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蒼き夢の果てに

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第5章 契約
  第63話 龍の巫女

 
前書き
 第63話を更新します。

 次回更新は、
 6月13日。『私は何処から来て、何処に向かうのでしょうか?』第6話。
 タイトルは、『顕われたのは黄泉津大神の眷属ですよ?』です。

 その次の更新は、
 6月17日。『ヴァレンタインから一週間』第21話。
 タイトルは、『真名』です。
 

 
「あの土地神の語った内容を湖の乙女(ヴィヴィアン)はどう考える?」

 ガリア両用艦隊旗艦内に宛がわれたウナギの寝床に等しい自室。その狭い室内で、差し向かいと成って食事を取っている男女とは思えないような、色気も何もない実用本位の俺の台詞。
 但し、これは仕方がない事。俺の判断力や人間観察力は、俺の能力を超えたトコロに関しては発揮される事は有りません。ならば、俺と違った観点から、相手の事を判断出来る人間の意見を聞くのは非常に重要な事と成りますから。

 尚、俺が感じた雰囲気からすると、あの土地神の言葉は信用出来ると思って居ます。
 確かに土地神とは、その土地や、その土地に住む存在。人間と人間以外のすべてを慈しみ護る存在ですから、場合に因っては敵となる可能性も有ります。ですが、俺や、あの場に居た湖の乙女に関しては、どう考えてもこのブレストと言う街に仇なす存在では有りませんから……。
 むしろ、ブレストと、其処に住む存在すべてを護る人間(存在)の可能性の方が高いですからね。

「あの土地神の言葉は信用出来る」

 俺の問い掛けに対して、簡潔にして明瞭な答えを返す湖の乙女。室内を照らし出す魔法のランプの、そのややオレンジ色に染まった明かりが、彼女の銀のフレームと硝子に反射して、彼女の鋭利と表現すべき瞳に更なる力(説得力)を与えているかのようで有った。

 ただ、その場合だと、

「正式な書類を偽造して倉庫から物資の持ち出し横流しを行って居る、……ぐらいしか考えられなくなるな」

 土地神がどの程度、人間界。特に、物資の出し入れに気を配っているのか、と言う疑問は当然存在しては居ますが、それでも、夜陰に紛れて倉庫に忍び込む、などと言う、見るからに怪しげな事が行われた形跡はないと言う事だと思いますから。

 もっとも、その程度の事ならば、既にガリア両用艦隊内部の監査で調べて居るはずです。そして、その結果、余程巧妙に隠蔽していない限り、兵站部門の人間が捕まって事件が解決していると思うので、俺の元。北花壇騎士団の方にまで仕事が回って来るとは思えないのですが……。
 ただ、そうかと言って、ガリア両用艦隊上層部。少なくとも昼間に面会した艦隊司令からは、別に不審な雰囲気は感じなかったのですが……。

 俺は、昼間に面会した、名前に非常に問題が有るが、能力的には、そう問題点を感じる事の無かったガリア両用艦隊提督の姿を思い浮かべながら、そう考えた。

 いや、この場合不審なのはむしろ俺の方ですからね。一見習い士官の分際で、着任の挨拶に艦隊司令の元に訪れているのですから。
 本来ならば、あの場に誰も居なければ、今回の任務に対するイザベラの指令を口頭で伝える事が出来たのですが……。
 もっとも、あっさりとあの場に通されたのですから、既に北花壇騎士団とガリア両用艦隊の間で話が通って居るのは確実なのですが。

 まして、もし、艦隊司令クラスの人間が物資の横流しに関与していたのならば、もっと確実な偽装工作。例えば、訓練などで消費した物資の量を過大に報告して、書類上からは不審な部分を感じさせる事のない状況を作る事も可能だと思うのですが……。

 其処まで考えてから、その瞬間に、ガリア王国内政の裏の部分に、かなりの政治力を持つおデコの広い姫さんの顔を思い浮かべる。そう。俺の少し足りない頭が思い付く程度の偽装工作を行って居ても尚、イザベラの周囲に居る密偵や官吏の目を誤魔化す事が出来ずに、前任者や俺の元に仕事が回って来た可能性も少なくはない、と思い直しましたから。
 何故ならば、あの姫さんは、俺が湖の乙女と契約を交わした直後に、ガリアが湖の乙女。いや、ラグドリアン湖の精霊の身柄を護る事を約束して、トリステインとの有名無実と化して居た盟約を破棄させ、ガリアと湖の乙女との間で交わした新たなる盟約を創り上げるようなマネが出来たのですから。

