私は何処から来て、何処に向かうのでしょうか?
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第3話 湯上りのフルーツ牛乳は基本だそうですよ?
前書き
第3話を更新します。
そして次回更新は、5月12日。『ヴァレンタインから一週間』第18話。
タイトルは、『長門有希のお引越し』です。
その次の更新は、5月16日。『蒼き夢の果てに』第61話。
タイトルは、『騎士叙勲』です。
「我が名は白娘子。妾の真名は――――」
ギフトゲームに敗れた白い女性……白娘子と名乗った川の主らしき女性が、其処まで口にした後、何故か急に言葉を紡ぐのを止めた。
そして、一瞬の空白。何処か、遠くから、雲雀の鳴く声さえ聞こえて来るような長閑な春の午後。
そう。先ほどまで、双方の真名を賭けた真剣勝負が行われたとは思えない、平和な日常の風景。
しかし、
「はい、貴女の真名。確かに承りました」
しかし、何故かハクは彼女に相応しい表情を見せた後、白娘子に対してそう答えた。これは、どのような方法なのか定かでは有りませんが、ハクと白娘子との間に普通の人間には判らない情報の交換が行われて、白娘子の真名がハクに伝えられたと言う事なのでしょう。
その答えを受けて、白娘子がゆっくりと首肯く。そして、
「成るほど。そなた……我が主は矢張り、龍の気を纏って居ると言う事か」
……と、まるで独り言のように呟いた。
但し、その雰囲気は、最初に顕われた時の不機嫌で尊大な彼女の物ではなく、了解。自らが何故ゲームに敗れたのか、と言う事が納得出来たと言う雰囲気。
ただ、龍の気を纏う存在と言う言葉は……。
確かに、最初に美月が召喚しようとしたのは、間違いなく龍神の神気を纏う存在。確実にそのような存在が居るとは限らなかったのですが、それでも、ハクを召喚しようとした際に唱えた祝詞は、龍神を召喚する際に使用される物で有ったのも間違い有りません。
しかし……。
そう考えながら美月は、改めて自らが召喚した少女――ハクと名乗った少女を見つめてみる。
確かに、召喚した直後から、色々と人間と言う規格からは外れた能力を示して来た彼女では有りましたが、それがイコール龍神の能力と言えるかと言うと、微妙な雰囲気で有ったと言った方が良い。
おそらく、何らかの神性は宿しているのは確実なのですが、どうやら攻撃的な能力と言うよりも、補助的な能力を有した神性と考えた方が良いのでは……。
禊の空間の構築術や、魂振りの法。それに、先ほど白娘子との間で行われたギフトゲームに関しても、彼女自身が能動的な能力を行使した、と言う雰囲気では有りませんでしたから。
不意に見つめ出した美月を、少し小首を傾げながら不思議そうに見つめ返すハク。ただ、直ぐに少し首肯いた後に、軽く微笑みを返した。
そして、
「流石に、美月さんが居る場所で、白娘子さんの真名を口にして貰う訳には行かなかったので、【心の声】で、白娘子さんの真名を伝えて貰ったのです」
……と、先ほどの奇妙な空白の後、白娘子の真名を教えられた、と告げた理由をあっさりと答える。
それに、確かにハクの言う事は、魔術的な意味で言うのなら正しい事です。真名をウカツに口にしていては、ある程度の能力を持つ存在にあっさりと真名を支配され、その人物や存在は永久に……。そう、魂さえも永久に支配される事に成るのですから。
ただ、
「そうじゃなくて、ハクちゃんが、どうやってさっきの魅了の術を打ち破ったのか。そっちの方が、少し気に成ったって言うか……」
確かに、その【心の声】と言う能力にも興味は有りますが、それよりも、ハクの能力を知る上で、重要なヒントと成る質問を行う美月。
実際、あの祝詞は禍祓いの祝詞では有ったけど、あの祝詞に直接、魅了を防ぐ効果が有るかと言うと、美月の知識内では、それは微妙。
