水の国の王は転生者
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第九十二話 アルブレヒト戴冠
シュテフォン大聖堂で執り行われた戴冠式は滞り無く行われていて、マクシミリアンとカトレアは、国賓の座る席で戴冠式の光景を見ていた。
「いま、アルブレヒト殿は得意の絶頂の中にいるだろうな」
国賓の席でマクシミリアンは独り言を言った。
「マクシミリアンさまも、得意の絶頂の中に居たんですか?」
それを隣で聞いていたカトレアがマクシミリアンの独り言に応えた。
「僕の場合は違うな。父上の死からおよそ一ヶ月、とにかく早く戴冠して空白期間を無くしたい一心だったよ」
「それなら新しい皇帝閣下もその様な心境なのかもしれませんね」
「だといいけどね」
マクシミリアンは、これからゲルマニアに襲い掛かる反乱祭りの事をカトレアには話してはいない。
マクシミリアンが改めてシュテフォン大聖堂を見渡すと、アルブレヒトに賛同した選帝候のうち、フランケン大公とザクソン大公の姿が見えない。
フランケン大公はゲルマニア西部の防衛の為に戴冠式を欠席していて。ザクソン大公に至っては、ポラン地方の反乱鎮圧の為に欠席、代わりに親族であるツェルプストー辺境伯を代理として戴冠式に参列させていた。
知り合ったばかりのツェルプストー家の一人娘キュルケが、ジッとマクシミリアンに熱視線を送っていて、マクシミリアンがキュルケの視線に気付くとすかさずウィンクして、マクシミリアンの気を惹こうとした。
(本人は妖艶に決めているようだが可愛いものだ)
マクシミリアンはそんなキュルケを『可愛い』と形容した。
「マクシミリアンさま?」
「どうしたんだカトレア?」
「先ほどからツェルプストーのあの子を見ていたようですが……」
「キュルケと言ったか、ああも大っぴらにアプローチをしてくる娘なんて、今まで居なかったから新鮮に感じてね」
「む……マクシミリアンさま」
頬を少し膨らませたカトレアは、マクシミリアンの尻を抓った。
「イタタ、またかカトレア」
意外と嫉妬深いカトレアの側面を見たマクシミリアン。
だからと言って、カトレアへの愛情が無くなる訳ではないが、少々鬱陶しく感じる。
「今夜の晩餐会、ずっと一緒にいるから勘弁してくれよ」
「むう、本当にですよ?」
二人が痴話げんかをしている間にも戴冠式は続き、いよいよクライマックスである戴冠の瞬間が訪れていた。
あらいる謀略と政治力を駆使して、ようやく大国ゲルマニアの頂に立ったアルブレヒト。
ロマリア教皇の手によってアルブレヒトの頭に冠が被せられ、ここに新皇帝アルブレヒト3世が誕生した。
『皇帝アルブレヒト3世閣下万歳!』
『帝政ゲルマニア万歳!』
戴冠式に参列していた帝国貴族達は、声高々にアルブレヒトの戴冠を祝った。
アルブレヒトは帝国貴族達の歓声に応えるように手を挙げる。
ガリア王の代理であるシャルルも人目につき易いような位置で拍手し、マクシミリアンとカトレアも拍手をしてアルブレヒトの即位を祝福した。
……
戴冠式は滞りなく終わり。
舞台は晩餐会の行われるアルブレヒトの居城ホークブルク宮殿へと移る。
そんな時トリステイン諜報局からマクシミリアンへ一つの情報がもたらされた。
「陛下!」
「どうしたミシェル」
ホークブルク宮殿への道中ミシェルが、マクシミリアン達の乗る馬車にグリーズを併走して横付けし急報を知らせてきた。
「トリステイン諜報局員と名乗る者からこのような物が……」
ミシェルは胸元の鎧に挟んだ紙を取り出し、馬車の窓を開け顔を出したマクシミリアンに手渡した。
「トリステインの花押が掘られている本物だな。ありがとうミシェル下がってよい」
「御意」
マクシミリアンは馬車の窓を閉め座席に座ると、諜報局からの急報を開いた。
「なんて書いてあるんですか?」
「まあ待て」
マクシミリアンは急報の内容を読み始めると、無意識に眉間にしわが寄った。
急報の内容とは選帝候の一つブランデルブルク辺境伯が、ボヘニア地方の穀倉地帯シレージェン地方に侵攻した情報だった。
これは明らかな反乱であり地方の反乱とは訳が違う。強大な諸侯がゲルマニアに対し反旗を翻した瞬間だった。
マクシミリアンの眉間にしわが寄ったのは何故か?
