SAO-銀ノ月-
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第四十六話
キリトとアスナが結婚してから数日たった日、俺は第二十二層に来ていた。
レアモンスターどころか普通のモンスターすら迷宮以外にはまともに出現せず、何かめぼしいアイテムやダンジョンもないこの層には、見慣れた攻略組など当然ながら存在しない。
まさに田舎町と言えるこの層にいるのは、もはやこのアインクラッドの中で生きているようなプレイヤーや、こういうのどかな雰囲気を好んで移り住んだ職人プレイヤー、大抵は留守にしている物好きな攻略組……そして、あまり一目につくことを嫌ったプレイヤーだけだった。
《黒の剣士》キリト。
ユニークスキル取得事件や血盟騎士団入団/脱退事件など、ここ数週間で更に有名になった友人が、結婚した《閃光》アスナと共にここに住んでいた。
前述の事件の騒ぎが収まるまでか、キリトたちはこの田舎町に引っ込んで新婚生活を楽しんでいる筈だったのだが、今日になっていきなり俺をメールで呼び出したのだった。
もう既に、新居にはリズと共に遊びに行っているので、キリトたちもただ暇だからと俺を呼ぶことはしないだろう。
受けた依頼は午後からだったので、特にこれと言って問題は無いのだが……《圏内事件》の時といい、あの二人に呼ばれる時は何か厄介事に巻き込まれる予兆と言って良いので、今度は何の用か少し身構えているものだ。
……と、そんなことを考えている間にも、あの夫婦が二人で買ったログハウスが見えてきた。
このアインクラッドにおける典型的なプレイヤーハウスだが、この第二十二層の雰囲気も相まって、どこか優しげな雰囲気を感じさせた。
元々キリトが住んでいた、人がわらわらと集まっていた第五十層《アルゲート》より遥かに良い場所だと再認識すると、俺はキリトの家をノックした。
「キリト?」
キリトとはもちろん、アスナともフレンド登録をしているため、ダンジョンではないこの場所ならばあの夫婦が二人ともこの新居にいることは解る。
妙に上擦ったキリトの声が聞こえた後、いつも着ているダンジョン攻略用の黒いコート《コート・オブ・ミッドナイト》ではなく、私服姿のキリトが俺を出迎えた。
「わざわざ来てもらって悪いな。まあ、上がってくれよ」
チラチラと自身の背後を伺いながら俺と会話する、挙動不審を絵に描いたようなキリトに、やはり《圏内事件》の時と同様だと既視感が起こる。
「……今度はどうしたんだ?」
また厄介事に巻き込まれているだろうキリトに、少し溜め息混じりの声で問いかけると、キリトの返答の代わりとは言っては何だが、キリトの背後の廊下に見知らぬ少女が走っていた。
その少女の髪は、丁度キリトの髪の色とアスナの長さを併せたような感じをしていて、走っている途中で追いかけてきたアスナに抱きかかえられた。
「パパ……その人……だれ?」
少女はアスナの腕の中で俺とキリトを指差してそんなことを言い放ち、俺を玄関でフリーズさせることに成功した。
初対面の俺を少女がパパと呼ぶわけがない――というか呼ばれたら困る――ので、パパと呼ばれたのは十中八九キリトの方であり、舌っ足らずな口調で『だれ?』と指を指したのは俺だろう。
……ならば何故、キリトはパパなどと呼ばれているのだろう?
俺の脳がいつも以上に無駄に高速軌道した後、キリトがパパなどと呼ばれている理由に対し一つの解を導きだすと、俺はフリーズから復帰してキリトに背を向けた。
「……お幸せに」
「ちょっと待て!」
俺に何の用があったのかは知らないが、これ以上キリトとアスナの新婚生活を邪魔してはいけないと思って立ち去ろうとした時、キリトに背後から捕まえられて無理やり家の中に引きずり込まれた。
「理由を話すからこっちに来てくれ!」
そのままキリトに無理やりリビングまで連れて行かれると、未だに真に理解していない俺を椅子へと座らせ、アスナと少女はリビングではなくウッドデッキのような場所へと向かって行った。
「理由って……今度はどんな厄介事に巻き込まれてるんだ?」
恩人たるキリトに呼ばれた以上、これ以上ふざけている訳にはいかないかと思ったが、これでキリトからアスナとの惚気話とか出て来るのであれば、速攻で帰ってあの少女とこの隠れ家のことをアルゴに伝えることを決心した。
……まあ、あの鼠ならばこの隠れ家のことぐらい知っていてもなんら驚くことは無いのだが。
「俺とアスナで……その、幽霊が出るって噂になっていた場所に行ったんだが」
「俺が毎日命懸けで依頼をこなしてる時に、楽しそうで何よりだ」
ついつい口から滑るように出てしまった俺の言葉は、少なからずキリトの精神にダメージを負わせたようだったが、キリトは何とか立て直してそのまま会話を続けた。
「……行ったんだが」
「楽しそうで何よりだ」
