SAO-銀ノ月-
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第四十八話
第五十五層《グランサム》の血盟騎士団本部にて、俺は待ち人を待っていた……はずだったが、何故かその待ち人ともども血盟騎士団の上層部が集まる部屋へと集まった。
その待ち人というのは、様々な騒ぎの沈静化のために第二十二層へと隠居していた、キリトとアスナ夫妻。
こんなお偉方が集まる独特な雰囲気の前に、アスナなどは慣れているからか堂々としているものだったが、キリトの方はどこから何が来るか解らないとでも言うように、見るからに気を張っていた。
かくいう俺は、ヒースクリフを始めとするお偉方たちの目標は今回は俺ではないため、壁に寄りかかってとあるレポートのようなものを読んでいた。
「休暇中すまないが、君たちの力が必要な事態が起きた」
とある事件で命を落としたゴトフリーを欠いた血盟騎士団のお偉方たちの中で、相変わらず良く通る声で喋るヒースクリフが話を切り出した。
その声色や喋ったことから察するに、どうやら前座は無しに本題から入るらしい。
「先日、三ギルド合同の偵察隊でフロアボスの部屋が発見されたのは……」
「ああ、知ってる。この前新聞で見たよ」
あんな片田舎にいても攻略情報はチェックしているキリトは好印象だったのか、ヒースクリフはどこか満足そうな笑みを浮かべた後に話を続けた。
「知っているならば話は早い。そして、そこにいるショウキくんを含む20人の精鋭でボスの偵察を敢行したところ……実際にボスと戦ったメンバーは全滅した」
自身らも攻略組に籍を置いている者同士だ、俺なんかより遥かに攻略組の精鋭の実力が良く解っているだろうキリトとアスナは、ヒースクリフのその発言を聞いて流石に絶句していた。
「偵察隊が……全滅……!?」
「無論、そうなったのには訳がある。今回の偵察は安全には安全を期し、先に10人が入り、他の10人は待機するという隊形をとった。だが、先の10人が入った瞬間、ボス部屋の扉が閉じた」
ようやく声を喉から絞り出したキリトの前に、更なる現実がヒースクリフから突きつけられる。
今回のボス部屋は、これまでのボス部屋と違って脱出不能となっていた……という現実を。
「外部からは破壊不能であったようだし、偵察隊が脱出していなかったのを見ると、脱出不能な上、74層と同じく転移結晶も使用不能なのだろう」
悲痛な面持ちで顔を下げたヒースクリフだったが、すぐに顔を上げて一枚のレポート用紙を取り出した。
あのレポート用紙は、今俺が読んでいる物と同じ物であり、直接今回の攻略に関わる全ての人間に配布されている物でもある。
「だが、希望がないわけではない。全滅した偵察隊の第一部隊のメンバーが、戦いながらボスの容姿や攻撃方法を出来るだけ細やかに書いたレポートを、ショウキくんが回収した」
ヒースクリフの近くにいた幹部が、ボス攻略用のレポート用紙をキリトとアスナに渡す。
これはもちろん、コーバッツたちが死に際に俺たちに託してくれたものを纏めて、読みやすく編集したものだ。
「……彼らの犠牲と覚悟は無駄にしてはならない。新婚である君たちを召集するのは悪いが、是非とも君たちにも参加してもらいたい」
「もちろん俺たちは参加する。だけど、攻略組全員とアスナが天秤に掛けられた時、俺は迷わずアスナ一人を守る」
ヒースクリフの問いに即答するキリトの目には迷いもなく、見る者に、絶対に意志を曲げることはないだろうと確信させると言っても良いほどだった。
あの最低最悪のクリスマスの日、自暴自棄になって俺と殺し合いをしたキリトはもういないのだと……俺はそう実感した。
だが、その攻略組から弾かれるほどの不遜な物言いに、血盟騎士団の幹部の一部はざわめきを発したが、彼らを束ねるリーダーは面白そうに薄く笑っただけだった。
「アスナくんは……聞くまでもないな」
キリトの横で柔らかく笑うアスナにも、キリトと同様の覚悟が感じられたためかヒースクリフはあえて何も聞かず、アスナも何も言わなかった。
そのやり取りを見ると、何だかんだでこの団長と副団長も長い付き合いなのだな、と実感させられる。
「誰かを守ろうとする者は、得てして強いものだ。ボス攻略は三時間後、君たち三人の奮戦を期待する」
どうやら俺も、ヒースクリフの中では強いものに含まれているようで、最強のプレイヤーに言われるのであれば光栄なのだろう。
俺も攻略用レポートから顔を上げて頷くと、その場はこれで解散となった。