それは先日の前ゲルマニア皇帝殺害の頃から懸念していた事だが、チェック人といい今回のシレージェン侵攻といい、ゲルマニアにおける謀略は完全にコントロール不能に陥った事の証明だった。
「となると、次に何が起こるか分からないな……」
そして、マクシミリアンのもう一つの懸念。
それは下手をすればゲルマニアが完全にバラバラに分裂してしまう事への懸念だった。
マクシミリアンはゲルマニアを滅ぼすつもりは無い。
無いが何度も『ゲルマニアに侵攻して近代化させた軍を使ってみたい』と、子供の様な誘惑に負けそうになった。
その都度、『いや駄目だ。近代化による富国政策が最重要課題だ』と自分に言い聞かせて誘惑を封殺した。
「マクシミリアンさま。難しい顔をしてどうなされたんですか?」
馬車の向かい側に座っていたカトレアが、マクシミリアンを不安そうな顔で見ていた。
「ああ、ちょっとね」
「それで、どの様な内容が書かれていたのですか?」
「後で知られるだろうから言うけど。ゲルマニアの諸侯が反乱を起こしたそうだ」
「まあ! なんという事でしょうか」
カトレアは手を口に当て驚いた顔をして、一方のマクシミリアンは足を組み直すと顎に手を当てた。
「さて、この新鮮な情報。アルブレヒト殿に提供するべきかそれとも……」
「提供ですか? アルブレヒト閣下もその情報を掴んでいるのではないですか?」
「このメモに書いてあったが、ブランデルブルク軍の反乱を知らせる伝令が、ボヘニア地方を通過中に襲われてしまったそうだ」
「と言う事は、ヴィンドボナでこの情報を持つ者は、わたし達だけ……」
「ガリアの諜報は動いていないみたいだし、そういう事になるね」
「どうされるのですか、マクシミリアンさま?」
「情報提供すれば、ゲルマニア国内に間諜を放っていると言っている様なものだ。かえってに不信感を与えるかもしれない」
「では黙っているのですか?」
「所詮は他国の出来事、選択的にはベストではないがベターだと思う……」
「それなら、何方か信頼できる方にご相談されてはいかがでしょう?」
「……ふーむ。ではそうするか」
マクシミリアンは再び馬車の窓を開けミシェルを呼んだ。
「ミシェル。悪いが使いを頼まれてくれ」
「御意にございます」
「先ほどの急報をペリゴールの所にま送って欲しい。ああ、返事は貰って来てくれ」
「畏まりました!」
急報の紙と『ゲルマニア側に知らせるか』の質問が書かれた紙を受け取ったミシェルはグリーズを翻し、ペリゴールの乗る馬車まで駆けて行った。
「さてペリゴールはどんな答えを出すかな」
ペリゴールの返事は10分とせず返って来た。
「戻ったか、何々?」
ミシェルから返事を受け取ったマクシミリアンは返事を読み始める。
返事には『公開するべきです』と簡潔ながらも書かれていた。
後にはその理由も書かれていて、各国それぞれスパイの一人は放っていて、トリステインがゲルマニア国内にスパイが居ると知られてれば、ゲルマニアは表面上は抗議してくるが、強力な諜報網に、小国と思っていたトリステインの評価を見直す事になる……と書かれていた。
マクシミリアンはペリゴールの助言に考え込む。
「うーん。国際社会とはそういうものか」
「どうなさるのですか?」
「うーん……」
ゲルマニアと友好関係を結ぶなら公開するのも悪くは無い、とマクシミリアンは思う。
「だが……こちらの数年掛けて構築したゲルマニア諜報網の存在を晒すのは、10年20年後を考えると良くないと思う……よし」
マクシミリアンはこの反乱の情報をゲルマニア側に提供しない事にした。
「後でペリゴールにも口止めをさせておこうか。カトレアも急報の件は黙っているように」
「……分かりました」
カトレアは不承不承ながらも頷いた。
やがて一行はホークブルク宮殿に到着し、晩餐会に向けトリステインから持ってきた礼服やドレスの着付けに入った。
★
ホークブルク宮殿で行われた晩餐会は豪華の一言だった。
昼間に戴冠式の様な堅苦しい雰囲気は無く、貴婦人達は色とりどりのドレスに身を包み、男達は着飾った彼女達をダンスに誘うべく勧誘合戦に余念が無い。
マクシミリアンとカトレアは別室で晩餐会の進行を眺めながら、新皇帝アルブレヒトの歓待を受けていた。
「今日は我が戴冠式にお越し頂き感謝いたします」
「いえいえ、ゲルマニアとの友好の為にも来ない訳にはいきませんでした。ここ数日、ヴィンドボナ市内を見て回りましたが、よく整備された良い都市ですね新しい帝都に相応しいと思います」
「ほほ、そうですか。賢王陛下にお褒め頂くとは、多くの資金と時間を掛けただけの事はありましたか」
