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まぶらほ ~ガスマスクの男~

作者:月下美人
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第一話



 ――東京、六本木。六本木ヒルズ最上階のスイートルーム。


 宿泊費が数十万とかかる一室にて、一人の美女が高級ソファーに深々と腰かけていた。その背後には影のように五人の黒服が佇んでいる。


 胸元に大胆なV字カットを入れたドレスを着た美女は、その豊満な胸をこれでもかというほど主張している。


 空色の髪と同じく水色のドレスに身を包み、白ワインの入ったグラスを優雅に傾けていた。


 時刻は二十時四十五分。指定の時間まであと十五分というところで、コンコンとノックの音が扉から聞こえた。


 美女の背後にひっそりと佇んでいた黒服の男たちが主に促されるまま玄関の方へ向かう。


 腰から一丁の拳銃――グロックを取り出し、警戒した様子で扉に設けられた覗き窓を覗く。待ち人の姿を確認した黒服はグロックを腰のホルスターに戻しながら、彼らの主に一言告げた。


「来ました」


「通しな」


 美女の言葉に従い男の一人が扉を開ける。


「随分お早い到着だねぇ。時間まであと十五分あるよ?」


「信用第一なんでね。時間にルーズなのは問題だろ?」


「問題以前の話だけどねぇ」


 それは奇妙な男だった。


 否、黒服の男たち同様にダークスーツに身を包んだその人を一言で表すなら、奇妙というより変人が似合うだろう。


 何故なら――。


「しっかし、アンタも難儀なもんだねぇ。いっつもそれ着けてるんだろう?」


「なに、慣れればどうということはないさ」


「あたしは慣れたくないけどねぇ」


 美女の言葉に男は肩を竦めた。



「暑くないのかい? ガスマスクなんか着けて」


「意外と快適だよ。そこまで蒸れないしね」


 そう、男はガスマスクを着用しているのだ。


 男の身長は約一六〇センチ程でやや小柄な体躯をしており、声も変成器で変えているためかろうじて体型から性別が判るくらいだ。


 男の特徴はそのガスマスクに集約されているのではないだろうか、そう思えてしまう程それ以外に外見的特徴らしい特徴が見られなかった。


「それで、依頼はどうなったの?」


「勿論、完遂したよ。これが詳細ね」


 男はアタッシュケースから一枚のファイルを取り出すと、テーブルの上を滑らせた。


 内容を目で追っていった美女は満足気に頷き、ファイルを黒服に渡した。


「やはり麻薬の売買をしていたか、あの白豚どもめ……。『無慈悲の死神』に狙われたのがあいつらの運のつきだったねぇ」


「で、報酬の件だが」


「ああ、わかってるよ。一機寄越せばいいんだろう? あんたとは長い付き合いだけど、今回は随意と毛色の違う報酬をねだってくるんだねぇ」


「少し遠くに行きたくてな。あいつの相手をするのも正直疲れるのよ」


 男は肩を落とした。その背がどこか煤けて見えるのは気のせいだろうか?


「ああ、あの嬢ちゃんかい。随分アグレッシブな子のようだねぇ。あんたもあんな可愛い子に迫られて満更でもないんじゃないのかい?」


「それも度が過ぎれば話は違ってくるさ」


「違いないねぇ。まあ、例の物に関しては任しときな。とびっきりのやつを用意するよ」


「ああ、頼んだよ。準備が出来たらいつものところに連絡してくれ」


 そう言うと男は立ち上がり、玄関へ向かう。男の後ろに佇んでいた黒服の二人が左右に道を開き低頭した。


「ご苦労様」


「「はっ」」


 男が小さく手を上げて労うと、畏まった様子でさらに頭を下げる。


 男は一つ肩を竦めるとアタッシュケースを片手に部屋を出ていった。


 そのガスマスクの中で、口の端に笑みを浮かべながら。





   †                    †                    †





「あー、やっぱり一人旅はいいな~」


 とある空、どことも知れない海の上空で俺は小型飛行機を飛ばしていた。気分は上々で、鼻歌を歌いながら巧みに操縦桿を操り、悠々と広大な海の上を飛ぶ。


 俺は今まさに鳥になったような気分だった。日々のストレスから解放された心はまさに一羽のカモメの如く悠然と大空を羽ばたいている。


 今回は実に良い依頼だった。あの三人――というより一人の熱烈なアプローチに鬱々としていたため、どこか遠くに一人旅がしたいと思っていたまさきに理緒さんから依頼が入るなんて行幸と言えるだろう。おかげで旅費を浮かせることができた上に移動手段も確保できた。


