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シャンヴリルの黒猫

作者:jonah
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38話「クオリ・メルポメネ・テルプシコラ (2)」

 わたしも元ははエルフの一般家庭に生まれた、ただの少女でした。ただ、母はわたしを産んですぐ亡くなって、父の男手一人で育てられたんです。兄弟もいませんでしたから、幼少から父の仕事場で1日を過ごしていました。そのせいか、随分な本の虫になってしまって……。父は、里にある図書館の司書だったんです。

 エルフの図書館に収められているのは、普通の絵本や物語じゃないんです。大部分が、魔法に関する本。詳細は多岐に渡りますが、例えば人間が使う一般魔法や精霊魔法、召喚魔法、ちょっと危ない方にいけば、呪術、魔女契約などですね。

「魔女契約?」

「あれ、知りませんか? 分類では召喚魔法に近いですが、つまり簡単に言うと、魔獣や魔物を召喚して命令するのが召喚魔法。対して魔女契約魔法は、魔獣を――こちらは魔獣が一般的で、魔物を魔女契約したという文献は聞いたことがありませんね――自らの力として取り込むというものです。もっと正確に言うと、魔獣を召喚する過程までは同じなのですが――」

「え、あ、ごめん。本題を続けて」

「そうですか?」

 早口になりだしたクオリを、ユーゼリアが慌てて遮る。クオリは少し残念そうだったが、気持ちを切り替えると再び話し始めた。

 で、どこまで話しましたっけ。そうそう、まあそんなわけで、リアさん達が想像するような本が置いてない場所が、わたしの幼いときからの遊び場だったんです。

 そして数多の魔導書を絵本代わりに育ったわたしは、気がついたら学び舎――学校のようなものですね――に行かずとも、普通の子ども以上に魔法を扱えるようになりました。

 もともとエルフに必要なのは、自己防衛に使う魔法と最低限の教養ですから、学校も3年ほどで終わるんですよ。それも、強制ではないので、結局わたしは学び舎には行きませんでした。教養に関しては周りが大人ばかりの図書館にいたわけですし、本にも書いてありましたから、問題ありませんでした。父にも必要ないだろうと言われましたし。

 そんなわけで、わたしには友達と呼べるような存在もなく、ずっと図書館に入り浸って本ばかり読んでいました。館内にいる司書達や、研究者達とは仲がよくなりましたが、所詮わたしはまだ10やそこらの子どもでしたから、友達とは言えない関係でしたね。

 でも、そんなわたしにも“友達”ができたのです。

 わたしと同い年の男の子。きっかけは、彼から話しかけてきたからでした。彼は将来研究者になりたいからと言って、毎日図書館に来ていたらしいのです。なぜ彼がわたしに話しかけたかというと、後に聞いたことには

『だって、見かけるといつも1人で本を読んでいたから、君も研究者になりたいのかと思って』

 つまり、彼はわたしのことをライバルかと思ったわけですね。だから、彼がわたしに最初に言った言葉は

『おい、僕と勝負しろ!』

でした。



 クオリが窓から外を見つめた。過ぎ去る木々に何を見ているのかはユーゼリアには分からなかったが、その目は懐かしいものを思いだすように柔らかく、弧を描いていた。



 結果はわたしの勝ちでした。彼はひどく悔しがって、何度も何度もわたしに勝負を挑みましたが、結局わたしは全戦全勝。と言っても、最後の方はわたしも疲労していましたし、なんとかもともとの保有魔力の差で逃げ切ったといった感じでした。わたしはへとへとになりながら家に帰ったのですが、心はとても晴れやかでした。

 翌日も彼は鼻息も荒く図書館にやってきたのですが、わたしは慌てて彼に尋ねたのです。何故いきなりこんなことをするのか、と。彼は将来の夢について滔々(とうとう)と語りだしたのですが、そこでまた一悶着あってやっと、わたしが単に暇つぶしの為図書館にいることを理解してくれたのです。

 彼は、ずいぶんな頑固者でしたから、思い込んだら一直線でした。分からせるのに苦労したことを覚えています。

『なんだ、そうだったのか』

 こちらの苦労なんてなんのその。脱力するわたしにニッコリ彼は笑いかけました。


「それが、彼――フラウ・クレイオ・エウテルペとの出会いでした」



 クオリの瞳の色が曇った気がした。

 
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