可能性としては、あの水汲み場の先に進むまでに唱えていた祝詞か、あの不思議な雰囲気を作り出していた歩行法のどちらかの方に魅了を防ぐ効果が有ったと考える方がしっくり来るのですが……。
但し、美月の知識では、あの祝詞は土地神召喚用の祝詞。だとすると……。
「白娘子さんの呪を防いだのは禹歩。この歩法を正確に行えば、古来より鬼神や猛獣、蜂、サソリ。そして、蛇の害から身を護ると言われています」
そんな美月の問い掛けに、いともあっさりと、自分の手札を晒すハク。
禹。夏王朝の創始者。そして、黄河の治水に当たった人物として伝説に名を残す王。
いや、禹と言う存在の起源は、黄河に棲む水神だったと言う説も有ります。
その王の歩行法を完全に再現出来、更に、古来よりの伝承を知る人間が、蛇の精の能力を封じたとしても不思議では有りませんか。
但し……。
「それなら、ハクちゃんは、最初から白娘子さんの正体が蛇の精だと言う事が判っていたと言うの?」
引き続きの美月の問い掛け。確かに、河の主なら蛇の精の可能性は高いでしょう。しかし、当然、龍や魚。中には震や虹などの可能性も有ったとは思うのですが……。
そんな、疑問符に彩られた表情を浮かべる美月に対して、
「志那都比古神と闇御津羽神が教えてくれましたから」
またもや、あっさりと答えを返すハク。
尚、志那津比古神とは日本の風を支配する神。そして、闇御津羽神とは水を支配する神。西洋風に言うのなら、彼女は風の精霊シルフと、水の精霊ウィンディーネと言葉を交わした、と言う事に成ります。
つまり、美月がこの河に到着した時にハクから最初に感じた、河を渡る風と語り、波の奏でる音を耳にしていたような幻想的な雰囲気は、正にその時、風の呟きを聞き取り、水に教えを乞うていたと言う事だったのでしょう。
もっとも、つまり、それは……。
「ハクちゃんは、最初から白娘子さんの能力を封じた上で、ギフトゲームを挑んだと言う事なの?」
いや、完全に封じたと言う訳では無く、封じられる可能性を持った呪法を行った上でゲームを挑んだと言う事なのでしょうが。
「はい。そうしなければ、私では、白娘子さんとのギフトゲームに勝利する事は、絶対に出来ませんでしたから」
美月の問いに、軽く首肯いた後に、あっさりと答えを返すハク。
そして、彼女の答えは正論。
何故ならば、ここは白娘子の支配する河の領域。
その土地を支配する神が、その土地の霊気を一番効率良く操る事が出来る。普通に戦った場合は、この大原則を覆す事が出来る存在はそう多くは有りません。
それに、その土地神。この河の場合は白娘子の能力如何に因っては、少々の小細工など意味を為さない可能性も高いはずです。
人間と土地神。いや、彼女、白娘子の場合は未だ自然神ですか。自然神との間には、計り知れない程の能力差が有りますから。
つまり、それぐらいの準備を為す程度の用意周到さを持った存在だと言う事なのでしょう。この、ハクと名乗った少女は。
そう考えてから、美月は白娘子と、そして、自らが召喚した少女の顔を順番に見つめた。
見た目の色白で、何時も春の穏やかな微笑みを絶やす事のない良家の子女と言う雰囲気の少女なのですが、見た目よりは、余程頼りに成る相手だと言う事は判りました。
この、龍の気を纏う、と大河の主に表現された少女が。
そう美月が結論付け、周囲にまた春の風。そして、永久に流れ行く河の気。そして、長閑な春の陽光が織りなす世界が訪れた。
それは、美月とハクがこの場に訪れる前から存在していた、この場により相応しい世界。
そして、次の瞬間。
「そうしたら、白娘子さん。私のお願いを聞いて貰えますか?」
……と、そうハクは、自らが真名を支配したこの河の主に問い掛けたのでした。
☆★☆★☆
「……まことに泉湧き成らしめて、八百万の神諸共に」
魔の風が吹き、精気を失った廃墟の村の象徴。完全に干上がって仕舞った水源。其処に、ハクと、そして美月二人の祝詞の唱和が響き渡る。
