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翡翠のエンヴレイム

作者:北御門綴
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第四話「翡翠のエンヴレイムを持つ者」

 

数日前、アケミは二人の聖魂紋章使いを引き連れてある人物を迎えに行くという任務を行っていた。
 その人物とは聖魂紋章の中でも特別強い力を持つ色・聖魂紋章を宿した青年――御剣清蓮(みつるぎすいれん)である。

 現段階で確認されている五つの聖魂紋章(エンヴレイム)の最後の色。翡翠。
 一体どのような人物がその力を宿したのか、基本他人に無関心のアケミが珍しく興味を示していた。

 だが。その人物は彼女たちの期待を見事に打ち破る事になる……。
 裏切りという名の刃で。

 


 翡翠のエンヴレイム
  第四話「翡翠のエンヴレイムを持つ者」



 
 どうやって本部の場所を突き止めたのか、どうやって正しいルートを使わずにここまで来たのか。そんな事は今どうでもよかった。
 まさか、まさか先日逃がした裏切り者が丁寧にご挨拶しにやってくるとは。思いもしなかった。

 アケミがニィ、と笑みを浮かべる。

 あの時の借り、今返してやるよ。そんな意思を込めた殺意を眼前の“敵”に向ける。
 薄紅色の炎がアケミの周囲に展開される、先ほどの化け物“オーガ”との戦闘で使った炎とは比べものにならない程の強い力が、その炎には込められていた。
 翡翠色の何かを纏う青年は空中で停止したまま動きを見せない、ならば、とアケミは仕掛けに行った。

 トン、と床を蹴る。すると彼女を押し出すように周囲の炎が地面に向けて噴射される。
 轟、という音を立てて、推進力を得た彼女は一気に青年との距離を縮めた。

 刀身の何倍もの爆炎を纏った短剣が勢いよく振られる。質量に見合わぬその速度。当然だ、元は小回りの利く短剣なのだから。
 だが青年は表情一つ変える事無くその炎を眺めていた。

「ッ!(避けない?生意気な奴ね、そのまま一撃喰らわせてあげるわ!」

 凄まじい破壊力を秘めている事は素人でも理解できる。それほど短剣の炎は凄まじかった。
 だが、目の前の男は回避行動一つ取ろうともせず空中で停止している。
 まさか怖いのか?この私の力が。

 そう思った、その時だった。

 翡翠色の何かが激しく蠢き、薄紅色の炎がかき乱されるかのように四方に散らばった。
「んなっ!?」思わず、そう声を上げてしまったアケミ、まさかこの力は、と鋭い眼光を青年に放つ。

「相性が良くないな、相性が」

 翡翠色の何か、それは“風”。
 青年、御剣清蓮が放つ風がアケミの炎を乱し、そこに残ったのはただの短剣。

「可愛らしい短剣だ」
「くっ」
 纏っていた炎を失った短剣が空しく宙を切る、御剣の瞳は冷やかにその刃を捉えていた。
 唇を噛むアケミ、直に炎を纏い二撃目を繰り出そうとしたが、御剣の背後で渦巻く風に視線を向け、これは無駄だ、と悟る。
 炎を御剣の方に噴射させ後退しようとするアケミ、しかし御剣の背後で渦巻いていた風が彼女に牙を向く。
 無数の小さい鎌鼬が彼女に迫る、咄嗟に炎の壁を前方に展開させ防御態勢に入ったが。鎌鼬はそれをするり、とすり抜け彼女に直撃。

「しまっ……!!(相性なんて……冗談じゃないわよ!」
 炎の壁を爆発させ御剣の視界を遮る。
 その隙に掌に炎の球を形成し、それを御剣に向けて噴射。何とか御剣との距離を置いたアケミはそのまま重力に従い落下。
 ふわり、と床に着地すると彼女と同じコートを羽織った男が彼女に状況説明を求めた、どうやらアケミを援護する為にやってきたらしい。