 その他の例から考えてもあの姫さんの周りを固めるブレーンは、この世界的に言うのならば、かなり優秀な連中が居るのは間違い有りませんか。

 少しの空白。それは、思考を纏める時間。そんな俺の様子を、水の精霊に相応しい澄んだ瞳で見つめ続ける湖の乙女。

 その結果得られる、非常にシンプルな結論。ひとつの方向からのアプローチが行き詰まったのですから、別の方向から考えてみるしか方法がないでしょう、と言う物。
 そして、

「風石や火石は精霊力の塊。……と言う事は、一か所に大量に存在していたのなら、間違いなく巨大な精霊力として感じる事が出来るな?」

 顎の部分を右手の人さし指と親指で摘まむように、そして、その右腕の肘の部分に左手を当てた、所謂、考える者の仕草で湖の乙女に問い掛ける俺。

 どうやら現在判っている事実からだけでも、物資の移動の命令書を偽造出来るレベルの人間が物資横領犯の一味に存在して居る事は確実のようですから、相手は簡単にはシッポは出さないでしょう。
 それならば、明日は一日掛けて街中を調べ回り、不自然なまでに精霊力の集まった個所を探すだけ。
 刑事は靴を履き潰してナンボ、と言う、至極アナクロニズムな捜査に変わると言う事です。

 更に、もしこの事件が単なる物資横領事件などではなく、もう少し大きな事態に繋がっている事件ならば、その動きに……事件の黒幕の動きに対処する為に、街中の龍穴を調べて、多少の小細工を施して置く必要も有りますからね。

 流石に、すべて土地神頼みでは、土地神以上の存在が顕われた時に、こちらの状況が不利に成り過ぎますから。

 もっとも、もしも、その横流しされた物資が軍関係の倉庫に一時的に保管されていた場合には、その方法では判らないのですが……。所謂、木の葉を隠すには森に隠せ、と言う状況に成りますから。
 その場合は、書類をいちいち確かめるような細かな作業を繰り返す必要が有るので、一週間以内……同室の連中が帰って来る半舷上陸の終了までの事件解決は難しいですし、俺自身が艦隊の砲術担当として潜り込んで居るのに、兵站部門の書類の細かなチェックを行うのはかなり怪しい動きと成るので、少しの小細工が必要と成るのですが。

 俺のその問い掛けに対して、ほぼ、動いたのか、それとも動いて居ないのか判らないレベルで、微かに首を上下に動かす事に因って肯定と為す湖の乙女。彼女の行動をつぶさに確認している上に、霊道で繋がっている俺だから確認出来る、彼女の微かな仕草。

「そうしたら、さっさと食事を終わらせて、今日は終わりとしますか」

 幸いにして、半舷上陸中でこの部屋の住人は俺だけ。いや、むしろ、そう言う部屋に入れられるように、ワザとこの部屋の住人達が半舷上陸中に俺が放り込まれたのでしょうけど、これで、この見た目タバサそっくりの美少女姿の水の精霊と、くっ付くような形で眠る必要はなく成ったと言う事ですから。
 それだけでも、精神的には大分、楽には成りましたか。

 そんな俺の考えを気付いて居るのか、それとも、普段通り、我関せずの姿勢を貫いているだけなのかは判りませんが、それでも、真っ直ぐにメガネ越しのやや冷たい視線で俺を見つめた後、彼女は微かに首肯いて答えてくれたのでした。


☆★☆★☆


 甘い香りが鼻腔を擽り、適度に湿り気を帯び、そして、とても柔らかくて温かい物体が両腕の中に存在していた。
 これは……。

 ある程度の大きさを持ったそれは、あまり体験した事のない、それでいて何故か触り慣れた……。いや、抱き慣れたような不思議な既視感を両の腕と、そして、それほど厚くはない自らの胸板に伝えて来て居た。
 しかし、俺の布団の中に一体何が……。

 甘い香り?

 かなり寝惚けた頭で、少し強く、その温かくて柔らかい物体を抱きしめてみると、適度な弾力と、そして、先ほどよりも更に強く香る、甘い香りが鼻腔から肺を満たして行った。

 いや、この甘い香りには覚えが有る!