しかし、違う。そこは、先ほど訪れた時とは違う雰囲気と成って居た。
風に因って集められていた砂や瓦礫は既に綺麗に掃き清められ、在りし日の姿に近い様相を取り戻しつつ有る状態。
ここに、本来、この場を占めるべき主が帰還すれば、ここは、在りし日の姿を完全に取り戻す事が出来る。
「平けく安らかに聞し召せと、恐み謹み申す」
清水を呼ぶ祝詞を唱え終わり、最後に柏手。いや、今回の場合は、開手と表現した方が良い。開手によって全ての神事が終わりを告げられた。
一瞬の静寂。
二人の巫女と、そして、かつて水を注いでいた、女神を象った彫刻が抱える水がめの口の部分を、やや緊張した面持ちで見つめるギャラリーと成った子供たち。
そう。その中には、先ほど水汲みの仕事に従事していた子供たちの姿も見えた。
そして、その瞬間。
大きな歓声に包まれる、かつての水源の泉。
そう。かつて、汲めども汲めども、尽きる事のないほどの水を注いでいた女神の水がめから、再び、水があふれ出したのだ。
そう。正に開く手。祝詞の最後に打ち鳴らされた拍手によって、新たに造り上げられた地下水脈と、この水場の中心に存在する水の女神像との間が繋げられ、この廃墟の村の水源が新たに開かれた瞬間だったのですから。
「これで、宜しいのか。我が主よ」
何時の間に顕われたのか、傍に立って居た白娘子が、そうハクに対して問い掛けて来る。
これは、彼女。白娘子に因って途切れて仕舞っていた地下水脈が大河と繋ぎ合わせられ、水源を開く祝詞により言祝がれる事に因って、この水源が、新たに人間が利用可能な水場と成ったと言う事。
これは、巫女や神職の本来の有り方。自然と人間との絆を結ぶ仲立ちを行う。……と言う有り方に沿った行為だったと言う事です。
「はい。有り難う御座います、白娘子さん」
先ほどまで、真剣な表情で祝詞を唱えていた少女とはまったく違う、長閑な雰囲気でそう答えるハク。矢張り、彼女は巫女。普段は、おっとりとした雰囲気を発する少女ですが、いざ、神に働き掛ける時には、それに相応しい清にして烈なる雰囲気に身を包む事が可能と成ると言う事なのでしょう。
「しかし、主よ。この地は完全に大地が精気を失った地。ここに、いくら水を引いたとしても、大地を完全に復活させる事は叶わぬと思うのですが」
そう問い掛けて来る白娘子。尚、その姿は、水がめを抱えた女神の像と微かに似ているような気もする。もしかすると、かつて、この地に存在した誰かが彼女を……白娘子をモデルにして、この女神の像を作り上げたのかも知れない。
そう思わせるに十分な雰囲気を、白娘子と言う名前の河の精は感じさせていた。
そして、確かに、その白娘子の言葉は事実。これで、水汲みに掛かる手間は少なく成ったのですが、大地の状態が変わった訳では有りません。この砂漠と化した大地では、多少の水の恵みなど何の役にも立たないでしょう。
しかし、美月としては、自らの両親や、それ以前に、この地を切り開いて人が暮らせる町を作り上げた先人たちの思いを無にする事は出来ませんでした。
故に、多少の問題。相手の了承を得た上での行為とは言え、異世界から見ず知らずの人間を召喚して、その人間を助っ人としてこのコミュニティの復活を計る。……と言う、かなり自分勝手な行動に及んだのですから。
確かに、この世界の特性上、ここでの経験や知識は帰ってからでも残るはずですが、向こう側の世界での後の生活に不都合は生じないはずなのですが……。
例えこの世界で、その召喚された人物が死亡したとしても、問題はないはずでしたから。
もっとも、先ほどのハクのように、己の真名を賭けてギフトゲームを挑み、その結果敗れた場合は、その範疇には収まらない事が今の美月には判った……、と言うか、知らされたのですが。
