| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

ALO編
  episode3 四神守


 気が付いたら、知らない天井だった。

 「起きろってんのよ、ったく、この私の時間を何だと思ってるわけ?」

 だが、少々病人に対するには相応しくない声には、聞き覚えがあった。
 ……有難くないことに、だが。

 「ふぉきまふぃた……」

 あまり文字にしたくない感じの間抜け声が出た。
 原因は、俺の鼻を抓んだ細い指のせいだ。

 「やっと起きやがったわね、このスカタン。ほら、さっさと帰りなさい」
 「……一応俺、怪我人として医務室(ここ)に来たんじゃないんですか……? 蒼夜(そうや)さん」

 四神守蒼夜。

 現当主である爺さんの第二子に当たる人……つまりは俺から見れば、伯母さんに当たる女性だ。母さんが四十であることを考えるともう結構な年なはずなのだが(残念ながら俺はこの方の年齢を人に尋ねる勇気はない)、その外見はやや硬質なものを感じさせるもののそれでも二十代と言っても通じそうなほどに若い。

 切れ長な流し目には爺さん譲りの意志の強さを宿し、瞳は吸い込まれるような黒色。同じく黒色の髪は絹のように真直ぐに流れて腰まで伸びる。細身な体には少々不釣り合いな日本人離れした立派なお体が、ちょっと刺激の強い寝巻に包まれている。どれをとっても到底四十過ぎには見えない。

 まあ、五十過ぎと言っても通じそうなくらいの迫力があるのだが。

 「怪我人なんて診たくないわ。私が診るのは金払ってくれる『患者さん』よ」
 「医者ってそういう発想の人間でもなれるんですね」
 「医者っていっても千差万別なのよ。まさか私がそこらの凡人共と同じだと思ってはいないでしょう」
 「……普通じゃない自覚はあるんですか」
 「特別なのよ、私は。それを自覚しているからやっていけてるのよ」

 そしてこの人は、外見を裏切らないキレ者でもある。

 某有名私立大学の医学部を卒業したれっきとした女医であり、その若さで四神守の系列病院を束ねる才媛。また専門分野ではいくつもの論文を評価されており、大学関係の系列病院へと外勤へ行くことも多く医師会にもそれなりのコネクションを持ってもいる人だ。勿論そんな人間であれば仕事は多忙を極め、たまの休日くらいは家で惰眠を貪っているわけであり、そんな中に牡丹さんから唐突に呼び出されたわけであってこの不機嫌具合もまあ頷けなくはない。

 まあ、彼女が上機嫌の時なんて見たことがないが。

 「起きたらさっさと出て行きなさい。私ももう一眠りしたいんだから」
 「……一応こういうときって気分とか確認して診察するんじゃないんですか?」

 ひらひらと手をふって追い出そうとする蒼夜伯母さんに、確認しておく。
 一応怪我人として運ばれたのだが、この対応ではきちんと診察されたか疑いたくもなるだろう。

 しかし。

 「ふぅん……はぁ……」
 「え、な、なんすか?」

 当たり前の質問をしたつもりだったのだが、蒼夜さんの対応は当たり前の「気分は悪くないですか?」でも「痛みは治まりましたか」でもなく、俺をじろりと見ただけだった。爺さんのものと同じ感触を伴うその視線が、俺を値踏みするように見据える。

 「バカなのね、アンタは」

 そう前置きして、溜め息を一つ。

 「アンタはなにもわかっちゃいないわね。アンタに『痛みはないですか』って聞いてもその異常感覚じゃあ『ない』ってしか言わないでしょ? そんな意味の無いことをするほど私は暇じゃないのよ。それに『痛み』ってのは重要な刺激のサインなのよ。普通の人間はそれで自分の体の異常を自覚する。ただしアンタはそれができない。……普通なら激痛を伴う異常をアンタは自覚できない、自覚したときには手遅れ、ってのが十分にあり得る。アンタはその危機感が薄すぎる」

 心底バカにした目のまま、俺を見据えて、蒼夜さんは続ける。

 「今回だって、本当なら『痛みはないですか』で終わりなのよ。……わからないなら言ってやるけど、アンタが寝てる間に全部身体診察で診てるわけ。問診なら一瞬だってのに、ったく……この美しいお姉さまの休息を何だと思ってるわけ……アンタもあのいけ好かない付人も……皺が増えたら切り刻んでやるわよ……」
 「は、はあ……す、スイマセン……じゃ、これで」
 「はいはい、二度と来んじゃないわよクソガキ」

 最後はなんだか愚痴になっていたが、とりあえず、謝っておく。
 こういうときは素早く頭を下げてさっさと撤退するに限る。

 これ以上何か言われる前に逃走を決め込んで早々に立ち去ろう。


 ◆


 「はあ……」

 無駄に広い廊下を歩きながら頭を掻き、溜め息をつく。
 治療を受けて寝ていたはずなのに、疲れが全く取れた気がしないのはなぜだろう。

 まあ、それは置いておくとして。

 「まったく……」

 なんなんだよ、この家。

 どこでだれが聞いているのかわからないために口にも顔にも出さないが、それでも心の中では頭を抱えているのだ。普通ではない。いまどきお手伝いさんなる人間が存在する(それも一人につき最低一人、蒼夜さんや爺さんにはもっと多数ついてやがる)のもあるが、それでなくても異常な人間が多すぎる。いったいどこでどんなつながりがあるのか、想像もつかない。

 爺さんや蒼夜さんがSAOに囚われた俺を無理矢理に自病院に引き取ってほかのプレイヤーよりもはるかに高度な医療を受けさせられていたのがいい例だろう。相当に世間を騒がせたあの事件、政府も病院もそれに見合うだけの厳戒態勢を敷いたのは想像に難くない。それをコネかツテかで捻じ曲げて、俺の体を確保してのけた。

 そして、そんな異常な繋がりすらも氷山の一角に過ぎない。

 四神守は、別に医者の家系というわけではない。数々の業界人を輩出しており、それは政治、経済、外交、果てはもっと怪しい分野にまで及んでいる……と、詳しくない俺でさえも分かるほどには、その家名を世に知れ渡らせている存在なのだ。

 たとえば。

 「やあやあ、おはようさん! もう起き上がっているんだねえ、元気のいいこった!」
 「っ、うおっ!?」

 唐突に声をかけてくる、この人など。

 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