 そうやって寝ぼけた頭で理解した瞬間、眠気を気力で吹っ飛ばし、再び瞑ろうとする両の瞳を無理矢理に開ける俺。
 その視線の先。距離にして三十センチもない位置に、その少女のメガネを掛けていない状態の整った容貌が存在して居た。
 そう。この鼻腔を擽る甘い香りは、彼女の肌の香り。そして、腕が覚えて居る彼女の温もりと彼女の形。

 矢張り、彼女にメガネが与えている印象が、より怜悧な印象と、そして、やや冷たい雰囲気を与えているのは間違いない。

 俺の寝惚けたような視線と、普段よりは柔らかい湖の乙女の視線が、丁度俺の肩ぐらいの位置で交わる。
 そして、

「おはよう」

 俺の左腕を枕の代わりにした湖の乙女が、普段とまったく変わりのない落ち着いた雰囲気の口調で、そう朝の挨拶を行って来た。
 非日常の中の日常。
 そして、彼女の発して居る雰囲気は陽。朝の目覚めの際に発せられる気としては、とても良い一日が過ごせる事が間違いない、と言う雰囲気を発して居た。

 成るほど。彼女が発して居るのは間違いなく幸福感。

「おはようさん」

 取り敢えず、双方共に寝間着は、昨夜眠りに就いた時に着て居た状態なので問題はない。そう考えてから、落ち着いた雰囲気で朝の挨拶を返す俺。
 但し、相変わらず、お互いの吐息の掛かる距離、ついでに、鼓動を直に肌で感じる状態で見つめ合った二人の朝の挨拶なのですが。

 この状況は、普通に考えるのならば、間違いなくのっぴきならない状況と言う状況ですか。

「若干の血圧の上昇。及び体温、心拍数の増加がみられるが、誤差の範囲内」

 微かに首肯いてから、そう答える湖の乙女。その時に、初めて左腕に彼女の頭が乗っている事を感じた。おそらく、何らかの方法で、彼女自身が俺の腕に重さを伝えないようにしているのでしょう。
 もっとも、この状況下では、いくら低血圧の俺でも、少々の血圧が上昇したとしても不思議ではないとは思いますけどね。

 確かに、普段から平静を保つ事が出来るように訓練や修行は行って居ます。しかし、いくら普段から平静を保つ努力をしているとは言っても、この異常な状況下では流石に……。

「なぁ、湖の乙女(ヴィヴィアン)。ひとつ、聞いても良いかな?」

 狭い畳一畳分のスペースに敷いた布団の中で、殆んど俺の胸に顔をうずめるような形で横になる湖の乙女。しかし、これほど密着した状態でも、彼女に対する警戒心のような物は発生せず。
 矢張り、俺に取って彼女の姿形と言うのは、心の奥深くに刻み込まれた物が有ると言う事なのでしょうか。

 そして、俺の問い掛けに対して、寝起きの俺の顔をじっと見つめた後に、再び、微かに首を上下させる湖の乙女。
 良し。これは肯定されたと言う事です。それならば、

「確か、オマエさんが昨夜寝たのは、本来、俺に与えられた寝台の上で、俺の方がハルファスに準備して貰った畳の上に布団を敷いて寝たはずなんやけど、翌朝目が覚めてみたら、オマエさんが俺の腕の中に居る。
 この理由を、出来る事ならば教えて欲しいんやけど」

 もっとも、俺が眠ってから、彼女が俺の布団の中に潜り込んで来ない限り、こんな状況には成らないとは思うのですが。
 更に、ついでに言うのなら、何故、俺が彼女を抱きしめた感覚に、妙な既視感のような物が有るのかについても教えて貰えると、非常に有り難いのですが。

「あなたの傍らで眠る必要が有った」

 至極、真っ当な理由を述べる雰囲気で短く答える湖の乙女。それに、よくよく考えてみたのなら、相手は神霊。人間そっくりの姿形をしているから人間と同じ倫理感やその他を持って行動して居ると勘違いしていたけど、そんな事はない可能性も有りましたか。
 まして、水の精霊に男性格の精霊と言う存在は居ません。つまり、真っ当な生命体とは別の理でこの世界に存在している存在。そんな存在を人間の倫理観で当てはめて考える事自体がナンセンスでしたか。
 そして、更に続けて。

「大丈夫。あなたはわたしを抱き寄せただけ。あの頃と同じように」

 本当に何もなかったかのように、現状の説明を淡々と行う湖の乙女。
 しかし、未だ彼女は俺の左腕を枕にしたまま。そして、やや上目使いに俺を見上げる姿勢を変えようとはしなかった。

