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まぶらほ ~ガスマスクの男~

作者:月下美人
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第二話



 無意識のうちに身体を強化していたらしく怪我を負うことはなかった。


 窪地のような場所に落ちたため、それ以上の落下を防げたのは幸いだ。


 ただ、この体勢は少し厳しいが――。


「……」


「……」


 滑り落ちた衝撃から、俺たちは互いに抱き合ったような姿勢でいる。女性が上で俺が下の体勢だ。


 ガスマスクをつけているため目と目が合うことはないんだが、なぜか先ほどから互いに目が合わさり視線が外せない。


 ――しかし、改めて見るとすごい美人だなー……。


 整った顔立ちに薄い茶色の瞳、この地域では珍しい白い肌。目の前にいる女性は今まで見てきた女の人の中で間違いなく群を抜くほどの美貌を持っていた。


 しかし、ずっとこの姿勢でいるわけにはいかない。シャイな俺はとって心臓にとても悪いのだ。


「……あの、どいてもらえるかな?」


「――ハッ、も、申し訳ございません!」


 正気に戻った様子の女性は慌てて俺の上から身体を退かした。外人の彼女から発せられた流暢な日本語に驚きながらも身体を起こす。


 女性は斜面の様子を見ていた。銃声はすでに止み、先程までの緊迫した空気はなくなり、シンとした静けさが戻っている。


 ホッとしたのか、改めて俺に向き直った。


「もう敵はおりません。撤退したようです」


「そうなの?」


「はい。ご安心下さい、危険は排除しました。災難に遭われたようですが心配いりません」


「そう、ありがと」


「え……?」


 そう言うと、なぜか女性の顔が朱に染まった。


「ん? 俺の身を案じてくれたんだよね?」


「そんな……当然のことです。過分なお言葉、勿体のうございます」


 彼女は赤面しながら近寄ってきた。


「どこかお怪我はございませんか? あるようでしたら仰って下さい。すぐに手当いたします」


「ああ、大丈夫だよ。どこも問題はないさ」


「ですが、万が一ということもあります」


「大丈夫大丈夫。自分のことは自分が一番わかっているから。怪我も捻挫もないよ」


「ですが……」


 どうやらなにがなんでも調べたいらしい。見た目に反して意外と強情な様子をみせる彼女に溜め息をつき、仕方なく自由にさせることにした。


「失礼します」


 腕を取るとさするように手を動かしていった。関節を捻っていないか確かめているのだろう。


「……特に熱感も痛みもないので大丈夫ですね」


「ね? だから言ったでしょ、大丈夫だって」


「はい、出過ぎた真似をいたしました。申し訳ございません」


 表情に変化はないのだが心なしか、しゅんと項垂れているように見える。


 別に怒っているのではないので、その頭をポンポンと叩いてあげた。


「あー、いいよいいよ。別に怒ってるわけじゃないんだから気にしないで。心配してくれてありがとね」


「あ……」


 顔を赤らめた彼女は俯き、口を閉ざした。


 一頻り撫でたところで、ふと彼女の名前を知らないことに気がついた。そういえばまだ自己紹介していなかったなと今更ながら思う。


「君の名前はなんていうの? 俺は式森和樹っていうんだけど」


「はい、それは存じ上げております。わたくしは――」


「Housekeeper,Liera!」


 後ろからの声にハッとした彼女は一瞬だけ振り返り、すぐに戻した。


「……敵が現れました。奴らの狙いはわたくしたちです。わたくしたちが囮になりますので、その間に脱出を」


「え……? あっ、おい!」


 そう言うと彼女は背を向け駆け出した。その背はすぐに木々の向こうへと消え、残された俺は呆然とそれを見送った。


「……取り合えず、移動するか」


 周囲を見回し人影がないのを確認して、近くの木に跳躍する。木の枝に飛び乗り直ぐに違う木へと跳躍した。武装した人間がいるなら安易に下の道を使わない方がいいだろう。こっちの方が見つかりにくいはずだしね。