 ただ、誤算だったのが――。


「まさか戦闘機だなんてな……」


 成功報酬として飛行機を一機頼んだが、それがまさか戦闘機だとは思わなかった。あまり軍事方向には詳しくないため、コレがどの程度の性能を有しているのかは判断がつかないけど。


 仕事で知り合った軍人から戦闘機の操縦方法を教わっていてよかったと、つくづく思う。


 上空三万三千フィートを維持すること一時間が経過したときだった。快適な空の旅を味わいながらボヘーと気を緩ませていると、突如警報が鳴り響いた。


 ビービー! と耳障りな警報が鼓膜を叩き意識が活性化する。レーダーを見てみると複数の光点がこちらに接近していた。


「おいおい、これって……」


 嫌な予感に苛まれながらもレーダーが反応している後方を振り返る。魔力で強化した視力はソレをばっちり視界に捉えた。


「やっぱりかー!」


 慌てて操縦桿を倒し左へ旋回すると、先程までいた場所をソレ――ミサイルが通過した。


「なんでミサイルが飛んでくるかなー! ていうか、どこから来たのアンタら!?」


 レーダーに標された光点は八つ。次々と迫りくるミサイルを必死に躱しながら悪態をついた。しかもミサイルには追尾機能があるのか、振り切っても軌道を変えてしつこく追跡してくる。


「ちっ、振りきれないなら墜とすまでだ!」


 操縦桿の上面にある赤い突起に親指を当てた。旋回してミサイルを回避し素早く狙いを定める。


「堕ちろ、鉄屑め!」


 突起を押し込むと、備え付けられた機関銃が火を噴いた。重い銃撃音とともにマズルフラッシュを発しながら、十五ミリの弾丸が亜音速で風を切る。


 連射した弾丸の一発がミサイルに命中。ストーカーのようなしぶとさをみせたミサイルは爆発し、周囲のミサイルも誘爆され閃光とともに爆音を響かせた。


「ふう……ビックリした」


 難は去ったと思い大きく息をつく。刹那、


 小さな揺れとともに右翼の一部に風穴が開いた。


「なっ、対空砲火!?」


 慌てて操縦桿を倒すが思ったように動かず、四苦八苦している間にも凶弾は機体を狙っている。


「あー、くそっ! こうなったら仕方がないな」


 一瞬で決意を固めた俺は常に肌身離さず持ち歩いているガスマスクを取り出す。


 黒を基調にしたこのマスクは頭部を覆うタイプである。目の部位はサングラスのように黒く、外部からは覗けないが、内部からは透明ガラスのようになんの弊害もなく外界を視認できる仕様となっている。


 人の居ない場所ではつけないが、普段はこれがないと生活できない。とある理由からマスク装着での日常を余儀なくされている。もうこのマスクともかれこれ十二年の付き合いになるのか。


「っと、悠長に構えている暇は無かったんだ」


 マスクを装着した俺はハッチを開き、身を乗り出した。強風で身体がとられそうになるが、なんとか立て直して下を覗く。


 高度は二万五千フィート程に下がっており、遥か真下に森が広がっているのが見えた。


「……すぅ……はぁ…………よし、行くか!」


 深呼吸で精神を落ち着かせた俺は一気に大空へと身を投げ出した。


 上空で爆発音が轟くなか、上下が逆さの状態で落下しながら魔力と気を体内で高速循環させて身体を強化する。同時に右肩の紐に繋がった輪っかを引っ張り、パラシュートを開く。