 まして、彼女の台詞の中にも問題の有る部分が……。

「あの頃と同じように、と言うのは……」

 つまり、前世で俺と彼女はそう言う関係だったと言う事なのでしょうか。
 俺の言葉に、微かに首肯く湖の乙女。そして、

「あなたは、昔から深い眠りに就くと手近に有る物を抱き寄せる癖が有る」

 ……と、口調は普段の彼女のままにそう話す湖の乙女。
 しかし、その心は先ほどよりも、更なる陽の気を発して居る。それは、明らかに懐かしい思い出を語る者が発する雰囲気。
 そしてそれは、妙に甘酸っぱい想いと、遠い昔に過ぎ去って仕舞った、満ち足りていた時を懐かしむ雰囲気(感情)を俺に伝えて来て居た。

 ………………。
 成るほど。確かに彼女が言うように、俺は寝ている間に抱き付き癖が有るのは間違い有りません。朝、目覚めた時に、被って居たはずの布団を抱きしめている事は日常茶飯事ですから。
 まして、そんな事を知って居る相手は……。

 タバサでさえ、知って居るかどうか怪しい事柄だと思いますね。

 尚、何時までも同じ布団の中に横に成った状態で、胸元に湖の乙女を抱き寄せたままでの会話では、まるで恋人同士が睦言を交わして居るようで流石に……。取り敢えず、非常にマズイ雰囲気ですので、右腕と俺の生来の能力で彼女の小さな、そしてとても軽い身体を支え、左腕の肘と軽く曲げた左脚で二人の上半身のみを起こす俺。

 そうして、二人で正面から正座した形で布団の上に向き合った後、

「ハルファス。出来る事ならば状況の説明を頼めるかな」

 このウナギの寝床状のガリア両用艦隊旗艦内に用意された俺の部屋の入り口付近。つまり、俺の背後に立ち、おそらく、この状況に至る経緯をすべて見続けていたハルピュイア族の女王に対して、そう問い掛ける俺。

 但し、問い掛けたモノの、この状況に至った経緯など、簡単に推測出来るのは確かなのですが。

 何故ならば、確かに、眠っている俺と湖の乙女の護衛用に現界させたハルファス(彼女)ですから、俺の身に危険が迫らない限り、何の手出しも行わないのは当たり前です。更に、湖の乙女が俺に危害を加える事は有り得ない事ですから、彼女が俺の寝ている間に、俺の傍らに移動して来たとしても、その行為を邪魔する事は有り得ないとは思います。

 但し。例えそうで有ったとしても、人間の世界には、人間の世界の倫理感やルールと言う物が有るのですが……。

「状況も何も、見たまま、感じたままだな、シノブくん」

 涼しい顔でそう答えるハルファス。そして、この雰囲気だと、細かく説明する気はゼロ。まして、彼女もまた神霊ですから、人間界の倫理観に囚われて行動する必要は有りませんから……。
 この対応は、別に不思議な事でも有りませんか。

【何を、朝から細かい事をごちゃごちゃと言って居るのですか、シノブは】

 もう、俺と湖の乙女(彼女)の間に何も無かった事は確かみたいですし、朝一番に彼女の幸福感に満たされた気に包まれたので、それだけで良としようとした俺に対して、黒の智慧の女神。ダンダリオンが【念話】を繋げて来る。
 そして、更に続けて、

【そもそも、タバサが一時的に離れている以上、早急に次の巫女を用意しなければならないのですから、彼女にシノブの傍に居て貰うのは当たり前なのです】

 彼女独特の特徴のある語調で、そう話し掛けて来た。
 大人の女性騎士の雰囲気の有るハルファス。無機質不思議ちゃん系の湖の乙女に、生意気少女系のダンダリオン。どうも、扱い辛い連中ばかりがこの場を仕切っているようなのですが……。

 しかし、

「ダンダリオン。その巫女と言うのは、一体、何の事なんや?」

 しかし、現状を憂いて居るばかりでは始まりませんか。まして、タバサが離れていて、と言う部分に何か引っ掛かりが有りますし、更に、早急に用意すると言う事は……。

【シノブは自らの霊力を完全に制御出来ない能無しだから、タバサを巫女にしてシノブの霊力を制御して貰って居たのです】

 確かに、俺自身の霊力の総量と、それを扱う才能の無さには少し問題が有るとは思っていましたが、能無しは流石に……。

【そもそも、シノブはタバサが自らの魔法の才能のみで、シノブの霊力を制御出来るように成って居ると思って居たのなら、それは大間違いなのです】

 普段通りの毒舌で一言余分な言葉を口にした後、更に余計な部分を話し出すダンダリオン。
 いや、厳密に言うと、完全に余計な部分と言う訳では有りません。ただ、今、その台詞に何の意味……。
 いや、俺が眠っている間に、タバサも何か行っていたのか?

