自由気ままにリリカル記
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妄想ー精霊王の一人旅の終着点ー
「うおおおおおおおおおお!!!」
ISの大きさに見合った剣、雪片が間合いを一瞬で詰めて男を殺しにかかる。
「離れろ少年」
「うげっ」
男が素早く一夏を攻撃の余波が届かない所へ首を引っ掴んでぶん投げる。
その際に蛙の潰れたような変な声が聞こえたが、生憎一夏を気にする余裕など男には存在しなかった。
そして男は告げる。
「どうやらお前の姉は少し正気を失っているらしい。俺が戦って時間を長引かせるから少年は少年で織斑千冬を止めるために呼びかけてくれ」
「わ、分かったよ! だけど……っ!?」
ISに生身で戦うことなんて可能なのか。
「っ! なに!」
その言葉を言おうとした瞬間に一夏は信じられない光景を見た。
「ふむ……ぎりぎり許容範囲内か」
織斑千冬が殺す気で斬り掛かった雪片を男は右腕のみで平然と受け止めているのだ。
膝が笑っているわけでも顔が険しいわけでもない。
ただ平然と織斑千冬を観察するかのように無感情な目で見つめている。
その姿に戦闘前と比べてなんら変化は無い。
いや、一つだけ些細な変化だがあり、先程まで誘拐犯の血で真っ赤に染まっていた右腕は今や漆黒の、高級感が溢れる手袋が右肩から右手までをすっぽり覆っている。
男にとってはこの状態が織斑千冬にとってISを装備することと同義に近いことなのだが、織斑千冬は気づかない。
故にその異様さに千冬は頭が冷水で浴びせかけられたかのような感じがした。
「……お前は何者だ。ISを生身で受け止めるとは、只者じゃないな」
「そりゃどうも」
「姉さんっ!」
「なんだ一夏。今すぐお前を誘拐した悪人を懲らしめて助けてやるぞ」
「違うよ! その人が俺を誘拐犯から助けてくれたんだよ!」
瞬間、織斑千冬はビキリと固まった。
メデューサの目を直視したかのごとく、それはもう見事に。
その様子を見て男は表情は一ミリも変えてはいないものの、内心では苦笑している。
ギギギと数か月振りに動いたかのようなぎこちない動きで首を一夏の方へと向けるが、その顔からは気のせいかダラダラと何かが流れているように見える。
「……それは本当か?」
「うん。周り見てよ」
ギギギと周りを見回すと血の池に溺れる黒スーツの男達。
ギギギと男に顔を向けて無言で確認するが、男はサムズアップして肯定する。
「……っはあ」
そして織斑千冬は膝から崩れ落ちた。
それもそのはず。知らなかったとは言え命の恩人を殺しにかかった罪悪感と、モンドグロッソを終えた直後にドイツからその情報を貰い、弟が死ぬかもしれないという緊迫した気持ちがプツンと切れたのだ。
力が抜けても仕様が無い。
「よかった……本当によかった……」
その場で泣き崩れる己の姉を見て一夏は思い知らされた。
自分は姉の事を勘違いしていた。
もしさっき自分の考えだけで突き進めば姉の気持ちも考えずに敵視していたことだろう。
そして、いくら強くて世界最強で周りの評価があろうとも自分の姉なんだ……。
その結論に辿り着いた一夏は姉のもとへと歩き出す。
「姉さん……」
「いちか…………?」
「俺は……強くなるよ。……千冬ねえを守れるくらいに強くなる」
「そうか……期待している。もうこんな事にはならないでくれよ……」
「おう!」
そして泣き顔ながらも二人が朗らかに笑うのを見た男は安堵した表情で去ろうとした。
「ちょっと待ってくれ」
「……なんだい? 家族水入らずで会話を楽しめば良かったじゃないか」
「確かにそれもいいが、あなたには感謝している。弟を助けてくれてありがとう」
きちりとお辞儀でお礼を言った織斑千冬の顔は先程までの泣き顔はなく、世界最強に相応しい凛々しい顔があった。
「いやいや、偶然不穏な声が聞こえて忍び込んでみたら助けることになったってだけで特にお礼を言われるようなことはしてないよ」
「それでもだ。……それとあなたの腕を見込んで頼みたいことがあるのですが」
「ん? 俺に出来る範囲でならいいよ」
男はそう言ったものの後ろめたい内容でない限り、それこそ家族になれという要望でも易々と引き受けるだろう。
なにせ男は暇なのだ。
仕事を止めて普通の人が一生遊んで暮らせるような金を手に入れた男は、数十年の間世界を己の身一つで回っていた。
飛行機、船、タクシーなどを一つも使っておらず、むしろ金は全く減っていないため偶にホームレスがいたら配っている程だ。