演技上手のマクシミリアンの『おべっか』に、アルブレヒトもご機嫌で先ほどから酒豪のマクシミリアン以上に酒が進んでいた。
上機嫌のアルブレヒトは、酒の勢いでマクシミリアンに一つの提案を申し出た。
「マクシミリアン陛下。折り入ってお話があるのです」
「お話? 内容にもよりますが、まずは聞きましょう」
「新しく皇帝に選出されたものの、私はまだ結婚していないのです」
「そうだったのですか」
「そこでそろそろ身を固めようと思いまして、是非、ゲルマニアとトリステインの関係強化の為に陛下の妹君を我妻に……」
「アンリエッタを、ですか……?」
マクシミリアンには寝耳に水だった。
アンリエッタは今年12歳。『そろそろ』と将来の結婚相手を考えなくも無いが、まだ早いと思わないでもないし、何より可愛い妹を嫁に出さずにもう少し手元において置きたい気分でもある。
「その通りです。二国間の友好が深まれば、お互いの富になりましょう」
「しかし、アンリエッタはまだ12歳になったばかり。少々早い気もします」
マクシミリアンはお茶を濁す。
アンリエッタを30過ぎのおっさんの下に送るのはハッキリ言えば嫌だし、ゲルマニア謀略が実を結び、各地で反乱が起こり、諜報局によってもたらされたブランデルブルク辺境伯の反乱の情報を掴んだ現在、政情不安が確実視されるゲルマニアにアンリエッタを送り込めば、万が一にアンリエッタに被害が及ぶという事も在り得る。
そして、同時にこういう疑念も湧き上がる。
アルブレヒトがハルケギニアの『権威』の最もたる始祖ブリミルの血を手に入れれば、割と権威に弱い国民を黙らせ政情不安を解消する可能性もあるし、同時にトリステインの王位継承権に口を挟む大義名分も与えてしまう。
(色々と面倒な事になるな、何とかして断らなければ)
とマクシミリアンが断る為の言葉を選んでいると、今まで黙っていたカトレアが助け舟を出してきた。
「アンリエッタはまだまだ子供。アルブレヒト閣下のお眼鏡に適うにはもう少し時間が掛かりますわ。それよりも晩餐会が行われいる大ホールで足を伸ばし、未来の皇后様をお探しになられては如何でしょう?」
折りしも晩餐会で行われている大ホールから、テンポの早い音楽が流れてきた。
「この曲はダンスの時に良く流れる曲ですね。アルブレヒト殿、我らも行きますか?」
「う、ううむ、そうですな」
マクシミリアンの言葉に知恵者のアルブレヒトもこれ以上は無理と察したのか、控えていた家人に自分もダンスに参加する旨を伝えた。
……
晩餐会が行われている大ホールでは、老若男女の貴族が色とりどりに着飾ってダンスを踊り、場の雰囲気は最高潮に達しようとしていた。
その中で、ひと際目立つ少女が一人アンニュイな表情で佇んでいた。
ツェルプストーのキュルケは、13歳とは思えないほどの見事な胸をギリギリまであらわにした刺激的な紫のドレスを身にまとって、ダンスを誘いに寄って来るゲルマニア貴族の少年達をあしらっていた。
「……つまらないわ」
キュルケは晩餐会が始まって以来、お目当ての男を探して大ホール内を彷徨ったが、お目当ての男は一向に姿を現さない。
お目当ての男とは、言わずもがなマクシミリアンの事なのだが、何故キュルケがマクシミリアンにちょっかいを掛ける様になったのかというと、因縁のラ・ヴァリエール家の次女がマクシミリアンに輿入れした事から、巷で噂になっているマクシミリアンに興味を示したのが始まりだった。
当初はツェルプストー家とラ・ヴァリエール家の因縁に従うように、カトレアからマクシミリアンを横から掻っ攫って、ラ・ヴァリエール家を天下の笑いものにしようと企てたのだが、マクシミリアンの事を調べているうちに、キュルケはマクシミリアンの偉業を知り惹かれるようになった。
『微熱』の二つ名を持つキュルケとはいえ、恋の火はまだ小さくラ・ヴァリエールに恥をかかせる目的の方が大きい。
「それにラ・ヴァリエールの次女は他の姉妹と違って大人しいみたいだから、突っかかってこないし張り合いが無いわ」
マクシミリアンにモーションを掛けた時、カトレアは歴代のラ・ヴァリエール家の者と違って癇癪を起こしてキュルケ突っ掛かってくる事は無かった。
裏では割と嫉妬深い所をマクシミリアンに披露していたのだが、それを知らないキュルケは退屈を持て余し、品定めしておいた貴族の誘いを受けようと歩を進めた。
「仕方ないわ、ストックしておいたお方とダンスを踊ろうかしら……あら?」
キュルケは大ホールの雰囲気が変わるのを感じ取った。
折りしも守衛の男が皇帝アルブレヒト3世が入来を宣言した
「ゲルマニア皇帝アルブレヒト3世閣下の、おなぁ~りぃ~!」
ワッ!