【肯定。本当は、タバサの時にも、湖の乙女のようにシノブの直ぐ傍らに眠って貰えた方が同期(シンクロ)させ易かったのですが、シノブが彼女の隣で眠る事を強く拒否したから妙に時間が掛かって仕舞ったのです】

 俺の思考が【念話】として漏れ出たのか、それとも、分霊(わけみたま)としての彼女が本来扱えないはずの、オリジナルのダンダリオンが持って居る職能。相手の心を知る、……と言う職能が発動したのかは判りませんが、それでも、ダンダリオンがそう答える。
 ただ、同期(シンクロ)。そして、俺の隣で眠るって。

 そう言えば、タバサは何故か、俺に対して自らの隣で眠る事を進めて来る事が多かったような気もしますが……。

【肯定。相手の呼吸に合わせて、精神も重ね合わせるように行う。元々、タバサとシノブの間には強い縁に因る絆も繋がれていた上に、使い魔契約に因って、彼女はシノブの主人と言う属性も得ていた】

 またもや、俺の思考を読んだかのような【答え】を返すダンダリオン。もっとも、その辺りは今のトコロ、そう重要な事では有りません。今、重要なのはタバサの事。
 そして、もし、その先を行うのなら……。

「もしかして、その先は、心臓の鼓動さえも同期させたと言う事なのか?」

 そうやって実際の言葉にして、その場に居る全員に問い掛ける俺。まして、本当の意味で同期すると言うのなら、間違いなく……。

【肯定。起きて居る時のシノブは直ぐに視線を外す、呼吸を乱す、鼓動を早くする。本当にヘタレで訓練ひとつ出来なかったから、タバサには最初に呼吸を合わせて、最後には鼓動も合わせられるように成って貰ったのです】

 そして、俺の予想通りの【答え】を返して来るダンダリオン。
 確かに呼吸を合わせる事は誰にでも出来ます。しかし、心臓の鼓動まで同期させられるのは……。
 そんな事が出来るのは最早人外。人ならざるモノ。

 これは、つまり……。

「成るほど。タバサが吸血姫に覚醒した最大の理由は彼女の家系に関係する物やけど、出会ってから短い時間で覚醒に至った理由は、その訓練の性か」

 その同期と言うのは、同時呼吸法と言う初歩の仙術の訓練。そして、其処から心臓の鼓動を合わせると言う事は、また違う仙術。
 まして、最初にダンダリオンが言ったように、タバサは俺の主人と言う属性を得て居ます。これは、通常は双方の力関係に因り、俺の方にタバサの気が流れて来る可能性の方が高いのですが、彼女と俺の場合にはその心配は有りません。
 そして、男性で有る俺が作り出した陽の気を女性のタバサが受け取るのですから、これは理にも適って居ます。

 それに、そもそも、俺の呼吸のペースは深く長い。更に、鼓動も通常の人間よりはゆっくりとしたペースで打つ存在。仙人の修業を積んだ龍種と言う非常に稀な存在。これは、タバサは初めからかなりキツイ練習を繰り返していたと言う事ですか。
 但し、もし、そうだとすると……。

「つまり、タバサも俺の抱きつき癖は知って居ると言う事か」

 知らなかったのは俺だけで、他の人間は全員知って居た、と言う事ですか。
 いや、それドコロか、俺が知らないだけで、タバサも寝ている最中に、俺に抱き締められた事も有るかも知れないか。

 先ほどの、湖の乙女の語った内容が、タバサにも当て嵌まるのならば。

「それで、湖の乙女は、俺の霊気をタバサと同じように制御出来ると言う事なのか?」

 もう、彼女……。湖の乙女が臨時の俺の巫女役に成ったのなら、それは、それで構わないでしょう。更に、俺と彼女の間に、その修行……と言うか調整作業以外に何も無かったのなら、俺の隣で眠ろうが、腕の中で眠ろうが、問題はないと思いますから。
 但し、それは今晩だけ。明日の夜からは、少なくとも同じ布団の中で眠る事だけは勘弁して貰いますが。

