SAO-銀ノ月-
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第四十五話
第七十四層のフロアボスモンスター《The Gleameyez》を倒した後、七十五層の街《コリニア》が新たに開かれた。
その主街区をアクティベートした立役者であるコーバッツ率いる《アインクラッド解放軍》は、揚々と自分たちのギルドホームである第一層《はじまりの町》へと凱旋した。
近々、《軍》のメンバーの攻略に直接関わる部隊……部隊と言っても、並みの中小ギルドよりは遥かに数は上であるが……のギルドホームを七十五層に移し、本格的に攻略に参加する計画を練っているそうだ。
……と、そんな風に近況を伝えるメールがコーバッツから来て、なんだか複雑な気分になったものだ。
そして、《軍》の連中を超える《The Gleameyez》攻略の中心となった、遂にユニークスキル《二刀流》を持っていることが判明した《黒の剣士》キリトは、この一週間で正に波乱万丈となっていた。
まずは《二刀流》のユニークスキルのことや《閃光》アスナとの関係について聞きにくるプレイヤーから逃げ、その結果生まれた様々な尾ひれが付いた噂に踊らされたわけでもあるまいに、あの《聖騎士》ヒースクリフと条件つきで衆目が見てる前でデュエルして敗北し、今頃は敗北したことで入った《血盟騎士団》の下っ端にでもなっていることだろう。
……自分で言っていてなんだが、キリトはどういう生活をしていればこういう厄介事に巻き込まれるのだろう……俺も、あまり人のことは言えないところがあるから、《The Gleameyez》戦のさなか、《軍》の連中を助ける為とはいえあんな無茶な戦闘をやってしまうのだろうが。
「ま、たまには良い気味ってところだな」
どこかにいる友人であり恩人の幸せを願いつつ、俺はもはや慣れたを通り越して習慣となっている、依頼終了後の《リズベット武具店》でのコーヒーを楽しんでいた。
「あ~疲れた……」
何か大きい仕事でもこなしていたようで、リズがいつもより疲れた様子で「ふー……」と息を吐きながら俺の前にあった椅子へと座った。
「お疲れ様。はい、コーヒー」
「ありがと。……あれ、なんだかいつもより美味しい……」
リズが束の間のコーヒーブレイクでそう感じたのもその筈、リズが今飲んだコーヒーはいつもリズが買ってくるNPC製のものではなく、俺の微妙に上げた《調理》スキルによって生み出されたものだからである。
「試しに作ろうとしたら思いの外難しくてな。やりこんだ成果だ」
「むむ……じゃ、あたしも今度新しいコーヒー捜してみようかしら……と、そういえばショウキ、何であんたはキリトの《二刀流》のこと知ってたの?」
リズから何の脈絡もなくいきなり発せられた質問に、少々思い出したくない過去を思い出してしまい、飲んでいたコーヒーで若干むせてしまう。
「ちょっと……大丈夫?」
「っ……ああ。だけど、いきなりどうしたんだ?」
確かに俺はリズの言う通り、グリームアイズ戦の前でもう既にユニークスキル《二刀流》のことは知っていて、だからこそキリトに隠さず使うよう言えたものだが……なぜそれをリズが知っているのだろう?
