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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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第四十七話

「くそっ! 何で壊れねぇんだよ!」

「…………また鍵開け失敗か、クソ!」

「おい速くしろよ、こっちも限界だぞ!」

 第七十五層の迷宮区にて、プレイヤーたちの怒声とも悲鳴ともつかぬ声がまさに阿鼻叫喚といった様子で響いていた。

 こんな状況になってきたのは誰が悪いわけでもなく、誰のせいでもない。
ただ、第百層まで残り二十五層ということで、気が抜けていたことは否定出来ない俺や攻略組プレイヤーのせいと……それを狙ってデスゲームらしくする、趣味の悪いゲームマスターのせいだった。

 攻略組を代表する三大ギルド合同という、前代未聞の第七十五層の迷宮区ローラー作戦か功を労し、一週間でこの第七十五層のマッピングは終了した。
これまでから考えると異例の速さだったらしいが、それも、俺たちがアインクラッドを登り詰めている証拠だと考えれば、更にやる気が起こるというものだ。

 俺も《アインクラッド解放軍》に混じって探索に協力させて貰ったが、コーバッツを始めとする軍のプレイヤーたちも、攻略組に返り咲いたからかグリームアイズ戦で見せた危うさはもう既に無かった。

 そして、第七十五層のマッピングが全て終了してから三日後となった今日、再び三大ギルド合同のボス偵察戦が開かれることとなった。
謎の少女・ユイについてどうなったか、キリトとアスナの家に行こうと思っていたのだが、またもヒースクリフや軍から依頼を受けたために偵察戦へと参加することと相成った。

 たかだか私用で攻略に関することを棒に振るわけにもいかず、依頼を受けた俺と総勢20人の攻略組プレイヤーが、まだ見ぬフロアボスが待つボス部屋へと歩みを進めたのだった。

 偵察戦に選ばれるような攻略組プレイヤーに、既に発見済みのボス部屋へとたどり着くことなど造作もないことであり、驚くほど簡単にボス部屋の前の扉へとたどり着いた。

「《回廊結晶》の登録は完了した。ではこれより、第七十五層フロアボスの偵察へと移る」

 相も変わらず本当の軍隊のようなお堅い口調で話す、この偵察隊の副リーダーであるコーバッツ中佐殿の言葉に、否が応でも攻略組のプレイヤーたちの気が引き締まる。

 コーバッツが言った《回廊結晶》の登録というのは、《回廊結晶》は登録した場所に転移出来るというアイテムであり、本当の攻略の時に行軍の際に余計な被害が出ないように使われるアイテムだ。
《転移結晶》と違い、使用すると数分間残るために大人数で転移出来るということだが、難点は中層プレイヤーが全アイテムを売ってもまだ足りないほど高価なところか。

 そんなアイテムを使用することや、ここにいるほどの歴戦の攻略組プレイヤーの神経がピリピリしていることには理由があり、ここが第七十五層というクォーターポイントだからだ。
最初の第二十五層では《軍》が壊滅的被害を出し、次の第五十層ではあわや攻略組が全滅しかけることとなった……まあ、その時は戦線を支えた《聖騎士》ヒースクリフの最強伝説が生まれた訳だが。

 かく言う俺も第五十層の時にしか体験はしていないが、危険性を考えて偵察隊を半分に分けてフロアボスの攻略をすることとなった。
第一グループがまずコーバッツの指揮の下偵察をし、歯が立たなかったら全員の力を併せて撤退し、何とか戦えるようならばそのまま二グループでスイッチして偵察を行う……という手筈になっていた。

「この前のグリームアイズ戦みたくなるなよ、コーバッツ」

「……任せておけ」

 この前のグリームアイズ戦を完璧に黒歴史認定した偵察隊の副リーダーに激励を送り、俺はリーダーであるシュミットの率いる第二グループへと戻る。
いつまでもボス部屋の前にいては、その層よりも強いモンスターが無尽蔵に出現するというデメリットがあるため、第二グループはドアより少し離れてボスを見ることとなる。

「……行くぞ」

 コーバッツの低音の重い声が偵察隊の第一グループへと響き、皆が緊張した面もちでボス部屋を確認した後にコーバッツはボス部屋の扉を開けた。
中はグリームアイズ戦の時に比べれば明るく、遠目から見ても部屋の中の構造が解るほどだったが、残念ながらそこにフロアボスの姿はない。

「突入する!」

 自身の恐怖をも吹き飛ばすかのように、一際大きい声を出したコーバッツが先導し、偵察隊第一グループが全員ボス部屋の中へと入って行った。

 ――そして、そのボス部屋へと続く扉が大きく音を出して閉じられた。

「……なっ!?」

 その口から出た驚愕の声はここにいる全員の声であり、たかが四十代後半の層から携わってきている自分には知る由もないが、昔から攻略に関わっている人物で有れば有るほどその驚きは大きかったのだろう。