 それにしても――。


「Housekeeper,Liera……家政婦リーラ、か。やっぱり彼女の名前なのかな?」


 そういえば彼女、メイドさんの格好をしていたな。あまりに似合っている上に完璧に着こなしていたから全然、疑問を持たなかったよ……。


「しかし、最近のメイドさんは武装をするのかねぇ。あの暫定リーラっていう女の人もワルサーを持ってたし。おお、怖い怖い……」


 木々を跳び回ること三十分、ようやくジャングルを抜けた。視界が明けて目に入ったのは、石造りの城だった。


 ディ○ニーランドにでも登場していそうな西洋の建物は堀や城壁こそはないが、いくつもの塔が天に向かって伸びている。南洋の孤島にはかなりミスマッチで、正直浮いていた。


「……まあ、なんでこんなところにお城が建っているのかは一先ず置いておくとして。んー、どうしよっかな」


 こうまで堂々と建っていると、どことなく近寄りがたく感じてしまう。しかも醸し出される存在感が半端ないし。


 なんていうか『ドーン!』とか『ズーン!』といった効果音がついているように見えるのは気のせいだろうか。


「でも、行かない訳にもいかないしなぁ~。他に宿泊できそうな場所を探すのも億劫だし」


 取り合えず、ここの城主に掛け合って滞在許可が貰えるか聞いてみるか。


 巨大な扉のまえに立った俺は呼び鈴代わりのひもを引く。


 しばらくすると扉が開き、中から小柄な女の子が現れた。背が低く、眼鏡をかけたメイド姿のその子は大人しそうな風貌をしている。


 女の子は俺の顔を見ると怪訝そうに眉をひそめた。そりゃ、ガスマスクをつけた男が目の前にいたら驚くわな。


「はい。……どちらさまですか?」


「あー、すみません。旅の者なんですが、旅の途中で襲撃にあって遭難しまして」


「襲撃……ですか?」


「ええ。まあ信じられないでしょうけど」


 しかし女の子はあっ、と何かに気がついたような顔をすると安堵の吐息を溢した。


「……あなただったんですね」


「はぇ?」


「よかった……。もう一度、捜索班を出すところでした」


 なにか一人で自己完結している女の子は少々お待ちくださいと言い、奥へと引っ込んでいった。頭の上にハテナマークを乱舞させて、なにがなんだか分からないまま、待つこと十分。先程の女の子とは違うメイドさんが現れた。


「お待たせしました。申し訳ございません」


「あれ? 君は……」


「先ほどは失礼いたしました。わたくし、リーラと申します」


 そう、現れたのはジャングルで遭遇した銀髪のメイドさんだった。


「主人から中へお通しするように仰せつかっております。お疲れでしょうが、ご同行願えますでしょうか?」


「いいよ」


「ありがとうございます。では、ご案内いたします」


 先行するメイドさん――リーラさんの後に続いて中に入った。


 内部は豪奢の一言に尽きた。彫刻や美術品が所々に置かれ、著名な美術家が書いたとされる絵画が飾られている。


 そして、なによりも目を引いたのが壁に立て掛けられた銃器類だった。ハンドガン、サブマシンガン、ショットガン、ライフルといった古今東西の様々な銃器がある。もしかしたら、ここの城主はガンマニアなのかも。


 やがて、重厚な両扉の前にやって来た。


「こちらです。主人がお待ちしています」


 リーラさんによって開かれた扉をくぐり、思わず立ち止まった。ガスマスクの中では顔が盛大に引き攣っていることだと思う。


 中央に設えた長方形のテーブルの奥には初老の男性が座っていた。金色の刺繍が入ったガウンを羽織り、値の張りそうなバロック調の椅子に座っている。蝶ネクタイがこれまたよく似合い、欧州の貴族のようなご老人だ。


 そして、テーブルの両サイドにはズラリと並んだメイドさんの姿があった。


 三、四十人はいるだろうか。人種や背丈、髪や目の色などはまちまちだが、共通して言えることは皆若い。十代後半から二十代前半といっていい若さで皆、目を見張るような美女、美少女ばかり。その全員が身じろぎもせずに立ち俺に注目しているのだ。シャイな俺の心が少しずつ削られていく。


