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水の国の王は転生者

作者:Dellas
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第九十四話 雷鳴のカトレア

 突如現れたモンスターの存在に大混乱に陥ったヴィンドボナ市。
 マクシミリアンとそれに従う帝国貴族がモンスター狩りをしている頃、とある街角の隅では一台の馬車が横転していて、その馬車の周りを周りをモンスターが群がっていた。

 街灯もない真っ暗な道端では『ゴリゴリ』と、モンスター達が馬車馬を骨ごと食らう音だけが響く。

「……ハァ……ハァ」

 だが壊れた馬車の陰で一人、息を殺す少女が居たツェルプストー家の娘キュルケだった。

 ほんの数時間前までツェルプストー自慢の護衛がお供に付いていたが、『帝都のど真ん中で敵に襲われることは無い』という油断から、バグベアーの『パラライズ・アイ』を護衛全員が直視してしまい、動けなくなった所を後から現れたモンスター達に食われて、護衛達は文字通り全滅した。

 幸いと言うべきか、キュルケの父ツェルプストー辺境伯はホークブルク宮殿に泊まり、この凶事を避けることが出来たが、代わりに娘のキュルケが被害に会ってしまった。

「だ、誰か……」

 取り巻きに囲まれた時の様な、自信たっぷりのキュルケの姿はそこには無く。年相応に怯える少女の姿がそこにあった。

 不運な事に小さな助けを求める声が車外に漏れたのか、血に濡れた石畳をひたひたと鳴らしながら犬面(いぬづら)のコボルト鬼が馬車に近づいてくる。

「……ううううう」

 息を殺しながら恐怖に耐えるキュルケ。
 トリステインのマダム・ド・ブランでオーダーメイドした絹をふんだんに使った自慢のドレスも、ボロボロに擦り切れて見る影も無い。
 
 コボルト鬼の足音がキュルケのすぐ側に来たとき、コボルト鬼の足が止まった。

『ウガ?』

「気付かれたの……!?」

 キュルケは一瞬絶望したが、どうやら違うらしい。

 耳を済ませると何処からとも無く赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。

「子供、赤ん坊の声!?」

 骨をかじる音が襲撃現場を支配する中で、赤ん坊の声は良く響き、全てのモンスターが食事を止め、泣き声の主を探した。

 モンスターたちは、ほどなく赤ん坊の姿を崩れた本屋に認め、周辺のモンスター全てが本屋に押し寄せた。

 キュルケの側のコボルト鬼も例外ではなく、危機を脱したキュルケはホッと胸を撫で下ろしたが、同時に悶々としたものが胸の中に現れた。

(……このまま、あの子を見捨ててわたし一人生き残って、それで良いのかしら?)

 キュルケは赤ん坊を囮にして、自分が生き残る事に後ろめたさを感じたのだ。

(でも、わたし一人でなにが出来るというの? このまま隠れ続ければ、モンスターも何処かへ行くはず……)

 臆病が生への欲求が、赤ん坊を見捨てるようにキュルケに囁く、

「……死にたくない。けど!っ」

 歯を食いしばって死の恐怖をねじ伏せたキュルケは、胸元にしまったタクト状の杖を取り出して馬車の外に出て大声で叫んだ。

「その子に手を出させないわっ! かかってきなさい!」

 キュルケは『ファイア・ボール』のスペルを唱え杖を振るう。

 杖から放たれた火球が、一番手前に居たコボルト鬼を火達磨にした。

『ウガァ?』

 数十ものモンスターの目が一斉にキュルケを捉える。

「上等よ、かかってらっしゃい!」

 口では勇ましい事を言っても、キュルケもまだ13歳。
 爛々と光る無数のモンスターの目に無意識に足が震えた。

『ファイア・ボール!』

 キュルケは、再びファイア・ボールを唱え、モンスターにぶつける。

 だが20近い数のモンスターには焼け石に水で、モンスターたちは赤ん坊からキュルケに目標を変えキュルケに近づいてきた。

「いいわよ。コッチ来なさい!」

 キュルケは振り返って路地裏へ逃げ込む。

(私が囮になれば、あの赤ん坊も助かるかもしれないわね)