 『ボス部屋の扉は閉まらない』
その認識は俺たちの中で確立されており、そういう前提があるからこそこの偵察隊というものが出来ているのだ。

「……《縮地》ッ!」

 まさか、という嫌な予感が拭いきれず、高速移動術《縮地》を使ってまで出来るだけ速くボス部屋の扉へと近づくと、嫌な予感が気のせいであると願いながら日本刀《銀ノ月》をそのまま振り下ろした。

「……ッ!?」

 日本刀という武器は鋭さや切れ味を旨としている武器であり、日本刀《銀ノ月》は扉を壊せないまでもその扉を予定通り切り裂く筈だった。
だが、そこに現れたのは切れ味だとかそういう問題を無視する、このゲームという世界における神の領域である不死の設定――いわゆる《Immortal Object》が表示され、日本刀《銀ノ月》の一撃に扉は傷一つつくことは無かった。

「まさか……閉じ込められたのか!?」

 言って欲しくなかった現実を偵察隊の第二グループの仲間が告げると、そこからリーダーであるシュミットの判断は流石に早かった。

「フーゴ、確かお前鍵開けスキルを持っていなかったか?」

「あ……はい、了解です」

 《聖竜連合》の自身の部下であるらしい男性のスキルの有無を確認すると、部下は開けろと命令されたことを悟ってすぐさま俺の横につき、鍵開けスキルを発動させた。

「……ダメだ、スキルはカンストしてる筈なのに……!」

 《鍵開け》のスキルはその名の通りの使い方であり、ダンジョン内の施錠された扉や宝箱を開けるためのスキルだった。
戦闘中に役に立つことはごく一部の例外を除けば基本的にないため、戦闘職の者が取っていることは少ないが、戦闘職の中でも探索向きの構成にしているならば必須と言って良い……らしい。

「もう一回頼む!」

「どけよ傭兵っ!」

 《鍵開け》スキルを行っている聖竜連合のメンバーに頼んだ時、横から《軍》の団員であるコーバッツの部下が俺を突き飛ばして扉の前に立ちはだかり、その手に持った斧を叩きつけた。

 武器や人物が変わろうと扉の不死属性が解除される訳ではなく、当然のことながら《Immortal Object》と表示されて傷一つつかないという結果は変わらない。

 だが、俺はその軍のメンバーに「無駄だから止めろ」などとは口が裂けても言えず、それは俺以外の偵察隊の者も同様であった。
このボス部屋の中には、同じギルドだとかそういうことを超越した攻略組の友人が閉じ込められているのだから。

 ここにいるメンバーは全員、中にいる面々を今すぐ助けたいと思っているだろうが、不死属性というシステムの壁の前に出来ることはなく、フーゴと呼ばれた青年が《鍵開け》スキルを成功させることを祈るしかなかった。

 それからいても経ってもいられなくなった者――俺も含めて――が扉に攻撃を仕掛けたり、少しでも《鍵開け》スキルを習得している者は扉の前で悪戦苦闘をしていた。

 そして中にいる仲間を助けるのに必死だった俺たちが、ボス部屋の扉の前で一定時間離れないとハイレベルモンスターが現れるというのを思いだしたのは、少し遠くで全体の状況を俯瞰していた偵察隊の仲間が――HPゲージをほとんど散らしながら吹き飛ばされて俺たちに合流してからだった。

「な……んだこいつ……!」

 吹き飛ばされてきたプレイヤーがポーションを飲みながら毒づき、扉を開けようとする者たちの手が止まり、背後にいる何者かの姿を確認する。

 人間が四つん這いになったような姿の狼と言えば正しいのだろうか、人間と狼を足して二で割ったようなモンスターが俺たちを叫び声を上げながら威嚇する。
どこか悪鬼を思わせるその面もちで、哀れなプレイヤーを睨むあのモンスターの名は《パアル》と表示されており、定冠詞がついていないことから、ボスモンスターではないらしい。

「くっ……!」

 振り下ろされた強靭な腕を、リーダーであるシュミットがその手に持った盾で何とか防ぐ。
ユニークスキルを持ったヒースクリフには及ばないものの、 《聖竜連合》のタンク部隊のリーダーをも務めるシュミットの防御力は、攻略組の中でもトップクラスに位置する。

 そのシュミットですら防ぐのが精一杯というのは、流石はハイレベルモンスターということか……!

