私は何処から来て、何処に向かうのでしょうか?
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第2話 東の蛇神とギフトゲームをするそうですよ?
前書き
第2話を更新します。
そして、次の更新は、4月30日の『ヴァレンタインから一週間』第17話。
タイトルは、『西宮の休日?』です。
その次の更新は、5月4日の『蒼き夢の果てに』第60話。
タイトルは、『秋風の吹く魔法学院にて』です。
「ここは五年前まではこの辺りでも、結構、大きなコミュニティだったんだけどねぇ」
美月と名乗った金髪碧眼の少女が、少し話し辛そうにそう語ってから、そのシニオンに結い上げた長い金髪を翻して、ハクの視線と外界の妨げと成って居た自らの肢体を退けた。
その瞬間、むき出しの悪意が籠った魔風が、ハクと美月。そして、彼女らの足元に四本のしなやかな足で立つ、小さな少女の髪の毛を弄る。
そう。それは、悪意の籠った魔風。まるで、すべての生気を吹き飛ばすかのような、乾きと冷気の籠った西からの強風で有った。
そして、その結界に因って聖別された召喚の儀式の行われた建物から一歩、外界へと踏み出した先は……。
西から吹いて来る風が石造りの建物に容赦ない爪痕を示し、かつての其処には道が存在していたと思しき位置には、風に因り吹き寄せられて来た砂に深く埋もれ、元々、豊かな緑を示したで有ろう木々は完全に乾き切った無残な姿を晒す……。
其処はどう考えても、人間が住むには過酷過ぎる環境を示す土地で有った。
風に因り、白き足袋と紅い鼻緒の草履に護られた巫女服姿の少女たちの足元に吹き寄せられた木片がひとつ。
身を屈めたハクが、その木片を無造作に右手の指先で持ち上げようとした。しかし、その木片を持ち上げる事は叶わず、ボロボロと脆くも崩れ去って行く。
まるで、全ての生気が失われた世界。ここは、そう言う感想が相応しい場所で有った。
「土の気が非常に弱まり、金気のみが強く成って居ます。しかし、この金気は水を生じさせない金気故に、木気が育つ事が無く成った」
形の良い眉を潜ませて、ハクは小さく呟くようにそう言った。
屈んだ姿勢から立ち上がり、そして、その砂で覆われた大地をゆっくりと見渡した後に……。
「元々は豊かな土地やったんやけどな。数年前から急に植物の育たない、死んだ大地に成って仕舞ったんや」
美月に代わって、二人の足元に存在する白猫のタマがそう答える。
そう。彼女の言うように、確かに大地は死を示し、西からの風は明らかに穢れを運んで来ている。
しゃらん……。
そう感じた瞬間、巻き起こる魔風が彼女を飾る鈴を鳴らす。
そして、その風に因って長き黒髪を流したハクが、その視線をそれまでの風上……つまり、西へと向けていた視線を、東へと移した。
その仕草は至極自然な物。おそらく、風に因って巻き上げられた砂埃から、彼女はその瞳を避けたのでしょう。
しかし……。
しかし、そのハクの視線の先を見つめた美月が、その碧い瞳に哀しみの色を浮かべた。
そう。そのハクの見つめる先に存在して居たのは、村の入り口と思われる崩れかけた石製の門から、十人前後の子供達がそれぞれの小さな手に木製の桶を持ち、ハクや美月たちの方に近付いて来ている最中で有ったのだ。
「この道を少し行った先に元々の水源と成って居た泉が有ったんだけど、魔王に大地の恵みを奪われた為に、其処の水も枯れて仕舞って」
それで、現在ではここから東に向かって少し歩いた先に有る川から水を汲んで来て居る。……と、美月はかなり翳のある雰囲気でそう続けた。
「子供達が水汲みを行って居るのですか?」
そんな美月に対して、ハクはそう聞いて来た。但し、その言葉の中には非難の色も、そして、水汲みと言う過酷な作業に従事させられる子供達への憐憫を感じさせる事もない。
ただ、疑問に思った事を、素直に問い掛けて来ただけ。そのような雰囲気をハクは発していたのだった。
いや、おそらくは、美月の態度や、言葉の中に含まれる陰の気をハクなりに感じ取り、これ以上、彼女を非難し、追い詰める事の無意味さに気付いた、と言う事なのでしょう。
