翡翠のエンヴレイム
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第三話「セイントハウンド」
前書き
第三話、
ついに翡翠のエンヴレイムが。
翠が住む河瀬宮町にある河瀬宮公園、この公園は結構な広さで多くの子供たちがこの公園で遊んでいた。
そんな公園の中を何食わぬ顔で進んでいく赤髪の少女アケミ・ルシエード、その後に続くやつれ顔の翠。
「あのー、その“せいんとはうんど”ってのは何処にあるんでしょうか……」
「ここよ」
肩くらいまで伸びた髪を揺らし、翠の方へと体を向けるアケミ。
彼女の右手の指先は公園の地面を刺していた、翠はその指先を辿り地面に視線を移す。
「……ここ?」
「直に判るわ、黙ってついてきなさい」
再び体の方向を前へと向けるアケミ、黒いコートの下のスカートが揺れる。
そういえば、とふと翠は思った。なんでこんな暑い日にこんなコートを着ているのだろう?と、そして何故自分以外の人間はそれを不自然と思わないだろうか。
誰も、誰もアケミに視線を向けていない、誰も彼女を不思議だと思わない。
この赤い髪も外国ならともかくここは日本だ、少しはざわつく筈だが……。
「ここよ」
アケミは公園の隅にある木の茂みたどり着いた。そしてその茂みに隠れている四角いコンクリートの塊のようなモノに掌をそっと当てた。
すると何かが動く音が鳴りコンクリートの塊の近くの地面から大人五人は入ることの出来るエレベーターのような装置が姿を現した。
「乗るわよ」
「おう、ってなにこれ!」
「セイントハウンド本部に続くエレベーター、さっさと乗りなさい」
抱いた疑問の三分の一も解決しないまま翠は恐る恐るエレベーターに入る。
近くに子供が居るのに、彼はこのエレベーターに見向きもせず周りをきょろきょろ見渡していた、恐らく鬼ごっこか何かをしているのだろう。
そんな子供の事など気にせずに、エレベーターは騒がしい音を立ててゆっくりと下に進んでいく。
「……何なんだ?みんなこれが普通なのか?」
「そうよ」
アケミは翠に顔を向けずに答えた。
「そうって……俺は知らないぞ!?あんなの」
「私たちがこの町一体に“普通だと思わせる”結界を張っているからよ」
「結界……?」
エレベーターは落ちていく、地下の地下の更に下へ。
「そう、結界。まぁ詳しい事はアーノルドに聞く事ね、めんどくさいし」
「お、おう……」
周囲を見渡す翠、このエレベーターの周囲は下へと進み始めると同時に透明なガラスが展開されており安全性は保障されていた。
だが、どれだけ下に行っても続くのは地面の断片図、一向に本部とやらにつく気配は無かった。
なぁ、とアケミに話しかけようとした翠であったが、それを遮るかのように景色が一遍。広く広い白い空間に出た。
己の眼を疑う、まさか自分がよく知る公園にこんな空間があっただなんて、と。
「これがセイントハウンド、本部よ」
翡翠のエンヴレイム
第三話「セイントハウンド」
エレベーターがゆっくりと地面に着地する。
機械音を立てて前方のドアが開く、先頭を進むアケミの後を追いながら辺りを見渡す翠。
大きさは公園の比ではない、東京ドーム何個分とかそういう感じの話だ。
一体セイントハウンドとは何なのか、そして彼女たちは何の為にここにいるのか。
消える事のない問い、翠の疑問は増える一方だった。
「じゃ、あとはよろしく」
歩くこと数分、アケミは見たこともない白い衣服を身に纏った男と数回言葉を交わした後、そんな言葉を残してすたすたとどこかへ歩いて行った。
翠はというと、その男に連れてかれ大きな建物の中に入っていった。
「あのー、何処に向かってるんでしょうか」
「これから検査を行いますので、検査室です」
「そうですかぁ」
翠の問いに淡泊に答える男。
そんな男の後を追いながら長い長い通路を歩いていく、先に見える角を右に曲がりその先にある広い通路の右の部屋へと入る。
そこには検査用のモノと思われる装置がいくつもあった。
「ではこちらに座ってください」
「わかりましたー」
―――――。
此処ではない何処か。
世界ではない世界。
仮面を身に着けた一人の青年が居た。
「……」
左手の甲には十字架、三日月、翼によって作られた紋章が刻まれている。
それは緩やかに、鮮やかに、光る。翡翠色の光を。放つ。
青年の足元には何処かの世界を映す丸い丸い鏡のようなものがあった。
その鏡には一人の少女が映っていた。
彼はつぶやく、彼女の名を。
「アケミ……」
何処か悲しげな、青年の声――。
一通りの検査を終え一息つく翠、そんな彼の肩を誰かがポン、と叩いた。
翠は叩かれた肩の方へと顔を向ける。
そこには少し年老いた外国人が居た、鼻が高く、髪は綺麗な金色。誰がどう見ても外国人だ。
翠は英語が苦手だった、でも何か挨拶くらいしなくてはいけない。翠は乏しい英語力を捻って精一杯の英語を放った。
「は、はろー」
「君が新藤翠君か、出来立てほやほやの調査書は読ませてもらったよ」
そんな翠の努力を一蹴するかのように、年老いた外国人はとても綺麗で上手な日本語で翠に話しかけた。
きょとん、とした顔をする翠。
つられてきょとん、とする男。
「えっと……どちら様でしょうか……」
「あぁ、そうかそうか、知らなかったか」
肩に置いた手を離し、一礼。彼は自身の名を述べた。
「私の名はアーノルド・アリリミス、セイントハウンド本部の総司令官をやらせてもらっている」
「総司令……!僕は新藤っ」
「知ってる知ってる」
微笑むと彼は一枚の調査書をぴらぴらと揺らして翠に見せた。
「あぁ……そういえば知ってましたね……」
「うむ、さて新藤君これからセイントハウンドの一員になって戦ってもらうわけだが……」
うん?