俺のいたずら心というか、少々人よりも旺盛な知的好奇心が二撃目を放ったが、二回目ともなるとキリトへのダメージは少なく、そして立て直すのも早かった。
「そこで、あの女の子――ユイが倒れていたんだ」
「…………」
あのユイという少女が倒れていたために、このログハウスに連れてきたのは、本人はなんだかんだ言うがキリトらしい行動なので気にならないが、もっと大事なことが説明されていなかった。
「……精神にダメージでも負ったのか記憶喪失みたいで……見ての通り、幼児みたいな口調なんだ。俺やアスナのことを呼びたいように呼んでくれ、って言ったら……
「……パパ、か。なら、アスナはママか?」
俺の問いかけにキリトは頷き、あの少女――ユイという名前らしい――のことをアスナが世話をしていて、ユイという少女もそれを受け入れているのかが合点がいった。
しかし、精神にダメージという穏やかじゃない言葉は、俺にも重くのしかかって来ていた。
基本的に最前線にいるキリトはそういう現場に立ち会ったことは無いかも知れないが、そういった事件ならば、場馴れをしておらず仲間意識が強い、俺たち中層プレイヤーには少なからず覚えがあるものだから。
「倒れてるのを見つけた昨日より、随分元気になったから、とりあえず《はじまりの町》に戻って家族を捜してみることにする」
確か《はじまりの町》には、このアインクラッドに閉じ込められてしまっている子供を保護している教会があると聞いているし、シリカのような例外を除けばほとんどの子供のプレイヤーは《はじまりの町》から出ていないので、妥当な判断だろう。
「……しかし、じゃあ何で俺を呼んだんだ? 悪いが先に約束があるから、一緒にユイの家族を捜してくれ、って言うのはお断りだ」
少し発言が冷たくなってしまったかも知れないし、助けになりたい気持ちはあるが、先約はユイの家族を捜すことより重大な仕事であるし、俺の勝手な意志で約束を破ることなどは問題外だ。
「ショウキに来てもらった理由は2つあるんだ。まず、ユイに見覚えとか……無いか?」
「……悪いが、無いな」
少し脳内を検索してみるものの、あんな年のプレイヤーを見れば少しは記憶に残っていてもおかしくないだろうが、全く見覚えが無かった。
仕事の都合上、中層プレイヤーのフレンドも大勢いるので、ソロのキリトや攻略一辺倒のアスナよりは遥かに知人は多い俺にもかかわらず、だ。
「そうか……それともう一つ。ユイのシステムメニューを見てほしい」
いきなりキリトはそう言うと、縁側で二人して遊んでいるアスナとユイという少女を呼び、アスナの「今行く」などという声が少し遠くから聞こえてきた。
「待てキリト。システムメニューなんて見ても、俺は機械関係は詳しくないぞ」
このアインクラッドに行くまではフルダイブはおろかナーヴギアすらあまり知らず、パソコンも満足に扱えない自信が有るほどの機械音痴だ。
キリトはそこまでではないにしろ、俺の機械音痴を知っているはずなのだが、そんな俺にシステムメニューを見せて何の意味があるというのだろうか……?
「……ユイのシステムメニューも、お前と同じでバグってるんだ」
システムメニューのバグ。
最近は、自分が馴れてしまってほとんど考えることも少なくなってしまったが、俺のナーヴギアには手を加えられているため、普通のシステムメニューと比べるとバグっているように見える。
具体的には、戦闘用のスキルがセット出来なかったり、レベルアップ用の経験値が無かったり――と、言った具合でだ。
「パパ~!」
件のユイという少女が、アスナと共に廊下を小走りで走ってきてリビングに入り、キリトに体当たりをかました。
キリトの筋力値にはその程度の攻撃は通用せず、ユイをそのまま抱きかかえるその姿を見ると、キリトとアスナとユイという少女の三人家族のように見えなくもない。
「アスナ。話はキリトから聞いた。システムメニューを見せてくれ」
「うん。……ユイちゃん、ちょっとさっきみたいに左手を振ってくれるかな?」
「わかった!」
システムメニューを開くのは通常右手のはずだったが、元気よくアスナに応えたユイという少女は左手を振ってシステムメニューを呼びだした。
それだけでも驚いたものだが、可視モードにしてもらったシステムメニューを見せてもらうと、それ以上の驚愕が俺を待っていた。
「……何だ、これは……?」
俺のシステムメニューも他人とは違うことになっているものの、ユイという少女のシステムメニューはそんなものではなかった。
《MHCP-001》という謎の記号のような名前しかなく、それ以外にはオプションしかないというシステムメニューは、俺の理解の範疇を越えていた。
「おにぃちゃん、なまえは?」
システムメニューを見て考え込んでいると、そのユイという少女から声をかけられていた。
「……ショウキ、だ」
ユイという少女に自身の名前を告げて顔を背けると共に、俺には解らないという意志を示すためにシステムメニューをアスナの方へと返した。