「キリトの《二刀流》用の剣を作った時、『どうして同じような剣がもう一本いるのか』ってキリトに聞いたんだけど答えてくれなくて……だけどなんだか、あんたは知ってるような感じだったから、さ」
キリトの純白の剣《ダークリパルザー》の元となったインゴット、《クリスタライト・インゴット》は、俺がクライン達……つまりギルド《風林火山》と協力して得た時に二割譲ってもらったもので、それをキリトの新たな剣のためにリズに預けたため、リズはそういう結論に達したのだろう。
リズに渡したあの時は、まさかこんな質問が飛んでくるとは思いも寄らなかったが、別に聞かれて困るようなことではない。
「……聞いてて面白いことじゃないと思うが、それでも良ければ話す」
俺のそんな前置きに、重い雰囲気を感じたのか、リズ自身も少し真剣な面もちとなってコクリと頷いた。
《笑う棺桶〈ラフィン・コフィン〉》討伐戦の後、過去のことをリズに話すことで俺自身が向き合った時のように、過去を乗り越える良い機会だと思うことにしよう。
「それじゃ、俺がキリトのユニークスキル《二刀流》について知ったのは、去年のクリスマスの日だった」
もう自ら進んで思い返すことも、ましてや語ることになるとは思っていなかった、恐らくは生涯で最低最悪のクリスマスの日。
街頭に流れるジングルベルの歌やホワイトクリスマスの聖なる夜なんて文句が、笑えない皮肉にしか当時の俺には聞こえなかった、このアインクラッドで最初で最後であるはずの――キリトと本気で殺し合いをした夜のことだ。
「あのクリスマスの時、俺とキリトは二人とも、大事な仲間を失って茫然自失だった」
俺はギルド《COLORS》の仲間を《笑う棺桶〈ラフィン・コフィン〉》の前身となった連中に殺されたにもかかわらず一人だけおめおめと生き延び、キリトは……詳しいことは聞いていないが……あいつが唯一所属していたというギルド《月夜の黒猫団》を、キリト自身の過失から全滅させてしまったらしい。
「そんな俺たちの前に現れたのが、《蘇生アイテム》入手クエストだった」
クリスマスの日、どこかの木の下に《背教者ニコラス》なるモンスターが現れ、そのモンスターから蘇生アイテムが入手出来る……という、今から考えれば胡散臭すぎるクエストだ。
そんな胡散臭いクエストに乗ったプレイヤーは少なかったようだが、他に頼れるものはない俺とキリトは何としてでも《蘇生アイテム》を手に入れようとした……もちろん、別々にだ。
「俺たちにはもう、それしかなかったんだろうな……」
キリトは自身の経験や情報屋からの情報で、自信を持って《背教者ニコラス》の待つ場所にたどり着いたのだろうが、俺がそこを突き止めることが出来たのはほとんど偶然だった。
《聖竜連合》の連中がわらわらとどこかに向かっているのを見て、付いて行かせてもらった先に、《背教者ニコラス》が現れるという木があったのだから。
「夜だったのと、《隠蔽》スキルをボーナスしてくれるこのコートに感謝した。聖竜連合の連中は、何でだか知らないがクラインとデュエルしていたよ」
そして、クエスト発生場所にたどり着いた俺が見たのは、悪趣味なサンタみたいなモンスター《背教者ニコラス》と、まるで死人のようなキリトだった。
第一層以来、久しぶりに会うことになる恩人に向かっての言葉と、背教者ニコラスのクエスト発生を知らせる言葉が重なり……キリトの返答は、ひっくるめて一つだった。
――うるせえよ
「その言葉と雰囲気で、キリトも、俺と同じだと……悟った」
そこからは、俺とキリト、そして背教者ニコラスとの三つ巴の殺し合いになった。
キリトの《ヴォーパル・ストライク》が、容赦なく背教者ニコラスごと俺を貫き、茶髪の鍛冶屋から買った日本刀が、キリトを背教者ニコラスごと切り裂いた。
「相手がモンスターかプレイヤーか……そんな区別もつかないまま、俺たちは戦った。殺し合った」
そんな殺し合いで一番有利だったのは、当然ながらボスモンスターである《背教者ニコラス》だった。
プレイヤーである俺やキリトとは、そもそもの地力が違うのだから当然だ。
そして、一番不利なのはキリトだった。
一番回避と防御を考えていなかった、と言い換えても良いぐらいにキリトは捨て身で攻撃してきたからだ。
「俺は……まだ死への恐怖なんて乗り越えられていなかった。だから、キリトほど命は懸けられなかった……思い返すと、そんな自分が嫌になる」
そして、遂にキリトが背教者ニコラスの攻撃をもろに受け、HPをギリギリまで減らしながら吹っ飛んでいった。
背教者ニコラスはその隙を逃がさんと追撃していき、俺も背教者ニコラスに攻撃しながらキリトの方に行った時――キリトの両手には二本の剣が握られていた。
「NPCから聞いた噂話だ……『武器は二つ持つと両方使えなくなるが、片手剣を両方持てるようになる《ユニークスキル》と呼ばれる、この世界で唯一誰か一人が持てるスキルがあるらしい』ってな……俺は、キリトがそれの持ち主だと直感した」