 そんな俺の心境も知らずに、ご老人は言う。


「いや、よく来てくれた。さあこちらへ」


 俺から見て一番出前のメイドさんが椅子を引いてくれた。眼鏡の似合う秘書のようなメイドさんだった。


 ウェーブの掛かった金髪のメイドさんがティーカップに紅茶を注いでくれる。流れるような洗練された動きだ。


「ありがと」


「いえ……」


「もったいないお言葉です」


 秘書のメイドさんは顔をうっすら朱く染めて恥ずかしそうに俯き、金髪のメイドさんは嬉しそうに微笑んだ。


 ご老人の側にはリーラさんがついていた。何やら羨ましそうな顔で二人のメイドさんを見ている。


「この島には男は儂しかいなくてな、若い男は大歓迎だよ」


 彼は見るからに嬉しそうな表情で言った。


「ゆっくりしていってくれ。衣食住はこちらで用意しよう」


「おお、それは助かりますね。寝る場所に困ってたから渡りに舟だ。……ところで、彼女たちは?」


 チラッと横を見ると、相変わらず無動のまま静かに佇むメイドさんたちの姿がある。


「彼女たちはこの屋敷の使用人でね、儂がこの島に移り住む前から雇っていた者たちだよ」


「それにしては随分といらっしゃいますね」


「ここにいる者たちでもほんの一部だ」


「と、いうと?」


「全員で百五十はいるな」


 ――そんなに雇ってどうするつもりだろう?


 屋敷の管理にそれほどまでの人材が必要になるのだろうか。


 誇らしげに語るご老人に思わずジト目を向けてしまった。マスクで見えないだろうけど。


「言っておくが、儂のメイドたちはこれでも少ない方なのだぞ。同好の士の中には五百人ほどの明度を抱える者もいる。『月刊メイドの友』ではしばし紹介されるほどだ」


 なに、その雑誌。出版社が気になるんだけど。


「若い君は知らないかもしれんが、私はMMMの会員なのだよ」


「MMM?」


 どこかで聞いたことがあるな。依頼人からそんな単語を耳にしたっけ?


「一九二六年にロンドンで結成された由緒のある愛好団体だよ。その名も――『もっともっとメイドさん』だ」


「――は?」


 不可思議な言葉を耳にした気がする。なんだその名称は。


「元はアングラ要素が強すぎたがために隠匿として日本語を使ったと言われている。今ではどこも公になっているがね」


「……」


 頭の痛くなる、とはまさにこのことだな。急に部屋の空気が変わったかのような錯覚に陥ったぞ。


「かつてはメイドといえばどこの名家でも雇い入れたものだが、年が経るにつれてその数は減少の一途を辿っていった。地球上からメイドが絶滅することを危惧した若者たちが立ち上げたのが、まさにこのMMMなのだ。いわば、この組織は若者たち、ひいてはメイドを愛するものたちの心の集大成であり努の実現なのだ。かのルイス・フロイスもメイドの素晴らしさを教え広めるために海を渡ったとされておる。今では会員ナンバーは六桁を刻み、いくつかの国ではNPO申請もされている」


 なんというか、そこまで行くと、もはや天晴れとしか言いようがないな。スケールでかすぎ……。というか、ルイスは宣教師じゃないのか?


 まあ、俺もメイドは嫌いじゃないし、むしろ好きな部類に入るが、まさかそんなガチを貫いたかのような組織が存在するとはおもわなんだ。


「この島はずっと昔に儂が父から受け継いだものでね、五年前に改造して移り住んだのだよ。ここに女性はメイドしかおらん。君もメイド空気を満喫したまえ。ここではメイド好きが避難されることはなく、むしろ誇りとなる。遠慮はいらんよ」