 流石に、理性が保てる自信が有りませんから。

 そして、俺の問い掛けに対して、ダンダリオンが会話に乱入して来てから少し蚊帳の外に置かれていたように成っていた湖の乙女が、彼女にしては珍しくやや強い雰囲気で首肯いて答えてくれたのでした。


☆★☆★☆


 ゆっくりと、海から昇って来る乳白色の帳が、今宵も再び、この港街を覆い尽くそうとして居た。
 かなり濃い磯の香と、そして、冷たいと表現すべき白の世界。
 まるで、このブレストの街自体が海底と言うべき領域に取り込まれたかのようで、非常に不快。そして、微妙な陰鬱とした雰囲気に包まれているかのようで有った。

 現在、俺の時計が指し示す時間は午後の六時過ぎ。結局、ブレストの街で精霊力の濃い場所を調べ回ったのですが、簡単に盗み出した精霊石を一時的に保管している場所を発見出来る訳もなく……。
 明日からは、このまま、捜査範囲をブレスト周辺にまで広げて捜査を続けるか、それとも倉庫に残された物資と、兵站の部門に残されている文書とのつき合わしを行って不審な個所がないか、の確認を行うのか。

 それとも、このガリア両用艦隊所属で、ある程度の地位に有って、補給物資の管理を行う権限を持つ人間を調べ上げるか。
 もっとも、ここは魔法がリアルに存在するファンタジーな世界ですから、俺が捜査可能な方法での個人の裏を洗うような方法は、既に行われている可能性の方が高いと思うので、生半可な方法では難しいとは思いますが……。

 どれを選ぶにしても、時間の掛かる地道な捜査と成る事だけは確かだと思います。
 尚、当然のように、このブレストと言う街も城塞都市で有り、現代社会。それも、日本から召喚された俺から見ると、街の規模も小さく、更に、日が暮れる前に外に向かう城門はすべて閉じられて仕舞いますから……。
 周辺地域にまで捜査範囲を広げる事は非常に面倒なのですが。

 それとも、最後の選択肢は……。

「この街の霧は、強い陰の気を含む」

 其処まで考え掛けた俺の思考を遮るように、俺の右隣を歩む湖の乙女が、この時間。逢魔が時に相応しい装いの口調で、そっと呟いた。
 その彼女の口元に、彼女が吐き出した微かな吐息が渦を巻き、白き帳を微かに揺らせる。

「水気自体が、多少の陰の気を含むのは当たり前。しかし、この街を包む霧に関しては、確かに強い陰気が含まれているのは間違いないな」

 そう、彼女の呟きに対して答えを返す俺。
 但し、だからと言って、この霧自体に不審な点が有るかと言うと、そう言う訳では有りません。ただ、霧に包まれる事に因って、多少の陰鬱な気分にさせられる、と言うぐらいで、霧自体が害意や悪意に染まっている訳ではなさそうなのですが……。

 ただ……。
 ただ、通常ならば、未だ日が落ちてから間がない時間帯で有る事から、通りを歩む人影が存在しなければならない時間帯なのですが、今日に限ってはそんな人々と行き交う事もなく、ただ、昼と夜の狭間の時間帯に、人ならざる者二人がゆっくりと家路をたどっている状況。
 更に、厚い霧のヴェールに閉ざされた上空には、紅き月を覆い隠すように重なった蒼い月が遙か下方に広がる大地を覆い、夜と、夜の子供たちに相応しい光明(ちから)を与える。

 そう。今宵はスヴェルの夜。

 たそがれ時。いや、より、現在の時刻に相応しい呼び方をするのなら、逢魔が時。世界が、陽の存在で有る太陽星君の支配する光溢れた時間帯から、陰の属性を帯びる太陰星君の支配する夜の世界への移行期。
 まして、今宵は、その太陰星君さえ顔を見せる事はなく、偽りの月が世界を支配する夜。

 そう。あの夜空に浮かぶ蒼の月は、間違いなく偽りの月。このハルケギニア世界に俺が召喚された日から、一度たりとも満ち欠けをする事のない月。

 その蒼が支配する世界の、更に、陰と陽。そのどちらの支配も確立していない覚束ない狭間の時間帯。古くから、魔が追って来る時として認識されていた忌まわしく、不吉な予感の漂う時間帯……。