 キュルケがモンスター達を惹き付けて遠くまで逃げれば、あの赤ん坊は助かるかもしれない。
 本当は赤ん坊を連れて逃げ出したかったが、赤ん坊との距離が離れすぎていた為、こういう手を取らざるを得なかった。

 全てのモンスターが食いついてキュルケを追い、キュルケは路地裏への逃げ込もうと暗い通路へ走ると、不運にも既に先客が居た。

「あっ!」

 潜んでいた巨大な目玉のモンスター、『バグベアー』はパラライズ・アイでキュルケを睨みつけた。
 
 突然、現れたバグベアーにキュルケはまともにパラライズ・アイを見てしまい、電撃の痺れとは違う、筋肉の痙攣が身体全体に回ったような感覚を受け、立っている事も出来なくなりその場に倒れこんだ。

「う、うう……」

 パラライズ・アイで舌すらも痺れてしまい喋る事も出来なくなったキュルケ。
 キュルケを追ってきたモンスターたちは、倒れたキュルケの柔らかい肉を求めて一斉にスピードを上げた。

(……あーあ。最後の最後にとんだヘマをしちゃったわね」

 後悔は無い……といえば嘘になるが、もう少し人生を、恋を楽しみたかった。

 と、半ば諦め、目を瞑って最後の時を待った。

「……」

 パラライズ・アイで聴力にも支障が出たキュルケは、自分がどう食われるのか考えないように大人しくなった。

「……?」

 いくら待っても、キュルケに圧し掛かったり、持ち上げる様子が見られない。

 目を開けられる程度に回復したキュルケは、ゆっくりと目を開けると、20近く居たモンスター達が天から降り注ぐ白く細い『線』で蜂の巣にされる光景が目に入った。

(……雨?)

 キュルケは痺れる身体を押して空を見ると、数百を越す水の玉が上空を漂っていて、白い線を放ってモンスターを攻撃していた。
 白い線は情け容赦なくモンスター達を貫き弱いモンスターは駆逐されていく。

 最後に残ったトロル鬼は絶叫を上げて、空に居る『何か』を掴もう手を伸ばすが、手を伸ばしきった次の瞬間、トロル鬼は氷付けにされてしまった。

「ふっ」

 空に居た『何か』は不適に笑うと、凍りついたトロル鬼の手の甲に乗った。

(……あ、あの方、じゃない、あの御方は)

 キュルケはトロル鬼の手の上に立つマクシミリアンを見て、恋の炎が身体中に燃え広がった。

 最初は本気ではなく、ラ・ヴァリエール家に対する当て付けとしてマクシミリアンに近づいたはずだったが、ものの見事にキュルケはマクシミリアンに恋をした。

 ……

 つい数秒前に、一人の少女を『撃墜』した事に気付かないマクシミリアンは、王家の杖を振りかぶると、凍りついたトロル鬼を『エア・ハンマー』と殴りバラバラにさせた。

「これで市内のモンスターは駆逐したみたいだな……ん?」

 帰ろうとした矢先、マクシミリアンの脳内に、ウォーター・ビットからに足元に動けなくなった市民が居る情報が転送されてきた。

「っと、被害者が居たか。待ってろ、すぐ助ける」

 マクシミリアンは『レビテーション』でキュルケの下に降り立つと、キュルケは弱々しく微笑んで反した。

「ツェルプストーの、確かキュルケか? キミが被害に会っていたとは」

 ボロボロのドレスで半裸に近いキュルケに、マクシミリアンは羽織っていたマントを剥いでキュルケの身体に巻いてやった。

「陛下……陛下が来て下さらなかったら、今頃私……」

 マクシミリアンが倒れたキュルケを抱きかかえると、キュルケは『しな』を作ってマクシミリアンの胸に顔を寄せた。
 パラライズ・アイの効果は残っているが、首一つ動かせる程度には回復し、キュルケはここぞとばかりに攻勢を掛けて来た。