その途中でここに出くわし、刺激を求めた結果このようなことに落ち着いたのだから、お礼を言われるような高尚なことはしていないと言える。
「さっき弟……一夏から強くしてくれと言われましたが、私はここの情報を教えてくれたドイツにISの教導をお礼としてしなければならないので、鍛えることは出来ません。だから時間があれば一夏を教えてほしいんです」
この提案は男にとって渡りに船だと思った。
先程の一夏の「姉を守れる程強くなる」発言に、女尊男卑の今の時代では珍しく決意を持っ眼差しに興味を持っており、その発言とは裏腹に貧弱な体を見て、どうすれば鍛えることが出来るだろうかと考えていた所なのだ。
正に暇つぶしを見つけた男にとっては目の前で大好物のシュークリームを出されるのと同じことで、逃すわけがない。
「もちろん。っていうか特にやることないし、家も売っ払ってるからなんなら住み込みで鍛えてやってもいいよ?」
「ありがとうございます……家も売っ払ってる? ……失礼ですがあなたは何をしていたのですか?」
「身一つで世界一周。特にやることがないもんでね。っあ、勿論身分証明書もあ……あれ? 太平洋泳いだ時になくしちゃったかな?」
「……はあっ。一夏ちょっとこっちこい」
「なんだ? 千冬ねえ」
「今日からこの人に住み込みでお前を鍛えてもらう」
「あれ? 千冬ねえは鍛えてくれないのか?」
「私はドイツに行かなければならないのでな。そういえば名前を聞いていませんでしたね」
「おおっ。そういえばそうだった。門音邦介。歳は内緒。今は無職だけど金は配っちゃうくらい余ってるから全く心配はいらないよ。それで二人の名前は織斑一夏君と織斑千冬ちゃんでいいんだよね?」
「できればちゃんづけは止めてください」
「よろしく邦介さん!」
「それじゃあ家に帰ろうか。言っておくけど俺の修行は辛いぜ? 一夏君」
「望むところだ!」
どうも。生きて百数年で初めての弟子を手に入れてそれなりにはしゃいでる闇の精霊王こと門音邦介です。
「ほれほれ。まだするぞ?」
管理局を引退して早四〇年。あれ? 五〇年だったかな? 管理局でジェイル・スカリエッティを捕まえた後は適当に一生稼げる分のお金を稼いだ。
その頃には丁度地球が懐かしくなってきたというのもあるが、少し人間関係に疲れたというのもあるだろうか。
大自然を旅してみたいと思ったのだ。
それで、半魚人に変体せずに海を泳いで渡り、エベレスト山を長袖とGパンで登り、そこからスノーボードで滑り降りたりとそれなりに楽しい一日を楽しめた。
相棒も友達も全てミッドチルダに置いてきて、デバイスもない本当の一人旅も案外悪いものじゃなかったが少し寂しかったという気持ちはある。
「リインとアギトを連れてくれば良かったかなあ……」
「んぎぎ……どうかした? 邦介さん」
「いや、何でもないよ。まだまだいけるよな?」
「おう! ……い、いやちょっときついかなー?」
「いけるいける。後十センチいってみよー」
「っうぇ!?」
そんな俺は今一夏と柔軟体操をしている。
とりあえず普通の体育でするような柔軟とは違い、前屈は最初は手首が地面につくまで。長座体前屈は……大体八〇ちょい。開脚は一五〇度。反り返りは……まあ、倒れる寸前までで良いだろう。
これが修行時に最低限出来る範囲だ。少なくとも体は柔軟であればあるほどいい。
「まだまだお前はかた過ぎるなあ」
と言っても前屈では地面に手は着くから体は一般人で考えればそこそこ柔らかい方なのだが。
「そう言われてもこれ以上人の体は曲がらないって……」
「いやいや、最終的にはここまで出来るようにならないとな。
そう言って、一夏に俺の柔軟を見せる。
前屈は肘がつくまで。長座体前屈は百ちょい。開脚は床にべったりと着いたまま三六〇度一周させる。反り返りはイナバウアー。
ここまで見せたところで一夏の方を見ると何やらかなり驚いた顔をしていた。
「軟体生物っ!?」
「失礼な。せめてびっくり人間と呼んでくれ」
後書き
原作では助けに決勝を抜けてきたようですが、私の作品では優勝してドイツから聞き、そのまま表彰とか何も受け取らずに一夏の下へと飛んでいったということになっています。
そして、千冬が敬語なのは多少なりとも邦介に対して罪悪感を持っているっていうのと、見た目が若干年上だからということでしょうか。ぶっちゃけ当時の千冬さんが何歳か知りませんが。恐らく20歳ぐらいでしょう。
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