 その瞬間、白い帳の向こう側から、何者かが近付いて来る雰囲気が伝わって来る。
 誰そ、彼の言葉に相応しいシチュエーション。
 そして同時に感じる、強烈な臭気。それまで感じて居た磯臭いなどと言うレベルでは収まり切らない異常な臭気と、何処か異界から湧き出して来るかのような声。

 但し……。

「一人や二人ではないな」

 広くはない道に集まる人の群れ。その悪意の数は百を下る事はない。
 霧に閉ざされた向こう側から顕われる無秩序で、統一性のない人々。軍人らしき姿の存在も居れば、街のおばさん風の人も居る。そして、その中には、当然のように老人や子供の姿も……。

 その表情はどれも同じ。無に等しい表情を浮かべ、その瞳にのみ、妖しい光を湛えたその姿は、何故か、ラ・ロシェールの街を襲った魔物たちを彷彿とさせた。
 そう。その表情。そして、彼らが発する雰囲気は、明らかに境界線を越えた向こう側の存在たち。

 刹那。俺と、湖の乙女の二人を視認した無表情の人々が、その無秩序の歩みを止めた。いや、違う。彼らの歩みは、最初から完全に無秩序な歩みと言う物ではなかった。
 軍靴が。木靴が。革製の靴が。中には、素足の発するペタペタと言う音も混じっては居ましたが、その足が発する音は規則性に支配されて居り、発する瞬間は皆同じ。まるで、統一された意志の元、ここまで訓練の行き届いた軍隊の如き整然とした行軍を行って来ていたのだ。

 そして、次の瞬間。まるで、雪崩が起きるような唐突さで、その無秩序な編成の軍隊が無表情な顔をこちらに向け、妖しい光を放つ、しかし、死んだ魚のような瞳に俺と湖の乙女を映し、俺達二人に向けて襲い掛かって来たのだ!
 その彼我の距離は十メートル足らず。一瞬にして呑み込まれ、二人が蹂躙されるのに、一分の時間も必要とはしないだろう。

 しかし、そう、しかし!

 一瞬の判断で傍らに立つ湖の乙女を抱え上げ、上空に退避を完了する俺。

 そして、その上空に退避した俺達二人に殺到した、風と火と水と土。そして、属性の定まっていない物理にも等しい悪意の塊も、俺の腕の中に存在する少女が施した魔力の砦に因って、すべて阻まれて仕舞った。

「意志を感じさせない表情。そして、妖しく光る瞳……」

 俺は、独り言を呟くように、そう口にした。
 相変わらず続く、地水火風、更に物理魔法に因る攻撃と、投石、矢、そして、マスケット銃による攻撃に晒されながら。

 まるで何者かに操られたかのような、統一された意志による攻撃。その、陰気に包まれた妖しく光る瞳に彩られた軍隊を、上空約十数メートルの位置から睥睨(へいげい)しながら、

「湖の乙女。あいつらの精神支配を解き放つ方法は有るか?」

 ……と、問い掛ける俺。
 そう。暴徒と化した普通の状態の街の住人や、軍属たちを無力化する事は簡単です。ラ・ロシェールで山賊を縛った時のように、植物を操って身体を拘束すれば簡単に無力化する事は出来るでしょう。
 但し、通常の相手ならば。
 しかし、現在の彼らの状況から推測すると、コイツらは違う。この上空を見上げている連中は、少々の拘束程度では、無理矢理に引き剥がそうとする可能性が高いと思いますから。

 何故ならば、腕や、足を失ったトコロで、精神を支配している存在に取っては、蚊に刺されたほどの痛痒も感じないはずです。どう考えても精神を操る相手と感覚の共有を行って居るとは考えられない。そう考えると、無理矢理にでも拘束を引き剥がそうとして当然ですから。
 まして、元々、意識を失っている人間を、これ以上、どうやって意識を失わせるのか判らない以上、気絶させる事も無意味……と言うか、俺には不可能です。まして、眠らせるのも当然不可能ですから。

 それに、この様な方法を使って俺と湖の乙女を倒す事が可能だと思って居る相手なら良いのですが、そうではない可能性も少なくは有りません。
 その場合、この地上から俺と湖の乙女を、妖しい光に彩られた瞳で、茫洋と見つめる暴徒たちは、操っている存在に取っての兵士(手足)で有ると同時に、俺達に対する人質でも有ります。

 このまま捨て置いた場合、暴徒と化した人々が、散々暴れ回った後に……。

 そもそも、この暴徒と化した人々を操っている存在に取って、この人々の身体を護らなければならない理由は存在してはいません。
 そして、通常の場合、人間と言うのはその能力の限界を発揮している訳では有りません。

