水の国の王は転生者
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第九十三話 ヴィンドボナ炎上
ミシェルの身体はこわばった。
暗闇の中からトロル鬼が3体表れ、横転したマクシミリアンらの乗る馬車を素通りすると、酒場兼宿屋の二階の窓を壊し、餌を求めて中の部屋を物色しだした。
ミシェルにとっては楽しいパーティーの夜が一転、突然の出来事に身体と思考が働かず呆然と見ているだけしかできなかった。
「うわぁぁーーーー!」
「きゃぁぁぁーーー!」
二階の宿屋部分では悲鳴が上がり、一階の酒場部分の出入り口から宿屋の客が一斉に逃げ出してきた。
「あ、市民を避難させないと……」
思考が追いつく様になったミシェルは逃げ惑う市民を避難させようとするが、横転した馬車から這い出たセバスチャンが珍しく声を荒げてミシェルを止めた。
「ミシェル殿! まずは両陛下の安全を確保! 市民の避難はそれからでも遅くない!」
「はっ! そうだった……」
ミシェルが気を取り直し馬車の方へ目を向けると、マクシミリアンとカトレア、そしてセバスチャンを乗せた馬車はトロル鬼の他にオーク鬼やコボルト鬼に取り囲まれセバスチャンが必死の応戦をしていた。
「護衛の方々、私に続けぇ!」
ミシェルは呆然としていた護衛の帝国貴族に発破を掛けると、レイピア型の杖を取り出し、グリーズと共にトロル鬼の前に躍り出た。
『ブレイド!』
赤い魔力を纏ったレイピア型の杖で、すれ違い様にトロル鬼のアキレス腱を切り裂いた。
『ヴォオオオォ!』
トロル鬼は悲鳴を上げると家屋を巻き込み転倒し、壊れた家屋を見てミシェルから冷や汗が噴き出した。
「こんな街中じゃ、市民にも被害が……」
「止めは我らが!」
ミシェルが追撃を躊躇すると、護衛の帝国貴族が倒れたトロル鬼に止めを刺そうと群がる。
「お任せしました。私は陛下をお助けします!」
「承った!」
帝国貴族らがそれぞれの魔法で、倒れたトロル鬼に止めを刺すのを見届けたミシェルは、馬車を守りながら孤軍奮闘するセバスチャンの下に走った。
「どけぇぇーーーー!」
ミシェルの感情の昂ぶりで魔力が高まると『ブレイド』が肥大化し、刀身部分が1.5メイルの大剣と化した。
大剣化したブレイドを肩に担ぎ、ミシェルははグリーズを跳躍させトロル鬼に斬りかかった。
「はぁぁぁーーー!」
グリーズはその巨体に似合わず5メイルの大ジャンプをし、ミシェルは5メイルのトロル鬼の首筋を切り裂いた。
『グァァァァァーー!』
人型モンスターという事で急所も似通っているのか、首から大量の血が噴き出したトロル鬼は、出血を止めようと巨大な手で切られた首筋を押さえたが、そのまま転倒し仲間のモンスターを押しつぶした。
「やった!」
巨大なトロル鬼を倒すと、ミシェルとグリーズgた石畳を破壊して着地した。
着地したミシェルは群がるオーク鬼をブレイドを振り回して斬りながら、グリーズを横転した馬車まで駆けさせた。
「セバスチャン殿、ご無事ですか!?」
「私のことよりも、両陛下をお救い下さい!」
セバスチャンはトリステイン製後装ライフルの弾を装填しながらミシェルに言った。
流石というべきか、セバスチャンは擦り傷程度の軽症でまだまだ戦える様子だった。
馬車まで30メイル以上あり、オーク鬼が数体、壊れた柱や看板を武器にミシェルに襲い掛かってきた。
「退け!」
ミシェルはグリーズの胴を両足で締め上げ馬上の身体を固定すると、大剣化した『ブレイド』を大きく振りかぶり、襲い掛かる一体目のオーク鬼の肩から腰に掛けて袈裟斬りに斬り絶命させた。
「陛下! カトレア様! 今行きます!」
反す刀で二体目のオーク鬼を『ブレイド』で斬り殺し、馬車の近くまで駆けたミシェルは、グリーズから横転した馬車に飛び移るとドアをこじ開け、中に居るであろうマクシミリアンとカトレアの名を呼んだ。
「……うう」
「陛下ですか!?」
横転した馬車の底ではくぐもった声がして、ミシェルは『ブレイド』を消し『ライト』の魔法を唱えるとレイピア型の杖を馬車内にかざした。
馬車内に明かりが差し込み、横転した馬車の奥にはマクシミリアンがカトレアを守るように頭を抱きながら倒れていた。
「陛下、ご無事ですか!?」
「ミシェルか、悪いがそこらに僕の杖が落ちていないか?」
「陛下。カトレア様のご容態は?」
「気を失っているだけだ。それよりも杖だ。体中が痛い」
「た、ただいま!」
ミシェルはマクシミリアンらを踏まないように横転した馬車内に飛び降り、壊れた調度品の残骸と一緒に落ちていたマクシミリアンの杖を拾った。