「その事については、この場では無く、館の中に移動してから御話しましょうか」
しかし、周囲を一周分、見回した後、長閑な表情を浮かべたままのハクが、微かに小首を傾げて見せてからそう言った。
その仕草に釣られて、周囲を一周見渡してみる美月。其処には――――
水を汲む為に桶を片手に近寄って来た子供たちが、その場に立ったまま、不安げに美月たちの次の行動を見つめていたのでしたから。
☆★☆★☆
本当の意味でささやかな夕食が終わり、
石造りの床に、天井から落ちて来た水滴が耳に心地良い響きを伝えて来た。
西洋人とも、東洋人とも付かないその白磁の肌をやや桜色に上気させ、ゆっくりと、両手両足を伸ばした状態で湯船に浸かりながら、
「やっぱり、命の洗濯と言ったら、お風呂よねぇ」
金の髪の毛に碧の瞳の割には、スタイルに関しては東洋人のそれに等しい美月が、しみじみとした雰囲気でそう言った。
その声が狭い空間内で反射して、妙にエコーの掛かった状態で自らの耳に届く。
平和な。本当に平和なお風呂の時間の風景。
これも、ハクが白娘子とのギフトゲームに勝利し、水が豊富に使えるようになったが故の出来事。コミュニティの小さな一員たちが、長い距離を、重い荷を運ぶ仕事から解放させてやる事が出来ただけでも、彼女を召喚した事は成功だったと言うべきだと、やや胸のした辺りまで湯船に浸かった状態の美月は、のんびりと考えていた。
そう。後はゆっくりと小さなギフトゲームを挑みながら力を付けて、少しずつコミュニティ全体のレベルを上げて行けば、五年後、十年後には間違いなくこのコミュニティは昔の賑わいを取り戻している。
「主よ。先ほどの問いの答えを返して貰っては居りませんぞ」
しかし、そんなのんびりとした美月の、非常に太平楽な考えに対して冷や水を浴びせ掛ける一言。
何故か、この大浴場の中にまで着いて来て、その肌理の細かな白い肌を惜しげもなく晒している白娘子が、ハクに対してそう問い掛けて来たのだ。
尚、彼女は蛇の精。故に、スレンダーな肢体では有ったのですが、その胸に関しては……。まして、神性を持つ存在で有るが故に、彼女がこれ以上成長すると言う事は有り得ないので……。
その点だけで言うのなら、彼女よりは、未だ有るかどうか判らないながらも、少しばかり未来に期待が持てる分だけ、美月やハクの方がマシだと言う事でしょう。
そんな白娘子の問い掛けに対して、
東洋人の少女の象徴で有る象牙色の肌と、烏の濡れ羽色の長い髪の毛を持つ少女が、それまで存在していた洗い場の方から湯船の方に移動しながら、
「すみませんが、白娘子さん」
……と、そう話し掛けて来る。
尚、その彼女が発して居る雰囲気も弛緩した物で、このお風呂場と言う場所に相応しい物で有った。
いや、彼女の場合は、普通に会話を交わして居る際も常に穏やかで有り、周りにほのかな甘い香り……衣服や髪に焚き込められた香の香りと、長閑な微笑みを魅せていたのですが。
但し、その翳りのない肌に似つかわしくない痣。両手首、両足首。そして、左の脇腹に浮かび上がる紫色の痣が、何か言い様のない不安感のような物を覚えさせていた。
そう。彼女、ハクの紅い左目に真っ直ぐに見つめられた時と同じような感覚を、その紫色の痣は与える物で有ったのだ。
「はい。何でしょうか、我が主よ」
長い髪の毛をタオルで頭に纏め上げた後、湯船に浸かろうとする少女の正面を開けながら、それでも、さり気なく彼女の足元に気を配る白娘子。
この辺りは、蛇の精とは言っても白。つまり、義を司る色を持つ神性と言うトコロなのでしょう。
そして、
「私の事は、素直にハクと呼んで頂けないでしょうか?」
そんなに不満が有る、と言う雰囲気ではないのですが、それでも、珍しくハクの方からそう命令……などではなく、依頼を行う。
「それは、命令でしょうか?」