「こんな時にも関わらず、僕にアタックを掛けるのには感心するが、身体中が震えているじゃないか……んん?」

 マクシミリアンは抱き寄せたキュルケが小刻みに痙攣している事を、恐怖によるものだと勘違いしたが、すぐに間違いだと気が付いた。

「たしか駆逐したモンスターの中に『バグベアー』が居たな、身体中の痙攣はコイツのせいか。ちょっと待ってろ」

 マクシミリアンは何やら魔法のスペルを唱えると、王家の杖でキュルケを小突いた。

「あら? 身体の痺れが……」

「これで身体の痺れは取れただろう?」

「ありがとうございます陛下。私、陛下に御礼をしないと……」

 魔法で身体の麻痺が解けたキュルケは、辺りを見渡して誰も居ない事を確認すると、両足でマクシミリアンの腰をくわえ込んでロックし、いわゆる『だいしゅきホールド』をマクシミリアンに掛けた。

「おいおい、何をする」

「陛下ぁ~、私、陛下に恋しちゃったみたい」

 『微熱』のキュルケは本領を発揮しだした。

「悪いが僕は妻帯者だ」

「口惜しいですけど妾でもかまいません。もっと早く出会っていたらと、運命を呪わずにいられません」

「僕に命を助けられて、恋をしたと錯覚したんだろう。つり橋効果という奴だ、しばらくすれば収まる」

 マクシミリアンは身体に組み付いたキュルケを離そうとすると、キュルケは器用に避けて両腕でマクシミリアンの後頭部を押さえつけるとマクシミリアンの唇にキスをした。

「むぶッ!!?」

「んんー」

 ちゅるちゅるれろれろがっぽがっぽ

 キュルケの舌はマクシミリアンの前歯を舐めると、そのまま口内に侵入して散々に蹂躙した。

 まさか13歳の小娘が、高級娼婦並みの舌技を繰り出すとは思わなかったマクシミリアンは、頭が真っ白になりキュルケの行為を無抵抗のまま受け入れた。

「……」

「うふ」

 キュルケは、大人しくなったマクシミリアンから唇を離すと妖艶に舌なめずりをした。

「陛下に私のファーストキス、受け取ってもらえて大変嬉しいですわ」

「むぐ……初めてだったのか。無茶な事を」

「気が付かれたのですか陛下。そうですよ、責任とって下さりますわね?」

「……ちなみに初潮は?」

「既に済ませました」

「そうかそうか」

 イケメンが一転、鼻の下を伸ばした好色なゲス顔になったマクシミリアンは、キュルケの服を脱がせに掛かった。

「あん☆ 陛下ったらこんな所で……」

「ぐふふ、()い奴()い奴」

 巻いたマントを脱がしボロボロのドレスも脱がし終え、ショーツ一枚になったキュルケの秘密の密林へ手を伸ばそうとすると、ふとマクシミリアンは空を見上げた。

「どうされたんですかぁ、陛下?」

 あと少しの所をおあずけされたキュルケが、マクシミリアンを見て、釣られて空を見上げると、空には雷色の巨大な鳥がマクシミリアンとキュルケの上空をゆっくりと回っていた。

「? 鳥かしら?」

「……げ」

 カトレアの使い魔のフレールにマクシミリアンは戦慄を覚えた。

「鳥公……まさかカトレアも?」

 キュルケから離れたマクシミリアンは辺りを見渡すと、フレールが突如紫電を走らせた。

 稲光(いなびかり)が深夜のヴィンドボナを照らし、家屋の屋根の上に一人の女性のシルエットを映し出した。

「……あ、ああ、あのだな」

 マクシミリアンはシドロモドロになり、屋根の上の女性に弁明を始めた。

「ツェルプストーのキュルケ。キミも説得して欲しい……って何処に行く!?」

「わ、私、あの赤ん坊の母親を探してきまぁす」

 当事者の一人のキュルケは危険を察知したのか、本屋の赤ん坊と共に姿を消し、マクシミリアンには既に逃げ場は用意されていなかった。

「あ、あわわわわ」

 マクシミリアンは今まで感じたことの無いプレッシャーに襲われ、足がすくみ逃げる事すらできなくなっていた。
 屋根の上の女性は銀色の杖を振るい『ライト』の魔法を唱えた。
 今まで影になって見えなかったカトレアの顔がようやく拝めるようになったが、マクシミリアンは女性の顔を見て驚愕した。

