ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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ALO
~妖精郷と魔法の歌劇~
Determination:決意
レン達、そしてリーファの前に立ち塞がった長身の男は、リーファの見知った顔だった。
シルフにしてはずば抜けた背丈に、荒削りだが男っぽく整った顔。この外見を手に入れるためには、かなりの幸運か、かなりの投資が必要だったと思われる。
体をやや厚めの銀のアーマーに包み、腰には大振りのブロードソード。額には幅広の銀のバンドを巻き、波打つ濃緑の髪を肩の下まで垂らしている。
男の名前はシグルド。ここ数週間リーファが行動をともにしているパーティーの前衛だ。
見れば、彼の両脇に控えているのもパーティーメンバーである。
レコンもいるのかと思って周囲に眼をやったが、目立つ黄緑色の髪は視界に入らなかった。
シグルドはシルフ最強剣士の座をいつもリーファと争う剛の者で、また同時に、主流派閥に関わるのを忌避しているリーファと違って政治的にも実力者だ。
現在の《シルフ領主》───月一回の投票で決定され、税率やその使い道を決める指導者プレイヤー───はサクヤだが、シグルドは彼女の側近としても名を馳せる、言わば超アクティブ・プレイヤーである。
その恐るべきプレイ時間に裏打ちされた各種スキル数値とレア装備はとてもリーファの及ぶところではなく、シグルドとの一対一デュエルはいつも、運動性に優るリーファがいかにして彼の頑強な防御を打ち砕くかと言うしんどい戦いになる。
それだけに、狩りではフォワードとして実に頼もしい存在感を発揮するのだが、反面その言動はやや独善的で、束縛を嫌うリーファを辟易とさせる局面も少なからずあった。
今のパーティーでの稼ぎは確かにかなりの効率なのだが、そろそろ抜ける潮時かな、と最近は考えないまでもない。
そして今、リーファの前にずしりと両足を広げて立つシグルドの口許は、彼が最大限の傲慢さを発揮させる時特有の角度できつく結ばれていた。
これは面倒なことになりそうだ───と思いながら、リーファは口を開いた。
「こんにちは、シグルド」
少々ぎこちないながらも、どうにか笑みを浮かべながら挨拶したものの、シグルドはそれに応える心境ではないらしく、唸り声を交えながらいきなり切り出した。
「パーティーから抜ける気なのか、リーファ」
どうやら相当に機嫌が悪いらしいシグルドを、ちょっとアルンまで往復するだけ、と言って宥めようと一瞬考えたが、なんだか急に色々なことが面倒になってしまって、気付くとリーファはこくりと頷いていた。
「うん……まあね。貯金もだいぶできたし、しばらくのんびりしようと思って」
「勝手だな。残りのメンバーが迷惑するとは思わないのか」
「ちょっ………勝手…………!?」
これにはリーファも少々カチンと来た。
前々回のデュエルイベントで、激戦の末シグルドを下したリーファを試合直後にスカウトしてきたのは彼自身である。
その時リーファが出した条件は、パーティー行動に参加するのは都合のつくときだけ、抜けたくなったらいつでも抜けられる。という二つで、つまり束縛されるのは御免だとしっかり伝えてあったつもりなのだが────
シグルドはくっきりと太い眉を吊り上げながら、なおも言葉を続けた。
「お前はオレのパーティーの一員としてすでに名が通っている。そのお前が理由もなく抜けて他のパーティーに入ったりすれば、こちらの顔に泥を塗ることになる」
「…………………………………………」
リーファを含めた一同唖然。あまりにも暴論過ぎて、逆に二の句がつけない。
リーファだけは、唖然としつつも、やっぱり───という思いが心中に去来する。
シグルドのパーティーに参加してしばらく経った頃、リーファの相方扱いで同時にメンバーになったレコンが、いつになくマジメな顔で忠告してきたことがあったのだ。
このパーティーに深入りするのはやめたほうがいいかもしれない、と彼は言った。
理由を聞くと、シグルドはリーファを戦力としてスカウトしたのではなく、自分のパーティーのブランドを高める付加価値として欲しがったのではないか────更に言えば、自分に勝ったリーファを仲間、と言うより部下としてアピールすることで勇名の失墜を防いだつもりなのではないか、と。
その時はまさかそんな、と笑って流していた記憶があるのだが────
今、怒りと苛立ちを滲ませて立つシグルドの前で、リーファは全身に重苦しく絡みつくしがらみの糸を感じていた。