ずしりと重い、トリステイン伝国の『王家の杖』は水の力が蓄えられた水色の大きな水晶が取り付けられており、使用者の水魔法の威力を増幅する効果がある。
王家の杖を受け取ったマクシミリアンは、『ヒーリング』は唱え、身体中の打ち身と擦り傷を治した。
「ふう、落ち着いた。ミシェル状況の説明を」
マクシミリアンは気を失ったカトレアを開放しながらミシェルに聞いて来た。
「それが突如、モンスターの群れが襲い掛かってきて、突然の出来事だったので我々も訳が分からず……」
「モンスターが街中で、な」
マクシミリアンは数日前、動物園で見た元気のないモンスター達を思い出した。
「……まさか動物園から逃げ出して、この騒ぎを起こしたのか? 檻に閉じ込められたモンスターが、脱出した事で野性を取り戻した?」
マクシミリアンは色々と仮説を考えたが、結局、明確な答えは出なかった。
「ともかく、今の状況を打破しないとな。ミシェル! カトレアを頼む」
「御意!」
マクシミリアンに代わってカトレアの介抱に移ったミシェルを届けると、マクシミリアンは『レビテーション』で横転した馬車の外に出た。
暗い馬車内から一転、外は銃声と魔法が飛び交う戦場と化していた。
応援に駆けつけたメイドコンビがMG42を乱射し、帝国貴族が魔法で群がるモンスターを焼く。
馬車を死守していたセバスチャンがマクシミリアンが現れるのを見ると、戦闘を中止し傅いた。
「ご無事でした陛下」
「心配を掛けたセバスチャン。まずは周辺のモンスターを一掃し、ショーンブルン宮殿と連絡をとる
マクシミリアンは『ウォーター・ビット』のスペルと唱え杖を振るうと、馬車周辺に大量のウォーター・ビットが現れモンスターを攻撃し始めた。
その数256基。
いつも欠かさない魔法の鍛錬の他に王家の杖の効果も加味され、マクシミリアンの魔法の強さは劇的に上がった。
さらにマクシミリアンの半径50メイルのウォーター・ビットはマクシミリアンから直接、魔力の供給を受け、魔力切れを起こさずウォーター・ショットを放ち続ける事ができる様になり、
鉄壁の布陣と化したマクシミリアン周辺では、255のウォーター・ショットがモンスターを蜂の巣にしたり、或いは横なぎに払われて刃と化したウォーター・ショットでバラバラに切断されたりと瞬く間に駆逐された。
さらに器用なことに、モンスター以外の誤射を防ぐ為、残された1基のウォーター・ビットを管制係にすると、周辺の地形をスキャンさせて他のウォーター・ビットとデータリンクし、市民が逃げ惑う街中において、誤射率0%のモンスターのみを殺す奇跡のような迎撃システムを構築した。
「しかし、このモンスターども、動物園から逃げた出した奴らが暴れているにしても、元気が良すぎだぞ。久々の人肉に野性が戻ったか?」
独り言を言ったが、今はそれど頃ではない。
人に危害を加えてしまった以上、駆除しなければならない。
マクシミリアンは『レビテーション』で宙に浮き、大き目の煙突の上に立つと、鉄壁の迎撃システムと化したウォーター・ビットを広範囲に展開させ、ヴィンドボナ各地での小戦闘に介入し、最終的にヴィンドボナ市の三分の一をカバーした。
マクシミリアンの圧倒的な実力を、その目で見ていた護衛の帝国貴族達は驚きの声を上げた。
「す、すげぇ。あれが『賢王』マクシミリアン!」
「一人で10万の軍勢を相手出来るんじゃないのか?」
小国の王と心のどこかで侮っていた彼らは、マクシミリアンを怒らせないように心に決めた。
……
突如襲ってきたモンスター群を撃退して数十分後、気を失ったカトレアが目を覚ました。
「う、ううん」
「カトレア様、お気付きになられましたか」
カトレアの目に真っ先に入ってきたのはメイドコンビのフランカで、その後ろでベティがホッと胸を撫で下ろしたような表情をしていた。
カトレアが身を起こし辺りを見渡すと割と豪華な部屋に寝かされていて、フランカの説明ではカトレアを休ませる為に裕福な商家に部屋を借りたそうだ。
「ネル様、カトレア様がお目覚めになられましたぁ~!」
ベティが窓を開けてミシェルの名を呼ぶと、外で瓦礫の撤去作業を手伝っていたミシェルが作業を止め、カトレアの下へ走ってやって来た。
「ご無事でしたかカトレア様」
「一体何があったの? 突然馬車が横に倒れたかと思ったら、それから後の記憶がないの」
「それが、原因は不明ですが、街中でモンスターの群れが現れ、カトレア様の乗った馬車を襲ったのです」
「まあ、なんて事……」
カトレアは表情を曇らせて、ミシェルの次の言葉を待った。
「ですが、陛下のお力もあり撃退に成功。現在周辺の商家や宿屋に部屋提供して貰い、陛下御自ら生成された秘薬で怪我人はみんな快方に向かっております」