「《鍵開け》スキルを持ってる奴は引き続き頼む! コイツは……俺が引き受ける!」

 シュミットの盾に打ちつけられ続けている腕に日本刀《銀ノ月》を差し込むが、全く効いた様子はなく腕の一振りで俺は壁へと飛ばされてしまう。

「……っと!」

 しかし、あの馬力を見てからこの展開は予想済みだったため、慌てず壁に手と足をつけてパアルと同じように四つん這いになって勢いを殺し、そのまま壁を蹴ってパアルの元へと戻っていく。

「このッ!」

 こういうモンスターの弱点はやはり目かと当たりをつけ、目に一太刀入れようとするものの、その両手足を活かした素早さで俺の攻撃を避けながらその場を飛び上がった。

 空中に飛び上がったパアルからの腕を避けると、とりあえず距離をとるためにバックステップをして落ち着いて全体を観察した。

「速いな……」

 この偵察隊はボスモンスターを攻略する気は毛頭ないため、防御力重視のタンク装備のプレイヤーが圧倒的に多い。
《縮地》を始めとする高速移動の戦闘に馴れている自分でも、追うのがやっとのスピードのパアルに対し、この偵察隊では相性が悪すぎる。

「下がるんだショウキ!」

 シュミットの鋭い声に反応して何とかパアルのを腕を避けるが、避けた先に置いてあったような尻尾に吹き飛ばされ、剣を持って加勢しようとしていた偵察隊のメンバーへとぶつかってしまう。

「……悪い!」

「じゃあさっさとどけよ!」

 俺をどかした後にシュミットの号令により、大型モンスターを相手にする際の常套手段である、タンク部隊を正面に並べて長い得物で攻撃する布陣を高速で作りだした。

 そしてこれが冒頭部分のシーンに繋がり、パアルにはその戦術に対するローチンでも組まれているのか、手足に力を込めてタンク部隊を飛び越して俺たちの背後を取った。

 ――それこそが俺たちの狙いとも知らずに。

「かかったぞ!」

 パアルが飛び越したその場所には、先程尻尾に吹き飛ばされた際に俺のクナイを始めとする皆の様々な金属製の武器を設置してあり、まるで忍者の武器の《まきびし』のような様相を呈していた。
そこに飛び乗ったパアルは、当然ながら『まきびし』を踏みに踏みまくってダメージを受けてうずくまると、その隙をついて偵察隊のメンバー全員でパアルを取り囲んでいた。

「総員、一斉攻撃!」

 シュミットの号令があるより以前に、まずはその良く動く自慢の両手足と、ついでに首と尻尾を突き刺して身動きを封じ込めつつ、扉を開けようとしているメンバー二名を除いた一斉攻撃がパアルを襲った。

 いくら特製のハイレベルモンスターだろうと、両手足を攻撃しているメンバーのおかげで生半可にしか動くことは出来ず、生半可に動いてしまってはパアルの身体の下敷きになっている金属製の武器がさらに深々と刺さっていき、何分か後にようやくポリゴン片となって消滅した。

 この作戦の元をシュミットに提案したのは一応自分だったが、足止めがメインだった俺の作戦をこんなにも早く敵モンスターをハメて倒す作戦に昇華出来る攻略組のプレイヤーは、やはり俺の想像を超えているのだった。

「……しかし、もう一回となると辛いな……扉はどうだ!?」

「……やはり、無理だ……なっ!?」

 《鍵開け》を担当していた《聖竜連合》の団員の驚きの声と共に、今まで何をしても開かなかったボス部屋の扉が開かれた。
その団員の驚愕の声から察するに、扉が開かれたのは彼の《鍵開け》スキルのおかげではないということであり、開いた原因はそこにいた者には思い至った。

「コーバッツ中佐!」

 延々と不死属性がついた扉に斧を打ちつけていた軍のメンバーが、中にいる筈のコーバッツの名を呼びながらボス部屋の中を見た。

 そしてそこには何もおらず、更に言うと何者もいなかった。

「……撤退するぞ……」

 シュミットの、喉からなんとか絞り出したような声の命令に誰も反対する者はおらず、全員無言で懐から《転移結晶》を取りだした。

「……ん?」

 それは俺も例外ではなかったが、ボス部屋の中の入口の近くに、何か物が落ちていることに気が付いた。

 コーバッツ率いる第一グループがボス部屋に突入した時にあんな物はなく、気になったために転移する前に、ボス部屋に入らないように気をつけてそれ――どうやら紙のようだ――を拾い上げた。

「これは……」

 それは俺の見た通り何の変哲もない紙だったが、なにやら細々と文字が書き込まれていた。
俺も解らないことが解った時にはとりあえずメモをすることにしているが、そのことが今回功を労したようで、この紙に何が書いてあるかが解った。

 ……これは、今回このボス部屋にいたフロアボスの攻撃方法や特徴を、出来うる限りメモしておいた紙であった。
やはり先の第七十四層の時と同じくボス部屋は結晶無効化空間らしく、写真のように物体を記録する《記録結晶》は使えないようだったが、無いよりは遥かにマシでなおかつ役に立つ情報だった。

「ありがとう、コーバッツ……転移、《グランサム》」

 ショウキという俺の名前と「後は頼む」といった旨と共に、その紙の最後に記されていたこのメモを遺してくれた仲間の名前を告げて礼を言った後、俺も他のメンバーを習って本部である《グランサム》へと帰還した。

 そして第一層《はじまりの町》の黒鉄宮、そこにある《生命の碑》に、偵察隊の第一グループに参加していた戦友たちの名前に無慈悲な横線が引かれることとなった。
 
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