主役の登場に一斉に歓声があがり、大量の拍手に送られてアルブレヒトが現れ、アルブレヒトの後にマクシミリアンとカトレアが現れた。
「ようやく来たわね」
キュルケはマクシミリアンを誘惑する為にダンスを踊ろうと彼に近づくが、アルブレヒトの周りに出来た取り巻きに阻まれてしまった。
「ちょ!? ちょっと退きなさいよ!」
独身のアルブレヒトの周りには玉の輿を狙うゲルマニア婦人が取り囲み、キュルケは貴婦人を押しのけようとしたが、婦人達の強烈なパワーに押されて近づくことすら出来ない。
見た目は麗しいゲルマニア貴婦人は、見た目に反して非情にパワフルで、13歳の小娘のキュルケには相手が悪かった。
そうこうしている内に、マクシミリアンはカトレアの手を取ってダンスの輪の中に入って行った。
「もう! 行っちゃったじゃない!」
キュルケはゲルマニア貴婦人らに地団太を踏むものの、結局マクシミリアンと接触できず、晩餐会は終了してしまった。
★
晩餐会は終わり、マクシミリアンら一行はショーンブルン宮殿への帰途に着いた。
時刻は既に深夜を回っており、『大勢で移動するのも住民に悪い』とマクシミリアンが少数の護衛のみと断っての道中。石畳の道路は双月は両方とも厚い雲に隠れて月光は地上に届かず、馬車に掛けられた魔法のランプが唯一の明かりだった。
ゲルマニアでの全日程を終え、肩の荷が下りた気分のマクシミリアンは、いつも怠らない警戒をこの時ばかりは緩め、寝入ったカトレアに膝枕をしてピンクブロンドの髪を弄っていた。
「ふぁ……眠いな」
マクシミリアンは欠伸を掻くと首をコキコキと鳴らした。
「陛下。ショーンブルン宮殿までまだ掛かりますから、横になられても構いません」
「そうか……悪いなセバスチャン。お言葉に甘えさせてもらおう」
馬車の手綱を握るセバスチャンの言葉に従い、マクシミリアンはカトレアの膝枕をしたまま舟をこぎ出した。
「ぐー」
「くー」
数分と立たずにマクシミリアンは寝息を立て始め、馬車内はマクシミリアンとカトレアの寝息の二重奏が奏でられた。
御者席に座るセバスチャンは後ろを振り向き馬車内の二人の様子を見て再び向き直ると、ヴィンドボナの夜の闇を見た。
「……妙な」
『メイジ殺し』としてのセバスチャンの直感が、夜の闇の中に溶けた獣の臭いを感じた。
セバスチャンは魔法のランプに手を伸ばし、明かりの強度を強くすると馬車の進行方向に巨大な足を映した。
「な!?」
流石のセバスチャンも突如現れた巨大な足に驚き、避けるために馬車を無理矢理に逸らした。
当然、慣性の法則が働き、馬車は片輪走行をしながらも巨大な足を避ける事は出来たが大きく横転し、ヴィンドボナでも割と裕福な商家の玄関に突っ込み止った。
「どうされましたか!」
馬車が横転した事に驚いたミシェルがグリーズで駆けて来ると、平和な街中でありえないものを見た。
「な……トロル鬼!?」
ミシェルが見たもの。
それはヴィンドボナのど真ん中を闊歩するトロル鬼を始めとするモンスターの群れだった。
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