「そう。この世界では、ゲームに参加出来ない……参加する能力を持たない人間は、例え子供で有ろうとも労働力を供すると言う決まりが有るの」
しかし、美月は問い掛けて来たハクの顔を見つめる事もなく、視線は過酷な労働に従事する幼いコミュニティの構成員たちに固定したまま、そう答えた。そして、当然のように彼女の言葉からは明らかな哀しみの色を感じる事が出来ました。
そう。それは、不甲斐無い自らを責める言葉。父も母も失った自分には、本来、このコミュニティを維持する事が出来ないのではないのか、と言う不安の色も同時に内包した哀しみの雰囲気が……。
但し、それは別に珍しい話ではない。古来、子供も貴重な労働力として働かされる事は珍しくもなく、更に、現代の地球世界に置いても、この美月がリーダーを務めるコミュニティと大差ない環境で暮らす子供達と言う物も多数存在している。
そう。このコミュニティや、世界が殊更、過酷な世界で有る、……と言う証拠には、この一場面を切り取っただけでは語る事が出来はしないと言う事。
そんな台詞を口にした美月と、二人でひとつの水を入れた桶を重そうに運ぶ子供達。そして、完全に精気の奪われた街を順番に瞳に映したハクが、ひとつ首肯いて見せる。
そして、その後、このコミュニティの幼すぎるリーダー美月に対して、
「その、元々の水源と成って居た泉と言う場所に案内して貰えますか?」
……と、話し掛けたのでした。
彼女の雰囲気。ポカポカとした春の日溜まりにこそ相応しい、長閑な微笑みをその表情に浮かべたままで。
ハクの召喚の儀式が行われた館から少し歩いた先。相変わらず、西からの魔風が強く吹き付ける精気を失った荒涼とした景色だけが存在する街。
その一角に立ち止まる二人。尚、足元に存在していた白い小動物は、自らの仕事。西より侵入してくる根津魅の害を防ぐ、……と言う仕事に戻り、この場にやって来たのは、美月とハクの二人の巫女の姿だけで有った。
「ここが、このコミュニティで水源と成って居た泉よ」
そう告げた後に美月が指し示した先には、それまでと全く変わりのない、砂に覆われた少し広い目の広場が存在しているだけで有った。
風が吹き、砂塵が舞い、そして、生きる物の存在する雰囲気を感じる事がない、これまで進んで来たこのコミュニティの基本とまったく変わりない場所。
……………………。
いや、確かに彼女が指し示す先……。大体、広場の中心辺りには、少し大きい目の何かが存在している。
半ばまで砂に埋まり、ほとんど砂山と見分けが付かないながらも、確かに人工物と思しきその物体。
何か……。おそらく、女神か何かが壺か水がめを抱えた姿の彫刻。
「元々、ここには石造りの人工的な泉が有ったの。でも土地が死んだ時に、この泉も枯れて仕舞って」
そして、其処の中心に在る水の女神の彫刻から、地下から湧き出して来た水が流れ出すように成って居た、……と、美月はやや懐かしそうにそう話を締め括る。
その美月の言葉を聞いたハクが、少し何かを考えるような空白の後、
柏手をひとつ。
瞬間、周囲の邪気が払われる。神道の持つ、一切の邪気を払う禊の空間。ハクが如何なる神性を帯びる存在なのか、美月には未だ知らされては居ません。しかし、この禊の空間を一瞬に作り上げる以上、東洋系の神に繋がりを持つ存在なのだろう、とはおぼろげながらにでも、美月はそう理解していました。
そして、
「高天原に神留座す、皇親神漏岐神漏美の命を以て」
独特の韻を踏むように紡がれる祝詞。尚、この祝詞は、水源を清める際に唱えられる祝詞。
そして、その祝詞にまるで力を与えるかのように鳴らされる涼やかなる鈴の音。
その姿は聖にして清。もしかすると、このハクと言う名前の少女にならば、この大地に刻まれた呪いを祓う事が出来るかも知れない。そう美月に思わせるに相応しい雰囲気を、その瞬間の彼女は纏っていたのだ。
「和き水の甘き水の、清き水のさやけき水を」
朗々と続けられるハクの祝詞。そして、その祝詞に従うように、水の女神を象ったと思しき彫刻からは、僅かながらも、水を感じさせる雰囲気が発せられる。
これは、もしかすると……。
しかし……。
しかし、美月に僅かな希望と言う名の光明を抱かせたハクの祝詞が、その次の瞬間に突如、途絶えて仕舞った。
