| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

万華鏡

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第二十四話 難波その十五

「三十四なんて」
「そう思うわよね」
「まだまだこれからなのに」
「そうなの、本当に若くして死んだ人だから」
「残念よね」
「戦争が終わって暫くしてね」
 昭和二十二年没だ。その年に入り暫くして世を去った。
「そうなったの」
「それ聞いたらね」
 琴乃は善哉を食べながら俯いて言った。
「あのカレーもこの善哉も」
「どちらもなのね」
「あとこれから食べる鰻丼も」
 それもだった。
「置き土産に思えるわ」
「織田作之助さんのね」
「そう思えるわね」
「ええ、何かね」
 話を聞いて実際にこう思うようになった琴乃だった。
「実際にそうかしら」
「そうかもね。それじゃあ」
「うん、善哉の後はね」 
 琴乃は気を取りなおして顔をあげて里香に応えた。
「鰻丼よね」
「いずも屋のね」
「大阪ってただお笑いや美味しいだけじゃないのね」
 琴乃はこのことにも気付いた。
「人情fがあって文学があって」
「元々上方だから」
 里香はこの言葉も出した。
「井原西鶴に近松門左衛門に」
「あっ、その人達もだったね」
「そうなの」
 古典の人物が挙げられる。
「文芸の町でもあるのよ」
「お笑いと食べ物のイメージが強いけれどね」
 琴乃は今の話をする。
「それでもなのね」
「そう、歌舞伎だってあるし」
 今では芸術になっているがかつてはこれも大衆娯楽だった。今でもそうであるが。
「浄瑠璃もだし」
「浄瑠璃もか」
「文化の町でもあるのよ」
 また話す里香だった。
「このお店も浄瑠璃のお師匠さんがはじめられたらしいし」
「へえ、そうなの」
「このお店も」
「夫婦善哉で書いてあったの」
 今話の主題になっているこの小説でもだというのだ。
「そうね」
「浄瑠璃なあ、何かな」 
 美優は浄瑠璃と聞いてこう言った。
「それってな」
「何かあるの?」
「いや、人形のお芝居だよな」
「教科書にある通りよ」
「それな、ああしたお人形ってな」
 どうかと話す美優だった、表情もそうしたものになっている。
「あたし苦手なんだよな」
「怖いからよね」
「人形って結構怖いよな」
 美優はやや微妙な顔になったうえで話していく。
「勝手に動きだしそうだしさ」
「ああ、そういうお話多いわよね」
「怪談の定番の一つよね」
「大阪も結構幽霊の話多いみたいだしさ」
 こうした話は何処にでもあるが大阪とて例外ではない、幽霊の足跡が残っている寺があったりするし大阪城にもこうした話があったという。
「そういうの聞いたらな」
「お人形はね。確かにね」
 里香もこのことは否定出来ない感じだった。
「人の魂が移りやすいっていうわね」
「そうだよな」
「実際はどうかわからないけれど」
「あまりそういう話は得意じゃないんだよ」 
 つまり苦手だというのだ、
「どうもな」
「私も。ちょっとね」
 里香もだった、微妙な感じである。
「そうしたお話はね」
「里香ちゃんもか」
「お人形自体は大丈夫だけれど」
 それでもだというのだ。
「お人形が動くお話ってね」
「苦手なんだな」
「どうしてもね」
「それって誰でもでしょ」
 琴乃は話す二人にこう言った。
「お人形が動くとかね」
「ホラーじゃない」
 彩夏も言う。
「完璧に」
「うちにはそういうお話ないけれど聞いたことあるしね」
 神社の娘である景子が言うと余計に洒落にならなかった。
「お人形は気をつけた方がいいわよ」
「浄瑠璃のお人形も怖いんだな」
 美優はしみじみとした口調で呟いた。
「本当にな。まあとにかくな」
「これからよね」
「これ食べてな」
 美優は今度は琴乃に話した。
「次は鰻な」
「そう、鰻丼ね」
「学生で鰻を食べに行くのもあれだけれどさ」
 ここでは五人共苦笑いになる、贅沢ではないかというのだ。
「けれど今回はな」
「特別ってことでね」
「それでね」
 このことはいささか自己弁護めいて言い合う、そしてだった。
 五人で二つずつ善哉を食べる、それから次の場所に向かった。夏の大阪での楽しみはまだ続くのだった。


第二十四話   完


                  2013・2・17 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