「アケミ!あれは何だ……?」
「裏切り者、翡翠のエンヴレイムよ」
「あれが噂の、なるほどな……」

 男は背後で群れを成している紋章使い達に手で合図をする、紋章使い達は不慣れな動きで陣形を作っていく。
 アケミのジト目が紋章使い達に突き刺さる。

「何、あれ」
「あぁ……すまんな、支部の守りを固める為に本部には新米君たちしかいないんだ」

 アケミははぁ、とため息をつくと桜の花びらの形をした炎を造り出しそれを自身の周囲で回転させる。

「アーノルド達の護衛にでも回したら?あたしの巻き添えを喰らいたく無かったらね」
 直訳すると邪魔だからどっか行け。だそうだ。男は苦笑いをすると彼女から離れ新米紋章使い達に合図を出す。

「気をつけろよアケミ」
「わかってるわよ、アンタもね。敵がコイツ一人とは限らないわ」

 上空で爆音が轟く、アケミに迫る風の刃。
 空中で停止していた御剣が動き始める、右手に翡翠色の刃を持つ刀を手にして。
 御剣が刀を振るうたびに風の刃がアケミを襲う、彼女はそれを一つ一つ丁寧に回避していき、桜の花びらの形をした炎を一つ、また一つと増やしていく。

 桜の花びらは自身の意思を持つかのように風の刃を回避し御剣に接近。

「……」

 単独行動する炎の球が御剣を翻弄、だが御剣はそれを物ともせずにアケミに迫る。
 アケミへの攻撃をさせまいと、桜の花びらが御剣の間近で爆発。彼は風の盾で炎、爆風をやり過ごす。
(今ッ!!)
 煙が彼の視界を遮る、これで死角を作り出すことに成功した――!
 僅か一秒足らずで短剣に炎を纏わせ、残り三つの桜の花びらを同時に御剣に向けて飛翔、一斉に爆発させる。
 三方向からの同時攻撃、流石にこれは対処できないだろう、そう彼女は思っていた。

「温い、温い」

 強い殺気が煙の向こうからアケミの肌を突き刺す。
 あざ笑うかのような彼の笑みとそれに相反する冷え切った瞳。彼の左手の甲に刻まれた翡翠のエンヴレイムがギラギラと光る。
 アケミは直観で危険と悟り前進を止める、彼女は体内を循環するコスモスを手の甲に集め、薄紅のエンヴレイムを強く光らせた。

 防御は万全、だが翡翠のエンヴレイムから感じたこともない力がアケミの肌をピリピリと刺激して、不安を煽る。

 御剣から放たれる力は翡翠色の風に形を変えて彼の周囲を緩やかに漂う。

「他の色に来られたら厄介だ。もう、終わらせよう」

 翡翠の風が一つの槍に姿を変え。
 翡翠の風が一つの剣に姿を変え。
 翡翠の風が一つの斧に姿を変える。


「調子にのるんじゃ……!」
 風で形成された斧がアケミの炎の壁を一撃で粉砕、防御力に関しては現段階で出せる最高の状態だった、それをまさか一撃で破壊されるとは思いもしなかったアケミ。
「そんな……」

 無防備な彼女に無情にも翡翠の剣が迫り、その形状を解放。
 剣を形成していた強く鋭い風が彼女の肉を幾度となく切りつけ、細かい風の刃を纏った突風が彼女を後方へと吹き飛ばした。

「ッ!!!あぐぅぅうッ……あぁ」

 
 砂埃が舞う、発生源はアケミが激突した壁から。
 コツン、コツンと足音が大広間に響く、全身をズタボロにされ、後頭部を強打。アケミの意識は朦朧としていた。
「ぅ……ん……」

 視界がぼやけて、よく判らない。
 けれども朦朧とする意識の中で、彼女は確かに聞いた。自身を呼ぶ――。


「アケミ……」
「アケミッ!!!!」

 二つの声を。


 続く。

 
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