少し、不思議そうな表情で問い掛けて来る白娘子。それに、確かにこのハクと言う少女の、自らが真名を支配する存在に対して依頼を行うと言う方法は、少し違和感が有るのも事実。
本来、真名を支配されると言う事は、相手に己のすべてを支配されるに等しい事。つまり、今現在、ハクは白娘子の真名を支配している以上、彼女は、白娘子のすべてを支配しているので、素直に命令を下したら済むだけの話です。
まして、ギフトゲームの時の最初に白娘子が言ったように、死した後の魂でさえも、真名を知って居たのなら支配し続ける事が可能な以上、この支配体系はハクが死亡する瞬間まで続くと言う事なのですが。
しかし、
「私は、命令は行いません。まして、反論を許さないような。……真名で縛るような支配も行う事は有りませんよ」
……と、ハクは答えた。
口調は、この世界に顕われた時から変わらない長閑な春の陽光そのもの。しかし、その内容は、彼女にしては少し強い物で有った。
そして、更に続けて、
「私の判断力は、私の能力を超える事は出来ません。そのような未完成な私が、白娘子さんの意志を完全に支配するような事を行うと、もし、私の判断に誤りが有った場合に、誰にも私の間違いを正して貰う事や、行いを止めて貰う事が出来なくなります。流石に、それは問題が有りますからね」
……と言ったのだった。
確かに彼女。ハクの言葉の筋は通っています。但し、それが正しいかどうかは微妙。
何故ならば、この真名を支配する契約はハクの生命が尽きるまで続く契約。つまり、相手の信頼度が低い場合、契約者がワザと危険な状況に陥れられる可能性も高く成ります。
真名を支配される側から考えると、早く、契約相手が死亡してくれた方が、己が解放される時も早まりますから。
要は、相手が信用出来るかどうかがすべてだと言う事。
「判りました。ならば、ハクさまと御呼びしましょう」
表面上は判りませんが、少なくともハクの生命を狙って居るような雰囲気を発する事などなく、あっさりとそう答える白娘子。
しかし、更に続けて、
「それで、ハクさま。この精気を失った土地をどうなさる御心算なのです?」
先ほどから問い掛けて来ていた内容を、三度問い掛けて来る白娘子。
ただ、その部分に関する美月の答えは決まっています。そう急ぐ必要は有りませんから。ハクの能力を借りられたら、コミュニティのメンバーをゆっくりと力を付けて行く事は可能だし、自分やタマが更に能力を付けて来たら、その時に――――。
「明日は、西の街道に向かいます」
しかし、美月の思いを他所に、ハクは両手両足を湯船にゆっくりと伸ばしながら、そう言った。
非常に、剣呑極まりない台詞を……。
「ちょ、ちょっと、ハクちゃん?」
思わずお風呂のお湯を呑み込み掛けた美月が、少しむせながらも、ハクに対してそう話し掛けた。かなり、慌てた雰囲気で。
そうして、
「西の街道は危険よ。元々、西の街道から吹き付ける風が原因で、村の土地が精気を失ったのよ。まして、タマが言うには、この村に潜り込んで来ている根津魅は、そっちから来ている、みたいな事を言っていたし……」
……と、かなり不安げな雰囲気でそう話した。
そう、鼠ではなく根津魅。それは、まつろわぬモノの穢れや澱みなどが凝り固まって出来上がった不浄なる存在。
ただし、これは小物。
しかし、現実世界にそんな物が簡単に現れる訳もなく、まして、西から吹いて来るのは死の風。この死の風の性で、このコミュニティの地が砂に埋もれ、コミュニティ自体の活力が奪われたのは間違いない。
そう考えるならば、西の方角には何か危険な物が待ち受けているのは確実で有り、今の自分たちでは対処出来ない可能性も少なくはないのですが。
「この地の大地を復活させるには、失われた自然との絆を取り戻し、自然の大地を、人間が暮らして行ける産土の地に戻す必要が有ります。
そして、西に存在するのは根の国。その方角から、死の風や、根津魅などの禍津霊がやって来るのなら、その禍の源を鎮めなければ成りません」