「あの、恐縮ですが、今なんて……?」
「?セイントハウンドの一員として、戦ってもらうわけだが?」
「……え?」
どうやら“紋章”と呼ばれる力に目覚めた者はここセイントハウンドで“ノーバディ”と呼ばれる敵と戦う事になっているらしい。
でもそれは強制ではなく、先ほど翠が無意識で書いていた契約書によって決まるらしい。
翠は唖然としていた。自分は何をしているんだと。
「な、なるほど」
正直“契約書”を書いた以上断るわけにも行かないので、翠は黙ってアーノルドの説明を聞くことに。
二人は検査室を出て長い廊下を歩く、アーノルドは歩きながらセイントハウンドとノーバディと呼ばれる敵について説明を始めた。
セイントハウンドとは世界中にある霊所と呼ばれる力の空間をノーバディと呼ばれる敵から守るために作られた防衛組織。
霊所は世界に七か所存在し、セイントハウンドも世界に七か所存在する。ここアジア・日本本部の他に北米、中南米、ヨーロッパ、オセアニア、中東、アフリカ支部が存在する。
そしてセイントハウンドの矛となるのが“紋章使い”、左手の甲に聖魂紋章を宿した者たちである。
「紋章使い……ですか」
「そうだ、だが安心してくれ、最初から戦場に行ってもらうわけではない」
翠のような素人には戦闘のプロである精鋭部隊か色・聖魂紋章使いが訓練の指導者として最低一人つくことになっており。
今回翠には色・聖魂紋章使いから一人つくことになっている。
「そしてこの戦いの要となるのが、色・聖魂紋章なのだ」
聖魂紋章とは世界の秩序を守る力“コスモス”が紋章化したモノであり、白い光を放つ。だが色・聖魂紋章は色のついた光を放つ特殊な紋章である。
翡翠、薄紅、紫苑、刈安、瑠璃、現在は五色の光が確認されており、その力は通常の聖魂紋章の約三倍と言われている。
「へぇ……」
正直約三倍と言われてもピン、と来ない翠であった。何せ普通の紋章使いの力というモノすらわからないのだから。
だけど、彼はすぐに知る事になる。
色を持つ聖魂紋章の力を――。
「だが先日色・聖魂紋章使いが裏切り――」
アーノルドの話の途中。突然、床が揺れる。
強い強い揺れ、それから数秒後警報音が翠の耳に襲いかかった。
揺れによって床に座り込んでしまった翠は耳を塞ぎながらアーノルドに問いかけた。
「これはっ!?」
「敵襲だ……!急いでこっちにくるんだ」
アーノルドと翠は起き上がると、赤いランプが点滅する廊下を走り。大広間の方へと向かった。
色んなドアから人が出てくる、皆慌ただしく動き回っていて、その中にはアケミと同じ黒いコートを着た者の姿もあった。
セイントハウンド 本部 大広間
「アーノルドッ!」
黒いコートに身を包んだ赤髪の少女がアーノルドの名を呼ぶ。アケミだ。
「アケミ、敵は?」
「この真上よ、突然現れやがったのよ!」
「なるほど……ケリー、非戦闘員はB43のルートを通って退避させるんだ」
「畏まりました」
いつの間にかアーノルドの傍に居た黒髪の女性は懐から通信機のようなものを取り出し非戦闘員の誘導を行った。
通信機は全非戦闘員が装備している小型通信機と接続されており、ぞろぞろと人が大広間に集まり、B43と呼ばれるルートへと走っていった。
「……」
「さ、新藤君も行くんだ」
「俺もですか?」
「何いってんのよあんた、役立たずはいらないのよ」
「んな……!」
「……!アーノルド、さっさと避難させて、もう来るわ」
アケミは表情一つ崩さず真上を見つめる、すると爆音と共に大広間の天井に大きな皹が入り、瞬きをした次の瞬間、そこには大きな穴が開いていた。周囲に瓦礫のようなものは無くその空間丸ごと消滅したようだった。
「きたッ!!!」
アケミが声を上げる。
翡翠の光が降り注ぐ、目を凝らしてやっと見える程の何かがアケミに襲いかかった。
彼女は紙一重でそれを回避し、視線を先ほどまで居た場所に移す、どうやらアーノルドと翠は無事な様だった、それを確認するなり彼女は再び視線を天井へと戻し。その姿を捉え眉をしかめた。
この力は見覚えがある。
「出たな、裏切り者……!!」
穴から姿を現す青年、フードを深々と被っているため顔は窺えないが、一つだけ彼を判別する術があった。それは。
左手の甲に輝くのは翡翠のエンヴレイムだ――。
「御剣……清蓮!!」
続く。
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