「三時間か……何しよっか?」
キリトに笑いかけるアスナの胸には、一つのペンダントがぶら下がっていた。
攻略の手伝いやら何やらで聞き逃していたものの、先程ようやく聞けたのだ……あの幽霊の少女、ユイの話を。
専門的な知識のことは俺にはあまり解らなかったが、ユイと呼ばれるプレイヤーは存在などせず、彼女はメンタルカウンセラーの仕事が出来るNPC……そんなようなものであったらしい。
あれから第一層に残っていた《軍》の一部の下級団員と一悶着あり、そこで記憶を取り戻したユイはカーディナルシステムに削除されそうになったものの、キリトの活躍によりアスナのペンダントの中にいるという。
……いる時間は短かったが、キリトたちは本当の家族になれたらしい。
さて、それはともかくとして、俺もキリトとアスナのことを待っていた用事を果たすことにしよう。
俺がわざわざこんなところで二人を待っていたのは、ユイの話を聞くためでもあったが、もっと大事な用事があったからだ。
「キリト。俺とデュエルしてくれないか?」
俺がシステムメニューを押し込むことにより、キリトの頭上に見慣れたデュエル申請メニューが現れた。
あと三時間でボス戦という、こんな大事な時にやるのは自分でもどうかと思うが、今のうちにやらなければいけない理由がある。
キリトもデュエル申請を受けた最初は困惑していたものの、俺からデュエル申請をした理由を聞くと、何とかデュエルを受けてくれた。
デュエルの場所は血盟騎士団の団員の訓練所で、あまり目立ちたくはないために、出来る限り使われていない場所をアスナに確保してもらった。
その場所は典型的な空き地としか言えないようなところで、普段も人がいないのに、こんな時に人がいる筈もなかった。
デュエルの形式は当然ながら初撃決着モードであり、キリトにはあのクリスマスの日に敗北する原因となった、ユニークスキル《二刀流》を使ってもらう。
これならばキリトにもボス戦前の訓練にもなるし、何より、俺のその理由には《二刀流》が密接に関わっていた。
「悪いな、いきなりこんなこと頼んで」
「いや、いいさ。それより、ショウキと《二刀流》で戦うのは始めてだな」
クリスマスの日は最後に少し使っただけだからカウントしないのか、それともあの戦いのことをカウントしてないのかは知らないが……
そして、デュエルを申し込んだのもある理由からとはいえ、やるからには負ける気はない。
秒数にして五秒後、俺たちの頭上に『DUEL』の文字が表示され、アスナが見ている中で俺とキリトのデュエルが始まった。
このデュエルでの先手をとったのは、二刀を持ったキリトだった。
勢い良くダッシュした黒と白の剣戟が頭上から迫るものの、伊達に日本刀を使っているわけではなく、愛刀の長さは完璧に把握している。
日本刀《銀ノ月》により二本の片手剣を同時に防ぐものの、キリトは即座に次なる行動へて移る。
流石はキリト、とにもかくにもまず反応速度が早い。
黒い方の剣が、頭上へと日本刀《銀ノ月》を防御に回しているためにがら空きになっている俺の胴体を狙うが、足を上げて足刀《半月》で防御する。
そのまま足刀《半月》で黒い剣を弾くように身体を回転させると、ついでにそのまま勢いをつけた足刀《半月》からの回し蹴りをキリトへと叩き込んだ。
だが、キリトは攻撃に使っていなかった白い剣を手のひらで回して俺の回し蹴りを弾き返した……ドラゴンのブレスをも防ぐ、片手剣のソードスキルだったか。
「はっ!」
片足を弾き返されたせいでバランスを崩してしまった俺に、キリトはここぞとばかりに発生の速い《ヴォーパル・ストライク》が俺の胸へと発動するが、当たってなぞやらない。
「《縮地》ッ!」
不安定な態勢ながら何とか高速移動術《縮地》を発動することに成功し、キリトの背後に回り込むことが出来た。
そのまま日本刀《銀ノ月》の水平斬りをキリトにお見舞いしてやるが、キリトはしゃがんで避けた後、そのまま前転して俺から距離をとった。
だがキリトが転がり終わって背後を見たその時、俺は既にその場にいなかった。
そう、俺は五回限定の高速移動術《縮地》をもう一度使用し、キリトの後方……つまり、キリトが転がっていった方に既に追撃をしていた。
「抜刀術《立待月》!」
《縮地》をしてからの高速の抜刀術はキリトを背後から奇襲したが、キリトの反応速度はその上をいった。
いや、キリトと言えどもあまりにもその反応は早すぎた……まさか、俺が《縮地》を使うことを解っていたがごとく。
「読んでたぜ、ショウキ……!」
