ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
ALO編
episode3 現実との戦い3
響いた始まりの合図が空気を振わせ……た次の刹那には、俺は全力で床を蹴っていた。
蹴る足は、当然道場に合わせて裸足だ。
あの世界では『軽業』スキルや高級品のブーツでの高い初動支援と足場補正機能があり、この一動作で一気にトップスピードまで加速出来たものだが、この世界ではそうはいかない。一瞬感じる違和感……イメージと、実際の体の異質感。
その意識と体の乖離は、戦闘において致命的な隙をもたらしかねない。
そういった意味で言うなら、この開幕突進は下策だ。
しかし、俺には悠長に待てない理由がある。
「ふんっ!!!」
「くっ…!」
俺の初動の、ほんのわずかな違和感を爺さんは見逃さない。
かつての世界で幾度となくデュエルをこなした俺から見ても、完璧な……完璧に嫌なタイミングでの突き技が入る。相手にとって、最もリズムを狂わせるタイミングで、最も避け難い場所を突く一閃。
(くっ、そ……!)
突き技というものは、槍や薙刀において主力であり、なおかつほかの攻撃に比べて特徴のある技だ。殺傷力が高く攻撃が見切り難いが、見えてしまえば斬り技よりは避けやすい。
そして。
「ぬぅん!!!」
次の攻撃に、繋げやすい。
続けて繰り出された斬撃は、紙一重で避けた突き技からの連続攻撃。あらかじめ繰り出されることを予測していなければまったく反応できなかっただろう斬り技が、予測してなお接近したままでは回避出来ない軌道を走る。
あわてて飛び退って辛うじて回避し……その軌道に戦慄する。
(首筋直撃コースじゃねえか……っ!)
首に喰らおうが心臓に喰らおうが、「HP」という絶対の保護があれば死ななかったあの世界と違って、こちらは場所と場合では「一撃死」という事態が起こりえる。というか、刃引きされているとはいえ当たり所が悪ければ重傷……いや、死ぬと思うのだが。
(そっちも「真剣勝負」ってわけかよ!)
致死の斬撃を放った爺さんに、その眼光の変わらぬ鋭さに、間近に迫る死の足音を聞く。だがそれは……「喰らえば死ぬ」なんてことは、俺にとってのあの世界では当たり前だった。そしてそれは、本質的にはこちらの世界でも変わることは無いものなのだろう。
首筋を泡立たせるような恐怖はあれども、体の委縮は無い。
しかし。
(……っ、くそっ……いつもより、早く来たな……!)
恐怖は無くとも、身体の生理的な緊張感は否応なく高まる。
そしてそれは、今回に限っては戦況を悪化させる。
(……息が、苦しい)
あの世界ではなかった、激しい鼓動を左胸に感じる。
呼吸が、精神的なものだけでなく苦しい。
さっきの、ほんの一幕の打ち合い。あれだけで、息が激しく乱れている。
集中に伴って、体が悲鳴を上げ始めたのだ。
一応俺も、この世界独特の要素……「肉体の疲労」という現象を考慮して、リハビリ(という名の朝の鍛練)に精を出していたのだが、やはり犬ころとこの爺さんでは与えてくるプレッシャーが違う。頭はその緊張による疲労に慣れているが、あの世界では関係無かった肉体的な疲労は、確実に俺の体を蝕んでいく。
戦っていられる時間は、短い。
これが、俺が開幕突進を選んだ理由。
「はっ!!!」
間髪いれずに床を蹴り、飛びかかる。
噴き出しはじめる汗を拭う、なんて隙は見せない。
爺さん相手に、短期決戦。悔しいが、まだこっちの世界に来て二カ月と経っていないこの俺と、七十近いとはいえ日々鍛錬に余念のない暇人ジジイ。持久戦では向こうに分があるのは明白だ。
行くしか、ない。
「っ、くっ!!!」
「ぬぅん!」
突進して間合いを測る俺に、的を絞らせまいと爺さんの薙ぎが走る軌道を塞ぐ。
狙いは、手刀。脇腹か、首筋か、それとも突き指覚悟で貫手を叩きこむか。一応、試合という名目のこの勝負、一撃有効打を入れれば俺の勝ちとなる。年寄りを思い遣れ? 知ったことか、先に急所狙ってきたのはあっちだ。
「おおおっ!!!」
振り降ろされた薙刀の剣戟を辛うじてかわし、そのあってないような僅かな隙に体を捻って更に接近、俺の手の届くそのラインを目指す。だが、爺さんは鋭い足運びで大股に体を一歩引かせる。畜生、完璧に間合いを外された。俺の長い腕、そのリーチがしっかり見えてやがる。
頭で思う一瞬の間に、構えた右手が行き場をなくす。
その迷いの動作の間に、先程の動作で下段に構えられていた薙刀が鋭く跳ね上がる。
「くおっ!!!」
交差した両腕で抑えるが、その長いリーチの遠心力のたっぷり乗った一撃が俺の両腕をひどく痺れさせる。一瞬体が浮き上がるほどの突き上げを辛うじて堪えつつ、同時に連撃を躱すべく相手の広い間合いから抜け出ようと後ろに跳ぶ。
この世界に、《ソードスキル》は存在しない。ならば一つ一つの技には「硬直時間」は存在せず、本人の力量と反応速度の許す限りの連続攻撃が可能になる。ゲームの中での戦闘しか経験したことのない俺にはそんな芸当は不可能でも、この相手はそれを可能にする。
逃げなければ、即座に連撃の餌食だと、分かっている。
「ぬうううぅんっ!!!」
分かっていた。
予想通りに連続して繰り出される鋭い剣戟。
「っっ!!?」
しかしそれは、予想以上の速度で俺の体の全方位から襲いかかった。
ページ上へ戻る