キリトの雄叫びと共に放たれた《スターバースト・ストリーム》に、俺と背教者ニコラスはまとめて攻撃された。
俺はなんとか、茶髪の鍛冶屋が作ってくれた日本刀が優秀だったおかげで防げたが、背教者ニコラスはポリゴン片となっていた。
「レベルアップを示す場違いなファンファーレが響き、キリトが背教者ニコラスを倒して蘇生アイテムを手に入れた」
――サチ……サチ……
そう呟きながらアイテムストレージを操作するキリトに、もはや俺の姿など移っておらず、一心不乱に蘇生アイテムを捜して……その動きが、止まった。
「《蘇生アイテム》は確かにプレイヤーを蘇生出来た。だが、お前も知っての通り……」
「……10秒間限定」
俺の言葉を引き継いだリズの言葉に「その通り」と頷いた後、俺はそのまま過去のことへと話を戻した。
その何秒後か、何分後か、あるいは何時間後かの後、キリトが俺に蘇生アイテムである《還魂の聖晶石》を投げ渡した。
「『お前にやる』って言って、キリトはそのまま去っていった。アイテムの効果説明を見て、察したよ……これで話は終わりだ」
キリトと再会することになるのは随分後、俺が傭兵《銀ノ月》として活動出来るようになり、ボス戦の時にヒースクリフから呼び出された六十七層の対策会議でのことだった。
「え、えーっと……」
否応なしに暗くなってしまった場の雰囲気を、どうにか和ませようとリズが何か言おうとしたその時、営業時間外にもかかわらず《リズベット武具店》のドアが勢いよく開いた。
「やっほーリズ!」
「お、おじゃまします……」
突如として入り込んできた闖入者は、やたらハイテンションなアスナと、こっちはやたら声が上擦った今まさに話していた人物……キリトだった。
ヒースクリフとのデュエルに負け、《血盟騎士団》に入団して何か任務でもこなしているかと思いきや、普段通りの黒色の服に身を包んでいた。
「アスナ……いつも言ってるじゃない」
「ごめんごめん」
急にドアを開けるな、というリズの忠告はハイテンションになっているアスナには通用しないことが多い……まあ、そんな事は今はどうでも良いが。
「で、キリト。普段の格好に戻ってるって事は、まさか血盟騎士団から追いだされでもしたのか?」
「まあ合ってるような……こっちから出て行ったというか……」
なんだか言いにくそうに口ごもるキリトを、アスナが肘でつつきながら何かを催促するように目配せをし始めた。
「えー……この度、俺とアスナは……結婚、することになりました」
アスナから目配せを受けて、たっぷり一分をかけてキリトが発した結婚報告は、俺を硬直させてリズを狂喜乱舞させるに充分な威力を持っていた。
このアインクラッドにおいて、システム的にプログラミングされている結婚にはデメリットしかないと言って良い。
だけれども、そんなことなど意に介さないペアがその境地にまで至るのだろう。
「フフ、今度はリズの番だね」
「――ッッ!? そ、そうだ! みんなで写真撮ろう写真!」
リズのいきなりの提案で、ポカンとした顔になった俺とキリトの男性陣は無理やり店外に出され、なにが起きたか解らない俺とキリトが顔を見合わせている間にも、アスナとリズも店外へと出て来る。
「では、撮らせていただきます」
カメラマンを務めて貰うのは、店員NPCのハンナさんに《記録結晶》を使ってもらうことにして、俺たちは《リズベット武具店》をバックに写真を撮った。
アスナとリズは肩を寄せてピースサインをし、キリトは半歩下がって半笑いをしていて、俺はアスナに引っ張られてリズに支えてもらうように……そんなポーズをとりながら。
……キリトは《月夜の黒猫団》のことをアスナと共に乗り越え、結婚まで至った。
対する俺も、いつも横で笑ってくれるリズのおかげで、PoHと一応の決着をつけることが出来た。
そしてクリスマスの日、キリトの《スターバースト・ストリーム》から俺の命を守ってくれた日本刀に、その作り手たる茶髪の鍛冶屋の名前として登録されている名前は《リズベット》。
お互いに自己紹介をしてないほどの昔から、お世話になりっぱなしのこの友人のおかげで、俺はこの浮遊城で一分一秒を生きていられるのだ。
「……ありがとう、リズ」
「ショウキ、今なんか言った?」
照れくさくて小声で言ったのだが、そのお礼を言った対象たるリズには、ちょっとだけ聞こえてしまったらしい。
「いや、何でもないさ」
――ただちょっと、このナイスな展開と言える日々を噛み締めただけで。
後書き
ゴールデンウイーク終了までに更新出来て良かった……というか、お前ら(ショウキとリズ)爆発するか結婚しろ(笑)
さて、原作通りならばあと二週間でアインクラッド崩壊となりますが……はてさて。
感想・アドバイス待ってます。
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