軍の食事と言うのは、カレーと相場が決まっていたのですが……。
尚、湖の乙女は受肉した存在ですから、当然、食事から霊気を集める事も可能です。……と言うか、式神契約を交わしてからコッチ、彼女と食事を同席する度に、この小さな身体の何処にこれだけの食糧を詰め込むスペースが有るのか、と呆れるぐらいに食べます。
もっとも、彼女にしても、タバサにしても、俺から霊力の補充を受けて居ますから、俺に負担を掛けない為には、口から摂取するカロリーを増やして、効率良く霊気の補充を行って居るのだと思うのですが。
ただ……。
そんな事をウダウダと考えながら、畳を敷いたウナギの寝床の俺の正面にちょこんと座り、俺を見る訳では無く、俺が盛り付けているカレーをじっと見つめる少女を見つめる俺。
そう。ただ、この二人が存在するが故に、我が家(?)のエンゲル係数は異常に高い物と成って居るのは間違いないのですが。
それで、今晩は湖の乙女と二人っきりの食事ですから、彼女のリクエストに答えてのカレーと成った訳なのですが。
尚、当然、カレーライスですよ。旧日本海軍伝統のジャガイモや牛肉を使用した基本の。
「それで、湖の乙女。ひとつ、聞いて置きたい事が有るんやけど、良いかな?」
スプーンを上手く使いながら、彼女専用のメガ盛りのカレーライスを食べている湖の乙女に対して、そう問い掛ける俺。
そんな俺を、一瞬、正面から見据えて、小さく首肯く湖の乙女。
何故か、その瞬間に発する、微かな既視感。まるで、今まで何度も同じような事を繰り返した事が有るような……。
いや、タバサ相手なら、こんな事は日常茶飯事でしたか。
「風石と言うのは、飛行戦艦などの燃料となる風の精霊の力が籠められた魔法のアイテム、……だと言うのは知って居る。そうすると、横流しにされた物資の中に有る火石と言うのは、炎の精霊の力が籠められた魔法のアイテムと言う事なのか?」
心の何処かから湧き上がって来る違和感。いや、既視感について無理矢理納得させた俺が、湖の乙女に対して今一番、判らない事に付いての問い掛けを行う。
そう。この既視感は、おそらく俺ではない誰かの記憶に由来する物。今は、そんな物に支配されている時間は有りませんから。
俺の問い掛けに対して、一度、食事の手を止めた湖の乙女が静かに首肯いた。
そして、
「火石とは、炎の精霊の力が籠められた魔法石」
普段通り。そう、まるで傍にタバサが存在して居るかのような、普段通りの雰囲気で俺の問いに対して答えを返してくれる湖の乙女。
そして、更に続けて、
「通常、火石と言うアイテムは、其処に籠められた熱や光を少しずつ取り出す事に因って、暖房や照明などに用いられる」
成るほど。俺がサラマンダーを召喚するように、火石は使用する魔法のアイテムだと言う事ですか。
但し……。
「通常と言う事は、通常ではない使い方も有ると言う事なのか?」
先ほどの湖の乙女の言葉の中に穏当ではない部分を感じ取った俺が、更に問い掛けた。
そう。コルベール先生では有りませんが、先ほど上げたのは、火の平和的な利用方法の典型的な例。
ならば、それ以外の火の使い方。攻撃や破壊に使用される火の使い方と言う物も……。
普段のタバサの部屋に比べると、少し昏い室内光が、湖の乙女に微妙な陰影を作った。
そして、ゆっくりと、しかし、確実に首肯いた後、
「火石も。風石も。そして、水石や土石も同じ。其処に溜めこまれたすべての精霊力を一気に爆発させれば、どの精霊石でも攻撃に転用出来る」
……と、そう答えた。
その言葉の響きの中には、非難する雰囲気を感じさせる訳でもなく、ただ、淡々と、事実だけを積み重ねて行くかのように……。
成るほどね。結局、どのような物でも使い方次第で善にも、そして、悪にでも成ると言う事ですか。
核と同じような代物だと思えば問題ないでしょう。
もっとも、核には別の物。放射能のような厄介な副産物が有るから、それに比べると、もう少しマシな代物だとは思うのですが。
それならば、次は……。
後書き
う~む。原作の『タバサと軍港』の流れは何処にもないな。
ただ、相変わらずの体調不良が続いて居ます。中三日が少し、厳しく成って来て居るのですが。
梅雨時は体調が落ちます。酷い時にはうつ伏せに成る事すらキツイ時が有りますからねぇ。
昨夜、辛うじて、ゼロ魔二次第67話は完成させましたが……。
さっさと、どれかひとつ終わらせなければ、キツク成る一方だな。
それでは次回タイトルは、『龍の巫女』です。
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