「はぁ……。じゃあまあ、遠慮なく。しかしまあ、随分と凝った衣装ですねー」


 側に立つメイドさんの服をジーっと見つめる。仕事柄、観察は得意なので一見なんともない衣装に拵えた様々な特性を俺の目は見抜いていた。


「分かるかね!? 流石は儂が見込んだ男だ!」


 何かのスイッチが入ったようで感極まったご老人が立ち上がり、傍らに佇むリーラさんを示した。


「メイド服の歴史を辿ると元はベルギーの民族衣装と言われており、イングランドに渡って世界へと羽ばたいた。その歴史の長さを裏付けするよう機能性に満ち溢れておる。


 見よ、こなボリュームのある肩。衣服に余裕を持たせることで肩関節の可動域を十分に確保できるように工夫されている。ピチピチの衣服だと服が引っ張られて肩が上がらず、窓拭きで四十肩になったという報告がいくつも来ておる。そして、この引き締まったウエストにふんわり広がったスカート。これらは保温性を高めると同時に通気性にも優れておる。これで夏も冬も快適だ。そしてそして、頭部を保護するカチューシャ。素晴らしい、完璧だ!」


 ご老人は一息をつくと再び腰掛ける。その目には期待の色が浮かんでいた。


「やはり儂の目に狂いはなかった。その歳でメイド服の特性を見抜くとは……。君のメイ度はかなり高いようだな。健全な生活を送っているようでなにより」


「――?」


 なんだか、また聞き覚えのない単語が出てきたな。


「メイドのメイに度数の度と書いてメイ度だ。日本で出来た言葉だぞ。体温と同じで人は誰しも多かれ少なかれメイ度を持っている。このメイ度が高ければ儂のように多くのメイドを雇用でき、主人として認められるのだ。彼女たちは儂に絶対の忠誠を誓っておる。その証拠に、どんなことをしようと――」


 そう言ってご老人がリーラさんのお尻に手を伸ばす。だらしなく目尻が下がっていたが、バキッと鈍い音が室内に響くと、ご老人の眉が跳ね上がった。額から脂汗をダラダラと溢す。そんな主の様子を気にした風もなく、リーラさんがご老人の手を元の位置に戻した。


「まあ……、なんだ……。その……慕われるのだ……」


「……」


 まあ見なかったことにしておこう。


 手をさするご老人の隣で素知らぬ顔で佇むリーラさん。


「おお痛い……。まあ兎に角、儂たちは君を歓迎するよ。暇なら何日でもここにいてくれて構わない」


「それはありがたい申し出ですが、実は俺、遭難したんですよ。元々は違う場所に向かっていたんですが」


「それは知っている。実をいうと、君の飛行機を撃墜したのは儂たちなのだ」


「はぁ!?」


 いきなりなに言い出すんだこの爺さん? この人たちが撃墜しただと?


「ちょっと冗談が過ぎるんじゃないですかねぇ。流石の俺も怒りますよ?」


 もし、なんらかの意図の元、故意に飛行機を墜としたのなら、どうするか……。


 ――どうしてくれようか……。


「お、落ち着きなさい。本来なら到着地の島に船を出して、君を迎えに行くはずだったのだ。ところがこの島は敵に備えて警戒体勢に入っていてな、君の飛行機を敵機と誤認して攻撃してしまったのだよ。大変申し訳なかった」


『申し訳ございません』


 知らぬ間に怒気を発していたらしく冷や汗を流したご老人が頭を下げた。それに合わせ、リーラさんを始めとしたメイドさんたちも一斉に頭を下げた。


 ――まあ、反省もしているようだし、誤射のようだからいいか。俺は無傷だしな。


「頭を上げてください。誤射のようですし、幸い俺はこの通り五体満足です。この件に関してはなにも問いません。……ところで、俺を迎えに来ると仰っていましたが、それは?」


「本当に申し訳なかった。それに関してはまた後で話そう。今はゆっくり旅の疲れを癒してくれ」


 ――急いて聞くような話でもないし、目的もない気儘な一人旅だったからな。少しここに滞在するか。元々、慰安のつもりで旅をしていたんだし。


「では、お言葉に甘えさせてもらいます」


「うむ。夕食は部屋に運ばせよう。豪勢なものを用意させるから楽しみにしてくれたまえ。ああ、そうそう、一つ伝え忘れていた。ここでは魔法を使うことは許されていない。これだけは守ってほしい」


「魔法の禁止ですか?」


「そうだ。あとは自由にしてくれて構わない。では、また後で」


 それだけ言うと、ご老人は大勢のメイドさんを引き連れて退室した。

 
 

 
後書き
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