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万華鏡

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第二十四話 難波その十四

「あたしもやっぱりそういう場所にいたら」
「移ってたと思うわ」
 里香が答える。
「それでね」
「いい居場所を探してたよな」
「織田作之助の小説の主人公みたいにね」
「本当に彷徨うんだな」
「誰でもね」
 その織田作之助の作品の話がさらに為される。
「そうなるの。流れ流れて」
「それでだよな」
「仮寝の宿になの」
「仮寝の宿?」
「そう、そこが最高の居場所かどうかはわからないけれど」
「仮寝でもか」
 美優はこの言葉にベストのものは感じなかった、だがそれでも妙に落ち着いた優しいものを感じてそのうえで言ったのである。
「落ち着ける場所なんだな」
「ええ、そこに辿り着いて」
 そしてだというのだ。
「落ち着いたっていうかほっとしてね」
「それで終わりなんだな」
「大体そんな感じなの。夫婦善哉もそうで」
「さっき猿飛佐助の話したわよね」
 琴乃がこの作品のことを言ってきた。
「それもなの?」
「そうなの。十勇士になって」 
 織田作之助の場合はこの場面は一駒に過ぎない。
「空も飛べる様になって」
「それから作中ではなの」
「やっぱり流れていって」
 序盤から終盤まではそうだ、佐助もそうなるのだ。
「それでね」
「最後は落ち着くのね」
「そうなの」
 それでだとうのだ。
「佐助が満足している気持ちでお空を飛んでる場面でね」
「終わるのね」
「大体そうなのよね、織田作之助って」
 里香は少し遠い目になってこうも言った。
「本当に主人公ってある場所を出て流れて」
「最後にそうした仮寝みたいな場所に落ち着いて」
「それで終わるの」
 そうなるというのだ。
「作者と同じでね」
「織田作之助もそうだったのね」
「そうなの。やっぱり家を出てからね」
 そこから結核や退学、状況に結婚と色々あってなのだ。愛妻との死別もあった。
「色々あって大阪に戻ったの。ただ」
「ただ?」
「ただっていうと?」
「お墓は大阪にあるけれど死んだ場所は大阪じゃないのよ」
 この街で生まれ育ち生きたが死に場所は違ったというのだ。
「東京なの」
「東京に移住したの?」
「作品の取材で状況してたの」
 こう彩夏に答える。
「それでその途中に結核が悪化して」
「東京で死んだのね」
「そうなの、本当に急死だったの」
「結核ねえ」
「今はお薬があるけれど」
 戦前まではなかった、結核で死んだ人間は多かった。
「当時はなかったから」
「それでなのね」
「そう、旧制中学の頃に結核になって」
「それからずっとだったの」
「結核が持病でね」
 死病だ、それを患って生きてきたというのだ。
「それでなの」
「ううん、結核のせいで」
「三十四歳だったの」
「若いじゃない、まだ」
 彩夏はその歳を聞いてその眉を顰めさせた。 
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