僅かばかりの水気と言う余韻のみを残して……。
そして、少し、小首を傾げるような仕草で美月を見つめるハク。僅かに曇った彼女の春の微笑みが、現在のこのコミュニティの絶望的な状況を指し示すかのようで有った。
「ここの土地は、魔王に全ての生気を奪い尽くされたの。例え、ハクに水を呼ぶ能力が有ったとしても、ここに在った泉を復活させる事は無理」
淡い期待は、矢張り、元通りの結論に辿り着く美月。但し、この現状を変える為に、この目の前の少女を召喚したのも事実。
一気に状況を好転させられなくても、諦める必要はない。
そう。今まで示した能力からも判るように、この眼前の少女ハクには何らかの神性が宿っているのは間違いなさそうなのですから。
かつて水を湛えたで有ろう足元に一度瞳を落とし、水を湧き出させていた、と美月の説明した女神像に視線を移すハク。
そんな、僅かな隙間にも、西から吹き付けて来る魔風が運ぶ渇きと砂に因って、周囲の色が、先ほど因りも更に無味乾燥した物へと変えられて行く。
そして、次に彼女が美月に視線を戻した時には、既に自らの中にひとつの答えを見付け出して居る。そんな、感情の内を思わせる瞳をしていた。
そうして、
「私を、その水汲み場の川まで案内して貰えますか?」
……と、美月に問い掛けるハク。
瞳には、ある種の覚悟を。しかし、その花の容貌には、初めてこの世界に召喚された瞬間から変わらない、春の属性の表情を浮かべながら。
☆★☆★☆
砂と魔風に支配された村から徒歩で十五分から二十分程度歩いた先に有る水場。
いや、単なる水場と呼ぶには、その川に対して失礼で有ろうか。少なくとも、対岸が見えていない、……と言うのは言い過ぎか。しかし、対岸までの距離はどう軽く見積もっても数百メートル。足場として川……、いや、河にせり出した水組み用の木製の足場の下を流れる水は非常に緩やかで、まるで春の日の長閑な午後を演出しているかのようでも有った。
そう。ハクと美月の目の前で小さく波立つ水面を見せていたのは、日本に存在する川とは少し違う、明らかに大陸に存在する大河と言う雰囲気の河で有るのは間違いない存在で有った。
河を渡る適度な湿り気を帯びた風と語り、細やかな波の奏でる悠久の音を染み渡らせたハクが、微かに。しかし、小さく首肯いた。
そして……。
留まる事を知らない川の流れを見つめながら、一歩一歩、水汲み用の足場の先に歩みながら、祝詞を唱え始めるハク。
「神明に五色の幣を御奉り」
ゆっくりとした、その独特の歩み。古代の聖王の歩みを再現したと言われるその歩法が示すのは、聖。そして、生。
河に正対して右脚を前に。左脚を後ろに。
「五臓の神五方の神五行の神を奉り」
次に左脚を前にして、更に次に右脚を前にして、その後、左脚を右脚に従えて揃わせる。
その一歩、一歩に意味を持たせ、ゆっくりとその水汲み場の突端に進むハク。
「神祓いに祓い給えば」
刹那、周囲を白く淡い幕が垂れ込めて来た。
そう。確かにここは、地形から推測すると霧や霞が出たとしても不思議ではない、そのような地形で有ろう。
しかし、それが、美月が見ている目の前で急に発生するのは異常。これは、ハクが唱えている祝詞の所為で有る事は間違いない。
「八百万の神等諸共に、聞し召せと申す」
きっちりと、二丈一尺の先までに九歩の足跡を付けたハクが立ち止まったその瞬間、白き帳の奥から、一人の女性がすうっと現れて春の少女の前に立つ。
そう。その場に立って居たのは、白を基調とした、しかし、艶やかな金糸銀糸に彩られた古代中国……唐代の女性が着る衣装を身に付けた、濡れたような漆黒の髪の毛と、抜けるように白い肌のコントラストを持つ女性で有った。
但し、何故か、受けるイメージが黒。そして、秋から冬に掛けての移り変わりを感じさせる冷たさ。
ハクが今の季節に相応しい春の……。青の属性だとするのならば、新たに現れた女性は晩秋。白から黒の移り変わりを示す雰囲気を纏った美女で有った。
「妾を呼び出したのは、そなたかえ?」
女性が、その見た目に相応しいかなり古風な口調で話し掛けて来る。
その問いに重なる、冷たい湿った風。これは、間違いなく、この眼前の女性から発せられる物。
