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ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

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ALO編
  episode3 現実との戦い4


 「おおおっ!!!」
 「ふんっ!!!」

 裂帛の気合。

 直後、ズドンという音が道場中に響いた……ように、錯覚した。勿論、錯覚だ。俺の体は打楽器では無い、叩いてもそんな素敵かつ巨大な音は出ない。例え全身全霊を込めた爺さんの薙刀の突き技が腹部に入っていても、それが響くのは俺の体と意識だけである。

 ……まあ、俺の体にはこの上なく強烈に響くわけだが。

 (くっそ……)

 交錯するように伸ばした俺の貫手は、爺さんの腹部……から、拳二、三個分の距離を残して止まっていた。いくら俺の腕が長くても、薙刀のリーチを覆すことは、出来なかった。

 「グゲッ」だか「ゲロッ」だか、とにかく蛙を踏み潰した様な声が俺の口から洩れてそのままがっくりと崩れ落ちる。情けなく俺の蹲った体を、上からバカにしたように見下ろす視線を感じる。ついでに、何かが突き付けられる感覚も。

 それが誰の何かなんて、言うまでもないわけだが。

 「そこまで!」

 横で気配を消して審判を務めていた侍従長の声が響き、それに応じて近くにあった気配が遠のく。爺さんが、蹲った俺にとどめを刺すように突き付けていた薙刀を引いてくれたようだ。もう一発撃たれたら本気で死んでたかもしれん。

 ってか。

 「ぐぅ……」

 もう一発どころか、この一発で十分死にそうなんだが。
 ハラ、洒落にならんぞ。

 (く、苦し……)

 今の俺は、どうにも痛覚に乏しいのは以前に話した通り。

 しかしそれは体そのものが頑強になったわけではなく、頭のほうがおかしくなっただけである。心臓を貫かれれば死ぬし、肺を殴れば息が苦しくなる。今みたいに胃を殴られれば吐き気がこみ上げてくるといった反応は普通に起こるわけだ。

 いや、内臓にダメージ入ってるんだから、結構やばいんだろうが。

 「……貴様の負けじゃ」

 そんな俺に一切の容赦なく響く、冷淡な声。

 (うるせ。言われなくても分かってら)

 心の中で悪態をついておく。
 まあ、負け犬の遠吠えとも理解はしているわけだが。

 そして負けた以上、何を言われても仕方ない。
 仕方ない、わけだが。

 「今後、この家の敷居を儂の許可なく跨ぐな。『四神守』の名を名乗ることも禁じる。勘当だ」

 この言葉には、さすがの俺も凍りついた。


 ◆


 ……は?

 「勘当だ」

 込み上げる嫌悪感に首を回らすことすらできない俺の背後で、道場の入口が開かれる音が響く。
 そのまま俺の心の中の疑問の声には答えてもらえず、爺さん達が去っていく。

 (って、オイオイ!?)

 ちょっと待て、今何て言った!?
 ってかこの状況どうすんだ、俺ちょっと動けんぞ!?
 そもそも勘当っておい、勘当だよな!?
 出ていけって意味だよな!?
 「感動した」の言い間違いとかじゃないんだろ!?

 言いたいことは山ほどあるが、声にはならない。
 声にしようとしたらその瞬間に音以外のものがたっぷり床板にぶちまけられかねん。

 「ああ、大丈夫、シー!?」

 そんな潰れた芋虫もかくやという状況の俺にかけられる、慌てた声、は、母さんか。

 とりあえず大丈夫……と言おう(強がりだ、全然大丈夫じゃない)と思ったのだが、込み上げる苦しみがそれすら許してくれない。仕方なく右手をヒラヒラさせ、意識はあることを示す。そんな俺の背中に触れる手が、二人分。母さん……と、牡丹さんか。意外だな。爺さんのほうについていったと思っていた。

 「朱春(すばる)様。蒼夜(そうや)様をお呼びして参ります。五分ほどで戻りますので、しばらくの間、御主人様をお願いします」
 「分かったわ、急いでお願い!」

 冷静な牡丹さんと違い、母さんの声はもう涙声だ。

 思えば、母さんは俺がこっちに戻ってきてからは泣きっぱなし……いや、泣かせっぱなしだ。以前は俺の前では絶対に泣かない人だったのに。それは俺がこっちに戻ってきたせいか。それとも、母さんがこの
家に戻ってきたせいか。或いは、両方か。

 「ごめ……、勝てん、うっぷ、……かった……」
 「いいの、いいのよ、そんな事! すぐに蒼夜お姉さまが来るから、しっかりして、喋らないで待ってなさい!」
 「……いや、もう、大丈夫。大丈夫……っうっぷ!」

 くの字の体制はまずいと判断して、ごろりと横倒れに寝転がって大の字になる。纏わりつく汗が、張り付く服が向こうの世界と違う感覚を伝えてくる(正直ありがたくはないが)。だが、そう言えばあの世界でもこんな風に疲れ果てて転がったこともあったな。

 動いた拍子に喉に酸味が走り、顔を歪める。同時に歪んだ視界に、どアップに映ったのは、母さんの顔。溜まった涙を零させまいと、根性で痛みを抑えて笑顔を作る。ド根性。やせ我慢がバレバレだったが、誤魔化せたのか或いはやせ我慢が出来るくらいの怪我だと分かったのか、母さんもほっとしたように泣き笑いの表情を作る。

 それを見届けて、そこで俺の精神的疲労も限界に達したらしく、意識が遠のいていく。こればっかりは、向こうでもこっちでも同じだな。なんか変な病気とかじゃないだろうな、コレ。
 
 気を失う直前、最後に聞こえたのは。

 「……シーも、もう十九だものね……父さんに、そっくりだったのよ。お父様に面と向かって私をくださいって言って、立ち合って。……構えも、瓜二つで母さん驚いたわ。しっかりと、あの人の血を受け継いでるのね……違うのは、……」

 ギリギリで、ここまでだった。

 
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