湯気が、再び水滴と成って湯船に波紋を作り上げる様を見つめながら、ハクはそれまでと変わらない穏やかな雰囲気で、そう話した。
但し、内容は非常に危険な物で有り、そして、自然と人間との仲立ちを行う存在以外には、熟す事が出来ない内容でも有った。
これは、
「つまり、ハクちゃんは東から西に抜ける龍脈を作り上げる、と言う事なのね?」
美月の問い掛け。そして、ハクの行動がこれで終わる訳はない。
次は北。そして南。最後は、完全に精気を失ったコミュニティ自体の禍祓いを行うと言う事。
ハクが、美月の問い掛けに軽く首肯いて答える。
そして、
「この里が気枯れて居るのなら、新たな気の流れを作り、枯れた気を補って行けば大地が蘇るはずですから」
……と続けた。
その、非常に心地良い温度のお湯と、耳に心地よいエコーが掛かった声。そして、のんびりとした春の装いの微笑みが彼女の本来の雰囲気を示し、
少女としては妙に艶の有る肩の辺りを軽くマッサージする仕草が、彼女の本来の気質。少し苦労性で、厄介事を背負い込むタイプの人間で有る事を指し示しているかのようで有った。
尚、湯上りの一同に用意されていたのが、フルーツ牛乳なのか、コーヒー牛乳なのかは、定かではない。
☆★☆★☆
そして、翌日。
春の陽光は、何処か気恥ずかしげに地上を照らし、西からの風は、相変わらず砂と、そして渇きをコミュニティにもたらしていた。
「ホンマに西の街道に向かうのか?」
美月の足元から、やや不安げな視線を持ち上げながら、その無謀な行動を思い止まらせようとするかの様な声音で尋ねて来る白く小さな生命体。
その声音と、ほぼ同じ心情の美月も少し不安げな瞳でハクを見つめる。
そう。確かに、ハクの言い分は間違いではない。それは、何時か為さねばならない事。
しかし、そうかと言って、昨日の今日で急いで為さねばならない事は有りません。
時期を見て、一同が力を付けてからでも遅くはないと美月と、そして、タマは考えて居たのですが……。
しかし、
「昨夜の月読様の光輝から、今日の道行きには新たな出会いが有るようです。
この出会いは吉祥。私達の行いの手助けをして貰えるはずです」
涼しい顔でそう答えるハク。尚、白娘子は、今日の道行きには同道する事が出来ませんでした。
何故ならば、西は乾いた地で有り、水の属性を持つ彼女に取って致命的な乾いた風に支配された世界。この地では、彼女の能力を発動させる事が出来ませんから。
「本当に、そんな卦が出たって言うの?」
そう問い返す美月。其処からは、多少の希望の光のような物を感じる事が出来る。
それに、確かに、昨日からハクが示して来た能力から、天文から吉凶を占う術を持っていたとしても不思議では有りません。
しかし、
何故か、ハクは軽く小首を傾げたままで、春に相応しい表情を美月に向けるだけであった。
その表情を見た美月は、先ほど差し込んで来た希望の光が、行き成り翳り、更に、雨雲までが広がって来たように感じたのですが……。
ただ……。
ただ、世界は砂漠化が進んでいる割には、春の穏やかな陽が照らす長閑な春の日で有る事に変わりは有りませんでした。
後書き
矢張り、お風呂のシーンは必要かなっと思いましたから。登場人物が女の子ばかりでしたから。
但し、巨乳分はゼロ、と言う、非常に残念なシーンと成って仕舞いましたが。
尚、今回は長閑ですが、派手なシーンは次回以降と言う事で。
おっと、ここでの記憶は、武神忍くんには残らないはずです。今の予定ではね。
それに、彼に記憶を残す心算ならば、わざわざ前世の身体など用意しませんから。
それでは、次回タイトルは『助っ人は二人の転生者だそうですよ?』です。
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