ALOに求めているのは、全ての束縛から脱して飛翔するあの感覚だけ。
何もかも振り切って、どこまでも飛びたいと、ただそれだけを望んでいるだけなのに。
しかし、それは無知ゆえの甘さだったのだろうか。
全ての人が翅を持つこの仮想世界なら、現実世界の重力を忘れられると思ったのはただの幻想だったのだろうか。
やるせない失望に囚われ、リーファは俯いた。
その時だった。
背後にいた、ことを黙って見守っていた三人の中からレンがするりと進み出た。
「……おじさんさぁ。リーファねーちゃんみたいな女の子に声をかけるほど友達いないのぉ?アッハ、かわいそっ!」
「………な……………っ!」
「あぁ~あ、MMOで友達いないとこんなことになるんだぁ。うんうん、いいこと知ったね」
あまりと言えばあまりのことに絶句し、言葉が出ない様子のシグルドたち一行。しかし、それはリーファ達もそうだった。
いや、正確に言うとリーファだけか。キリトはどこか、やれやれといった表情を顔に浮かべているし。
沈黙漂うその空間に、横合いからカグラが一言。
「そんなことを言ってはいけませんよ、レン。いかに勧誘を一人で行えない根性なしでも、友達くらいはきっといますよ。友達百人できるかな、です」
「いやいやいや、できないでしょー。だって明らかに、ザコキャラだもん」
目の前で繰り広げられる悪口雑言の数々に、しばらく放心していたシグルドだったが、その端正な顔を思いっきり歪めて憤怒の表情を造り出した。
「きっ………さまぁ…………!!」
シグルドの顔がみるみるうちに赤く染まった。
肩から下がった長いマントをばさりと巻き上げ、剣の柄に手をかける。
「ガキの癖につけあがるな!だいたい、お前らケットシーはオレらシルフのオプションでしかないんだよ!」
激昂するシグルドを見ても、しかしレンとカグラは涼しい顔で受け流している。
それどころか、いまだに会話を続けている。
「ほら見てよカグラ、やっぱり三流だ。こんな安い挑発に引っ掛かる」
「そうですねぇ。カルシウム摂取量が少ないのでしょうか」
「いやぁ、元々ああ言うキャラなんじゃない?なんだっけ、キレキャラって言うの?」
「あぁ。理解しました。なるほど、あれがキレキャラという物ですか。私はてっきり、何でも斬ってしまう侍と言う種族なのかと思っていましたよ」
「そんなわけないじゃーん」
あっはっは、とこちらを放っておいて、朗らかな笑いを発しているレン達を見て、とうとうシグルドの沸点が爆発したようだ。
大声で何かを喚きながら、いきなりブロードソードを抜き放って無防備なレンに突進を仕掛ける。
「ここはシルフ領地、一方的に死ね!!」
それを咄嗟にリーファは止めようとする。
シルフ領内でのシルフプレイヤーは、一切のHP減少がないため、仮にシグルドのブロードソードを真正面から受けたとしても、リーファのHPバーは小揺るぎともしない。
しかし、それはあくまでシルフプレイヤーだったらの話だ。
種族が違うケットシーであるレンは、その領地内ルールは当然適用されない。
だが、突き出したリーファの手を制したのは、黒衣のスプリガンだった。
「え?」
どうして、と言いかけたが、それを言うことはできなかった。キリトは笑みすら浮かべた口を開き、言葉を発した。
「まぁ見てろって」
その声に導かれるように、リーファは再び眼前の光景に眼を戻す。
目の前では、今まさに小柄なレンの体と、シグルドの長身が激突しようとするところだった。
角度的にリーファはレンの背後なので、レンの表情は見えないが、代わりにシグルドの表情は良く見えた。
その表情に浮かんでいるのは、狂喜の笑み。
圧倒的優位な立場から攻撃を仕掛けられると言う喜びにどっぷり全身を浸した時に表層に出る、悪魔の笑み。
だが、レンの背中からは全く動揺する気配が伝わってこない。いや、むしろつまらなさそうに見えるのは気のせいだろうか。
小さき紅衣の少年は、不意に迫り来る長剣に向けてふいっと右手を上げた。
何の気負いもなく、ただ自然に。
それこそ授業中に挙手するような、そんな自然な動作。
「遅い」
途端、バシイィッとガードエフェクトの閃光と音が撒き散らされ、レンの右手とシグルドのブロードソードの接地点を中心に衝撃が放射状に広がった。
放られた衝撃波は、風という形となってリーファ達の前髪を嬲る。
その中で少年が行ったのは────
「う………そ……」
少年が上げた右手、その人差し指の先と中指の先の間でシグルドのブロードソードは完璧に受け止められていた。
言わば、究極に安易化された真剣白羽取りである。
事態をやっと視認したのか、シグルドの顔に驚愕の色が浮かぶ。