その問い。……普通の人間ならば、この白く冷たい美女の発する神気の前では、真面に立つ事も容易ではないこの空間内で、しかし、春の微笑みを浮かべたままで、僅かに首肯くハク。
そして、
「私とギフトゲームと言う物を行っては貰えないでしょうか?」
……と、美月に取っては、驚くべき内容を口にした。
「ちょ、ちょっと、ハクちゃん!」
かなり慌てた雰囲気で、そう、自らが呼び出した少女に問い掛ける美月。
そう。何故ならば、そのハクの言葉を聞いた瞬間、美月の全身に寒気が走ったのだ。
このハクの申し出は危険過ぎる。美月の本能が、経験が、そして、全ての感覚がそう警鐘を鳴らしている。
それぐらい、この目の前に顕われた女性は危険な雰囲気を発して居たのだ。
ギフトゲーム。ギフトを持つ者だけが参加できる神や魔物の遊び。ギフト……特殊な能力やアイテム。身に付けた特技などを用いて競い合い、勝者は主催者の提示した賞品を得る事が出来る。そのゲームの賞品とは様々な物で有り、ギフトや利権。果ては名誉などさえも、その賞品と為す事が出来る。
当然、そのゲームの難易度も様々。それこそ、御近所の商店主のオジサンが主催する物から、死者が出るような、最早ゲーム、などとは簡単に呼べない物まで存在していた。
そして、美月がハクを異世界より召喚した理由も、そのギフトゲームに置ける助っ人を依頼する為に召喚したのだ。その彼女から、この様な場所で、それも明らかに危険と判る気配を放っている相手とのゲームなど……。
しかし、ハクの目の前に立つ白く冷たい美女が、軽く鼻を鳴らした。これは、明らかに否定。
そうして、
「何故、妾がそなたを相手にギフトゲームなど行わねばならない。その様な戯けた事を言う為にわざわざ妾を呼び出したと言うのか?」
元々、無理に召喚された事に因り、そう機嫌の良くなかったその女性が、ハクを睨み付ける。
背筋が凍るようなその視線。いや、魔力が籠められしその視線は、既に邪眼と言っても過言ではない。
しかし、
「葦原の中津国にて、人の姿をした形代として育てられた私の真名を支配すれば、水の神で有る貴女の神力にもより一層、磨きが掛かると思われますが」
その過酷とも言える身の上を、剰え、気の弱い者。意志の弱い者。更に霊的な加護の低い者ならば、即座にその場でひれ伏して震え出したとしても不思議ではないほどの、最早、物理的圧力とさえ思えて来るような威圧感を示す世界の中心で、その霧の向こう側より顕われた白い女性に話し掛けるハク。
但し、この異常な状況に有っても尚、その表情には相も変わらぬ、長閑な春の微笑みを浮かべた状態で。
しかし、ハクの語った葦原の中津国。それは日本を指し示す古い国名。その中で人の姿をした形代と言う物は一体……。
そのハクの言葉に、美月が更なる驚きの表情を浮かべた。
美月の知識では、その葦原の中津国と言う地名は聞いた事が無かった。しかし、同じような神の力を使う能力を有して居る以上、その人の姿をした形代と言う存在は簡単に想像が付く。
それは……。
「成るほど、面白い事を言う。確かに、そなたからは大きな霊気を感じる。そしてこれは、木気に通じる霊気」
しかし、その美月の思考が答えを結ぼうとした刹那、水の神と言われた美女から、初めて威圧感以外の物が含まれた台詞が発せられた。
美月にも容易く判る質の気。これは、間違いなく興味。
そして、
「ならば、その勝負、受けようぞ」
短い同意を返して来た白い美女。但し、その邪視に等しい視線や神の威圧感はそのまま。いや、美月には更に圧力が増したかに思える状況。
しかし、美月よりも更に前。現代のメートル法に換算すると大体六メートル半程度先に存在しているハクは、いたって穏やかな雰囲気で、
「では、ゲームの規則は、
美月さんが十数える間に、貴女が私の心を支配したら貴女の勝利。私がその間、耐えきったら私の勝ち。
賞品は、双方の真名。
それで、よろしいですか?」
……と、ギフトゲームのルールを説明した。
その瞬間、周囲を、その白き帳で覆い隠していた霧の向こう側から、羊皮紙にも似た紙が、ハクと、そして、ハクの正面に存在する白き女性の手元へと落ちて来たのだ。
これは……。