キリトは背後に回った俺のことを視界に捉えていて、抜刀術《立待月》を軽々と避けながら《二刀流》のソードスキル《ダブル・サーキュラー》を繰り出してくる。
放たれた二連撃攻撃の片割れは足刀《半月》で蹴りつけて防ぐものの、もう一本を止める手段は俺にはなく、身体を捻ることで何とかクリティカルヒットを避けることに成功した。
「くっ……!」
しかし避けたと言っても、なんとかクリティカルヒットでは無くしたと言ったところで、肩口に当たって無視出来ない傷が出来る。
この初撃決着モードは、クリティカルヒットを一撃受けるかHPがイエローに落ちるかが敗北条件なので、このダメージは無視できる物ではない。
バックステップをしてクナイを投げて牽制すると、キリトは易々とクナイを切り落として見せるが、そのおかげで距離を取る時間は稼げた。
そう、胸ポケットについた《カミツレの髪飾り》を触って、少し集中出来るぐらいの時間を稼ぐぐらいは。
「ナイスな展開じゃないか……!」
《恐怖の予測線》――この瞳に移る視界がクリアになっていき、幾つかのデメリットと共に『未来予知』とも取れるような予測線を発現させる。
この予測線が、俺の脳にどれだけ被害が有るのかは解らないのであまり使いたくはないのだが、このデスゲーム中ならば構うまい。
再びクナイを構えてキリトに投擲するが、今度は空中で切り裂かずにキリトは横へと避けるついでに俺に接近し、二本の剣で《ヴォーパル・ストライク》――いわば、《ダブル・ヴォーパル・ストライク》とでも言っておくか――を俺に向かって放ってくる。
だがどんな速度であろうと、俺の《予測》からは逃れることは適わない。
両肩を貫く二本の予測線を見た後、俺はそのまま空中へと飛び上がって一回転をした後、バランスを整えてキリトの剣の上に飛び乗った。
「なっ……!?」
キリトの驚愕の声と面持ちが見えて大変嬉しいのだが、これは元々いつだかPoHにやられた技であり、俺もその時はこんな顔をしていたのだろうと思う。
そのままキリトに袈裟斬りを叩き込んでやろうとするものの、俺よりも遥かに筋力値の高いキリトには通じず、無理やり剣から弾き飛ばされてしまう。
クルリと空中を一回転しながらクナイをキリトに投げることで追撃を阻止し、そのまま安全に着地する。
……いや、その程度の小手先の足止めはキリトには通用しなかったらしい。
俺の顔面を五秒後に貫くはずだった《ヴォーパル・ストライク》をしゃがんで避けると、そのまま足から頭まで切り裂いてやるとばかりに切り上げるが、キリトの残ったもう一本の剣に防御されてしまう。
側面から迫り来るらしい、《ヴォーパル・ストライク》に使った剣からの追撃を避けると、一旦距離を取ることにした。
「キリト、このままじゃ埒が空かないと思わないか?」
「……確かにな」
どちらの攻撃も当たらないという、いわゆる千日手のこの状況も流石に飽きてきた。
俺は日本刀《銀ノ月》を隙が無くなるように構え直すと、俺はキリトに一つ提案を仕掛けた。
「こうしないか? 俺はここでキリトの攻撃を待つ。それでキリトは俺に全力の攻撃を叩き込んで、俺が斬り払いきったら俺の勝ちだ」
俺が提案したこの勝負は、俺から提案しただけあって、はっきり言うと俺が圧倒的に有利だった。
このままキリトと千日手が続くのであれば、《恐怖の予測線》の時間制限と高速移動術《縮地》の使用限度回数がある俺の方が確実に負けるだろう。
だがこの勝負に持ち込めれば、先読みと斬り払いならば俺の得意技であるし、キリトの《二刀流》の剣戟であろうと《恐怖の予測線》があれば先読みも更に未来予知の領域に達するのだから、回避する自信は大いにある。
「良し、受けた。そこ動くなよ」
しかしキリトがそんな俺の事情を知っている訳がなく――俺が斬り払いを得意としていることは知っているが――自分の《二刀流》のソードスキルのスピードに賭けたようだ。
ここで、第二の俺に有利な状況が出来上がる。
キリトがこれから使うソードスキルは十中八九、十六連撃技《スターバースト・ストリーム》……そのスピードと連撃は確かに脅威だが、グリームアイズとの戦いで俺はその技を『視ている』。
知っている技ならば避けることなど容易い。
そう判断した俺は、二刀を構えるキリトに攻撃してくるよう促した。
「さあ、来いよ……!」
キリトの返事は言葉ではなく、裂帛の気合いとソードスキル発動エフェクトに代えられた。
そして俺は戦慄することになる――《恐怖の予測線》で見る予測線が、スターバースト・ストリームの軌道を描いていないことを。