次いで、にわかに焦りの表情を浮かべてブロードソードをレンの指から引っこ抜こうとするが────
抜けない。
とくに力を込めている様子でもないのに、レンの指に埋め込められた長剣はビクともしない。
しかも、攻撃判定表示される刃部分はレンの皮膚上のどこにも触れていないので、レンのHPも減らない。
おそらく、これが対刀術の一つの究極である、白羽取りの最も怖いところであろう。死亡率が高いことの反面、一度成功したら逃れることが容易ではないこと。
それは言い換えれば、相手は一度それをやられたら対処法がないのである。
紅衣の少年は右手を、挟んだブロードソードごとねじって、その傷一つない艶やかな刀身を顔の前まで持ってきて、一瞥するや吐き捨てるように言った。
「………やっすい剣」
その言葉が固まるシグルドの前に溶けるように消えると同時に、レンは右手を少々複雑な軌道を描いて振った。すると────
ぽきん、と心地いい音とともにその刀身が中心から真っ二つにへし折れた。
「な………」
再び絶句するシグルドの前で、レンは手の中に残ったほうの切っ先をぶらんと垂れ下げて顔の前にまで持ってくる。
「ほぅら。薄い輝きに、薄っぺらな刀身………。まぁ、持ち主がこんなド三流だったら当たり前か」
ぶちっ
そんな音がリアルにシグルドの額辺りから聞こえた気がした。
「う、ああああああああぁぁぁぁぁぁ!!オレをバカにするなああぁぁァァッッッ!!!」
叫びながら、手の中に残った、柄だけになってしまったブロードソードを投げ捨て、拳を握ってレンに特攻する────
ガアァアァァァアアアアンンッッッ!!
破壊不能オブジェクトをぶっ叩いた時特有の、大きなドラム缶にボールをぶち当てたような音と紫色の閃光が走った。
再びの衝撃波が前髪を揺らすのを感じながら、リーファははっきりと見た。
レンに突進しようとしていたシグルドが、まるで見えない砲弾に正面からぶち当たられたかのように運動ベクトルを真反対にして、吹っ飛ぶ様を。
吹っ飛んだシグルドは面白いくらいに何度もバウンドしながら、風の塔一階ロビーの壁に隕石のように突き刺さった。すぐさま当たったところの壁に、破壊不能を現す紫色のウインドウが浮かび上がる。
声もなく項垂れるシグルドにゆっくり近付ていくレン。
しゃがみこみ、シグルドの眼前に懐から出した何かを垂らした。
リーファはもっとよく見ようと眼を凝らした。あれは────
「……懐中時計?」
そう、懐中時計だ。長い銀の鎖に支えられて垂れ下がっている。遠目には見えにくいが、かなり精緻な銀の細工が施されているように見える。
それを見たシグルドの反応は激烈だった。
顔色がさっと青空のような真っ青になり、次いで公園の砂場の砂のような土気色になった。だいじょうぶかな、とリーファは咄嗟に思ったが言わなかった。
のろのろと顔を上げたシグルドは、やけに感情が失われた表情でリーファを見る。
「リーファ……領地を捨てる気なのか………」
その言葉に、リーファははっとして眼を見開いた。
ALOプレイヤーは、そのプレイスタイルによって大きく二種に分かれる。
ひとつは、今までのリーファはシグルドのように領地を本拠にして同種族のパーティーを組み、稼いだ金の一部を執政部に上納し、種族の勢力を発展させようとするグループ。
もうひとつが、領地を出て中立都市を本拠とし、異種族間でパーティーを組んでゲーム攻略を行うグループだ。この場合、レンとカグラのコンビがそれに当たるだろう。
前者は後者を目的意識に欠けるとして蔑視することが多く、領地を捨てた───自発的、あるいは領主に追放された場合を問わず───プレイヤーを脱領者と呼称している。
リーファの場合は、共同体としてのシルフ族への帰属意識は高いのだが、スイルベーンが気に入っていることと、あとの半分は惰性で領地に留まり続けていた。
だが今シグルドの言葉によって、リーファの中に、解き放れたいという欲求が急速に浮かび上がってきたのだった。
だから────
「ええ………そうよ。あたし、ここを出るわ」
リーファは真正面からシグルドの顔を見、はっきりと言った。
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「シグルドさんがフルボッコにされる回か」
なべさん「うん、いや違ぇよ?そんなにフルボッコにしないからね?」
レン「精神的には?」
なべさん「……………………フルボッコです」
レン「はい、自作キャラ、感想を送ってきてください」
──To be continued──
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