「これも悪いけど、俺のまだ軽微なバグとは桁違いだ。全く解らない」
「それは残念だけど……もしかしてショウキくん、小さい子の相手とか苦手なの?」
血盟騎士団副団長《閃光》アスナとして鍛えられたのだろう洞察力が、端的に俺が今苦手にしていて困っていることを言い当てる。
さっきから極力ユイという少女に話しかけていないことも、アスナの言う通り小さい子供の相手が苦手だからである。
「へぇぇぇ……なんだか意外。ショウキくん明るいから、そういうの得意そうだったけど」
「ほほう……」
無駄に素晴らしい洞察力を発揮したアスナに、良いネタを見つけたとばかりに嫌らしく笑うキリトたち夫妻に、厄介事に巻き込まれるという嫌な予感が的中したのだと実感する。
「ユイ。このお兄ちゃんは凄く良い人だから、遊んでくれるらしいぞ」
「わーい!」
キリトのキラーパスにより、ユイという少女が喜んでこちらに走り寄って来た。
前述の通り子供の相手が苦手な俺には、それをどうしたら良いか解らずに固まってしまい、ユイという少女の体当たりを甘んじて受けることとなった。
「…………!」
視線でアスナに助けを求めるものの、夫妻共々、自分の娘と近所のお兄さんがじゃれあっているのを見る夫妻のようにただ笑っているだけで、苦手な子供を相手にしている俺を助けてくれる様子は全くない。
駄目だこのバカ夫妻、早く何とかしないと……と思ったその時、俺の腰あたりに埋めていた顔を上げたユイと、どうすれば良いか解らない俺が目があった。
「ショーキ……こわいの?」
ユイが突如として放った言葉に、心臓が止まりそうになってしまうほどの驚きが俺の胸を貫いた。
どうやらユイの声は小さいために、近くでニヤニヤと笑うキリトとアスナの耳には聞こえていないようだった。
確かに子供の相手は苦手ではあるにしろ、無論、今抱きかかえられる位置にまで接近しているユイのことが怖いわけではない。
問題は、ユイの黒色の瞳を見ると、俺の心の中が読まれているような……心の中で『怖い』と叫んでいる弱い自分を、この小さい子供にすら見透かされているような錯覚に陥ってしまうことだった。
「俺、は……」
「ショーキは弱くないし、みんなをたすけられるよ」
――なんなんだ、こいつは。
そんなことを思ってしまった直後、突然目の前の少女が人間ではない存在に思えてしまい、気づくとユイをアスナの元へ突き飛ばすかという勢いで渡していた。
「ショウキくん。苦手なのは解ったけど、もう少し大切に扱ってあげないと」
「……すまない。お詫びのつもりじゃないが、これを」
システムメニューから俺が多用しているメモ帳を取り出すと、《はじまりの町》の教会のことについて書かれているページを一ページ破いたキリトに手渡した。
キリトのようにネットゲームに詳しくはなく、アスナのように抜群に頭が良いわけでもない自分用に使っているメモ帳だったが、75層ともなると随分このメモ帳も使い込まれたものだ。
「《はじまりの町》の教会についてのメモだ。子供のことなら大体ここに行けば解るはずだ」
「ありがとうショウキ。……わざわざ、すまなかった」
第一層でキリトに結果的には命を助けてもらったことに比べれば、こんな頼みぐらいならば何でもないのだが、そんなことを口に出すのは気恥ずかしい。
「代わりと言ったら何だが、75層の探索は任せてくれ。これから一週間ぐらい、攻略組の連中と迷宮区をしらみつぶしに探索してくる」
ユイの家族探しに最後まで付き合えない理由は、この三ギルド合同の一大依頼があるからだ。
《血盟騎士団》・《聖竜連合》・そして、再び攻略ギルドに返り咲いた《アインクラッド解放軍》の実力派たちで構成されたパーティーで、75層の迷宮区という迷宮区をローラー作戦によってボス部屋を発見・偵察するとのことだ。
「そうか……今は攻略まで任せちゃってるのか……」
「だったら、さっさと復帰するんだな」
これでキリトの用は済んだのだろうから、もうここにいるべき用事は特にない。
キリトたちも、すぐにユイの家族探しのために《はじまりの町》へと行くのだから、ここにいる理由はなおさらない。
「ああ、忘れてた。これ、リズからお土産な」
キリトとアスナの家に行くことになった時に、リズから半ば無理やり持たされていたお土産を机の上に置くと、俺はそのまま玄関を目指して歩いていった。
「またあそぼーねー!」
――屈託なく笑うユイに対して、微妙に引きつった笑みを浮かべながら。
後書き
「短い話だから、テスト前に一回投稿するか」
と思って書いていたら、何故かこんなことに。
そして、ショウキはユイ編不参加になりました……正直、参加してもショウキには斬り払いが精一杯で、原作とあまり変わらないと思ったので……
感想・アドバイス待ってます。
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