「契約書類」
美月が我知らず、そう呟いた。これで、このギフトゲームは成立する。そもそも、ハクがこの様な事を為したのは、この川を支配する産土神のこの女性の真名を支配して、美月のコミュニティ『白き光』に水をもたらせる事が目的。
しかし、
「ハクちゃん。ここの土地で、一番霊力……神の力を操る事が出来るのは、そこの土地神。つまり、彼女よ。いくら、ハクちゃんの霊的な資質が高くても、所詮、人の身に過ぎない存在が、神の支配する土地でのゲームは危険過ぎる!」
同じように東洋系の魔法を操る美月故に判る部分も有る。確かに、ハクの霊力は神格を宿している。それは、審神者のタマも太鼓判を押したし、ここまでの彼女が示して来た能力からも窺い知る事が出来る。それに、元々、美月が召喚しようとしたのは龍神の神格を持つ転生者。この川の主が何者かは判らないけど、龍神に取って、川の主とは同格か、それよりも霊格は低い存在。このゲームに負ける要素は少ない。
しかし、それでも尚、このゲームは危険過ぎる。
まして、真名を賭けるなど……。
しかし、
「私の事ならば、大丈夫ですよ、美月さん」
ゆっくりと振り返ってから、美月に、その顔を見せた彼女の表情は……。微笑んでいた。何故だか妙に安心させる類の微笑み。少なくとも、最小限の勝算は確保している者の余裕を感じさせる物で有ったのは間違いなかった。
その顔容を見た美月も、覚悟を完了する。
そう、彼女がこのゲームを挑む理由は、彼女の為ではない。まして、暇つぶしの為などでもない。全ては、自分が率いているコミュニティへの水の供給を行う為。
そして、古来より、自然と言う物は荒々しく人に牙を剥く存在。それを聖別し、祓い清め、自然神から各地の産土神へと祭る事で、自然を人が住む事が出来る故郷へと変えて来たのは巫女や神職と言われる存在たち。
そうして……。
今の美月や、そして、ハクと名乗った少女は、正にその巫女と言われる存在。
つまり、彼女のこの行いは、彼女の今の姿形から正しい行いだと言う事と成ります。
「相談は終わったのかな」
豁然。その言葉と同時に白い女性の発した鬼気に、美月の全身が総毛立った。
そう、それは、今まで彼女が発していた神気が、かなり抑えられていた物で有る事が証明された瞬間。
そして、その女性の声に従い、周囲に澱んでいた霧が、ゆっくりと。しかし、じわり、じわりと動き始める。
その動きは、正に渦。
そして、美女の口元が弓のような弧を描き、それは、くっきりとした笑みの形を作り上げた。
そうして、
「二度と転生など出来ぬと覚悟するが良い。ずっと、妾の手元に置いてやるが故にな」
ゆっくりと、足元の方から霧に包まれて行く美女が、そう二人に対し……。いや、彼女は美月の事など初めから眼中にはない。それは、ハクに対しての言葉。
そう、ハクに対して語り掛けて来た。
その中に含まれていたのは、自らの勝利を信じて疑わない自信。
そして、愚かにも神に挑む少女に対しての嘲笑で有った。
「ひとつ」
美月が、最初の時を刻む。
ハクは、動こうとしない。そして、深い霧の向こう側で薄い影を残して立つ人影も動こうとはしなかった。
「ふたつ」
美月が再び時を刻む。
その声に合わせるようにゆっくりと伝わって来るのは微かな祝詞。
「みっつ」
人影だけを残して動こうとしなかった女性の周囲に、渦を巻きつつ有った霧が徐々に収束して行く。
いや、この霧はただの自然現象により起きる霧ではない。明らかに、あの白い女性。この川を支配する存在が顕われた事に因り発生した霧。
何故ならば、ハクが立って居る場所が、水汲み場の最先端。其処から先は川。水の領域。
そして、その水のみが支配する場所に、あの女性は何の揺れを示す事なく、真っ直ぐに、嫋やかに。そして、麗然として立ち続けていたのだ。
「よっつ」
ゆっくりと渦を巻き、集まって行く神力。その姿は……。
「いつつ」
白い。白く光るような大きな身体を持ち、
「むっつ」
紅く不気味な目を爛々と光らせる存在。
「ななつ」
白き大蛇とも、妖しい白い光の線とも付かない何モノかが、僅かに鎌首をもたげて、動こうとしないハクを睥睨していた。
いや、動こうとしないのではなく、動けないのか?