これは後から聞いた話だが、キリトがこれから放とうとしていたのは第二十七連撃技《ジ・イクリプス》――俺が予想していた技の倍近くの物量とスピードを伴った規格外のソードスキルは、これ以上ないほど有効な不意打ちとなって全方位を覆うように俺を襲った。
「……チィッ!」
どんなに有効な不意打ちであろうとも、目の前で行われている限り《恐怖の予測線》は無事にその役目を遂行する。
俺の身体に伸びる予測線に向け、日本刀《銀ノ月》を放ってまずは二撃斬り払うものの、キリトの方が圧倒的に手数が多すぎていつかはこちらがジリ貧になると解る。
さて、どうするか……足刀《半月》を日本刀《銀ノ月》と併せて使えば、二本の剣をとりあえずは防げるし、今現在もそれで防いでいるのだが、それもキリトのこのスピードの前では焼け石に水だろう。《縮地》を使って逃げるというのも論外で、高速移動を使用する前の隙でも突かれてクリティカルヒット、俺は敗北する。
「だったらこれしかない……か!」
今の《縮地》の予備動作がどうのこうので思いついた、この状況で俺が選択した防御法は、予測線が現れる場所――つまり、キリトが攻撃のためのモーションを始める場所を突くことだった。
俺の《縮地》だろうと何だろうと、何かを始めようとする時には『予備動作』が必要だ……使うためには、特定の動きをしなければいけないソードスキルならばなおのこと。
俺が日本刀《銀ノ月》で狙うのはその『予備動作』であり、動きにはすべからく予備動作があるように、どのような動きだろうと予備動作を封じ込められてしまえば動くことは出来ない。
「そこっ!」
「……ッ!?」
それは相手がキリトだろうとここがアインクラッドだろうと、どこでも同じことであり、結果的に《二刀流》の片割れである黒い剣を封じ込めることに成功する。
今のキリトは、パンチをする前に腕を押さえられた、そんなような感覚になっていることだろう。
残りの片割れたる白い剣の方を防御するのは簡単で、ただ予測線が導きだす場所に足刀《半月》を置けば良いのだから。
どれだけ《二刀流》が厄介であろうと、その片割れを封じることが出来ていればただの片手剣と大差はなく、充分に見切りをすることは可能だった。
どちらかと言うと、黒い剣の予備動作を突き続けるという方がよっぽど大変なのだが、こういう細かいことは俺の得意分野だ。
……だがもちろんこの防御方法が成功するのは、俺が黒い剣の予備動作を突くのに成功することが前提条件だった。
「うおおおおっ!」
キリトの気合いと共に放たれた左の手から放たれようとした剣を、今までの26撃通りその予備動作を突こうとした俺の日本刀《銀ノ月》が、先に攻撃に使っていた右手に持っている黒い剣で弾かれた。
《恐怖の予測線》は俺への攻撃しか見ることは出来ず、ソードスキル発動中には他の動作は出来ないはずなので、俺の視界から黒い剣は完璧に外れていた。
しかし、黒い剣がソードスキル以外で動いたということは、この左手の突きが最後の一撃だということ……!
そして、そのまま黒い剣で日本刀《銀ノ月》を弾いたキリトは、満を持して最後の攻撃を俺へと一撃を叩き込み――
「……危ない危ない」
否、叩き込むことは出来なかった……というか、させなかった。
確かに黒い剣により予備動作を突くことには失敗したものの、弾いたことにより威力が減じられたこともあり、易々と何の変哲もない回避をすることに成功する。
「く……!」
「ハッ!」
そのまま返す刀で日本刀《銀ノ月》の――刃で斬る気にはなれなかったので――柄での一撃が、合計二十七連撃のソードスキルの代償に硬直しているキリトの胸元に向けて、遂に会心の一撃を喰らわせた。
所詮は刀の柄程度であるため、あまりダメージは無いものの、その一撃は充分にクリティカルヒットと認識されたようだ。
――その証拠に、何とか俺の方に勝者を示す文字が浮かんでいたのだから。
後書き
随分遅れてしまいました、遊戯王の方にも書きましたが、原因は全てエクバとACfaと暦物語にあります。
時に思ったのですけれど、(知らない方はスルーしてください)先日ジョジョを読んでいて、ショウキと《キング・クリムゾン》に若干既視感を感じました。
時飛ばし=縮地
エピタフ=恐怖の予測線
火力が足りない
……みたいな。
ええ、関係ありませんでしたねすいません。
感想・アドバイス待ってます。
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