シャンヴリルの黒猫
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37話「クオリ・メルポメネ・テルプシコラ (1)」
シュラは今まで自力で狩りをしたことはない。が、幸運なことに1度、継母の狩を見たことがあるらしい。どういう手段で「目」にしたのかは知らないが(現在シュラに目は無いため)、兎に角それでなんとかなるようだった。
具体的にいうならば、気配を消して、バッと追いかけて、攻撃範囲に入ったら頭の鎌でグサッと刺す。なんとも外見から分かりやすい攻撃方法だ。
ちなみに、成体のスレイプニルは【邪眼】という特殊な方法で狩をするが、説明はまたの機会にしよう。
しばらくしてアシュレイ達が昼餉を食べ終わる頃、シュラが帰ってきた。鎌に青い血がこびりついているのを、もう慣れた手つきでアシュレイが拭き取る。ついでに軽くブラッシングなどしてやる間に、片付けは終わった。
初日などユーゼリアは、シュラが口と鎌を青く染めたまま意気揚々と帰ってきたとき(初めての狩が上手くいって嬉しかったらしい)、絶叫してしまったのに、今では完全にスルーしている。
(慣れとは凄いもんだな…)
再び馬車に乗り込んでガタガタと走りだす。周りはずっと深い緑の木々が奥まである森。特にアクシデントがあるわけでもなくずっとこの調子なので、大分飽きてきたユーゼリアとクオリは、お互いの話に花を咲かせている。アシュレイはぼうっとしながらそれを御者台で聞いていた。
「そういえば、召喚魔道士のユーゼリア=シャンヴリルといえば、【孤高】の渾名で有名ですよね」
「有名ってほどじゃないわ。ちょっと珍しくて、見た目もそれなりだから、周りがはやし立ててるだけ。もっと実力がある人なんて沢山いるもの。まあ、確かに召喚魔道士でソロっていうのは珍しいけど、それだけよ」
「何体と契約を交わしたんですか?」
「4体。そのうちの1体が、この間見たやつね。グァーっていうBクラスの魔物よ。風を操るの」
「Bクラスだったんですかぁ、凄いですねぇ」
「一番強いのがAクラスの魔獣なの」
「魔獣! 魔獣も使役できるのに、B+なんですか?」
「うん。強力なんだけど、ちょっと事情があってね…。ほいほい召喚するわけにはいかないのよ。魔物がちょっと、面倒な性格でね」
「へぇ…召喚魔道士さんって色々大変なんですね」
「まあ、今はアッシュとかクオリがいるから、無理しなくても平気そうだけど。というか、多分私が召喚する必要もなく終わりそうね」
くすくす笑いながら話は続いた。穏やかな日差しに、瞼が重くなってくる。耳に心地よい彼女達の会話が、アシュレイには子守歌のようだった。
「リアさん、ずっと思ってたんですけど――」
クオリの言葉を皆まで聞かず、アシュレイの瞼はずるずると落ち始める。
(ああ、眠い…)
「シュラ、何かあったら起こしてくれ……」
その返事を聞くか聞かないかのとき、アシュレイはついに睡魔に屈した。
「ずっと思ってたんですけど、今まで【孤高】だったのに、どうして突然アッシュさんとパーティを組んだんですか?」
「ああ、それは……」
言い淀んだ。それを言うには自身の過去の詳細も言わなくてはならない。が、そうホイホイと喋るわけにもいかない。ひょっとしたらこの後、クオリがパーティを抜けて、誰かに話を――
(いや、しなさそうだわ。クオリだし)
ちらとクオリを見ると、突然押し黙ったユーゼリアを不思議そうに見ている。ユーゼリアは覚悟を決めて、話し始めた。
「実はね、私、とある者に追われているって言ったでしょう? あれには言ってないことがあるの……」
アシュレイに言ったのと同じように、自分の出生と、どういうわけで今アシュレイと共に旅をしているのか。簡潔な言葉で10分もかからない話だったが、ガタガタと振動が伝わる馬車の中は、静寂が訪れた。
ペパーミントカラーのクッションを胸に抱え、じっと動かないユーゼリアと、クリーム色のクッションをいじりながら何か考え事をするクオリ。御者台のアシュレイは寝ているしで、先ほどまでの和やかな空気はどこかに消え去った。
やがて、クオリが何か意を決したような面持ちで顔を上げた。
「……それが、全てなんですね」
「……そうよ」
「ありがとうございます。打ち明けてくださって。……わたしも、全てをお話します」
「……」
唾を呑んだ。自分の弱点ともいえるような秘密を言ったこともあるが、そんな他人の秘密を聞くこともまた緊張した。
「疑問に思いますよね。なぜ引きこもりのエルフが、里を出て流浪の旅をしているのか」
そしてクオリは過去を話し始めた。それは、ユーゼリアが思っていたよりずっと重いものだった。
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