「やっぱりカトレアだったか、って、すごい目をしているぞ!?」

 シルエットの女性は言うまでも無くカトレアだった。
 カトレアの瞳のハイライトは消え、何の感情も現していない。

 そんなカトレアの口がようやく開いたのは、マクシミリアンの足が震えだしてから3分後の事だった。

「マクシミリアンさま」

「お、おおお、カトレア。ようやく喋ってくれたか」

「わたし、マクシミリアンさまに言いましたよね? ツェルプストーには気を付けて下さいと、それなのに簡単に色香に引っ掛かって……情けないです」

「いや、な。ただの小娘なら僕も歯牙にも掛けなかったんだが、広大で尚且つ良質な鉄や石炭を吐き出す領地を持つツェルプストー家とお近づきになりたいと思ったんだよ」

「……目的は資源を持つ領土で、彼女には興味は無かったと?」

「いや、その……中々、面白い娘だったし……」

 マクシミリアンはカトレアから発するプレッシャーに最後まで弁明をいう事が出来なかった。

「……オシオキです!」

 カトレアは銀の杖を空高く掲げると、瞬く間にヴィンドボナ上空に雷雲が発生した。

 ゴロゴロ、と雷光は見えないが雲の上から雷鳴が鳴り、今にも雷が落ちてきそうだ。

「あ、待てカトレア。話せば分かる!」

「問答無用です! フレール!」

『クェェェェッ!』

 フレールが羽から紫電を雷雲に向け放つと、小さな紫電は雷雲によって巨大な雷に成長し、轟音と同時に巨大な稲妻がマクシミリアンに向かって落ちた。

「ぎゃああああああああああ!!」

 稲妻の衝撃波は強烈で、マクシミリアン周辺の窓ガラスは全て吹き飛び、稲妻の高熱が血に汚れた石畳をドロドロに溶かした。

 肝心のマクシミリアンは、稲妻が石畳に落ちた後に出来たクレーターの中心で見つかり、黒焦げになりながらも目を回しているところを護衛の帝国貴族によって発見された。

 護衛の帝国貴族は言う。

「……賢王よりも恐ろしい方がいた!」

「お、俺はこの光景を忘れない。トリステイン王妃カトレア、いや、『雷鳴(かんなり)』のカトレア!」

 カトレアの二つ名は、マクシミリアンの制裁を目撃した帝国貴族によって瞬く間に広がり、カトレアは『怒らせると怖い』と恐れられるようになった。

 ……カトレアの制裁から一時間後。市内の騒ぎを聴きつけたゲルマニア軍が、治安維持に介入したが、殆どのモンスターはマクシミリアンによって殺された後で、兎にも角にもヴィンドボナでのモンスター騒ぎは幕を閉じた。

 後日、アルブレヒトの陣頭指の下で事件の調査が執り行われ、マクシミリアンの予想通り、モンスターはヴィンドボナの動物園から逃げた出したモンスターだと断定された。
 動物園は一時閉鎖され、後日、全てのモンスター舎が閉鎖されて再開された。

 だが、謎と禍根も残った。
 モンスターたちを逃がした犯人は結局分からずじまいで、事件の調査もブランデルブルク辺境伯の反乱の情報が、遅ればせながらも商人の伝手からアルブレヒトの下にもたらされると、打ち切られてしまった。

 戴冠式のその日に起こったモンスター騒ぎは、ヴィンドボナ市民に一抹の不安を残し、更に内乱勃発によってゲルマニア諸国民には戦争税が掛けられ生活を一層苦しくさせた。

 ゲルマニア国民の試練は続く。
 
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