「やっつ」
そう。ゆっくりと鎌首をもたげて、紅く光るその瞳が、僅かに揺れている。
そのゆらゆらと揺らめくように動く様は、ある種の能力者の霊力にも似たゆるやかな動きを示し、
厚い霧に因って遮られた陽光が、輝く紅き瞳がハクを、そして、その後ろに立つ美月をも睨め付ける。
そう。見入る。いや、この場合は魅入るが正しい。
この姿、及び能力から推測して、この女性は蛇の精。そして、ハクはおろかにも、その蛇の精の聖域内で、魅入られない事を勝利条件とするゲームを挑んだと言う事。
蛇を示す巳と、魅が通じ、更に、蛇の動きに魅入られて動けなくなる獲物も少なくはない。
そう。俗に言う蛇に睨まれた蛙状態と思えば良い。
「ここのつ」
この呪的な空間で己を保つ事など不可能に近い。美月自身も、時を刻みながらも既に、自らの意志で時を刻んでいるのか、それとも、何者かの意志に因って時を刻んでいるのか判らない状態で有った。
しかし、
しゃらん……。
「罪穢れ清め給え、祓い給え」
涼やかなる金属音に続き、小さく聞こえて来ていた祝詞が、何故か今ははっきりと聞こえて来る。
この金属音は、ハクの袖に、そして、裾に着けられていた鈴。
「禍も煩いも八重の渦潮に立てる泡沫の如く」
繊手が導きの印を結び、耳に心地よい響きが妙なる鈴の音と、低く、柔らかく紡がれる祝詞が、水神の呪をゆっくりと凌駕して行く。
刹那、目の前に立ち上がる異形の姿が、その巨大な白い身体を捩り、苦しげに開かれた口からは、紅き舌の代わりに、苦悶の呻きが漏れ出して来る。
「とう」
最後の時を刻んだ美月。そして、
「罪、穢れ一切を祓い給え、清め給え。春の日の淡雪の如く」
ゆっくりと紡がれて行く祝詞に合わせて、周囲を包んでいた水の気が払われ、それに合わせて深く立ち込めていた濃霧が徐々に晴れて行く。
そう。その瞬間、川は何事も無かったかのように滔々と流れ、
少し、西に傾いた太陽は、しかし、それでも尚、春の午後に相応しい陽光を地上へと注いで居る。
そんな、当たり前の世界が戻って来たのだ。
そして、ギフトゲームの現場と成った水汲み場には、
最初から変わらぬ様で立ち続けるハクと。
彼女の正面。水面に波紋すら広げる事もなく立ち尽くす蛇の精と思しき美女。
そして、ハクの後方で、ハクの代わりに蛇に魅入られ掛かった美月が立ち尽くすだけで有った。
後書き
何故か、問題児たちがの原作通りの流れと成って居るようなのですが。
もっとも、原作の十六夜のように上から目線のキャラでは有りませんし、偶然の流れにするよりは、明確な意図を持って水を得る為のギフトゲームを挑む方が良いと思いましたから。
そして、キャラの性格設定から、彼女や美月が戦闘でメインを張るようなキャラではないので、このような戦闘シーンと成った次第で有ります。
尚、既に、第7回でエンディングに成る可能性は無くなりました。
見事に長く成っちゃった病が発動して居ります。
それでは、次回タイトルは『湯上りのフルーツ牛乳は基本だそうですよ?』です。
ただ、この世界にフルーツ牛乳が有るのは確実だけど、このコミュニティに有るかどうかは微妙。
追記。
作家を生業としている方々は、本当にすごい。
高々、何日に一回、更新するだけで、ひいこら言っている私からすると……。
実際、このレベルの内容でも、私的にはかなりの知識の浪費を行っていますから。
もう少し、知識や文才が有ったのなら、こんなに苦労せずに書けるようになるのでしょうかねぇ。
もっとも、趣味レベルの物なので、多くは望まれてはいないとは思いますが。
それでも、矢張りないよりは、有った方が良いですから。
文才も。そして、知識もね。
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