 ガクンと衝撃とともに落下速度が激減。すかさずパラシュートを繋ぐ金具を外した。


 眼下に広がる森が段々と迫り、木々の中を突き進む。大地に踵から接地すると膝を急激に曲げて前転し、衝撃を逃がす。三回、四回と転がり漸く止まることが出来た。


 四つん這いになっていた身体を起こし、手足の感覚を確かめるように動かす。なんら痛みも動作を妨げることも無かった。強化した身体は皮膚すら傷つくことはない。


「――さて、無事に着地したはいいが、どこだここは?」


 周囲にはヤシの木が茂り、改めて見回すと森というよりジャングルといった方がしっくりくるような場所だった。南の方に位置するためか、気温は高いが木の葉があるから日陰には事欠かない。時々、鳥の鳴き声なんかも聞こえてきた。


「取り合えず歩くか。人が居ればいいんだけど……」


 まあ、居なかったら居なかったで別に問題はないが。ちょっと疲れるけど、その時は自力で脱出すればいいだけの話だし。


「しっかし誰だよ、いきなり警告もなしに撃ってくるなんて」


 仕事柄、俺に恨みを持つ人間は多く存在する。恐らく今回襲撃してきた人もその内の一人だろう。


「見つけたら血祭りにしてやるもんね」


 それまで悦に浸って待っていろ、馬鹿め。


 十分ほど歩くとジャングルは上り坂になった。島の中央に行くにつれて標高が高くなっているのかな。木々も段々密集して歩き辛くなってきているが、この程度なら問題ない。


 力強く大地を踏みしめながら登っていくと、ジャングルが開けて道となった。幅は狭く舗装もされていない。


 そんな場合に奇妙なモノを発見した。


「ん? これは、キャタピラーの跡……?」


 地面に二条の細かな段差がついた跡が奥まで続いている。触れてみると地面は湿っており、少し前にここを通ったことが窺えた。


「戦車があるってことは、軍事施設でもあるのか? ここは」


 辿っていけば分かることか。そう思って立ち上がった時だった。


「――?」


 遠くの方から銃声が聞こえた。乾いた発砲音は一つのみで、耳を澄ませてみてもそれ以降聞こえることはなかったが銃声だったのは間違いない。


 もしかしたら面倒なところに来たかも、と早くも後悔の念が押し寄せて来たが、嘆いても仕方がないのでキャタピラーの跡を辿っていくことにする。まあ、仮に銃を持って襲いかかってきたとしても対処するだけの力量は持ち合わせているつもりだし。


 歩みを再開すること間もなく、ジャングルの奥から物音がした。


 茂みを掻き分ける音に紛れ、複数の荒い息づかいが聞こえる。時折、叫び声とともに銃声を響かせながらこちらに近づいてきた。


 身を低くした俺は近くの茂みに飛び込み、地面に伏せながら様子を窺う。


 行きを潜めていると、左の方の草むらから人影が飛び出した。


 ――女の子?


 人影はスカートをはいた三人の少女だった。意外な人たちの登場に唖然としていると、少女たちは自分たちが走り抜けてきた後方に向けて銃を乱射する。ジャングルからも彼女たちを狙って弾が飛び、小さな土煙を巻き上げながら地面に着弾した。


 銃撃が止むと、その間隙を縫うように一人の女性が左の草むらから飛び出した。


 銀髪を後ろで一つに纏めたその女性は体勢を低くしながら周囲を警戒している。両手で眼前に構えた小銃のワルサーP30は未だ少女たちの方向を向いたままだ。


 女性はしばらくジッと周囲を窺っていたが、やがて警戒を解いた。


 ――さて、どうしたものかな。今出ていって顔を見せたら撃たれないかな?


 草むらに隠れながらどうしようか考えていると、茂みに人影を認めた。


 先ほどのスカートをはいた女の子たちの仲間なのだろうか。木々に身を隠しながら手にした小銃で銀髪の女性を狙っている。女性の背後に位置する上に薄暗い茂みに隠れているため、彼女はまだ気がついていない。


 それを見た俺は駆け出し、振り返る女性を押し倒すようにして身を伏せた。


 刹那、鳴り響く銃声。弾丸は衣服を掠めて立木に命中した。


「……お?」


 避けたは良いが、避けた先までは考えていなかった。その先は丁度斜面になっており、


「おわぁぁぁ――!」


 当然、慣性に逆らえるはずもなく、女性を抱えたまま俺は斜面を滑り落ちた。

 
 

 
後書き
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