ベッドから降りたカトレアは外の景色を見ようと窓までゆっくり歩いた。
そしてカトレアの目に映ったのは、破壊された家屋とベッドの空きが無く、石畳の道路に怪我人が寝かされた野戦病院さながら光景であった。
その光景を恐ろしく思いながらも、カトレアは夫の姿を求めたが何処にも居ない。
「マクシミリアンさまは?」
「陛下は護衛の帝国貴族と共に、モンスターたちの掃討に向かわれました」
カトレアの問いにミシェルが答えた。
更にミシェルは続ける。
「国賓であらせられる陛下が行かなくても良いと、ペリゴール卿以下、大勢の方々に反対されたのですか聞き入れられず……」
「そうですか。マクシミリアンさま『らしい』と言えば『らしい』ですね。それと、この区画を守護する方々は?」
「人間の護衛は私にベティとフランカだけです。セバスチャン殿は陛下に付いて行ってしまいました」
「『人間』の? どういう意味ですか?」
「カトレア様のフレールが、この商家の屋根に止まり『睨み』を利かせているんですよ。お陰でモンスターのモの字もありません」
「そう良かったわ。あとで褒めてあげなくちゃ」
「そうしてあげて下さい」
「わたしも怪我をした人の治療を手伝いましょう」
カトレアの提案にミシェルは内心ため息を付いた。そうなる事を予想していたし、なにより説得しても無駄だと思ったからだ。
「止めても無駄だと思いますが、念のために言っておきます。カトレア様、お止め下さい。怪我人の中にカトレア様に危害を加えるものが居ないとも限らないのですよ?」
「大丈夫ですよ。いざという時はミシェルが守ってくれるんでしょ?」
カトレアはニッコリ笑ってミシェルを見た。
ミシェルもカトレアにこういう顔をされると逆らえない。
「……分かりました。不届きな輩が現れてもカトレア様には指一本触れさせません!」
「ありがとうミシェル。でもその前に、この商家の持ち主の人に挨拶をしないと」
「畏まりました。直ちに案内いたします」
カトレアは、ミシェルの後について部屋を出ると小走りで下の階に降りていった。
★
一方、モンスター討伐に出発したマクシミリアンは、『ウォーター・ビット』を四方に飛ばし情報収集に取り掛かった。
折りしも、ヴィンドボナに各市街地ではモンスターが暴れた影響で火事が起きていて、深夜のヴィンドボナを朱に染めていた。
「……これは、モンスター退治と平行して消火活動もしなければならないな。誰か、ここに残って市民を統率して消火活動を行って欲しい」
マクシミリアンは帝国貴族に提案したが余り歓迎された様子ではない。
かつてのトリステイン貴族ほどでは無いにしろ、貴族は戦闘による武勲こそが最上の名誉と考えている節がある。
残って消火活動を指揮したら、他のライバルに抜け駆けを許してしまう。
帝国貴族達はお互いの目を見て、互いに牽制し合った。
「……何をやってるんだ。この忙しいときに」
マクシミリアンは呆れてしまい、一喝しようと空気を肺に送り込むと、思わぬところで声が掛かった。
「マクシミリアン陛下ではございませんか?」
「ん?」
マクシミリアンが声の方へ向くと、そこにはオルレアン公シャルルが部下の貴族を数人連れてマクシミリアンの方へ手を振っていた。
「オルレアン公! どうしてここに?」
「どうしてもこうしてもありません。晩餐会の帰路、突然のモンスターの襲撃を撃退しながらここまでやって来たのです。マクシミリアン陛下は?」
「僕も同じようなもので、早急にモンスターを討伐して治安を回復しないとと思いましてね。護衛の彼らを連れて、オルレアン公に出くわしたのです」
そう言って、マクシミリアンはお互いいがみ合う貴族達を見た。
「なるほど、お互い目的は同じという訳ですね。如何でしょう、共同戦線を組むのは?」
「二つ返事で引き受けたいところですが、同時にヴィンドボナ市の火事の消火もしなければなりません」
シャルルは少し考える仕草をすると、マクシミリアンにある提案をしてきた。
「では我らが消火活動の指揮を取ります。マクシミリアン陛下はモンスター討伐をお任せします」
「……分かりました。消火活動の件、お任せいたします」
シャルルのこの発言にガリア貴族達は不満そうだったが、マクシミリアンとしては好都合で
消火活動をシャルルに任せる事にした。
「分かっていただいて、ありがたく思います。さあ諸君、私に続け!」
シャルルはガリア貴族を伴って、火が上がっている場所へ『フライ』で飛んでいった。
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