 俗に言う火事場の馬鹿力と言う、身体の耐久力の限界を超えた力を発揮させる事が、人体には可能なのですから。

「彼らの精神(こころ)を揺さぶる」

 俺の思考が明確な答えを紡ぎ出す前に、湖の乙女がその冷え切った視線を地上に向けた状態で、そう伝えて来た。
 (こころ)を揺さぶる。ほぼ、俺の想像通りの答えを。
 但し、

「その魂を揺さぶると言うのは、今日、昼間の内に配置した呪物を触媒にして、この街すべてを覆う事は可能か?」

 街の彼方此方から発生した争いの気を感じ取り、更にそう問い掛ける俺。
 まして、それだけに異常事態が留まりはしない。上空からは更に多くの風の精霊力が消費される気を感じたのだ。これは、おそらく、このブレストの地に停泊している艦が何らかの理由で出航したと言う事。

 それならば……。

 先ずは、この街に起きて居る騒動を終息させる。それが最初に行うべき事でしょう。
 何が起きるか判りませんが、ここは軍港。そして、風の精霊力が凝縮した風石や、炎の精霊力が凝縮した火石が倉庫には存在して居ます。
 それを、何らかの形で悪用されたら、この街すべてが地図から消え去る可能性も有りますから。

 俺の問い掛けに対して、小さく首肯いたような気を発した後、

「可能。水は人の精神や心に作用する。あなたの笛の音に合わせて、わたしの歌声を響かせ、昼の間に配置した呪物に共鳴させる」

 ……と、伝えて来た。
 成るほど。そうすると次に必要な手立ては、

「ハルファス。サラマンダー」

 俺の呼び掛けに答えて、現界して来る二柱の式神。

 ソロモン七十二の魔将第四席にして、ハルピュイア族の元女王。魔将ハルファス。
 そして、炎の精霊。高貴なる者の証に身を包んだ、精霊界の貴族サラマンダー。

「俺と湖の乙女の二人でこの騒動を鎮静化させる。その際に、この結界を解除するから、その術が効果を上げるまでの間、俺達の護衛を頼みたい」

 そう依頼を行う俺。そして、更に続けて、

「ノーム」

 戦闘時には召喚する事の少ない、大地の精霊ノームを現界させる俺。
 但し、彼の場合、上空に滞空する事は出来ないので、湖の乙女のように、俺の生来の能力で滞空させて居るのですが。

 そして、その場に顕われた、小さながっしりとした体格。髭面。主に、黄色を主体とした、このハルケギニア世界に暮らす庶民の着る衣装に身を包んだ大地の精霊ノームに対して、

「このブレストの土地神に対して、この地の精霊をすべて掌握して、火石や風石に凝縮された精霊力が暴走しないように手を打ってくれ。その為になら、どれだけの黄金を費やしても構わない」

 確かに、俺には蘇生魔法が存在しますから、後に復活させる事は可能です。但し、流石に魔法でも為せない事は有りますし、あまりにも多くの死者を復活させると、それだけ、余分に現実を歪める結果と成る可能性も大きく成り……。
 返って、世界に悪影響を及ぼす可能性が高く成りますから。

 俺の依頼に対して、三者三様の仕草、及び言葉で肯定を示す三柱の式神たち。
 そうしたら、

「湖の乙女。次に結界を解除したら、二人の精神を完全に同期(シンクロ)させて、一気に行くぞ」

 最後の俺の問い掛けに、湖の乙女からは落ち着いた、しかし、かなり大きな陽の気に包まれた答えが返されたのでした。

 
 

 
後書き
 多分、もう忘れているでしょうから白状して置きます。
 アルビオン行きの第29話にて、休息した後にタバサの機嫌が良かった事が有ったと思いますが……。

 この時に、タバサは主人公に抱き癖が有る事を確認しています。
 三十万文字以上前の細かなネタなのですが。

 尚、この『蒼き夢の果てに』は、最初、とあるサイトに公開していた二次小説です。
 故に、主人公は笛を用いた長嘯を使用しているのです。
 ちなみに、第63話の元々のコンセプトは『ギ○スVSハ○メ○ンの笛○き』でした。
 ここまで引っ張って来るのに八十万文字以上、費やして仕舞いましたが。

 それでは、次回タイトルは『勝利もたらす光輝』です。
 何でしょうかねぇ。湖の乙女も関係して居ますから……。
 
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